サンドバッグ(青)
青次郎……彼は彼の常識に基づいて意見を述べたのでしょう。
しかし彼は知らなかったのです。
己が視野狭窄に陥っていることを……
2022/2/11 感想欄にて作中に歌詞を一部使用している点への心配をいただきました。その為、文章を一部修正いたします。
顔を見たら、殴りたくなる。絶対に殴りたくなる。
何が何でも殴りたくなる——大義名分が整う前に殴り掛かったら流石に停学——から、状況が整うまで顔を合わせず済むように、さりげなく奴らと鉢合わせそうになる場は避けていたってのに。
ああ、でもお茶会はお嬢様達のご要望により共有スペースでやってるから、遭遇するのも有り得なくはないのか。華やかな懇談の場なんて、特に青次郎は来そうにないのになぁ!
「ああ……素敵。あの優美なお姿をご覧になって? まさに『青の王子様』ですわね」
「すらりとした長い手足。実践魔法コースの複雑精緻な文様が美しさを引き立てていますわ」
「本当に……あの法衣が最も相応しい方ですわよね。他の誰も、あんなに素敵に着こなせませんわ」
私の周囲で、お嬢様方がうっとりと溜息を吐く。
さっきまでは赤太郎の活躍話(六割誇張表現)にあんなにキャーキャー言ってたのになぁ。
王子なら誰でも良いのか、と思わないでもない。
思わないでもないけど、攻略王子共が美形なのは確かだ。
あの顔面を前にしたら、憧れを募らせずにいられないのが乙女というものなんだろう。
私は違うけどな!
「……ね、皆様? こんなに素敵な時にお見かけしたのですもの……殿下に薔薇の色相調査へのご協力をお願いしてみませんこと?」
お嬢様の一人が、言った。
そりゃ願ってもないけれど……今、いきなりっすか?
薔薇色リスト作成の目的として、対外的には『珍しい薔薇の色相調査』という名目をつけている。個々人によって色が変わるのはどうしてか、個人によってどんな変化が起きるのか、調査してレポートに纏めるという表向きの理由だ。まあ、言うからには作る気だけどね。
そして作ったリストは、研究目的でこの薔薇を育てているって言ってた庭師のボブおじさんに、『薔薇のお礼』と称して進呈する予定である。
ちゃんとしっかりした目的があり、更にはそれが学術的な理由に繋がる。
そこに礼儀も混ぜ込んでいるので、まあ大概の人は協力をお願いしても不審に思うまい。
そして……多分、この理由は青次郎への受けも良さそうだ。
何しろ秀才キャラのくっそ頭固い真面目ちゃんだからな!
ミーハーな目的を隠して調査・研究の為って言えば断るまいよ!
アイツ勉強と、勉強真面目にやるヤツ大好きだからな!
お嬢様方の行動力は、素晴らしかった。
一人で行くには勇気が足りないから、みんなで行きましょう——。
(意訳:一人で抜け駆けする気はない。殿下とお話しする機会は皆で共有しましょう。)
発案者の言葉に皆様、頷いて。
話の流れで私もついて行かざるを得ず。
殴れるように場を整える前に、会うまいと思ってたのになぁ。
思いがけず青次郎との急接近だなぁ、おい! 大人しくしておこうね、私の拳!
「ごきげんよう、殿下」
「お時間を割いていただき申し訳ございません。少しよろしいでしょうか」
一瞬にして、青次郎を包囲するお嬢様達。
隙がねぇ……なに今のフォーメーション! 凄い連携! 黒い三●星か! チーム戦の参考にしたい!
さわわわわ~っと囲んで、相手に口を挟む隙を与えず一気に目的まで問答無用でお聞かせして。
さあ握れ、とばかりにずずいっと正面の御令嬢が差し出す、希少な薔薇。
ここまでお膳立てされて、薔薇をちょっと持ち上げるだけっていう簡単作業は断り難い。
青次郎は難しそうな顔をしている。
少々不愉快そうだが、負の感情顔に出すなや。王子の癖に対人スキル低いな。
あからさまな溜息を吐き、薔薇に触れる青次郎。
その瞳がふと、私を見据えた。
多分他のお嬢様方とは明らかに違う格好してるから、目に留まったんだろう。
途端、青次郎の眉間に深い谷が生まれた。
おぅおぅお顔が険しいぜ。
「お前、なんだ恰好は。その服はどうした」
「どうした、と仰いますと……?」
「どうして、制服を着ていない。学園の敷地内では制服の着用が義務の筈だ」
はしたない、青次郎が顔をしかめて吐き捨てる。
制服? ああ、制服……制服、ね。
ねえよ、そんなもん。
例によって例のごとく、魔法騎士コースに女子がいなさすぎて廃れたわそんなん。
最初は一応あった。あった、らしい。
だが何度目かの制服デザイン変更時に作るの忘れられてそれっきり、らしい。
今となっては昔のデザインも今の学風に合わんというか、そもそも当時制服作ってた工房が潰れたらしく、『魔法騎士コースの女子制服』は完全に消滅した。
だからといって他コースの制服では『魔法騎士コース』のカリキュラム的に代用が難しい。やたら動き回るし立ち回るし物理戦闘するしね。スカートなんぞ履いてられるかパンチラするわ。
本格的な戦闘系の授業だと防具やら着用することもあるけれど、魔法騎士コースの制服は騎士の隊服を意識して作られている。つまり火急の案件にも対応できる事が前提の服装だ。ますますスカートなんぞ着られない。
なので私は学園に許可を取り、『それっぽい服』を着ている。
一応、騎士らしさを意識して、前世の祖国でおそらく最も高名な女騎士を参考にした。
そう……漫画の神が生み出した、某リボンが主張強めな女騎士をな。
つまりはアレである。
白タイツである。
足の形がくっきりと出てしまう為、良識ある大人には曇った顔をされる。
まあ足元は鉄板入りの厚底ブーツだし、戦闘訓練で足技だの馬術の稽古だの有る為、かぼちゃパンツ風味の短パンも着用しているから全く同じという訳じゃないんだけど。
かぼちゃパンツも服の裾で大部分が隠れるので、ぱっと見は某姫騎士様を思い出させる感じに仕上がっている。
この服創る時にお姉様達や騎士志望の兄に相談したら色々暴走した意見をもらった上にそれを取り入れたものだから、細々とした部分が二次元のあの方とは大分変わってしまった。
何にせよ貴族令嬢の恰好ではないな。うん、知ってる。
だけど最近は、仲良くなったお嬢様達にも「ミシェル様はそれでいいのよ」と言ってもらえるようになってきた。それで良いのだ!
今も私の恰好を不愉快そうに見下ろす青次郎に、そっと事情を説明して擁護してくれる。
青次郎が不快にならないようにと、柔らかで丁寧な説明だ。
だが、御令嬢達の説明を聞いた青次郎は、不遜な態度を隠さず顔をしかめる。
なんだそのツラは。
「そうか、お前が例の魔法騎士コースに入学したという前代未聞の女生徒か」
思い至った、という顔でじっとミシェルを見る青次郎。
しかしその顔は、すぐに軽蔑の色を乗せる。
「こんなおかしな恰好をしているとは思わなかったが、身なりは為人を表すという。そもそも女の身で騎士などと……それも非力な貴族令嬢のやる事でも、出来る事でもなかろうに。無謀を通り越して滑稽だな」
なんか、馬鹿にした感じに鼻で笑われた。
ぶん殴るぞ、てめぇ。
しかし、今はダメだ。
今はまだ、場が整っていない……!
今この場で殴り掛かっては、私がただの暴力女(狂犬)になってしまう!
それがなんとも口惜しい!
無意識に殴りかかることのないよう、渾身の力で手と手を握り合わせながら……私は気力を振り絞って淑女らしい微笑みを浮かべ続けた。
奥歯噛みしめすぎて砕けるかと思ったぜ。
さりげなく歯を食いしばるのに力を入れすぎて、反論らしい反論も出来なかった。
でも良いの。
口で何と言おうと、ヤツは納得しないだろうし。
どうせ後々、拳でわからせるから。
私の反論(物理)、楽しみにしていろよ?
授業(戦闘訓練)で遭ったその日が、そのお澄まし面の最期だ。
トドメに「愚かな女だ」と吐き捨てて、青次郎は去っていった。
その背中に殴り掛からなかった私は、よく頑張ったと思う。
偉い、偉いぞ自分!
この苛立ちと苛立ちと苛立ちと腹立ちは、後々青次郎への顔面パンチで晴らしてやろうな!
あの無駄に整ったツラに、面白パンチ痕をつけてやる。
笑顔を崩さず、青次郎が去った後も微笑み続けながら……私の心臓では、ふつふつと闘志が燃え盛っていた。
とりあえず今日は鍛冶屋に殴り用の皮手袋を持ち込んで、パンチ痕が肌にくっきり残るように細工の相談をしよう。
翌日。
青次郎(実物)を目の前にしていながら殴れなかったせいで、フラストレーションが溜まっていた。
これは少しすっきりさせないと、気を取られて訓練に身が入りそうにない。
毎朝早くから訓練場で自主練してるのに、身が入らないんじゃ意味がない。
私は気を紛らわせる為に、青次郎への殴りたい気持ちを仮初のモノで発散させることにした。
今はその準備をしているところ。
「……にぃくいぃぃぃあんちくしょぉぉうの~♪」
届け、私の気持ち!
真心を込めて歌いながら、私はしっかりと頑丈に縫い合わせた革袋にざくざくと砂を詰めていく。
この世界には、サンドバッグがない。
ないから、作ることにした。
強度とか、耐久性とか、そんなものは二の次だ。
ひとまず殴れればいい。
この鬱憤を鎮められるまで、殴れればいい。
鬱憤が鎮まったとしても燻るだけで消えはしないだろうけどな!
「お、おい、ミシェルのヤツ何をやってるんだ……?」
「呪いの儀式かしら……」
「っていうか何だよ、あの不穏極まりない歌」
「……なあ、どうして『憎いあん畜生』の下りで、チラリと私を見たんだろうか。あの部分だけやたら力強く熱がこもっていたんだが、私の事か? 私の事なのか?」
「あ、殿下お疲れ様でーす!」
「朝からせいが出ますわね、殿下! 今日も自主練ですの? お付き合いいたしますわ!」
「あ、ああ、フランツ、エドガー、おはよう。訓練に付き合ってくれるのは嬉しいが程々で頼む。君達も自主練の為に来たんだろう?」
「まあ自主練に来たのは間違いないんだけどなー……ミシェルが、不気味すぎて」
「気になって訓練に身が入りませんの。さっきまではオリバーもいましたのよ? でもミシェルの鬼気迫る様子を見て、ナイジェル君に何か知らないか確認に行きましたわ」
「それは、そうだろうな……私も今のミシェルはいつもと別の意味で怖い」
「よぉっし、完・成ー!」
「あ、何かできたっぽい?」
「ミシェル、それはなんですの?」
「てけてけん♪ サンドバッグー!」
「……サンドバッグ? なにそれ?」
「それよりちょっと待ってくれ。ミシェル、それはなんだ?」
「サンドバッグですわ」
「いや、そうじゃなく……なんで、ディースの似顔絵が張り付けてあるんだ?」
「あら、『青の王子様』? まあ、本当だわ」
「やたら似てるな、この似顔絵。なんだよミシェル、ディース殿下のファンだったのか?」
「ハッ……誰があんにゃろうのファンだって?」
「お、おい? どうした、空気が一気にやさぐれたぞ」
「ミシェル? どうしましたの?」
「何かあったのか、ミシェル。頼むから外交問題だけは控えてくれよ……?」
サンドバッグの、真ん中に。
私は自筆の『青次郎(顔)』を貼り付けていた。
何のために? もちろん、ストレス発散の為だ。
早く殴りたくて仕方がないので、早速近くに生えている手頃な木から吊るしてやろう。
訓練の合間の休憩に、木陰を提供してくれる大きな広葉樹。
そこから首吊り死体のようにぶら下がる、お手製サンドバッグ。
殴りやすい位置に青次郎の似顔絵が来るよう、慎重に調整する。
私の行動を無言で見ていたクラスメイト達の、問いかけるような視線。
彼らは多分、私の様子がいつもと違うので心配している。
友情って有難いわね。
心遣いに、私は端的にお答えして差し上げた。
この心情を詳しく語るのは、難しいから。
「青次郎に喧嘩を売られたの」
「青次郎……ハッもしやディースの事か!?」
「他コースの、他国の王子殿下まで……流石に不敬じゃね?」
「本人を目の前にして言わなければ良いんじゃないかしら……隠語的な意味で」
「青次郎がね、女に騎士は無理だって言うのよ。女が騎士を目指すなんて滑稽、なんですって」
「「「………………」」」
あら、どうしてかしら?
三人の目が、死んだ魚のよう……
でも私は一刻も早くこの殴りたいって気持ちを発散させたくって。
三人の様子にはお構いなしに、準備が整ったのを確認して拳を振り上げた。
狙いはもちろん、サンドバッグのご尊顔(笑)。
自然と口ずさむ、今の気持ち。
「叩け、叩け、叩け……!!」
「う、うわぁぁ!! ちょ、ミシェル! まずいって! さすがに似顔絵殴るのは露骨すぎてマズイってー!!」
「お、落ち着きなさいミシェル!! せめて似顔絵は剥すか、もっと本人とはわからないような絵に変えて頂戴! その絵は似すぎていて誰が見ても『何』を殴っているのか一目瞭然ですわー!!」
「ディースの国は最重要同盟国の一つだぞ!? 頼むから、頼むから外交問題だけは勘弁してくれー!!」
この日は朝から訓練場に大きな叫びが響き渡った。
みんな元気だね。
なお、青次郎の似顔絵は本人に似すぎているという事で、後から合流したオリバーに没収された。
妥協案としてサンドバッグには日本語で『青次郎』と書いた文字を刻み、私はすっきりするまで殴り続けるのだった。
まあ、『本物』をしっかり殴るまで、本当の意味ですっきりすることはないんだけどね。
主人公がこの世界に転生してから前世知識で作ったもの。
・精霊棚(※神棚)
・ドールハウス(※ミニチュア家具込)
・精霊様への貢ぎ物(※お菓子)
・炭酸ジュース
・サンドバッグ ←new!
あれ、おかしいな……?
転生系主人公って、もっとこう、生活を便利にするようなモノ作るものでは……?




