チーズ村:村興し実行委員会委員長の闘い
今日は後半、チーズの売人視点でお送りいたします。
今日もお空がとってもいい天気。
こんにちは、ミシェル・グロリアス十五歳です。
いま私、辺境のチーズ生産地にいるの。
そして目の前には転生者っぽい、ヒロインっぽい何かがいる。
多分、ヒロイン。多分。
前世のゲームで、ヒロインは天真爛漫な明るい前向き少女だった。
そう、それこそまさにアルプスの少女のように……
だけど今、目の前にいる彼女はどうだろう?
ヘアケア製品がそれほど普及していなさそうな田舎暮らしとは思えない、キラキラした金の髪!
泣いていなくても若干潤んで見える、まるで夢見るような青い瞳!
日焼けを知らない白い肌には汚れ一つなく、見るからにすべすべしてそう。
これぞまさに『鄙にも稀な美少女』という実例の体現者!
……ここまでなら実にヒロインっぽいが、それに加えて!
正装とでも言い出しかねん堂々さで着込む羽織、というかむしろ法被!
特に防御力なんてなさそうだけど、これでもかと存在を主張する額の鉢巻!
そしてトドメとばかりに燦然と存在を主張する、『村興し実行委員会』と記されたタスキ!
鉢巻と法被の両方に刻まれたエメンタールチーズのシンボルマーク!
……なんだろう、私の想像していたヒロイン像と違う。
私の想像していたヒロイン像の、六十倍くらい俗世間に塗れた姿をしていらっしゃる。
なんか『ファンタジー世界のヒロイン☆』というより、『田舎の歳末年越しイベントで甘酒を配るオッサン』に近い印象を受けるんだが……あれ? 法被に鉢巻って世界観バグってね?
見るからにゲームのヒロインと同じ身体的特徴を持つというのに、いまいち『ヒロイン(本物)』と断言できないのはそのせいだ。
彼女がゲームとなんだか違う理由。
その理由は、きっとさっきのセリフにあるんだろうな。
彼女は言った。
ド派手なチャイナ全開の私達を指して、『中国雑技団かよ』と。
だけどこの世界に、中国なんて国はない。
やっぱヒロイン(推定)、お前、転生者だろ。
どうやらシトラス先輩に続いて、二人目のお仲間発見のようだ。
特に探してはいなかった、んだけどな……?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
私の名前はミリエル。ミリエル・アーデルハイド。
他の誰に言っても不信感しか持たれないだろうけれど、私はこの世界のヒロインなのよ。
………………ヒロイン、の筈なのよ。
ヒロインの筈、それは確かなのに何故かイベントが発生する筈の時期には、何も起こらず。
この世界を舞台にした『乙女ゲーム』のメインシナリオはとっくの昔に始まっている筈なのに、物語の舞台である『魔法学園』へと編入するきっかけなど、影も形も存在せず。
メインストーリーに、多分、置き去りにされてる。
それが私、ミリエル・アーデルハイド!
ヒロインだったんじゃないの、私! 私の存在意義は?!
そんな思いに突き動かされて、なんとか現状に変化を、と挑戦を開始してから早数か月。
私は順調に、村の経済に貢献していた。
村の特産品売込と同時に『敢えて足を運ぶ価値のある村』としてアピールを開始し、村の観光地化を推進。その活動が実を結んで観光客を招き入れる事に成功し、村興し実行委員会のトップとしてまずまずの成果を叩き出している。
だけど、私のポテンシャルはまだまだこんなものではない!
この現状に満足することなく、今後もより一層村の発展を目指して邁進する所存である!
更なる躍進の第一歩として、私は取引の相手を望んでいた。
これだけ村と、村の特産品の知名度を上げたんだもの。
そう遠からず、食いつく人はいる筈。
村に人を呼ぶのも良いんだけど、私達の村は辺境と言ってもいい辺鄙な場所にある。そこまでわざわざ足を運んでくれるのは、時間と暇を持て余した富裕層の道楽貴族がほとんどだ。彼らも良いお客さんなんだけど、村に来てもらうのを待つばかりなんて受け身の姿勢じゃ、獲得できる利益は限定的なものに留まってしまう!
攻めの姿勢が必要なのよ!
来てくれるのを待つんじゃなくて、こちらから攻めていかなくっちゃ!
こちらから執拗に売り込んで、新たな商品開発を通して村のチーズの知名度を上げた時のように!
沢山の人に私達の村の特産品を買ってもらい、商品を通して村を知ってもらう。そして興味を持った人が村に足を運んでくれる可能性を僅かずつでも上げていくの!
その為にも、私達の代わりに商品を遠方まで運び、売り込んでくれる人。つまりは商品をより多くの層に、多くの地域に売る為の流通網を持つ誰か……商売的な意味でのビジネスパートナーが欲しかった。
そんな変化を望んでいた時に、私達の元へ取引を望む書状が届いた。
相手はどこぞの商会とかじゃなくて、なんと王都の名門『魔法学園』の生徒から。
思いがけない、意外な相手だったわ。どうして学生さんが? って首を捻ったもの。
書状にはその理由もちゃんと書いてあったわ。
学生が書いたとは思えない、しっかりとした内容の書面。
そこに書いてあった内容を要約すると、なんでも学内行事の一環で出し物をする時に、提供する軽食の目玉の一つとして、最近知名度を上げてきている『知る人ぞ知る某村のチーズ』を取り扱いたいのだと。
うちのチーズに目を付けるなんて、中々見どころがあるじゃないの。
それに魔法学園の学内イベントに商品を出品できる機会が得られるなんて、願ってもない事だわ。
だって王都の名門、魔法学園よ!
そこには超一流の教育者が集い、生徒達も確かな実力を持つエリートばかり。
更には一定の教育を受けた者じゃないと入学が難しいという事実から、生徒達は貴族や富裕層、平民であったとしても将来有望株であることは確実! そして私達のチーズが求められる学内イベントでは、その父兄や関係者が集まるという!
つまり、貴族や金持ちが集まるのよ!
これこそまさに私達が求めていた売込の場と言えるんじゃないの!?
そこで一定層の目に留まる事が出来れば、今後の勝利は約束されたも同然よ!
知名度は確実に上がるわ。そして貴族に好印象を持ってもらえたなら、必ず商品として扱いたいと望む商人達が村まで足を運ぶ筈。足を運ぶ人が、それも商人が増える=村の更なる活性化よ!!
私達のチーズが、より多くの人に広まる。
もしかすると王都民の食卓に、日常のお供として普及する日も近い、かもしれない!
これは、燃える。燃えるわ……!
学生が相手となると大した利益は見込めないかもしれないけれど、将来への投資と考えたらこれ以上の話はない。相手がわざわざ王都への商品紹介の場を整えてくれるのだもの!
貴族や富裕層の子供、と考えると不安が無い訳じゃないけど……だけど相手がどんな無茶ぶりをしてきたとしても、応じる価値はあると思えたわ。
――なんか重要そうなことを忘れているような気がするような、しないような気がした。
けどそんな気がしたってだけだし、思い出せないってことはそれほど重要な事でもないでしょ!
私は不安そうな顔をする他の実行員会メンバーを宥めながらも、今日の商談には嬉々として参加していた。気合は十分、実行委員会の正式な制服でもある法被とハチマキも今日の為に、いつも以上に丁寧に丹念に洗って手入れしておいたんだから!
さあ来い、魔法学園生!
なんか昨日、謎の空飛ぶ飛行物体が村で目撃されたとかいう不安になる噂が流れてきたけど、そんなUMAの情報なんて今日の商談の重要度に比べたら大した問題じゃないわ!
そして今、私の目の前には、なんか怪しい集団がいる……
え? 今日は魔法学園の生徒さん達が来る、って聞いてたはずなんだけどな???
なんか世界観の狂った異質な集団にしか見えないんだけど。
この世界はいわゆる『西洋風ファンタジー』な世界観をベースにしていて、住民が身に着けている衣服も欧州の民族衣装を彷彿とさせる。私が着ている服だって、丁寧に花の刺繍が凝らされた愛らしいものだ。前世のTV番組で見た、某国のビール祭り特集でこんな衣装を纏ったお姉さんを見た気がするし、グリム童話にでも出てきそうな素敵なメルヘン衣装よ。
なのに、何故。
なんで皆様、チャイナなの??????
魔法学園の生徒を名乗って私の前に現れたのは、何とも派手というか……
赤い色合いを基調としたチャイナ服が、目に眩しい。
全員が揃いも揃って『西洋風』とは間違っても銘打っちゃいけない恰好をしていた。
頭が混乱するんだけど……っ! この人たち、王都の魔法学園から来たんじゃなかったっけ!!
『魔法学園』という単語から連想する人物像と、およそ遠くかけ離れた集団が着たんだけど!
え? なに? 流行り? それがもしかして王都での流行りなの?
つうか、この世界、チャイナな文化とか存在すんの?
西洋風ファンタジーでは、無かったのか???
私が混迷を極めている間、つまりは客人を放置して頭を抱えている、間。
客観的に見て迎える側がやっちゃいけない、めちゃくちゃ失礼な事をしていたけれど、私の幼馴染が地味に物凄く優秀で……私が対応できていない間に、代わりに応対をしてくれていたらしい。
気が付いたら、そこは村興し実行委員会本部の応接室。
あれ? 私、いつの間にソファに座ったんだっけ?
どうやら幼馴染のバスクに、めっちゃスムーズに誘導されて座っていたらしい。
目の前にはやっぱりチャイナな集団。
ちょ、まだ納得も出来ていないのに商談開始!? あああああ、頭が回らないんだけど!
というか目が滑る! 目の間の集団が派手派手過ぎて、視線をどこに留めていいのかわからない!
これ怖い!! 気付かない間に、というかチャイナ具合に気を取られている間に、相手に主導権握られてる! 相手にばかり有利な条件で取引纏められそうでめっちゃ怖いぃ!!
私は何とか心を落ち着けて、気を取り直そうと頑張って意識的に深呼吸する。
客人に応対している目の前で深呼吸とか、自分でもどうよって思うけど。
だけど構っちゃいられない、なりふり構っていられない!
相手に揚げ足取られたり、油断を突かれかねない恐怖がじわじわと湧いて来る。
落ち着け、落ち着け私。
心を静かに、冷静に。
一所懸命に自分を宥めて、意識を切り替えた。
商談の相手は——相手集団の異質さに、気を取られるな。
ちゃんと見極めるんだ。
一体誰がこの集団のトップで、誰が商談の決定権を持っているのか。
本質的な部分を見て、外見の派手さに惑わされることのないように。
商談の相手を間違えちゃいけない。私が話を纏めるべきは——この少年だ!
「この度は、私達の村まで足をお運びいただいて有難うございます。なんでも魔法学園の行事で、私達の村のチーズについて取り扱いをご検討いただけているとか……?」
私だって、外見は捨てたものじゃない。
自分でもまあまあイイ感じの美少女だと思う。
この顔の良さを武器に、相手へとにこりと微笑みかけた。
一際、上質な衣装を身に纏う。
紫色の髪を垂らした少年へと——
「え、えっと……俺は、その、えっと。ナイジェル君!」
「すみません、実行委員長さん。話の取り纏めについては僕にお願いします」
「ふぇっ!!?」
……やべ。
話す(+笑いかける)相手、間違えた。
派手な集団の中、存在感……というか存在そのものが埋没していて、意識に引っかかりもしなかった小柄な男の子。しかもよく見ると、この子だけチャイナに侵食されてないまともな格好をしている。だけど小さいし目立たないしで、完全に存在に気付かなかったんだけど!
なんでこんな派手派手に目立つヤツばっかりなのに、肝心の商談相手は目立たない普通の恰好してるのよ!? 本当に、ちょっと、勘弁して!
「それでは、お話を始めましょうか」
……ヤバいかも。
今ので完全に、主導権握られた感じが、する。
その後の商談内容については、相手が本当にやり手の一言で。
双方に納得のいく話に纏まりはしたんだけれども、けれども……!
手のひらの上で転がされてる感が半端ない、こちらから攻めるなんて夢のまた夢みたいな感じの、なんとも敗北感を感じさせるものだったわ……。
当初の目的を忘れているぞ、チーズの売人。




