一路、チーズ村
そんなこんなで、あっという間に夏休みがやってきた!
前にも言いましたけど、大半が訓練で消滅している夏休みですけれども!
それでも休みは休み、なんですけれど……ナイジェル君にぶっ込まれた予定のせいで、なけなしの前半一週間も綺麗に埋まってしまいました。
そんな訳で。
今日から一週間かけて、私達はチーズを求めて遠征に行かねばならない。
何故ならそれが、ナイジェル君の指令だから。
そして旅の第一歩は、我が屋敷。
グロリアス子爵家の、王都屋敷から出発となる。
というか遠征参加組の集合場所が、うちの門前なんだけれども。
我が家も一応、貴族の屋敷。
そりゃ場所はあるよ? けどそこを、十名ちょいの待ち合わせ場所にするのはどうなんだ……?
なお、今回の参加者内訳は以下の通り。
何時ものメンバーからは私、ナイジェル君、オリバー、マティアス。
フランツはグッズ制作、エドガーは耐性のない人へ不信感を与えないよう選外だ。
他に不測の事態にも対応可能な人材としてノキア、セリト、シモン。
帰路でモンド製紙工房へ契約を取り付けによる予定なんで、中継ぎ役のアドラス。
現地は観光地化しつつあるという話なので、男性貴族への印象付けの為に女顔で美形のヒューゴ。
クラスで一番食材や料理に造詣の深いレイヴン。
芸達者で人受けの良い特技を持っているラインハルト。
それから人間社会の見聞を広める為、連れて行ってやってほしいという親御さんのたっての頼みでセディ。
合計で、学生は十二名。
これにプラスして、女子連れでも疚しいことはないという証明の為、私の保護者としてカロン兄様が同行することになった。すまぬ、兄様。あざっす。
更に学内チャリティの仕入れという名目がある為、ナイジェル君が課外活動として学園に申請した。その為、引率として教員一名が同行する。なんか単位がつくらしいよ。
なお、引率の教員は私の伝手で師父……王老師にお願いした。
師父が一緒なら道中も安心だ。盗賊だろうと魔物だろうとかかってこい。
ちなみに赤太郎は同行していない。
ヤツは夏休み前の試験でも座学の点数が散々だったからな……生徒の成績は、各ご家庭に通知がいく。赤太郎の家(※王宮)も例外じゃない。風の噂によると王族にもかかわらず赤点を取った赤太郎の不甲斐なさに王妃様がそりゃもう憤慨なさって、赤太郎は自室にほぼ軟禁状態だそうな。なんか、机に縛り付けられて王家の教育係による特別講習漬けらしいよ? 学校の講義の補足+王子教育の遅れを取り戻すべく、おはようからおやすみまで教育係とマンツーマンだそうだ。私達の夏休みは実質二週間と例年より短いが、それこそ赤太郎の夏休みは完璧に消失したな。成仏しろよ、赤太郎。骨は拾ってやらんので、野晒し必至だが。普段から勉強していなかった、お前が悪いんだ。
さて、今回は合計十四名での旅路だ。
中々に大所帯なんじゃなかろうか。
十四名ともなると、大型の馬車でも分乗することになる。
この度の移動手段は私達の自前ってことになるけれども、それでもやっぱり車体は二つ。二組に分かれて乗ることになる。
その乗り物の用意もあって、待ち合わせ場所が私の家になったんだけれども。
今、目の前にその『移動手段』がある。
車体は、ナイジェル君が用意して昨日の内に運び込まれていた。
なんというか……一般的な馬車よりも流線形、だなぁ。
ナイジェル君の計算により、作られたこの『車体』。特注ということだよね? えっと、いくらかけたのか聞かない方がいいかなぁ。なんでこんなものを敢えてわざわざ作ったのか……あわよくば今後も利用してやろうという魂胆が明け透けに主張してくる。
一般的な『馬車』とは見た目からして、それは色々と異なっていた。
申し訳程度に車輪は一応ついているけれども、車輪を回して移動する想定じゃないんだろうなぁという大きさだ。
じゃあ、一体どうやって移動する想定なのかって?
ははははは……アレだ。
動力源として採用されたのは、私の自慢の亀さんズだった。
というか他人のとこの愛亀を動力源にしてやろうとか、ナイジェル君の神経が図太過ぎる……やべぇくらいに利用する気満々じゃないか!
ナイジェル君が運び込んだ車体には、前方と後方、それから天井に複数の綱が付いている。
三カ所に分かれて亀さん達を繋ぎ、空を飛んで運ばせようという魂胆だ。
いやさ、そりゃ亀さん達にとっての負担が過ぎるようなら抗議するけど、しかし私の亀さん達はなんか得体が知れないからなぁ。一応、亀さん達にも意思の確認は取ってみた。
「サブマリン、パライバトルマリン、それから子サブマリン達」
「ぎゃる?」
「こんなこと聞くのもアレなんだけどさぁ……一つにつき人間七名詰め込んだ想定の上で、アレ、運べる? えっとね、地図のここからここまで」
「ぎゃう!」
「え? あ、そうなんだ。運べるんだ……?」
一応、聞いてみただけなんだけどな。
やべぇ、亀さん達が自信満々に頷きやがる。
それどころか「者共、仕事だ!」とばかりにサブマリンの号令一つでいそいそと亀達が車体に寄っていくんだが……あ、ちょっと待って。担がなくて良い、担がなくて良いから! 神輿のように担ぐんじゃなくて、綱を結わえて飛んでもらう感じだから!
普段、庭池に放流してるだけで、ほぼほぼ放置してるからな。好きに生活してもらっているとも言えるが、多分こいつら、暇してるんだろうなぁ。池でまったりしているだけで、変化のない生活は退屈だろうし。たま~になんか頼むと、めちゃくちゃ張り切って楽し気に働いてくれる亀さん達だ。
働かせる罪悪感を覚えないのは良いが、こんなに張り切られるとそれはそれで微妙。
亀さん達がやる気に満ちているので、「出発はまだだからね?」と念を押しながらも車体がいつでも出発できるように亀さん達を繋いでいってみる。
一号車の先頭に、サブマリン。
二号車の先頭は、嫁マリン。
それから子亀達を一つの車につき十五匹ずつ、計三十匹を繋いでいく。
……こういう時、数える度に思うんだが、この子亀達って合計で何匹いるんだろうなぁ。とうの昔に合計数を把握するのは諦めたけど。やたらいるし。
三十二匹の亀を繋ぎ終えたのは、集合時間も近づいた頃合いで。
旅の面子がぞろ揃い出しまして。
そして軒並み、到着した順に。
我々が用意した『移動手段』を見て形容しがたい表情で固まった。
うん、わかる。異様な光景だよね。
最後に時間になったことで屋敷から出てきた、私の家族も固まった。
「え、なにこれ。正気……?」
まず最初に正気を疑ってかかるヒューゴ。
面と向かって言うな、気持ちはわかる。
しかしナイジェル君はメンタルが強いので、しれっと返しおった。
「使える時間が短いからね。一週間しかないのに、移動に何日も使えないでしょ。体面や快適性よりも移動速度と確実性を重視しました」
「いや、移動速度って……亀に?」
「ミシェルの亀をそんじょそこらの亀と一緒にするのはどうかと思う」
「えぇ……?」
何しろ私のサブマリンは、森の聖獣様曰く『暴虐の王』なので。
時間がないよ、とナイジェル君が皆を追い立て、問答無用で車に詰め込んでいく。
七名が詰め込める車なので、それなりの大きさがあるのは勿論だけど。
中の構造も、一般的な馬車とは異なるようだ……なんか前世の、ワゴン車とかにちょっと似ている。二人掛けの座席が四つ、一番後ろに荷物を詰め込めるスペース。
全員がしっかりと座ったのを確認して、私は窓からサブマリンに声をかけた。
「――出発!」
そして、三十分と経たずに叫ぶことになった。
「すとおおおおおっぷ!! 止めて止めて! やばい、ヤバいから!」
結論から言うと、乗り心地は最悪だった。
そういえばナイジェル君も言っていたもんね……快適性は捨てた、と。
移動速度を重視したと言っていたけれど、そうね、速度はあるよ。亀さん達の移動速度が純粋に速いので。加えて言うと地面の上に敷かれた道を走る訳でもないし、障害物のない空の上。目的地まで一直線となると、そりゃ移動は速かろう。
以前、ナイジェル君と亀さん達の移動速度を実験したことがある。地図の指定したポイントまで寄り道せずに行ってもらい、往復にかかった時間を記録していくという実験だ。
結果、亀さん達にかかれば国内はどこも移動時間:一日圏内だと判明している。
しかし速度が出るということは、その速度に耐えないといけないということで。
しかも不安定な空の上、亀さん達の何がしかの行動やら強風やらが原因だと思われるが、車はめっちゃ揺れた。馬車の揺れとは種類の違う、これは……前世で乗ったことのあるロープウェイの揺れからなけなしの安定性を取っ払ってシェイクしたような……うん、形容しがたい。無理に例えるのは止めよう。
時々、空を飛ぶ種類の魔物やらもちょっかいをかけてきていたようだし。そうね、こんな異様な物体が空を飛んでいるんだものね。今まで誰も見たことなかろうよ。こんなもんが飛んでいたら、そりゃ気になってちょっかいかけに来るよな。
だが当方、亀さんという名の自動迎撃システムを搭載していた。
つまり、亀さん達が自主的に近寄ってくる魔物を撃ち落とすので、その都度やっぱり揺れた。
車の中は阿鼻叫喚である。
下ろして、という悲し気に揺れる声が懇願してくる。
だが、これ以外の移動手段は用意していない。
気持ちはわかるが突っぱねるしかねえ。
一応、対応策として小まめに休憩は入れた。
出発して三十分で休憩を取ることになった時、私はこんな車中にゃいられねえと野郎共を見捨てて離脱したが。車の中にいるの拷問なんだもの。
現在、私の定位置は御者席(体裁的に一応あった)の上である。圧迫感の有る狭い車の中じゃないってだけで大分違った。空の上なので風圧が結構きついし安全性は怪しいが、見通しの良い場所にいるだけで、そりゃもう違った。
車内は変わらず地獄だが。
なお、師父も既に車中から離脱している。
今はどこにいるのかって? それが御者席じゃねーんだよ。
一号車の御者席に、私。二号車の御者席にはじゃんけんに勝利した奴が休憩の度に入れ替わりつつ順番に座っている。ちなみに私は女の子だからずっと御者席に座っていて良いそうだ。有難う、紳士共。
カロン兄様もきついだろうに、御者席は若年者に譲るとのことで、兄様は敢えてずっと車内だ。それで文句ひとつ言わず、少し辛そうな顔をしながらも見苦しく騒ぐことも無い。兄様、かっけぇ。
そして師父は外だ。
車の上、とかじゃねーよ? 完全な、外だ。
快適性を捨てた車の乗り心地を試した最初の三十分で、見限られた気がする。
なんと師父は走っていくとの仰せでして。現地で会おうと言い残し、最低限の自分の荷物を体に括り付けると、マジで走っていずこかへと消えた。道を無視した旅路なので、途中で離脱すると道なき道を進むことになる。地図をチラッと確認すると、師父は森に消えた。
無事に合流できるんだろうか……心配だけど、相手が師父だけに『案じるだけ無駄』という気がしてならない。また(チーズの生産地で)会いましょう、師父。
さて、亀さん達に運んでもらう空の旅は阿鼻叫喚。
私は御者席、師父は外。
こんなヤベェ旅路の発起人、亀で移動しようなんて考えた張本人はというと……御者席には出てこないんだよね。休憩の時も、車から出てこない。
余程ヤバいことになっているんだろうか。ナイジェル君の肉体強度、低めだし。
ずっと御者席にいるから、私、中の様子はよくわからないんだよね。
私がいるのは一号車で、ナイジェル君が乗ったのは二号車って事もあるけど。
「ねえ、ナイジェル君は? 休憩になっても出てこないし、どうしてるの?」
「え? ああ……そっか、ミシェルは知らなかったっけ」
休憩の時を見計らい、同じ二号車に乗ったマティアスに聞いてみる。
そうしたら、なんか困ったような微妙な顔をされた。
なんぞ、その反応?
見れば早い、との事で。
手招きされて、私は二号車へ。
そこで、私が見たモノは。
「……ナイジェル君、強ぇな」
「ここまで酷い事態を予想できてたんなら、一言欲しかったよね……」
横長の座席を一つ、マティアスは開いた。
どうやらこの座席、座面を持ち上げると荷物入れになっていたらしい。
その一つが、ナイジェル君によってカスタマイズされていたみたいでして。
中は布で内張がされており、クッションが敷き詰められておりまして。
前世で見た映画の、吸血鬼の棺桶みたいというのが私の印象だった。
ナイジェル君の小柄さだからできる事だね。
「着いたら起こして、だって」
「強ぇ……」
ナイジェル君はアイマスクと耳栓を装着した上で、クッションに埋もれて寝ていた。




