発光山羊、発進
先週は投稿できず、申し訳ありませんでした。
なんとか親指の痛みも軽減してきた小林です。
……まあ、一日仕事を終えた後には痛みがぶり返していたりもしますが。
ロキソニン配合の湿布をお供に、なんとかやっています。
アラバスター・ホワイトの危機に呼応して現れた、山羊のメリッサ。
現在発光しながら空中浮遊&バスク氏へ大して拝礼中ー……明らかに凡庸な山羊じゃねえ!!
一体何がどうなってるのと、頭を下げられているバスク氏自身がいちばん困惑も顕わに動揺していた。
私だって事態がわからず、首を傾げる。
はてな? 前世でやった『乙女ゲーム』にゃ、こんな場面はなかったんだが……
「これ一体、どういうことですの……?」
『おなかまの気配がするー!』
『するのなのなのー!』
私の疑問には、既に聞き馴染んだ近くの音を伴わない声が答えてくれた。
予想外な方向からの、回答だった。
「どういうことですか、マゼンタ様、孔雀明王様。お仲間って言うと……あの山羊が精霊様だと?」
山羊の姿をした精霊……?
いや、どう見ても物質を伴ってるんですが。
マゼンタ様達、一般の方には視認できない発光体とはあまりにも在り様が異なりすぎやしませんか? 精霊が見えない私のクラスメイト達にもはっきりくっきり見えちゃってるようだし。
なんか私の知る精霊様とはあまりに違いすぎて、違和感半端ないんだけど……。
しかしマゼンタ様と孔雀明王様は感覚で話すタイプなので、詳細な説明役は向き不向きで言うと明らかに向いていない。こういう説明ができる精霊っていうと——
「シアン様、あれどう見ても山羊的な物体なんですけれども、精霊様なんですの?」
『うむ、然り』
「わーお、一言で片づけられた……ええと、精霊様には肉体とかないのでは?」
『正確に申すのであれば、憑依じゃな。肉体は獣じゃが、精霊が取りついておる。しかもあやつは……ほぅ?』
「今の瞬間に何の情報を読み取っていらっしゃる!? え、何が分かったんですか……っていうか憑依って精霊様、そんなことできんの!? マジで!?」
『ちょっと有名で強い精霊じゃというだけの事。前に見えた事がある奴じゃの』
「どちら様ですか」
いや、精霊の界隈で有名であっても、人間にとってもそうだとは限らないけれども。
聞いて、わかるとは思えないけれども。
それでもつい聞いてしまった私に、お元気よくマゼンタ様が言った。
『マゼンダ、知ってるー! マゼンダも会ったこと、あるー!』
「え?」
『あの山羊の精霊ー、あれだよね、あれあれー』
あれってどれだよ。
『精霊王んとこの、右っかわの柱まもってるのー』
「それは果たして凄いのか、凄くないのか……右っかわの柱? いや、それより精霊王とな」
精霊に王サマっていんの? 自由なイキモノの集まりだと思ってたんだけど……この自由意思の塊みたいな方々を束ねるとか心労すさまじそうじゃん。罰ゲームじゃん。そもそも王サマとか立てそうにねーんだけども。今だって『精霊王様』じゃなくて『精霊王』って呼んでる当たり、敬意はなさそう。
『説明が足りぬのぅ、マゼンタよ』
シアン様がソレを言う。
『ミシェルよ、精霊王とはの。精霊ではなく人間じゃ。精霊たちの王ではない』
「なんてこった、表示に偽りありだった」
『人間達が勝手にそう呼ぶようになったのであって、我ら精霊は呼び名にまで関与はしておらん。じゃがしかし、精霊という精霊に好かれる一族ではあるの。こぞって観察し、遊びに誘い、頼まれれば力を貸すくらいには』
「好かれる方向性よ……うっわあんまり羨ましくないなー」
『いつしか人間達が、精霊使いの王略して精霊王と呼ぶようになっておった』
「精霊使いの王、いや待て、それなんか知ってる」
シアン様の説明を聞いている内に、思い当るものがあった。
それに該当するヤツ、何か知ってるぞ?
精霊に好かれる一族で、精霊自ら力を貸して。
そんでもって精霊使いの王というと、アレじゃん?
昔、邪神の封印を司る六つの王国のひとつだったのに、邪神を鼻で笑って信じなかった馬鹿野郎な戦闘国家にうっかり滅ぼされてしまった『精霊使いの国』――通称、『白の国』。
邪神の封印が綻ぶ原因ともいえる惨事の主人公。
その王国を治めた王家の名は、そのものずばりでホワイト家。
アラバスター・ホワイトのご先祖様じゃん?
つまり、アレか。
今現在進行形で光る山羊に守られて、めっちゃ動揺しているバスク氏。
偽りなく、あの山羊は彼を守る為だけに現れたのか。山羊の身体を借りて。
マゼンタ様の説明(?)によると、あの山羊(中身)は、かつてバスク氏のご先祖様が住んでた王宮だか王国だかの、右っかわの柱を守っていたという……凄いのか、凄くないのか。右の柱って表現だとわからんな。
「メリッサ! メリッサ!? 光って、浮いて……お前に一体何が!」
『アラバスター・ホワイト……我が愛するホワイト一族の末裔よ』
「メリッサが喋った!!?」
『いや、我、メリッサちがう』
「違うの!? メリッサじゃない……どこの山羊さん!?」
『あー……今は大人しく清聴せよ、アラバスター・ホワイト。我はそなたに会うために此処にいる』
「俺に用なの!? っていうか難しい言葉使ってくるな、山羊なのに!」
『我が山羊の姿をしていることは、ひと時忘れよ!』
「無理だよ、目の前にいるのに! 見るからに山羊じゃん! だけど喋って浮いて、光ってって……ハッさては新手の魔物か!? 俺を惑わそうっていうのか!」
『だから大人しく話をきくのじゃ! 質問は後から受け付けるから! あと我、魔物ちがうし! 精霊じゃし! 今のそなたでは認識できんじゃろうと思うて、敢えてわざわざ親切心から、そなたにとって馴染みも親しみもある山羊の身体を借りて現れただけじゃし!』
「め、メリッサぁ!! やっぱその身体、メリッサなんじゃないか! うちの山羊になんてことを!」
『そなたの爺様は借りて良いって言ったもん! 我、ちゃんと飼い主に許可取って借りたもん!』
「じいちゃん!? 何してくれてんだ、あのジジイ……っ」
『重要なのはそこではなくてな、』
「うちの山羊が重要じゃないだって!? 山羊は家族で財産なんだぞ、重要に決まってるだろ!」
おお、すげぇすげぇ。放っている間にみるみる話が脱線していく。
よくわからんが、どうやらバスク氏は山羊の事となると黙っていられないらしい。家族だって言ってるし、それだけ大事にしているって事なんだろう。
現れ方が異様だったけど、山羊の中身に奔放な精霊様たちと同類の気配を感じた。やっぱ精霊だな。
こうしている間にも、山羊の背後では私のクラスメイト達VS牛&山羊戦が繰り広げられているんだが……光る山羊に圧倒された瞬間を狙って、すかさず猛攻に転じた魔法騎士コースの同胞たちは流石と言える。こうして異様な山羊が現れたっていうのに、それに気を取られず、状況に即して動けるのは凄いことだぞ。師父だって満足げに頷いていらっしゃる。
光る山羊を危険な敵だと判断したのか、魔法騎士コース生に集られながらも、合間を狙って山羊頭が遠距離攻撃してきてるんだけど、現時点では全て精霊山羊の光に弾かれている。物理攻撃をこうまで連続で防ぐってなると、山羊の中身は相当な高位精霊なんだろう。今は発光山羊だが。
そして山羊は、中々話が先に進まない事に気付いて、強行突破を試みた。
『と、ともかく。我はこの時を待っていた……そなたが十五の年満ちて、ホワイト一族の真なる力に目覚める日を』
「し、真なる力? って、なに??? よくわからないけど、俺に何か力があるの?」
『然様。そなたの一族が持つ力は只人には過ぎた力。それが子供であれば尚、更に。だからこそ、そなたらホワイト一族の子は十五歳の誕生日を迎えて初めて、力を継承する資格を得る』
「えーっと……俺の誕生日、三日後なんだけど」
『………………』
「………………」
『だからこそ、そなたらホワイト一族の子は十五歳の誕生日を迎えて初めて、力を継承する資格を得る』
「流された!?」
おっと何事もなかったかのようにTAKE 2!
発光山羊はバスク氏の言葉を聞かなかったことにしたようで、再度同じ言葉を繰り返す。
数日くらい誤差の範囲だろ、と言わんばかりだ。
なんかいきなり目の前で唐突にイベントが発生したような感じだ。
どうやらあの光る精霊山羊は、アラバスター・ホワイトが十五歳になったからという名目で降臨したらしい。実際にはまだ誕生日前らしいけど。
展開を見るに、十五歳になったアラバスター・ホワイトは、どうやら精霊使いとしての素敵な才能が爆発……じゃなかった、精霊使いの王として名を馳せた一族の力を継ぐことになったらしい。
だからこそ、山羊も来たって訳なのか。
あれか? あれだな? バスク氏を新たな契約相手として守るとかそんな感じなんだな?
それってつまりさ。
『乙女ゲーム』の冒頭で赤太郎がやらかした『ヒロインの村を魔物が襲撃事件』。
あの事件の発生が数か月ズレていたなら、隠しキャラであるアラバスター・ホワイトのその後の悲惨なアレコレは回避できたんじゃ……?
私の中で、(乙女ゲームの)赤太郎の余罪が増えた瞬間である。
少なくとも闇に覚醒☆する運命は回避できた可能性があるよね。精霊が守り切ってたら。
覚醒☆しなかったら、そもそも隠しキャラとしての設定が前提から諸々崩壊するけど、ラスボス兼任なんて一歩間違えば滅ぶギリギリな運命は回避できた方が良いんじゃね?
それにアラバスター・ホワイトが強力な精霊を完璧に扱えるようになっていたなら、魔物が村を蹂躙する前に倒せていたかもしれない。そうすると、被害も大幅に軽減できていただろうし……。
本当に、赤太郎の暴挙が数か月ズレてさえいたならば……。
残念なヤツだよ、赤太郎……とりあえず、次に会ったら出会い頭に殴っとこ。
いきなり表れて精霊を名乗る山羊に戸惑うアラバスター・ホワイト(十五歳の誕生日三日前)。
厳密にはまだ精霊使いの力に目覚めてないっぽいけど(やっぱり誕生日前だから)。
しかし山羊が自らこき使われに参上した訳で。本山羊は使われる気満々っぽいので、精霊使いとしての力が眠ったままでも言う事を聞くのであれば戦力的に問題はないんじゃないだろうか。見ている限り、あまり言う事は聞きそうにない気もするけど、率先してバスク氏を守るつもりはあるようなので大丈夫だろう。うん、大丈夫。問題、なし。
肝心のバスク氏はまだ納得も承服も出来ていないようだったけど。
うだうだとごねるバスク氏に、業を煮やしたか。
発光山羊はメ゛~といななくや、バスク氏の足の間にずぼっと頭を突っ込んだ。
……えっ!? 何してんの、あの山羊!?
そのまま勢いよく頭を上げる動きを使い、バスク氏を自身の背にかちあげた!?
驚きに、目を瞬く間に。
バスク氏は光る山羊の背に強制的に乗せられて呆然としていた。
……なお、バスク氏の視界前方には山羊の尻がある模様。
わかりやすく言うと、騎乗姿勢が互い違いになってんだけど……
おい、山羊、山羊!
背中のバスク氏、前後逆だぞオイ!?
気付いていないのか、気にしていないのか。
発光山羊はバスク氏の前後を正すことも無く、発進した。
今こそ敵を滅ぼさんと、そんな勢いで、発光山羊にとっての前方にいる……山羊頭に向かって。
山羊の姿をしているからこそ、似通った部分の有る山羊頭が気になるのか。
それともただ単純に近くにいたからか。
発光山羊は、山羊頭をロックオンしているようだった。
精霊を宿した山羊は、バスク氏を背に前へ行く。
振りかざした角に、眩いばかりの光を集めて。
賢者のような眼差しに、敵への厳しさを込めて。
少年の悲鳴を尾のように後へとたなびかせながら、己が敵へとまっすぐ突っ込んでいった。
ヤバイな……いま、とても無性に。
ミシェル・グロリアスとして生きてきて初めて、手元にカメラが欲しいと切実に思った。
この面白すぎる光景を、後世に残したいのに……!
それができない自分が、ただただ歯がゆかった。




