VS牛&山羊 1
サブマリン、お前、あの牛(と山羊)に何やったんだよ。
牛のセリフに異形共の首へと視線をやれば………………あ、しっかりと首輪をつけていらっしゃる。
どっからどう見ても犬用の首輪ですね、間違いありません。
赤い革製で、骨型のネームプレートには『ぺふ』と書かれていた。ペスじゃないんかい。ちなみにヤギの方は茶色い革に『ぷち』だ。どんなネーミングセンスだよ?
それも筋肉の付き具合を見るに、あの牛なら簡単に引きちぎれそうな感じなのに……そうか外せないって事は引きちぎれないのか。どんな強靭な素材で出来てんだよ、あの首輪。
というか文脈的に、うちのサブマリンがつけたの? あの首輪を?
……亀の手で? いや、無理だろ。
マジで何があったんですか、三百と十三年前。
そしてサブマリン、お前一体どんだけ長く生きてんの……?
山羊はまだ一言も言葉を発していないが、牛は喋った。
人語を解するとなると、それだけ長く生きて力を付けた高位の魔物って事になるんだろう。
……その牛がどうやら今まで勝てた試しがないっぽい、うちのサブマリン。
そして十分に長生きしているっぽい、サブマリン。
………………いま私の中で、「サブマリンも喋るんじゃね?」という疑問が芽生えつつある。
芽生えつつあるが、今はそれどころじゃないんで、一旦横に置いておこう。
今はそれより、大事な事があるんだから。
悲しいことに、どうやら牛と山羊はうちのサブマリンを前に戦意満々の様子。戦いは何も生まないというが、時に友情を生んだり憎悪を生んだりする。牛の場合はどっからどう見ても明らかに後者ですね。
だけど私には、サブマリンを暴れさせる気はない。周辺被害がヤベェ事になりそうだから。一方、牛はサブマリンと真っ向から戦う気だ。奴がどの程度の強さか知らんが、自殺志願者だろうか……悪いな、いまその願書は受け付けてないんだ。
だけど、もしかしたら。
サブマリンと戦えるほど、あいつらが強いとしたら。
牛の巨体が暴れただけで、損害が積み重なりそうだっていうのに、サブマリンと比べられるだけに強さがあれば。
「村まるごと更地コースかな……」
「不吉なこと言うんじゃねーよ、ミシェルぅぅ!」
何故かクラスメイトに泣かれた。何故に。
「なんにせよ、戦る気十分なあのぺふ&ぷち相手にどう立ち回るかで夏合宿のメニューが変動するっぽいからな。がんばれ皆の衆!」
「お前も当事者なのに超他人事!!」
「甘いな、真の他人事ってのはアレだ!」
叫んで、私が顎をしゃくって示す先。
そこには傍観する姿勢の師父とカロン兄様……の、背後に退避して同じく傍観態勢のナイジェル君がいた。
なお、その手には水筒と湯呑が……完璧に観戦する構えだな、おい。
しかし暗黙の了解として、ナイジェル君に関しては誰も何も言う気がないのだろう。揃えたように、全員が同時にそっと目をそらした。どうやら見なかったことにするらしい。
勿論、指摘しておいてなんだが、私も一緒に目をそらしておいた。
ナイジェル君に関しては、まあ、あれだ。
本人が自分の力量を弁えているから、ということで。
ぶっちゃけナイジェル君はいない方が安心して戦えるしな。実戦に引っ張り出すと、罪悪感とか躊躇とか一切なしに平然と仲間を肉の盾とかにしだすし。ヤツは頭脳労働担当、それでいい。
あっちは側に師父と兄様がいるし、放置でいいだろう。
師父と兄様、微妙に物問いたげな顔でナイジェル君を見てるがな。あの二人もその内スルーすることを覚えることでしょう。間違っても、こっちに参加させようとはしないでほしい。味方が逆に危険に陥るからな!
さて、牛と山羊は今にも動き出しそうだ。
アイツらがどんだけ強いかは、まだわからない。正確な力量を測れない時点で、私達との実力差がかなりありそうだ。チームワークでどこまで立ち向かえるか……本当に危険になったら、多分、師父が助けてくれると思う。だけど最初から助けてくれること前提で立ち回るのは、向上心とかそのへんの欠如に繋がる。それにいつだって誰かが助けてくれる保証はないんだ。戦闘職を志す者として、自分達の力でやり遂げる気概を持たねば。今回、私は見学だけど。サブマリンと嫁マリンがいるし。
いよいよ仲間達が危ないとなったら、なんとか助勢したいとは思うけど。
こちらのメンバーも、そこまでマズくはない筈だし……なんとかなるだろうか。
私はチラリと、仲間達の面子を改めて見る。
前衛としてはオリバーと、マティアスが鉄板だし、セリトとヒューゴも前衛かな。
遊撃には身軽なノキアとセディが活躍するだろう。
あと、変則的な戦い方をするシモンも遊撃かな。対戦相手を幻惑するのが得意だし。
アドラスは前衛でも後衛でもどっちもイケるし、自前の翼を展開すれば空からも攻撃が可能だ。
レイヴンは状況を見て臨機応変な戦い方ができるし、場の調整とか皆の動きのフォローとかやらせたら良い仕事するんだよな。
芸術家肌なラインハルトも器用すぎる上に変なこだわりを時々発揮するけど、まあ放って置いても良いだろう。
私達は魔法騎士を志す立場だ。魔法もまあ使えはするけど、純粋な後衛っていねーんだよなぁ。みんな、手に剣持って前に出て戦いがち。むしろそれが推奨される立場だしね。
一方、牛と山羊だ。
アイツらデカい上に、良い筋肉してんだよなぁ……山羊がちょっと、直視するのが辛い格好してるんでアレだけど。なんでアイツ、ビキニ着用なの? 胴体の上半身は人体っぽいけど、下半身は山羊だ。そして蛇の尾が生えている。それだけなら黒魔術の山羊っぽいなぁで終わるのに、マジで何故ビキニ……? 前世の世界で、日中あんな格好で闊歩してたら不審者扱いされるわ。絶対。
山羊からはそっと視線を逸らしておこう。戦うの、私じゃないし。
あーあーそれにしてもあの肉の鎧、攻撃(物理)を通すの大変そうだなー(棒)。
「がんばれみんなー」
「やっぱり超他人事! 仕方ない、みんな、剣を取れ! 今のところ攻撃してきてはないが、する気は満々っぽいしな。しかも日中の人里に乱入してきた時点で立派に討伐対象だ!」
「なあ、あれって魔物? 魔物っぽいよな? 魔物に見えて実は違いましたとかないよな……?」
「安心しろ。魔物だ。前に図鑑で見たことある」
「図鑑?」
「……ああ、『人類史上観測例の有る災害となった魔物図鑑』で」
「「「おい、ちょっと待て」」」
「なんかヒューゴが聞き捨てならない事、言いやがったんだけどー!?」
一気に討伐難易度上がったなぁ……。
災害扱いされる魔物って、単体で街一つ壊滅させたとかそんなレベルなんですけど。
アレを生徒だけで相手しろとか、師父の要求するレベルが高すぎる。
マジで危険になったら助けてくださいよ、師父!?
……と、そこまでは私も他人事でいられた。
めっちゃ傍観する気で、仲間たちに戦闘を任せて、うちの亀さんズの相手だけするつもりで。
だけど考えてみなくても、わかる話。
魔物がうちの亀目的で現れてる時点で、その亀を抑えている私が完全他人事でいられる筈がなかった。
ふしゅぅ、ふしゅぅと不穏な呼気を漏らしながら。
牛のぎょろりとした目が、私を捉えていた。
両手にサブマリンと嫁マリンをぶら下げた、私を。
てっきりサブマリンを見ているもんだと思ったけれども……ヤツはしっかりと、サブマリンごと私を見ていたんだ。
『……暴虐の王が、人の小娘に下ったという噂は真であったか』
「え?」
『堕ちたものだな、暴虐の王よ。人如きに服従するとは……三百年、まみえぬ間に腑抜けたか。人間などに従う今の貴様に、負ける気はせぬわ!!』
ちょっと待て、牛。
闘気十分なオーラを漂わせて、しっかり私をロックオンしとるー!!
待てよ、私はいま忙しいんだ! 他ならぬサブマリンの被害を食い止める為にな!
そこに突っ込んでこられて、サブマリンを解き放っちまったらどうしてくれる!?
そんな私の抗議が、言葉になる前に。
牛はしっかり前傾姿勢で、私めがけてマジで突っ込んで来おった!
間にある障害物や、私の仲間たちには目もくれず。
なんなら撥ね飛ばしてやろうって勢いで走ってくるんですけど!!
「やば、皆、ミシェルを守れ!」
咄嗟に私の前に集まり、オリバーの掛け声で防御陣営を作るクラスメイト達。
危機的状況で人の本性がわかるって言うけど、みんな、普段はもっと適当なのに!
こういう時は相手が強い魔物だってわかっていても、しっかり庇おうとしてくれるんだね。お前ら、紳士かよ。あ、違った、騎士見習いでしたね。
ちょっと感動するわー。
仲間達に庇わせるだけで、肉盾扱いするなんて私の性分に合わんがな! 私、ナイジェル君じゃないし!
私の前に壁を作る仲間達の背中を見て、私は思ったんだ。
私の両手は、亀で塞がっている。
だけど私には、まだ両の足がある……!!
敵が私を標的にしなければ、観戦していた。
だけど私自身が当事者となって、一方的に守られる立場に置かれるのは我慢がならなかった。
守られているだけじゃいられない。
相手が向かってくるなら……迎え撃つのみ!
それで私がどんな目に遭ったとしても、仲間達だけボロボロにするより、ずっと良い。
だから私は。
私に背を向ける仲間達に駆け寄って。
その背中を足場に、高く跳躍した。
牛は急には止まれない。
一直線に突撃してくる気だった牛は、本当にまっすぐ突っ込む姿勢で。
頭上が、がら空きですよー……って!
私の足には、さり気なく鉄板で補強してある特注ブーツ。
これで牛の脳天に踵落としでもしてやるつもりだったんだけれども。
そうは、ならなかった。
空へと飛び出した私の身体が、予期せぬ動きに引っ張られる。
え? なに? なんなの?
私の両腕に思わぬ力が伝わって、ぎょっとした。
ちょ、待てサブマリン!
私の身体を引っ張ったのは、サブマリンとパライバトルマリン。
考えてみれば、こいつらの口は封じているけれども……体の方はノーマークだった!
しまった、と考えるより早く。
電光石火の勢いで飛び出すサブマリン。
私の手に、顔面掴まれたまま、お構いなしに宙を駆ける。
マジで待って! 私をくっつけたままだぞおいぃぃい!!?
自ら、突っ込む。
それを人は体当たりという。
奇しくも牛と同じ攻撃手段ですね、はい。
私に顔面掴まれたまま、サブマリンはボディから牛にぶつかりに行った。
跳躍していた私の身体は踏ん張ることも出来ず、サブマリンの飛ぶ勢いに振り落とされないようにするだけで精いっぱいで。引っ張られるがまま、サブマリンごと牛へ接近する。
予期せぬ攻撃だったのは、私もだけど牛にもそうで。
牛の頬に、サブマリンは甲羅の一番硬いところからぶち当たった。
横合いからの一撃に、牛の巨体が揺らぐ。
突撃姿勢で横からの衝撃に弱かったのもあるんだろう、牛の上体がふらりと泳いだ……ところを狙いすましたように見逃すことなく、嫁マリンが動いた!
サブマリンを掴んでいるのとは逆の腕に伝わる、加速。
こちらもやはり、私が掴んでいるのもお構いなしだ。
体勢崩した牛の、逆の頬へと吸い込まれるように飛び込む嫁マリン。
やっぱり甲羅の一番硬い所から、牛の顔面へ体当たりだ!
亀の甲羅で往復ビンタかまされる形となり。
牛は、吹っ飛んだ。
残されたのは、その場にいつもの習いでしっかり着地した私と。
私に顔面掴まれたまま、どことなく得意げな顔をしたサブマリン&嫁マリン。
お、おい、サブマリン(と、嫁マリン)……お前! 何やっちゃってんの!?
口を封じられても、攻撃手段はそれだけではないとでも言いたかったのか……!?
「お、おいミシェル……」
「ハッ」
「お前、流石に……自分のペットで敵を殴るのは、ちょっとどうかと。良いか、亀はナックルじゃないんだぞ……?」
「誤解だよ、オリバー!!」
止めろ、人でなしを見るような目を向けるんじゃない!
違うんだ、うちの亀さん達が勝手にぃー!!
亀達が勝手に動き出したので、頭がちょっと追いついていないんだけど。
しかし今の一連の動きが、傍目には自ら手に掴んだ亀で殴りに行ったようにしか見えなかったと気づいたのは、この時だ。
まるで手近な亀を武器にしたかのような光景に、仲間達が何を思ったのかということにも。
必死に弁明したい。
今は戦闘時で、そんな余裕ないけど。
だけど必死に弁明したい! 決して私が望んでしたことじゃないと!
しかし疑惑を上手く晴らすことが出来ず、私はちょっと不審な目で見られた。
これも全部、白昼堂々いきなり人里に襲ってきた牛のせいだ。
あいつ……絶対に許さん!!
牛(♂):雄牛の頭と下半身、人間型の上半身を持つ巨体。毛皮の腰巻装備。
山羊(♂):雄山羊の頭と下半身、人間型の上半身、蛇の尻尾を持つ。ビキニ装備。




