増える山羊
わかめの如く。
まるで掻っ攫われるように、突如現れた精霊(ホワイト家配下)の背に乗っけられてしまったアラバスター・ホワイト氏(ギリ十四歳)。
逆向きに乗せられたまま、突撃する山羊の暴挙に悲鳴を上げている。
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
徐々に遠くなる声に、これがドップラー効果かと山羊の背(バスク氏は正面)を見送った。
なんか勢いよく向かってくる謎めいた山羊に、山羊頭の魔物へ斬りかかっていた仲間達がぎょっと目を剥いた。そりゃあんなのが怒涛の勢いで向かってきたら、度肝抜かれちゃうよね。
現在の状況、戦力の分散具合を改めて見てみよう。
牛頭と山羊頭、それぞれに対して二手に分かれた魔法騎士コースの生徒達が攻撃を仕掛けている。
敵を分断する意味もあるけれど、それでも近い場所で戦っていることに変わりはない。仲間同士、連携を取りながら、時に人員を入れ替えながらも果敢に戦っている。
山羊頭と戦っている仲間は、ノキア、オリバー、ヒューゴ。それから追加でレイヴン。
一方、牛頭に対処している仲間は、セディ、アドラス。加えてマティアス、セリト。
それぞれ四人ずつ、魔物と戦っている形になる。丁度四方から囲んで襲えるので、常に誰かは死角からアタックできる形だ。これが『かごめかごめ』か……。魔物の身体が大きいので、体格差的に囲んだとしても圧倒的有利とはならないのが残念だけど。
ここに、山羊頭の方へバスク氏を乗っけた精霊山羊が突撃かました形になるので、仲間達の陣形がちょっと……いや、結構乱れてしまったけれども。臨機応変に戦うのって、結構難しんだよね。予期せぬ事態に、オリバー達も対処が大変だ。
なお、こんな事態を予期できる奴がいるとしたら、十中八九そいつは予知能力の持ち主である。
ぱかーん!!
そして精霊山羊は山羊頭に光る角から突っ込み、周辺にいた私の仲間達はボーリングのピンよろしく吹っ飛んだ。
巻き添えというか、山羊頭に精霊山羊が衝突した瞬間に発生した衝撃波に巻き上げられて足を取られ、すってーんと行った形である。あの山羊精霊、どんだけの勢いで行ったんだ。いや、角がなんかバチバチ放電してた気がするし、そのせいかもしれないけど。
どちらにしろ、我が仲間達は体勢の立て直しを余儀なくされた。これは否が応にも、事態が急変しそうだ。
また、彼らとは別に、武器を忘れてきたなんていう騎士を目指す身としてはあるまじき失態をやらかしたシモンとラインハルトの二人は、一般人の避難誘導や護衛に務めている。
どこから見つけ出したのか……いや、ここ牧場だしな、多分そこらへんで拾ったんだろう。二人はいつの間にか剣の代わりにピッチフォークを装備していた……。いや、まあ、丸腰よりは良いだろうけどさぁ。チャイナな衣装にピッチフォークとか。騎士の見習いには、とても見えない姿だった。
そんな二人が一般市民の誘導を頑張った結果、この場に残る人間はどんどん減っている。
牛を置いて逃げられるか! と渋るオッサンもいたようだが、ほぼ九割の牛が放牧中だった為、危険を察した牛が自主的に放牧地の奥の方へ逃げていたことが幸いした。牧場関係者の皆様には牛と一緒に放牧地の奥へご避難いただいている。
だから、まあ、つまり。アレだ。
この場には傍観の構えで佇む師父やカロン兄様を除けば、いつの間にやら魔法騎士コースの生徒とバスク氏しかおらず。魔物との戦いに専念——周辺の人的被害を気にせず——できる環境が整いつつあった。
そこに来て精霊山羊な訳だが、その大雑把な突撃に若干の醜態を晒しつつも、やっぱり衆目の目を気にしなくて良いのは大きいと思う。
この時、私はまだ、思ってもみなかった。
人目を気にしなさ過ぎて、違う意味で人に見せられない姿を仲間達が披露する事になろうとは……
原因は、やっぱり何を置いても精霊山羊にあると思う。
アイツ、一番気にするべき相手(バスク氏)を背中に乗っけてさ。なんでだよと思ったけど……安全地帯の背中に匿う意味があったんじゃなかろうか。
だって他は一切気にする必要などないとばかり。
この場にいる他の人への被害を考えず、無遠慮な突撃を繰り返しやがるんだもの。
突撃しか能がないのか、てめぇ。
現場は、ある種のループめいた状況となりつつあった。
魔物を抑え込もうと奮闘する魔法騎士コース生。
四方から攻める人間に煩わしそうにしながらも足止めされる魔物。
そこに全てを薙ぎ倒す勢いで、山羊頭の魔物めがけて光る角をふりふり突撃する山羊精霊。
そして激突する山羊と山羊頭の衝撃波に、巻き上げられて倒れ込む周囲。
それが、何度も繰り返された。
いくら立て直そうと、備えようと、無駄だと嘲笑うように吹っ飛ぶ皆さん。
吹っ飛ぶっていうか、足を取られて倒れ込むわけなんだが。
これ下手したら倒れ込んだ隙に魔物に踏み潰されてもおかしくないよ。その魔物も等しく吹っ飛んで転んで、それどころじゃないんだけれども。
仲間達は二回か三回転ばされたあたりで山羊の突撃を警戒するようになってたんだけどね……人間の抵抗じゃ、抗うのは難しいようだ。アドラスとか空飛んでんのに、やっぱり衝撃波に煽られて地面に叩きつけられてるし。そんだけ激しい余波が周囲に来るような攻撃を繰り返してるのに、耐えて戦闘続行してる山羊頭もタフさがヤベェな……。
どっかーん!!
山羊頭に角から突っ込み、張り倒すや否や、精霊山羊はその場に留まることなく離脱して距離を取る。そうしたら再度助走をつけて山羊頭へアタックだ。
そんな流れが、五回も繰り返されたあたりから、戦闘の流れがちょっと変わってきた。
なんか、ちょっとおかしな方向に。
「やべ、そろそろ来るぞ!」
「くっ……またか。どんどんタイムラグが短くなっているじゃないか」
ギリギリの状況下、迫る危機。
緊迫感に背中を押され、高まる団結力。
精霊山羊が狙うのは、山羊頭一択。だけど衝突の度に余波で転ばされる少年達。
衝突と衝突の合間では山羊頭に攻撃を加えている為、その時だけ遠くに退避するという事も出来ない。
こうなればいっそ、山羊精霊に任せて山羊頭を放置でも良いんじゃないかという考えも閃くが、衝突から次の衝突までの間が結構空く為、完全放置も難しい。
そして、戦況は謎の展開を遂げた。私の目が、点になる。
「……っ来るぞぉ! 備えろー!!」
「「「おう!」」」
何やってんの、アイツら!?
私達が観戦する中。
精霊山羊が迫る、インパクト直前。
毎度毎度巻き添えを喰らっていた魔法騎士コース生四人……じゃねえな、全員か。八人か。
八人が、何を思ったのか一斉にシュバっと山羊頭の背中に飛びついた。飛びついたっていうか……あ、アイツら、山羊頭の背中を押してやがる。向かってくる山羊精霊の方へ押し出す形になって……押してるっていうか、山羊頭を盾にしとる!!
いきなりの展開に、山羊頭が狼狽えとるじゃないか!
思わず、「へぁっ!?」って変な声が出ちゃったじゃん!
いやホント、どうしてそうなったの!?
山羊頭が物凄くあたふたしながら自分の背後の少年達と、向かってくる山羊精霊とを交互に目をやって慌てているんですけど! どっちに対処すべきかと慌てながらもなんとかしようとして……
そして、時間が切れた。
山羊頭と山羊精霊が、正面からごっつんこだ!
むしろ魔法騎士コース生が押しまくったせいで、山羊頭側からも向かっていく形になっている。
だけどそのお陰だろうか……衝突の余波は、山羊頭の背後までは届かなかった。
つまり、魔法騎士コース生たちが全員すっ転ぶという事態が回避されたことになる。
山羊頭の背中に隠れきれなかった若干名は、転んでいたが。
なお、山羊頭自身は動転していた為か防御が遅れたらしく、鳩尾に山羊精霊のアタックを喰らっていた。現在、腹を抑えて蹲っている。うん、モロに入ってたもんね……。
魔法騎士コースの皆は転ぶ人数を軽減できた結果を見て、イケると判断したらしく。
加えて山羊頭へのダメージ増を見込めると思ったんだろうね。
これ以降、仲間の誰かが持ち回りで山羊精霊の動きを監視、体当たり直前に声かけをして、全員で山羊頭を盾にするという作戦に出るようになった。
山羊頭も当然抵抗するが、八人がかりの数の暴力……いや待て、いつの間にかしれっとさりげなく、牛頭が混ざっとる!! 魔法騎士コース生に混じって、牛頭も山羊頭の背を押してるんだが!? 牛頭も山羊精霊が体当たりする度に転んでいたもんね!?
この時ばかりは、武器を収めて仲良く力を合わせて山羊頭の背を押す魔法騎士コース生と牛頭……お前ら仲良しかよ!? 一瞬、何と戦ってたのかわからなくなったんだが!
魔法騎士コース生たちの転倒が軽減された、そんな中。
しかし少年達の負担が軽減されても、一人だけ過酷な環境に晒され続ける少年がいた。
それは誰かって?
アラバスター・ホワイト氏である。
山羊精霊が唯一完全なる安全地帯だと判断したっぽい、その背に攫われ、暫し。
今も変わらず、その背に逆位置で乗っけられている。
……せめて、正面向かせてやれよ。どこに突っ込んでいくのかわからない分、心身共に諸々の負担が大きそうだ。というかしがみ付くだけで精一杯☆って感じだね。
今にも振り落とされそう……いやむしろ、どっかで落ちた方が良いんじゃね? 山羊頭から距離を取ったタイミングとかでさ。それで避難できれば良いだろうに。
「あんな姿勢で、よく落ちませんわね……」
『落ちる事はないであろう。背から落ちぬよう、補助をしているようじゃからの』
『右の柱の精霊、力の使い方がとっても器用ー』
「Oh……シアン様、マゼンタ様、それホント?」
どうやらバスク氏は山羊の背中から逃がしてもらえないようだ。
山羊精霊が何らかの力を使って、背中に固定しているらしい。
災難だね、本当に……カメラが欲しい。
バスク氏は目をぐるぐると回しながら、涙目だ。気持ちはわかる。
忙しなく助走からの突撃を繰り返す山羊に、何度も悲鳴を上げて疲労困憊☆
叫ぶ気力も尽きてきたのか、より悲惨な感じになってきている……。
「だ、誰か……助けっ」
風に紛れて、切れ切れに。
少年の救いを求める声が聞こえた。
その時だった。
バスク氏の声に呼応するようにして。
空に、光が弾ける。
いきなりの異変に、山羊精霊が足を止めた。
魔法騎士コース生や魔物たちも、なんだなんだと空を仰ぐ。
そこに、光の中心から生じるようにして……逆光の中に浮かぶシルエット。
登場の仕方からして、明らかに人間じゃないソレ。
ソレは、立派な角を有し、暴れる風に全身の毛を靡かせて……
……おーっと、なんか、四つ足のナニかっぽいぞー?
激しい光が収まっていき、空には神々しい光輪を背後に浮かぶ獣の姿。
厳かな顔立ちに、厳しくも賢者の如き眼。
全身を覆う体毛と、硬そうな蹄を有する四つの足。
柔らかそうでありながら、がっちりとしたフォルム。
うん、山羊だな。
「って、リンダ!? なんでリンダが空に!?」
そしてどうやら、やっぱりホワイトさん宅の山羊っぽい……。
自分を見下ろす山羊を、バスク氏が驚愕の眼差しで見返している。
『救いを求める声が聞こえた……盟約により呼び声に応え、我・推参……』
「リンダが喋った! ってこの展開、さっきもあったよ!! またかよ!!」
『ホワイト一族の末裔よ……十五歳の誕生日おめでとう。はっぴーばーすでー……』
「だから俺の誕生日は三日後だって言ってるだろ!? なんでみんな今日だと思ってるんだよ……俺が間違えてるのか? 俺の誕生日なのに?」
ああ、うん、どっかでっていうかさっき見たね。確かに。
あの山羊、というか山羊の中にいるナニかも我が強そうだな、おい。
「……シアン様」
『うむ、中に精霊がおるの。あやつも知った精霊じゃ。確か……』
「あ、うん。わかるよ、アレだね? 左の柱を守ってたんでしょ」
『否、確か屋根を守っていたのではなかったか?』
「シーサー扱い!? 左の柱じゃないの!?」
(山羊精霊からの)救いを求めるバスク氏の声に応じて、新たに表れた山羊(案の定中身は精霊)。
しかし山羊に宿った精霊同士で、どんな形で話が付いたのか。
少なくともバスク氏の意見は取り入れられなかったんだろうなぁ……。
二言、三言、言葉を交わしているような様子が見られた後。
二頭の山羊精霊は互いに頷きを交わし。
そして、何故か二頭直列で走り始めた。
先を走る、バスク少年を乗せた右の柱担当の山羊精霊。
その後に従い、続けて走る屋根担当の山羊精霊。
バスク氏の待遇改善は見送られた模様。
助けてって声に応えて現れたんだろう、あの山羊?
バスク氏を助けないで良いのか、あの山羊?
どうやら爆走する山羊精霊の背(精霊が認める安全地帯)から降ろすのではなく、危険(山羊頭の魔物)を排除するという方向性で同意したらしい。
ただ、走る山羊精霊の背に逆向き配置で乗せられたバスク氏の視界に、走る山羊の姿が見られるようになっただけという……。
ドンマイ、バスク君。強く生きろ。
なお、バスク少年の誕生日は本人申告の通り、三日後です。




