白き血脈の覚醒め
一日前に投稿予定でしたが、遅れてしまいました……申し訳ありません。
そうして戦場となった昼下がりの牧場を、山羊が走る。
一列に並んだ、三頭の山羊が走る……って、ちょっと待って?
知らぬ間にもう一頭、山羊が増えているんですけど???
牧場を山羊が走り回る。
平時であれば牧歌的な風景と言えなくもない。
そんな光景の中、なんかいつの間にやら山羊が一頭増えていた。
何故に。
増えたのは、バスク氏の前に降臨した他の山羊二頭よりもちょっぴり小柄……小さい山羊。
もしかすると、仔山羊なのかもしれない。
それがいつの間にやら、最初に現れた山羊精霊……バスク氏を背に乗っけた山羊の、目前を走っていた。三頭揃って、やはり一列になって素晴らしい速度ですたこらさっさと駆け抜ける。
目指す先は、やっぱり山羊頭の魔物だった。
もはや山羊精霊に突撃され過ぎて、若干所でなくボロボロになっておったが。
なぁーんか、あの光景どっかで見たことあるなー。
見たことあるナニかに似てるなー。
具体的に言うと前世での、幼少期に似た構図を見た気がする。
大中小の、同名の山羊が並んだ絵柄の、あの絵本だ。
今にして思えば、大きい山羊がヤバいほど強すぎる気がする……そういった点を含めて、今の状況から思わず想起してしまった。
人はこれを現実逃避というかもしれない。
なんか精霊山羊の突撃が激しくなった上に三頭に増えたことで多段攻撃化、山羊頭の損傷は見る見る増えていく。そして周囲の魔法騎士コース生が吹っ飛ばされる確率も増えていく。
単純に攻撃回数と威力が増えた形だし、今となっては自分達で魔物を攻撃するよりも、精霊山羊の攻撃に山羊頭を盾にして堪える姿の方が増えている。アレもう、魔法騎士コース生が離脱しても良いんじゃね? そんな気がするけど、山羊精霊の突撃と突撃の合間に足止め程度の役には立っているので、完全にそこにいる意義がないって訳でもないのか……。
だけどこのままいくと、手柄は全部、山羊精霊の物だぞ?
果たして師父が、それで納得してくれるのか……後々合宿での響き具合が凄いことになりそうだ。
ある意味、この場は山羊精霊が山羊頭を片付けるのを待つような、そんな微妙な空気に支配されていた。だけどそんな場面でも、時に唐突に変化はやってくるものだ。
今回、その変化は『ミリエル・アーデルハイド』という名で現れた。
「な、なにこの光景……一体ここで何が? 何このカオス!」
心底、驚きに愕然とした顔で立ち尽くすのは、金髪の少女。
鄙には稀な美少女なのに、チーズの図柄が全面的に主張してくる鉢巻と法被を身に着けているせいで色々と残念な雰囲気を醸し出している某『乙女ゲームのヒロイン』だ。
一般人の避難を推奨している中、何で来ちゃったのかわからんが……
ミリエルさんの目は、しっかりと釘付けになっていた。
バスク氏を逆向きで背に乗っけて、てってけてー! と山羊頭の魔物へ突撃を敢行する、精霊山羊(×3)に。
次いで、何故か私にじっと注がれる、疑惑色の眼差し。
え? いや、ちょ、私が何かしたわけじゃないから。濡れ衣だから、それ。
「私、何もしていませんわ!」
「まだ何も言ってないわよ。というか、一体何にどう干渉したら、あんなシュールな光景が繰り広げられるのよ。誰かの仕業ならいっそその手段が気になりすぎるわ」
だから何をやったのか、早く言え、と。
ミリエルさんの視線が言外に圧をかけてくる。
いや、私の仕業じゃないってぇ! 私、何もしてないもん。
ただここで、愛亀の口を抑え込んでただけだもん。
……そういえば現場はいつしか、ある意味で混戦状態。
敵味方があらゆる意味で入り乱れている状況だ。こうなってはうちの亀さんも、安易に「薙ぎ払え!」はできないんじゃなかろうか……? 結構頑張って、名目もなく無辜の人間を傷つけちゃ駄目! って言い聞かせたし。確かあの時、うちの亀さん達もしっかり頷いて納得の意を示していたし?
怪光線を放つ心配がなければ、いつまでもサブマリンの口を押えておく意味ないな?
私はそっとサブマリンの口から手を離し、かけた。
完全に離した瞬間、攻撃に転じられると怖いからな。うん。
手を離しても攻撃する気配はなさそうだと探りを入れてから、完全に手を離す。
それからパライバトルマリンの方も、そーっと手を離して無茶に走らないか確認した。
私はこいつらで手一杯だった! そう主張するべく、サブマリンの脇を両手で掴んで掲げてみる。
「私はこの亀さんの相手に専念していましたので、あの光景には関わっておりませんわ」
「え? なんでこの場面で亀……? 魔法学園の生徒さんじゃなかったっけ……魔物が出たのに、亀を優先する魔法使いって一体……」
「ただの亀さんじゃありませんのよ? 私のペットです」
「魔物より自分のペットの相手を優先する魔法使いって……」
なんか、さっきとは違う意味で「信じられない」という意を込めた目で見られている気がする。
というかこの人、表情と目がめっちゃ雄弁だな!? 何も言ってないのに何を言いたいのか一目でわかるんだが!
貴族の多い魔法学園では、ここまで表情豊かな人は早々いない。
そういう意味では、とても新鮮な体験だ。
貴族はポーカーフェイス前提で、そこから細かな機微やら些細な仕草やらから情報を読み取る術に長けている。そういう方面が得意な人と遭遇させたら、一言も喋っていないのに会話が成立するっていう謎の光景が見られそうだな。面白そうだから今度やってみたい。是非、人の顔色読むのが得意な上流貴族のお嬢様とかと引き合わせてみたいもんだ。
それはさておき、とりあえず。
なんか私がこの混沌を招き寄せたと誤解されたままなのもアレなんで、一応、状況の説明をしておくか……。
「かくかくしかじか、この通りという訳で」
「な、なんですって……! あの、バスクを乗せた山羊たちが中身精霊!? そんな展開、『ゲーム』にあったかしら……」
「ううん、無かったと思いますわよ。確か『乙女ゲーム』でバスク氏が出てくるのって、隠しキャラルートの『邪神覚醒・バスクくん闇落ちルート』だけでしたもの。少なくともバスク氏の『精霊使い覚醒ルート』なんてありませんでしたわ」
「……って、やあっぱり貴女、あの『ゲーム』の事プレイしてるんじゃないの!! なんだか曖昧にはぐらかすような事言ってたけど、やっぱりやってるんじゃないのよ! それでなんで今生の目的が王子を殴るなんて暴力沙汰に発展しちゃってるのよ!?」
「むしろ、プレイした結果、その結論に至ったんですけど。赤太郎なんて戦犯も良い所じゃありませんこと? ここの村壊滅の元凶ですわよね。そりゃもう念を入れてタコ殴りですわ」
「ちょっと待って、赤太郎ってナニ? なんなの、その超絶に日本臭い名前は」
「あ、失礼。私が付けた呼び名ですわ。この国の王子……カーライル・レッド殿下の」
「あんた王子様になんて仇名つけてんのよ!?」
「魔法騎士コース内で定着させてやりましたわ」
「王子様になんて事してんのよ!? なんでちょっと自慢気!? ちょっと、まさか、あなた他の王子様達もそんな変な仇名で呼んでるんじゃないでしょうね?」
「他の王子でしたら、青次郎・黄三郎・桃介・青汁って呼んでいますわね」
「青汁!? ネーミングセンス……っ他も酷いけど、最後のヤツ!! なんで青汁!!? っていうか誰の事よ……ディース? アイビー? どっち???」
「文脈でわかりませんかしら。青次郎ってのが他にいるじゃん。当然、緑野郎のことだよ」
「扱いが圧倒的に雑過ぎる!! 他も酷いけど!! 本当に、王子様に対する扱いそれで良いの!?」
「本人からの反対意見は漏れなく(拳での)お話合いにより、黙らせましたわよ。物理的に」
「物理的に……って、だから相手は王子様なんでしょー!? ホントなんなの、こいつ。マジでヤバいヤツじゃん……!」
あっはっはっはっは。
本人を目の前にして、ミリエルさんも結構言うなぁ……。
なんだか妙に興奮しているミリエルさん。
私は落ち着け、落ち着けと声をかけながら宥めたりなんてしてみる。どうどう。
魔物もいる(どころかボコられてる)場所で、よくやるなぁ。赤太郎共の呼び名なんて、今はどうでも良いじゃんって私は思うんだけどな!
このヒロインも存外、神経図太いなぁ……そう思いながらも宥める事、暫し。
ようやっと落ち着いたのか、目の前の光景を受け入れ始めたのか。
それとも私との会話で出てきた王子達の呼び名について、一旦考えるのをやめたのか。
ミリエルさんは精霊山羊の上で悲鳴を上げるバスク氏を遠い眼差しで見つめながら、やがてハッと何かに気付いた顔で深刻そうに呟いた。
「……マズいわね。よく見たらあの山羊、バスクの家の山羊じゃない」
「言ってなかったっけ。最後に現れた山羊はしれっと何も言わずに混じってたからよくわからないけど、中くらいの山羊と大きい山羊はバスク氏のお祖父さんに許可をもらって山羊の身体を借りているそうですわよ」
「バスクのおじいちゃん、何やってるの? だけど、そうね、小さい山羊は知らない間に混じっていたの……あの山羊、バスクが一番可愛がってる仔山羊なのよね」
「え?」
「出産直後に母山羊が育児放棄したとかで……手間のかかる赤ちゃん山羊の時代から、バスクがつきっきりで面倒見てたのよ。そんな山羊が体を乗っ取られて、列の先頭走って魔物に突撃なんて……バスクは忍耐強いし心も広いけど、それは流石に……」
「つまり、バスク氏の許容範囲超えてるんじゃないかって? 激怒案件?」
「うん、絶対怒ると思う。絶対よ」
「それはそれは……」
バスク氏の人柄とかわからないし、怒ったとしてどんな反応をするのかは知らない。
邪神に乗っ取られていないバスク氏が激怒したとして、それがどれほどのモノかはわからないけれど。
精霊使いとしての力は未知数ながら、山羊精霊が次々現れるところを見るに素質は高そうだ。血筋的にも、能力が低いって事はないだろう。
常人よりは確実にファンタジー要素溢れる才能を隠し持つ、アラバスター・ホワイト。
その激怒案件がすぐ側をひた走っている。物理的に。
……これもしや、私の思う以上にマズイ状況かな?
ちょっとだけ危機感が湧いた。
そんな時だった。
ずっと同じことを繰り返しているので視界の端に留めはしつつも、半ば意識を逸らしていた精霊山羊列車……一列で彼らが丁度走っていた位置付近で。
突如、白い光が迸った。
ぎょっとして目を向けると、天へと延びる白い光の柱。
待って待って、これは一体何が起きたの——!?
ミリエル・アーデルハイド
村(牧場)に魔物が出たと聞いて、すわ自分の覚醒イベントか——!?
……と考えた結果、のこのこと現場にやって来ちゃったチーズの売人十五歳。
もし彼女の覚醒イベントだったとしても、『乙女ゲーム』の知識を覚えている分、切実さや必死さが欠如している状況で「心理的に追い詰められて覚醒」という流れを上手いこと掴めるかと言われれば「無理がある」という他ない。




