少年少女珍道中
明日着る服が、ねえ。
念の為に鞄に入っていた衣類を全部広げてみたけれど、物の見事にお嬢様仕様のヤツしかなかった。
実家や社交会にいる時はまだ仕方ない。一応、令嬢として生まれ育った義務もあるし。
だけど出先でまで、自由を満喫できる状況でまで、『お嬢様』をやるのは率直に言って嫌すぎる……! というか魔法騎士コースの面子の中で、お嬢様をやるのは浮く。確実に浮く!
こういう時は、まず相談だよな。
私は鞄の中からこんにちはしたヒラヒラの衣類は見なかったことにして、そっと丁寧に畳んで見つけた時よりも厳重に鞄の奥底へとしまい込んだ。
さて、野郎共の部屋は一階だったかな。
「お頼みもーうす!」
「「「き、きゃー!!」」」
開け放ったドアの先、目の前に広がるのは肌色の集団。
おや、お着換え中でしたか。
どうやら彼らも早々に落ち着こうと、旅装から部屋着に着替えている真っ最中だった模様。
着替え中に乱入とか、これが男女逆だったりしたら。私が男で、彼らが女性だったら殺されても仕方のない事態だ。とんでもない暴挙ですな!
しかし現実は私が女で彼らが男。
特に気にする必要も無かろうと気にせずそのまま直進した。
「ちょっと今よろしいかしら」
「なに平然と入ってきてんだよ! むしろ入ってくんなよ!」
「悲鳴を上げろとは言わない。だけどせめてもうちょっと取り乱して!? なにその平然ぶり! ものの見事にスルーされたら傷つくだろ!? 俺達が!!」
「何を今更……学園での戦闘訓練後なんかに、平然ともろ肌脱ぎで水被ったりしているじゃありませんの。あなた方」
「確かにやってるけれども……!!」
「流石にマッパだったらそっと見なかったことにしてドアを閉じるくらいはしますけれども、皆様パンツ履いているじゃありませんの。ぶっちゃけ股間以外に隠すべき部分なんぞないだろ、お前ら。男の裸なんぞ見たって面白くもなんともねーし」
「物の言い方……!!」
「回収してきて、乙女の恥じらい!! お前どこに捨ててきたんだよ!」
「残念ながら初めから搭載されておりませんわ」
「グロリアス子爵家ー!! お嬢さんの教育どうなってんの!? 育ててあげて、乙女の恥じらい!」
「ちょっと誰かカロンお兄さん呼んできてー! 妹さんの教育に関して物申したいから!」
「ちょ、兄様を呼ぶのは止めろ。私がデコピン喰らうでしょ!?」
「デコピンで済むのかよ!」
パンツを履いている時点で、見られて困るようなものはないだろうに……ぎゃいぎゃいと涙目で肌を隠しながら騒ぐ、男子共。いつもより露出した肌色面積が広いくらいで、この騒ぎよう。お前らこそ乙女かって聞きたいわ!
確かに私の態度は貴族の令嬢としてはアウトかもしれん。
だが私は、兄が二人と弟が一人いる身である。
加えて、幼少の頃から騎士を目指すカロン兄様の戦闘訓練などに仲間入りさせてもらっていた訳でして。そして今もリアルタイムで、魔法学園の魔法騎士コースという自分以外は男子しかいない環境で揉まれている訳だ。ぶっちゃけ男所帯で育てば野郎の上半身裸くらいで騒ぐ気持ちにはならない。何しろ見慣れているからな!
姉達がいたら、教育的指導を喰らうのは間違いないので取り繕うけども。
でもここに姉達はいないので、取り繕う必要性は皆無である。
私は自由だ……!!
「ミシェル、わざわざ男部屋まで来るなんてどうしたんだ」
呆れたような顔で、そそくさと服を着たオリバーが質問してくる。
どうやら、私の用件を果たさないことには話が進まないと判断したらしい。
他の野郎共もさっさと服を着れば良いものを……。
「ええ、実は……そうですわね、ナイジェル君かノキア、もしくはセディあたりに折り入ってお願いが」
「え? 俺?」
「僕?」
なになに? と子犬のようにノキアとセディがやってくる。
なお、ナイジェル君は我関せずと明日の交渉を前に資料をチェックしている模様。
「うん、ちょっとね。服を貸してほしいんだけど……」
「えー?」
ナイジェル君と、ノキアと、セディ。
彼らの共通点は、ずばりアレだ。身長と体格。
三人はクラスでも小さ目な部類に入る男子達である。そして、細い。
本当に騎士を志しているのか首を傾げる程度には、肉がなかった。
ナイジェル君は体質で、ノキアとセディは幼少期の栄養状態や育ちが原因と思われる。これから育てよ。大きく育て。
だけどお陰で、女の私でも服を借りられそうな丁度いいサイズな訳で。
私が服を貸してほしいというと、まずはノキアが気まずそうな顔をした。
「俺、お嬢様に貸せるような質の服は持ってないんだよ」
「大丈夫、服のレベルとか気にしない。ぶっちゃけ、着られればそれで良い。動きやすければ言う事なし」
「お嬢様のセリフじゃねー……」
「だからお洋服プリーズ。……って、アレ? ノキア、なんだか着ている服、でかくね?」
どうした事でしょう。
ノキアの服は、明らかにサイズ違いだ。ぶっかぶかじゃん。
「ほら俺ってー、身寄りはないしー、金もないじゃん? お国の保護観察処分から更正プログラムを経てただの男の子に戻った口だし。いくらかの支援金で生きてる訳よ」
「ああ、言ってたね。魔法騎士コース入学直後の、クラス親睦会で言ってたね。激重ド黒い過去を笑顔でカミングアウトしながら言ってたなぁ……!」
「仕方ないじゃん。俺的には自分の素性とか笑い話だし。まあ、何はともあれ、俺は金が無い。今後の成長を見越して、というか期待して、買い替える手間を省く為に2サイズ大きめの服を着てる」
「年齢一桁の子供みたいな基準で服を買いおって……それじゃあノキアに借りたとしても、私が着たってぶかぶかじゃん。えっと、それじゃあセディは? 服、貸してくれる?」
「僕の場合は、ノキアとは逆の理由で難しいかも」
「逆の理由とな」
「YES。僕の家、侯爵家。金はある。故に衣類はほぼオーダーメイド」
「……ああ、確かにセディの服はどれもジャストサイズっぽいな」
「ジャストすぎて、他人に貸すのは難しい。僕的には着心地ちょうど良し、しかして他者には着づらいだろう。一々測られた寸法通りに作られてるし」
「なんてこった。ナイジェル君が最後の砦かよ」
みんな、普段は制服とか、学校指定の服を着ているからな……。
プライベートでどんな服を着ているのかなんて、今まで知る機会もなかったし。
体格とかの寸法が似ていたとしても、私服には個々人の好みや諸事情が反映されるし、必ずしも寸法通りの服を着ている訳じゃない……と。盲点だった。
ノキアもセディも駄目、となるとナイジェル君しかいない訳だが。
服を借りるとして、レンタル料……いくらだ?
「ナイジェル君、君から服を借りるとした場合、発生する料金は如何程でっ?」
「ミシェルのヤツ最初から潔く金払う気だ」
「でも俺もナイジェル君になんか借りるって考えると、事前にレンタル料準備した方が良いかもって思うわ」
私達の会話の流れを、作業しつつもナイジェル君は聞いていたんだろう。
ちょっと前から資料をテーブルに置いて、隅に置いてある荷物を整理し始めていた。
ナイジェル君が持ち込んだらしいその荷物……行李? なんかやたらスペース取ってるけど、蓋を取ったらみっしりと詰まっている布。見るからに衣類が収納されている様子に、コレは当たりかと興味が煽られる。しかしなんか……場所を取っている様子を見るに、えらく沢山持ってきたな? それにナイジェル君の衣類にしちゃ、色合いが派手派手だし?
そこまで着道楽じゃなかったような……首を傾げながら、ナイジェル君の手元により注意を向ける。
じぃっと見つめれば、差して間を置かずにハッと気づいた。
……なんか、色合いとか質感とか、柄の様子とか。
なんだか物凄~~~く、見覚えがあるんだけど?
やがてナイジェル君が私の前で広げたソレは。
やっぱり物凄く、見覚えがあるブツで。
というかここ暫く、他の誰でもなく私が率先して向き合ってきた代物で。
それは、私がリメイクを担当した『衣装』のひとつ。
『学内チャリティ』の出し物で、私達が上演する『老将ミットの冒険』で使う衣装だった。
ナイジェル君、曰く。
私達がチーズを求めて訪れたこの村は、いま地域おこしで開発したチーズメニューと牧歌的な環境が都会の貴族を相手に大ウケで、徐々に観光地化しつつあるのだという。
現在も、富裕層や金を溜め込んでいる貴族がチーズと観光の為に訪れている。それは日中、到着した時にサブマリン達珍しさで取り囲んできたから、私達もわかっている。
彼らの本拠地は都会……つまり、王都やそれに準じた都市だ。
王都の、お金を唸らせている、高位貴族。
それはまさに『学内チャリティ』における潜在的なお客候補として私達が想定している人物像そのものである。
ナイジェル君はついでだし丁度良いので、村に滞在している間に『芝居小屋』のPRをしようと考えていたらしい。うん、私、その相談貰ってないけど。
PRって言っても大それたものじゃなく、それとなく存在をアピールする程度らしいけど。
じゃあ一体何をするのか?
私の疑問に、ナイジェル君は答えた。
簡単にわかりやすく、存在を印象付ける。
相手にとって『気になる存在』になったら、向こうが勝手に調べるだろうって事で。
ナイジェル君は行李から『衣装』を出しつつ、男子達に言い放った。
「村の滞在中、日中は『芝居の衣装』を着てもらうから」
「「「えええぇぇぇえ!?」」」
一同、初耳である。
それは『役者』のみならず、裏方担当など芝居には出演しない予定の面々にも、この場にいない役者の衣装を着せる徹底ぶりで。
もちろん『役者』さんは自分の衣装を着るけれども。
舞台映えを狙って、衣装は人目を引く……うん、普段使いには勇気のいる派手めな感じで。
更に言えば物珍しいデザインで、より人目を引く。
なんと言っても衣装の土台は、師父の伝手で仕入れた異国情緒満載な古着なものでして……前にも、言ったけれども。師父を仲介にした結果、衣装の系統はいずれも見事なチャイナ具合だった。
チャイナで、舞台衣装で、人目を引くデザイン。
そんなものを着た一団が、辺境の村に降臨である。
えっと、ナイジェル君? 明日はチーズの取引について、交渉に行くんじゃなかったっけ?
え? こんな目立つ衣装の一団引き連れていく気……?
なお、私はナイジェル君の衣装を身に着ける事になった。
そして私に衣装を渡した、当のナイジェル君は一般的な紳士の身なりである。
……悪目立ち衣装を私に押し付けた、訳じゃないよね? え? 違うよね???
ちなみに十二名の生徒の中、ナイジェル君の他に二人だけ芝居衣装を免除になった奴がいた。
免除になったっつううか……芝居衣装を着せるまでもなく目立ってるから、バランスを取って私服での行動許可が出ただけなんだが。
アドラスと、シモンがそれである。
アドラスの恰好は……完全に私服、とのことだったけれど。
私にはそれこそ、時代劇に出てくる『浪人』の姿に見えるんだが、気のせいだろうか。お前の実家の文化圏、どうなってんの?
シモンの方は私服に謎の仕掛けが多数あるっぽかったので、奴の特技を活用する機会が来た場合に万全の態勢で挑んでもらうべく、私服を許可した感じである。あれ、きっと袖とか懐から鳩とか兎とか出てくるんだぜ……多分だけど、絶対だ。
そして、村に着いた翌日。
私達はこの旅行の目的である、チーズ交渉の為に出発した。
目指すは村の中心地近くにある建物……ええと、村おこし実行委員会? とかいう組織の本部である。
ナイジェル君が事前に書簡でやり取りをしていた為、アポイントも既に取ってあるとのこと。
その言葉を実証するように、建物の前には私達を出迎える人の姿が。
「ようこそ、おいでください、まし……た?」
紡がれる言葉が、徐々に疑問と困惑を含ませていく。
先頭にいたのは、私達とあまり年齢の変わらない愛らしい女の子だ。
金髪に、綺麗な瞳の……なんか見覚えあんな?
具体的に言うと、前世で見た『乙女ゲーム』のパッケージとかゲーム中のタイトル画面とかでセンターにいた顔とよく似ている気がする。
うん、似ているなんてもんじゃねーな。
ヒロインじゃねーか。
私達を見たヒロインが疑問符たっぷりの顔をしている。
そして私もまた、負けず劣らず困惑している。
やがて耐えかねたように、ヒロイン(?)からは小さな叫びが発せられた。
「魔法学園の生徒さんって聞いてたのに……魔法学園っていうより中国雑技団じゃないの!!」
おい、ヒロイン。
まだ自己紹介もしていないし、そもそもお互いに認識も怪しいというのに。
ヒロイン疑惑が確定するよりも先に、暫定ヒロイン(?)は転生者だと発覚してしまった。
ヒロイン改めチーズ売人、ミシェル嬢とのファーストコンタクトのっけから自爆……
……否、自白。
なお、この世界にチャイナ的な文化圏(師父の出身地域周辺)はあるが、『中国』は存在しない。




