牧場への道
先週にもお伝えいたしましたが、三月という時期により小林が繁忙期を迎えております。
来週以降の投稿に不安がありますので、投稿できなかった場合はご容赦ください。
あの後。
ヒロイン(仮)は何故か酷く頭が痛そうな顔で、実際に頭を抱え始めた。
なにやらブツブツと納得がいかないだの、情緒がおかしいだのと呟いている。
それは私への評価ですかね? 私の情緒の、どこがおかしいというのか。解せぬ。
やがて疲れきった顔を上げて、私の顔を見るなり溜息だ。
「ちょっと、時間がほしいわ……」
「なんの?」
「あんたの話が意表を突き過ぎんのよ! 消化不良を起こしてるの、見てわからない!? 頭を整理する時間頂戴って言ってんの!!」
「私よりむしろ、貴女の方が情緒不安定に見えますわね」
「誰のせいだと!?」
冷静に考えてみると、特に何かヒロイン(仮)と話し合うべき事柄があるような気はしないんだが……しかし何やら、ヒロイン(仮)の方は私とまだ何か話したい様子。まあ、話したいって言うんなら付き合うのもやぶさかじゃないよ?
それでも今は頭がパンクしそうだと言うので、後でまた時間を見つけて話をすることになった。
今回、滞在には乳製品に関しての確認も含め、数日を予定している。
何日かあるんだし、またヒロイン(仮)と話す時間も取れるだろう。
そしてようやっと動けるようになったヒロイン(仮)と連れ立ち、応接室に戻ったんだけど。
そこには、ゆったり優雅にマグカップを傾ける少年が二人。
「遅かったな、ミリエル」
「もう話し合いは終わったよ」
「俺達二人でざっと商談は纏めたから、確認してから承認印をくれ。もちろん、現段階ではまだ暫定的な内容って事になってるし、確認の過程で訂正や改善等、意見があったら言ってほしい」
「こちらの滞在期間中に纏めたいと考えているので、明後日までにお願いします」
ナイジェル君とペーターがそう言うのを聞くなり、ヒロイン(仮)はまた膝から崩れ落ちた。
「わ、私の仕事って……!」
いや、仕事そっちのけで現場放棄したの、おまえじゃん?
え? とても黙ってられなかったからって?
いやいや、そんな個人の都合はそれこそ後回しにするべきだろう。むしろ現場放棄を咎めも怒りもせず、自分達で話を進めてくれた二人に感謝しなよ。ちゃんと意見も聞いてくれるって言ってるじゃん。破格の対応だよ? これ、真っ当な商談だったら、相手が怒って帰ってもおかしくねーからな?
ヒロイン(仮)もまだ、十五歳。
年齢的に、色々脇が甘くても仕方ないだろうし、まだ理性が感情に負ける場面だってあるだろうけど。それでも重要な場面でそれやっちゃ駄目だと思う。責任ある立場なら、なおの事。
今までは辺境の、周囲は身内ばっかりの村という環境故に重く見られることがなかったんだろうけど、そういう態度ってやっぱり後々問題になると思う。特に今後、村の外部との交流や取引を盛んにやっていくつもりなら、今から見直した方が良いだろう。
今回はナイジェル君が慈悲深い相手だったと感謝して、重々心に刻んで教訓としてくれ。
隙を見せた自分が悪かったのだ、と。
多分確実に、このネタで後々までナイジェル君に都合よく操作されるだろうから。
「何があったのかは知らないけど、ミシェルを商談に同席させて正解だったね」
すまし顔でナイジェル君が呟いた。
あ、うん。これ確実にヒロイン(仮)の末路決まったわ。
ナイジェル君に頭が上がらなくなるパターンですね、よく見る光景だ。
「――この紋所が目に入らぬか!」
「こちらにおわすお方を、どなたと心得る」
「恐れ多くも先の副将軍、ミット大公なるぞ」
「一同、図が高い!」
ナイジェル君とペーター……じゃなかった、バスク君の間でさくさくと話が纏まったらしく、予定していたより早く商談は終わった。後はヒロイン(仮)を執務室に缶詰めして、書類の確認をさせる時間になった。一応、村の案内として村興し実行委員のメンバーが一人、私達に同行する事になる。
商談への意気込みが強いらしく、割と手厚い歓迎だと思う。
実行委員会本部前の広場で稽古していた仲間達を、自然と出来上がったらしい人だかりに紛れて見守る。こうして離れた場所から、俯瞰するように見る機会って意外とないんだよね。練習する場所って大概、機密性の高い室内だし。
しかも、いつの間にかラインハルトが芝居稽古の欠員代役から、BGM係に転身していた。持参したらしいリュートを掻き鳴らしながら、お芝居のセリフを邪魔しないさりげなさで場面に合わせた曲を演奏している。楽譜の類はないので、即興で弾いているのかもしれない。
音楽が合わさると、練習でも一気にそれっぽくなる。
やっぱり見世物としてお芝居って強いよね。
特に辺境の村なら元々娯楽は救いなんだろう。
結構な数の人が、練習する彼らを取り巻いて熱心に見入っている。
あ、よく見たら、おひねり投げられてら……。
ちゃっかりおひねり回収用に帽子が置かれていた。
彼らの稽古がひと段落したら、回収して一緒に行動するつもりだったんだけど……。
「大勢の人が楽しんでくれてるみたいだし、置いて行く? 舞台度胸を付ける練習にもなるし、ここで一日練習させても良いかもしれないね」
「流石はナイジェル君、さり気なく鬼だねぇ。休憩もなく一日ぶっ通しでエンドレスお稽古なんて。私には必死にこっちに目配せしてくる皆の視線が、止め時を見失って助けを求めているようにしか見えないよ」
「ふふふ。そんな視線、あったかな?」
「ナイジェル君ってばー。あんまりここで酷使しすぎると、皆が拗ねちゃいますわよ」
「仕方ないね。飴と鞭は使い時を誤ると後が大変だし、そろそろ回収しようか」
なんとな~く、皆の事を広場に置き去りにしかけたが。
今回は商談目的だけど、一応は村の見学という名目で観光も兼ねている。
いや、大部分は乳製品の品質なんかを調査する為なんだけども。
大人数で行動する必要はそれほどないっちゃないんだけど、皆も地味に楽しみにしていたしね。
置いて行くのは可哀想なので、キリの良い所を見計らって合流を果たした。
さあ、観光だ!
「今日は村自慢の乳製品を生み出している現場、ジョバンニさんの牧場へご案内します。牧場主には既に話を通してありますので、ゆっくり牛たちの普段の姿をご覧ください。村興し実行委員長の発案で、今は観光客向けに生乳しぼり体験やバター作り体験、新鮮な乳製品を使った逸品料理の試食なんかもできるんですよ」
「それじゃあ、一通り体験させてもらいますね。この場にいるのは騎士を志す者ばかりですが、何分武骨な者が多いので、不調法は大目に見て頂けると幸いです」
「ははは、そんなことありませんよ。武骨と仰いますが、皆様、流石は都会の魔法学園の生徒さんだ。見るからに華やかな方達ばっかりで、僕らの方が田舎過ぎて飽きられるんじゃないかとひやひやですよ」
案内係のお兄さんと談笑しながら、向かう牧場への道。
「生乳しぼりにバター作りか……馬鹿力で粉砕しちゃわないか、俺ちょっと心配」
「特に生乳しぼりな。相手が生物だけに、優しくやんねえと……牛はちょっと個人資産じゃ弁済できん」
「生乳しぼりかぁ。未知の体験だなぁ。っていうか牛乳ってマジで牛から生産されてんだな」
「……みんなちょっと乳しぼりに気ぃ取られ過ぎじゃない?」
しみじみと牛へと思いを馳せるクラスメイト達。
何人かは汚らわしい物を見るような、侮蔑の瞳で乳しぼりを連呼する数人を見ている。
おう、どうしたどうした? なんか若干グループ内で見えない壁が発生してないか、おい。
なんか温度差があるなぁと首を傾げる私の横で、ぼそりとマティアスが呟いた。
「………………クレバリーかトニックがいたら、大はしゃぎだったかな」
「いや、トニックなら今頃既に鼻血を出してたんじゃね? そんで一人だけ安静にって隔離されて結局体験の機会を逃すまで、一連流れが一瞬で想像ついたわ」
「何故ここで思春期コンビの名が……ああ、あー……はいはい。乳しぼりね、そういうことね」
この場にいなくて良かった、クレバリー&トニック。
健康的で健全な筈の農場を、あの二人ならきっとピンクな妄想で埋め尽くしたことだろう。桃介もびっくりな卑猥なピンクぶりでな。
いたら絶対に村の人たちに胡乱な目で見られていただろうから、この旅に連れてこなかったのは本当に正解だよ。あの二人を連れて見知らぬ土地まで遠征とか、それだけなら忌避する事なんてないんだけど……目的地が乳製品の産地だったから、あの二人は同行者のメンバーから外されていたのだろうか。
なんだかんだと、好奇心旺盛な十代の少年ばかり。
わいわいと未知の体験を前に、楽しそうに道を行く。
そして、辿り着いた農場にて。
のんびり穏やかな、牛のぶもーって声がまばらに聞こえる、中。
なんかすっごい大きな、一際激しい「ぶもぉぉおおお!!」って声が。
え、なんかちょっと、ただ事じゃなさそうな騒音と慌てた気配が……
「うわぁー! 暴れ牛だぁぁあ!!」
「こっちは暴れ山羊だあー!?」
私達は何故か牧歌的な村の只中で、のどかとは言い難い非日常と遭遇した。
案内係のお兄さんの顔が、一気にざあっと青褪めた。
遠くから土煙が……こっちに向かってきてる気がすんだけど。
え、これ、気のせいじゃないよね?
牛、こっちに突進してきてね?
ミシェル嬢たちの前に突然の暴れ牛&山羊がー!?
さて、この場面で行動を起こすのは?
a.ミシェル嬢
b.師父
c.カロン兄様
d.クラスメイト
e.マーガス(案内役の青年)
f.オリバー&マティアス
g.サブマリン&パライバトルマリン




