レースとフリルとエプロンと
地獄の車中旅行は、日がちょっと傾いたかな? という頃合いで終わりを告げた。
全員が耐えられなくなって逃亡した、訳ではない。
単純に、目的地に到着しただけだ。
車を出れば、そこは牧歌的な田舎の風景。村。ただそれだけ。
ただそれだけの平和な光景に、地獄を味わった野郎どもは涙を流さんばかりに感激していた。
そりゃ嬉しかろうよ、地獄からの解放だもんな。
だが忘れてはいけない。
私達に、他の移動手段はないのだ。
つまり、帰りも地獄です。
野郎どもは帰りの事など考えたくないとばかりに、揃って車から目を逸らしている。
私は繋がれたままは辛かろうと、旅行者用に設置された所定の車止めに着陸させた車体から、順番に亀達を外していく。
空飛ぶ亀+見慣れぬ形状の車体という謎の光景に、なんぞなんぞと人が集まっていたが。
中には「あの亀はいくらだ?」とか質問する声が聞こえたが、私は全部無視した。
代わりにコミュ力の高い奴が中心となり、野次馬たちにお帰り願っている。地獄から解放されたばかりなのに、早速働かせてスマン。自由を満喫させてやれなくて悪いな。
私は簡単に車止めに車を繋ぎ、一応、鍵をかける。
動力源(※亀)がいなければ、こんなけったいな車、動かせやしないだろうけどな。
自由を得た亀達は、次々に空へと消える。どうやら、順次庭池に帰るつもりみたい。
まあ、空飛ぶ亀という珍獣を前によからぬ事を考える人がいないとも限らないし、余計な揉め事の種になるよりは帰ってもらった方が安心だろう。半殺しにされたよからぬ輩に、治療費やら慰謝料やら払いたくないし。
中には好奇心からか、居残る亀もいるみたいだけど……人に見つからないよう、身を潜めるなら良いよと言い含めてみる。私の亀さん達は頭がいいし能力が高いので、これで十分だろう。
サブマリンと嫁マリンだけは、なんか私の肩にしがみついて一緒に行動するつもりみたいだけど。
どうやらよく知らない遠い場所に来た事で、私の事を案じているようだ。前、課外実習で悪魔に絡まれたから。護衛にしても、お前ら二匹は過剰戦力も大概なんだがな……?
しかし亀の甲羅が両肩にくっついてると……なんかこういうショルダーガードみたいだな? ちょっとカッコイイかもしれない……?
「……あれ? ミシェル、その恰好?」
「え? 肩にしがみついてる亀さんなら、私の使い魔のサブマリンとその嫁だけど?」
「ちげーよ! 服装の方!」
「はてな?」
「どうしたんだ、ミシェル。そんな……普通の貴族令嬢みたいな恰好で!?」
「え? 貴方達、今頃気付いたの……?」
「いや、今までは地獄でそれどころじゃなかったし!」
「私は普通に貴族令嬢だったんだよ」
「いや、そっちじゃねーい。あと、嘘つくな」
「失敬な。失礼発言を悔いるまで、お前らの頬にビンタかますぞ。令嬢らしく」
「そういうとこが一般的な令嬢っぽくねーんだよ。あとお前の考える令嬢らしさは割とおかしい」
「こんなに令嬢らしい格好をしていますのに……」
「格好はな? 格好だけはな?」
既にうちの屋敷から出発して、何時間目だよ。
彼らは今になって私の格好に気づいたらしい。
今日の出発地はグロリアス子爵邸。当然ながらうちの家族がいた。
授業のカリキュラム上、仕方のない学園ならばともかく。
学外の旅行でまで令嬢らしからぬ格好を許してくれるほど、うちの姉達は甘くない。なお、母親の方はむしろゆるっゆるである。
割と天然風味なところあるからな、うちのお母様。
その代わりと言わんばかりに、お姉様方がしっかり者なんだが……そして姉妹というよりむしろ親子程の年齢差がある妹に対して、二人の世話焼きが大いに発揮されている。むしろ放置してくれても構わないくらいなんだがなぁ。二人とも結婚しているが、どっちも息子ばかりで娘はいない。その分、尚更私の事を構いたがる節があるような、ないような……いや、やっぱそのせいだな。特に服飾関係での世話焼きっぷりは、絶対にそのせいだ。
さて、それで今の私が何を着ているか、だが。
当然の如く、実子に対して着飾らせがいがないと鬱憤を溜め込んでいる姉二人が選び、私に着るよう指示してきた衣装だ。旅の始まりが実家スタートだった私に抗う術はなく、指示されるままに私は選ばれた旅装束に袖を通した。
いま、私は俗に言うエプロンドレスなるものを着用している。
うちのお姉様方は、私を十二歳くらいかなんかと勘違いしてないだろうか……童顔なのは認めるけれども。童顔なのは、認めるけれども……!
なんか、やたらとフリルが盛られてる気がする……旅装束だろ? 引っ掛けるぞ、こんなん。ああ、いや、馬車旅が前提だから装飾があっても構わないのか。馬ではなく亀の旅だったけれども。
姉の選んだ旅装は、ベースは白黒縦縞のワンピースドレス。
襟と袖口は黒で、リボンタイと袖口の装飾リボンも黒。リボンタイにはカメオのブローチを合わせている。
その上に、凄くひらひらした真っ白エプロン。さり気なく、エプロンの裾に苺の花と実を刺したワンポイントの刺繍。エプロンなのに実用性って言葉は見当たらない。完全にデザイン先行だ。
そして足元はキャラメル色の、編み上げブーツ。こちらもデザイン重視だけど良い皮を使っているので丈夫そうだ。
この上に合わせる上着もあるんだけれども、今は夏なので良かろうと鞄に放り込んでいる。
姉達がチョイスした衣装は、普段の私からはかけ離れた華やかさと愛らしさを放っている。
私、普段は動きやすさを優先して貴族令嬢としては色々なモノを捨ててる恰好だからな。
「やべぇ……ミシェルが女子に見える」
「眼科行かなきゃ」
「私ははじめっから女子だっての」
なんでそんな「衝撃!」って顔してんの、お前ら?
クラスメイトの諸君に、私をなんだと思っているのか、膝突きつけ合わせて滾々と問い詰めたい。
そりゃな? 屋敷では亀車の衝撃覚めやらぬ間に車に詰め込まれ、その後は地獄の車中旅行だもんな。余裕がなかったことは理解する。
地獄から解放されて、今更ながらに私の衣装に目が行ったってのもわかるさ。
しかし今頃気づいたからと、わざわざ口に出さなければ良いものを……
一度に処するには人数多いけど、どうにかなるかな、と。
旅の仲間にアイアンクローでもかましたろうかと実行しかけた私は、気付いていなかった。
家族や社会の目から完全に解き放たれた学園とは違い、今は夏休み。
私にも、監視の目があることを……
「ミシェル?」
「ハッ……カロン兄様! ええっと、体調は大丈夫ですの!?」
「そうだな、酔いは随分とマシになってきた」
危ねぇ危ねぇ……兄様の目の前でクラスメイトを誅するところだったぜ。
私も旅先で気が緩んでいるのかもしれない。兄の目が身近にあることを意識して、気を引き締めてかかろう。
今回の旅は、チーズの取引を目的としている。
主に商談だな。
もう既に今日は夕方。ナイジェル君も、取引先とのアポイントは明日だという。
今日のところはみんな疲労困憊グロッキー。英気を養う為にも、宿に直行だ。
なお、この村には元々宿屋らしい宿屋も、農業の片手間に民家が経営しているような宿が一件あるだけという感じだったらしい。それがここ数カ月で、地元の星ともいえる敏腕地域おこし活動家が爆誕した為、急速に観光面を強化しているところなんだとか。
敏腕地域おこし活動家は、都会から地域の特産物目当てに貴族や富裕層の観光客を引っ張ってくる活動を地道にスタートさせるも、やはり上流階級の宿泊に耐えられる宿がない事が問題になったらしい。そこで宿はないが、空き物件なら複数ある事に目を付けたとか。なんでも、都会に憧れた若者や仕事探しに都会へ出た一家がそのまま戻ってこない現象により、空き家が何件もあったとか……。
敏腕地域おこし活動家はそれらの空き物件に手を加え、宿泊施設へと生まれ変わらせた。
宿泊客には一軒丸ごと貸し出すスタイルで、宿の管理者は常駐しない。上流階級の客は使用人を連れて来る事が多いから、問題にはならないらしい。なお、食事に関しては別の場所にある飲食店を使用する事が推奨されている。まあ、この村へ来る富裕層は食事目当てが多いので、村特有のチーズ料理をふんだんに味わえるレストランで三食賄うのは、旅の目的上正しい形なのかもしれない。
私達も総勢十四名と中々の大所帯なので、一棟丸ごと宿泊用のコテージ風民家を借りている。
部屋数足りるのか、という疑問もあるが野郎の大部分は大部屋に詰め込まれる事となった。
逆に私とカロン兄様は隣り合った小さな部屋を一つずつ与えられ、隔離される形である。
そして師父は……と。
「ふむ。ここが宿か」
何故いる、と。
一瞬思ってしまったんだけれども、師父に対してそれは愚問だったかもしれない。
宿に到着した一行の、一番後ろに銀の髭と三つ編みを靡かせた師父がいる。
私ほどすぐには割り切れない、というより師父についての理解度が足りないせいか、師父がいつの間にか合流している現実に、同行者たちが愕然と目を見開いて師父を見ていた。
「師父、お早いおつきで……」
「ああ。お前達のほぼ真下をずっと追跡しておったのでな。到着時間にさほど開きはない」
「流石は師父。常人の限界など軽々と超えてしまわれるお姿に、弟子として身の引き締まる思いです。私ももっと精進しなくては」
「いや限界超えるって、そんなわかりやすく超えてくるなよ。お前のお師匠さん怖いわ……」
なんかクラスメイトが若干名失礼なことを言っているような気がしたが、師父は特に気にした様子もなく鷹揚に頷いていらした。流石は師父、人間ができていらっしゃる!
ずっと車に詰め込まれてはいたけれども、車に乗っているだけで疲れる一日だった……。
旅の本番は明日から!
そしてこのエプロンドレスからの解放も明日から!
姉達の干渉によって今日はドレス着用も止む無しだったけど、旅支度をしたのは私だ。持ってきた鞄には、抜かりなく二日目からの活動用に動きやすい衣服を詰めてきている。兄様の目があるけれど、それでもギリギリ許容範囲内だろうって服を選んできたつもりだ。
寝る支度を整えるついでに、明日の衣装も準備しておこう。
なんだかんだで、こんなに遠くまで旅行するのは初めてだ。私はウキウキしている。
だが鞄を開いた瞬間、私のウキウキした気持ちは撃沈された。
「や、やられた……」
鞄の中身は、姉達によって見事にすり替えられていた。
昨日の夜は私が詰めたままだったので、タイミング的に恐らく今日の朝、私がメイドに着替えさせられている瞬間を狙われたものと思われる。
最低限必要な物はそのまま入ってる。移動中に遊ぼうと思って入れたカードゲーム類も入っている……遊ぶ余裕なんぞ誰にもなかったので使わなかったけど。
だけど、衣装。
私が用意した動きやすい衣服がごっそり抜き取られていた。
その代わりと言わんばかりに、令嬢らしいドレス類がぎゅっと詰まって存在を主張している。
主張が強すぎて、目をそむけたくなるくらいだ。
は、ははははは……明日の服、どうしよう。
鞄の中身は、お姉様達によって入れ替えられた。
さあ、ミシェルが翌日の衣装として選ぶのは……!?
a.エプロンドレス
b.チャイナ服
c.きれいめワンピース
d.乗馬服
e.村娘の民族衣装




