あの素晴らしいツッコミをもう一度
チャイナに驚き、挙動不審に陥ったヒロイン(仮)。
頭を抱えて、なんかブツブツ呟いている。
どうした、発作か?
「どうしたんだミリエル、発作か!?」
おっと心の声を漏らしちまったかと思った。
だけどそれを言ったのは、私じゃなかったようだ。
ヒロイン(仮)とお揃いの法被&ハチマキ姿の少年が、慌てた様子で前に出る。
白い髪に、白藍の目。
知ってる姿と格好があまりにかけ離れていてスルーしかけたけど……あれ、ペーターじゃね?
確か本名は、アラバスターだっけ?
前世じゃずっと「ペーター」「どうしたペーター、正気か」って呼んでたから、なんか名前より『ペーター』呼びの方が個人的にしっくりくるんだけれども。
ゲームに出てきたヒロインのペーター的幼馴染にして、後に変わり果てた(痛い)姿(※中2的な意味で)で再登場を果たす少年。特殊ルートに置ける隠しキャラにして、ボスキャラ。
うん、アラバスター·ホワイトだよ。間違いねぇ。
……隠しキャラがここにいるということは、やはりヒロインはヒロインなんだろうか。
一気にヒロイン疑惑の信憑性が増したぜ。
ヒロイン(仮)の挙動不審……情緒不安定? な姿に、魔法騎士コースの皆が微妙に引いている。
普段は私を除く女子との交流がほぼ皆無に近いからなあ、あいつら。
女子に対して、無駄に妄想交じりの夢を抱いている節は否めない。素朴ながらも鄙には稀な美少女のご登場である(恰好はちょいとアレだが)。野郎共のテンションはきっと、内心ではダダ上がりしていた事だろう。
そこに来て、いきなりのこの奇行である。
ヒロイン(仮)、折角の美少女なのにな。残念だったな、野郎共。近くにいるだけでめっちゃ戸惑いの波動が伝わってくるぜ。
こちらの引き気味な空気は、相対する村興し実行委員会の皆様にも伝わってしまったのだろう。
代表として出てきた美少女の他に、ペーターを筆頭に数人が背後に控えていたんだが、いずれもハッとしたような顔でヒロイン(仮)と私達を見比べている。情緒不安定なヒロイン(仮)と、私達(チャイナ集団)を……あ、なんかめっちゃ困った顔しとる。
ああ、うん、なんだかな。私達、傍目にも凄まじく目立つもんな?
ペーターも、ヒロイン(仮)と私達の双方に眉の下がった顔を向けてくる。
しかしヒロイン(仮)がうんうん唸って自分の世界に閉じこもってるっぽいので、ペーターは「自分がしっかりしなくちゃ」とでも思ったのか、定かじゃないけれども。
ぐいっと自らがヒロイン(仮)の前に出てきて、私達へと困惑を歓迎で塗り潰した顔で言ったのだった。
「皆様、遠路はるばるようこそお越しくださいました。こちらでは何ですので、中にお入りください。席をご用意させていただいています」
ペーターは、私が思った以上にしっかり者っぽかった。
ヒロイン(仮)の代わりとなって私達を応接室へと案内し、対面にヒロイン(仮)を安置するとその隣に自分が座った。
しかし今更だが、彼らは私達と同年代の筈だが……他に大人もいたのに、この二人が村興し実行委員会の代表って事なんだろうか。さっきからの様子を見るに、ヒロイン(仮)がトップでペーターがその補佐って感じに見えるんだけど。
「ミリエル、ミリエル、お客様の前で失礼だろ。そろそろ戻ってこーい」
今は、ヒロイン(仮)の肩を揺すって正気を呼び戻そうとしている。
なんか妙に手馴れた感じがするんだけど、ヒロイン(仮)、常習犯なの?
ヒロイン(仮)の方も、揺すられるや否やハッとした様子で調子を戻すしさぁ。
そして、正気に戻ったヒロイン(仮)は、こちらが何かする前に盛大に自爆した。
いやさ、目立つもんな? 一番、派手だもんな。
どうしたって目が引かれるの、わかるよ。
だけどマティアスに話しかけたって、何もどうにもならないんだよな。
マティアスは芝居における準主役と言っても過言ではない。
『老将軍ミットの右腕役』だもんな、相応に衣装は手が込んでいる。老将軍ミットの次に。
そこに加えて、ヤツの面は学内でもさりげなくトップクラスに食い込んでいる(※純粋に顔貌の造形のみを評価した御令嬢がたの学園上半期美青年番付参照)。
色んな意味で人目を引くんで、ついついそっちに意識が行くのも仕方なかろう。
だけど今回の場合、代表は誰がどう考えてもナイジェル君なんだよな。
迂闊なヒロイン(仮)……自ら付け入る隙を、ナイジェル君に晒してしまうとは。
……ん? ナイジェル君、取引相手の隙を誘う為に、敢えて私達にチャイナ衣装着せて集団引き連れてきた訳じゃないよね?
私の中で、なんか微妙な疑惑が発生した。
だって冷静に考えて、取引にこんな集団連れて来る必要、なくね?
代表であるナイジェル君と、後は補佐に何人かと引率の為に大人である師父でも連れてくれば良い。それでも多くて五人くらいだと思う。わざわざ、十四人の小集団で来る必要なかろ?
そっとナイジェル君の顔を窺うが……涼し気な顔をしおって。平然としているせいで、全然読めん。取引をしようって時なんで、内心が窺い知れない表情でいるのは正しいんだろうけどな。
だけど私の抱いた疑惑は、やっぱり間違ってないんじゃないかな。
取引が本格的に始まる前に、集団の半分以上がこの場を離脱したからな! そしてそれを止めないナイジェル君!
「ナイジェル君、俺らちょっと席を外すな」
「せっかく連れてきてもらったけど、取引の場じゃ俺達に手伝えることなさそうだし……なんか傍観してるだけってのも、これから心臓に悪い展開になりそうで怖いし」
「この部屋に俺達がいるのも、部屋を圧迫して悪いしな」
「うん、良いんじゃない?」
ナイジェル君は引き留めることなく、おずおずと申告してきた野郎共に許可を出した。
確かにここの応接室、なんか無駄に広い感じはするけど、鍛えている少年が十人以上いると無駄に圧迫感あるもんな。目立つチャイナ衣装なせいで余計に圧迫感増してるもんな。
「それじゃあついでだから、この建物の前って小さい広場になってたよね。あそこで劇の練習でもしていたら? 念の為に事前申請もしたけど、あそこの広場って自由に使って良いらしいから」
「おー、それもそうだな」
「っていうか事前申請してたのかよ。流石ナイジェル君、用意周到じゃん」
「そうだな、やっぱ取引が終わるまで、俺らもばらけずナイジェル君を待った方が良いだろうしな」
「せっかく衣装を着ているんだし。芝居の全編通してじゃなくて、要所の見せ場だけを掻い摘んでダイジェスト的な感じでやってもらえると、この村に滞在している観光客への良い宣伝になると思うよ。特に殺陣のシーン重視で。それから練習の前後で、僕らの所属と、何をやるのかと、学内チャリティの宣伝を兼ねた口上をしてくれるかな。そうしないと宣伝にならないからね」
ナレーション役のオリバーにとっては、これも練習になるよね、と。
重々言い含める、ナイジェル君。
言い含めつつ、練習の前後で上げる口上用のカンペをオリバーに渡す、ナイジェル君。
あ、うん、これ最初っからそこの広場で練習させる気だったな。
役者担当の奴らは、そのまま自分の役を。
それ以外のヤツは台本を見ながらでも良いので、欠けているけど芝居上必要なポジションの代役&モブやら、やられ役を。
ざっくりと決めて、男は度胸! と唱えながらぞろぞろと退場していく野郎たち……。
ポカンとする実行委員会の人達にも、彼らが中座する許可をもらってお見送りする。
この場には実行委員会側の代表者と、ナイジェル君、補佐としての私、引率としてのカロン兄様が残された。なお、師父は取引の場に残ってもらう必要性がなかった為、私の保護者たるカロン兄様に後を任せて芝居の練習をする連中の方へついて行った。まあ、そっちの方が人数多いしな。クラスメイト達もついでなんで、存在感抜群の師父には置物よろしく『老将軍ミット』の代役をお願いする事にしたようだ。図太いな、クラスメイト達よ……。
一気に人数が減って、すっきりしちゃった応接室。
取引が始まる前に色々起きたせいか、ヒロイン(仮)やペーターはすっかりこちらの空気に呑まれている感じがする。
それでも何とか気を取り直そうとしているのか、それとも喉に何か引っかかったのか。
ん、ん、と咳払いをしてから、空気を換えようと努めるように微笑みを浮かべたヒロイン(仮)。
なんとか主導権を取り戻そうとしているっぽい、涙ぐましい努力が感じられた。
そのまま私達に何事か話しかけようと、唇を開いた。
「み、皆様、広場の方で練習をされるとのことですけれど……事前にお伺いしていた、学内行事に関する事でしょうか?」
「ええ、そうですね。こちらの実行委員会様にはチーズを筆頭に商品の提供をお願いしていますし、ご自分達の村の特産品を扱う場です。やはり気になりますか?」
「そうですね、どのような場所で私達の自慢の品々が使われるのか、興味はあります。どんな場でお使いいただけるのかは、購入された方の自由ではありますけど……やはり、イメージを掴めた方が私達としましても」
「気になりますよね。僕達は学内行事の一環で、軽食の提供を一環としたお芝居をさせていただく予定となっています。僕が代表としてクラスの監督を任されていて、隣のミシェル・グロリアス嬢が脚本と演出を担当しています」
「まあ、脚本をご自分達で? つまり完全オリジナルのお芝居を?」
「ええ、既存の劇とは異なる内容になっています。劇の内容にも自信は有りますが、提供する軽食メニューも軽視するつもりはありません。その目玉として、是非、御村のチーズを代表とする乳製品を扱わせていただければと考えています」
「まあ、私達のチーズを、メニューの目玉に?」
「上演する芝居の中でも、役者が演出として軽食メニューの一部を口にします。そうすることで、足を運んでくださった方々にも食べたいと思ってもらう。その為には見る人にとって何より美味しそうに見える見た目と香りが重要です。チーズを使った料理は見た目も美味しそうですが、何より食欲をそそる特徴的な香りのインパクトがある。もちろん、人によって好き好きはありますけれど」
「確かに、チーズって人によっては受け付けない方もいますものね。でも役者さんが食べるのですか? お芝居と仰いましたけど、それってどのようn――」
『――鎮まれぇ!』
彼女の声を、途中で遮るようにして。
外、具体的に言うと広場の方から、私達にとっては聞き馴染みの有り過ぎる声が聞こえてきた。
よく見ると、換気の為だろうけど部屋の窓が開いている。
窓、閉めた方が良いかな? そう考える間にも、また聞こえてくる。
『鎮まれぇ!』
あまりに大きく堂々と、迫力のあるセリフだったせいだろうか。
開きかけたヒロイン(仮)の唇が、驚いたようにきゅっと閉じられた。
どうやら外にいる彼らは、一番の見せ場を最初にやる事で衆目の注目を集める事にしたらしい。練習の順番の、構成についてはナイジェル君も指定してなかったし。その辺は自分達で考えたんだろうけど。
迫力十分な芯の有るセリフが、続いて私達のいる場所まで聞こえてくる。
『『鎮まれぇい!!』』
『こちらにおわすお方をどなたと心得る!』
『恐れ多くも先の副将軍、ミット大公なるぞ!!』
多分あれ、劇中一番の決め台詞。
普段の口数少ないマティアスも、ペラペラ喋るヤツじゃないから、最初の方はセリフもちょっと戸惑いがちだった。あれはちょっとした懸念材料だったんだけど、最近は発声練習させまくったせいか良い感じに声に力が籠っている。私は友達の成長を実感して、ちょっと嬉しくなってしまう。
私がうんうんと笑顔で頷いている、目の前で。
無言で窓……広場の方へ顔を向けていたヒロイン(仮)が、油の切れた機械のようなぎこちなさでこちらへ顔を戻してくる。その表情は、ちょっとなんとも言い難い。
なんか、前触れなく電撃を喰らって硬直した野生動物みたいな顔をしとる。
「………………あ、あの、ちなみに劇のタイトルはなんて」
「『老将軍ミットの冒険』です」
傍目にも様子のおかしいヒロイン(仮)に、しれっと動じることなく返すナイジェル君。
ナイジェル君の口にした劇のタイトルを耳にして。
ヒロイン(仮)は脊髄反射かってくらいの反応速度で叫んでいた。
「水戸黄門じゃないの!!」
あ、そのツッコミ二度目っす。
接する人をツッコミにせずにはいられない。
そんなミシェル・グロリアス嬢(15)。




