準備は念入り、根回しも念入り
もう年末は目前ですね。
ちょいち仕事も繁忙期となりまして。
年末年始は忙しいため、今回を今年最後の投稿とさせていただきます。
「みゃああああああああああああああぁぁ!?」
ある、朝。
寮の赤太郎部屋から奇妙な声、略して奇声が響き渡った。
なんだなんだと野次馬が詰めかける。
部屋の戸を無理やり開け放った魔法騎士コースの生徒が見つけたのは、全身の毛を逆立てた子猫の如き形相で、手紙を握りしめたまま硬直する赤太郎だった。
ちらりと見える封蝋には、押された王家の紋章。
様子を窺う魔法騎士コース生の前で、ポツリ。
「………………ぃジェ……んは、……」
掠れて聞こえた呟きに、首を傾げる人々。
やがて堪り兼ねた様子で、赤太郎は叫んだ。
「ーーナイジェル君はどこだあああああ!!」
赤太郎が渾身の叫びを上げるも、その時、既に寮にナイジェル君の姿はなく。
衣装準備の手直し用に取り寄せた大量の布を運び込む為、フランツ及びディッセルハイム13世と共に学園の購買部へと向かった後だった。
しかし仮にナイジェル君が寮に留まっていたとして。
それで赤太郎がどこだと叫んで詰め寄ったとして、一体何ができるというのか。疑問である。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
その日は学内チャリティ準備の為に時間が取られていた。
とりあえず時間のかかるものから手配すべきだろうと、衣装の準備を優先的に行っている。他も追々、並行して準備し始めてるけどね。
役者達には一先ず台本を覚えるよう伝え、読み合わせをさせている。その輪から順次、役者を呼んでは布を当ててデザイン画を確かめて、役者の意見も聞いてと忙しい私。
手先がクラスで一番器用なのはフランツだ。奴には物販コーナーで販売するグッズ制作班と、舞台装置(大道具)制作班を任せてある。販売するものはクラスメイトの意見も取り入れつつ、ほぼ決まっているので、フランツ達には自分達で制作できるものと、外注が必要なものを分別してもらっているところだ。
なお、お客に提供する飲食物はナイジェル君の領域だったりする。そして全体の統括指揮もナイジェル君。
役者としてもレギュラーに入ってるけど、ナイジェル君は既に台本を覚えこんでいるので問題ないらしい。
「ヒューゴ、いっそ思い切ってこのピンクの布地とかどう? 女児用のギラギラしたヤツじゃなくて大人の女性向けしっとりピンクだから多分似合うよ」
「ミシェル、君、俺のことをなんだと?」
「女性だよって言われたらガチで騙されそうな中性的美少年」
「骨格で男女の区別つかないの? 相手の性別取り違えるなんて視覚情報の分析能力に欠陥あるんじゃない?」
「わーお、辛辣〜」
大まかな衣装デザインは、もう決まっている。というか師父の伝手で紹介してもらった外国人街の古着商から手に入れた異国の衣装(師父に紹介を頼んだ結果、当然の如く中華風になった)をベースにリメイク&アレンジして使う予定なんだけど。
最終日には、衣装はオークション形式で値段を釣り上げて売っぱらう予定である。当然、傷みや色褪が目立つような商品価値が見るからに低い状態じゃ売りになんて出せない。その点を鑑みて、明らかに駄目そうな部分は潔く新しい布と入替え、ソレが不自然にならないデザインに魔改造しないといけないし。
魔法騎士コースの筋肉共では着用できないサイズだったりすると、やっぱり布を足した上でそれが自然に見えるよう魔改造しないとだし。
まあ、つまりアレだ。
基本、魔改造だ。
特に女性用のほっそり衣装をベースにするエドガーとヒューゴ(というか、主にエドガー)が一番苦戦することが今から目に見えている。
エドガーとヒューゴの二人からしてサイズ違い甚だしいのに、二人が着れるようにサイズ調整可能にしないと、なんだから。
「いっそ大胆に腰までスリット入れる? 下には肌にピッタリする短パンかタイツ穿いてさ」
「男の生足にどんな価値を見出すつもりなんだ。エドガーも着るなら、タイツで良いんじゃないの。むしろ両方穿かせろ」
なんかデザインをこねくり回している内に、某格ゲーの青チャイナおねーさんみたいな衣装になってきたんだが。
腕のぶっとい筋肉が入るか心配? 袖がなければ良いじゃない。
足のぶっとい筋肉が入るか心配? そもそもズボンを穿かなければ良いじゃない。
そんな思考が迷走した結果、最終的に腰回りだけ調節すれば何とか……と辿り着いたデザインがそれだったんだ。
悩ましいな。果たしてこれを、本当にエドガーに着せても良いものか………………まあ良いや。着るの私じゃないし。ヒューゴだったら似合いそうだし。
デザイン画と、布地と役者。
その兼ね合いを思案して考え込んでしまう。
どうしようかなぁ。これ一回、他の人にも意見聞いてみた方が良いかな? 聞くとして誰に意見を聞くか……オリバーか、フランツか、ナイジェル君か。
首を捻って誰に意見を聞くべきか思案していると、思考の迷路に響く誰かの足音。
こっちへ、近づいてくる。
何事かと顔を上げて目をやった先。
教室の扉が、勢いよくスパーンと開かれた。
誰もが驚き注目する先に立っていたのは、見慣れた赤毛のクラスメイト。
赤太郎殿下じゃん。
彼はいつになく興奮した様子で、その手には手紙のような紙束を握りしめていた。
「ナイジェル君はいるか!」
「いるけど」
唸るような叫びに、ひょっこり顔を出すナイジェル君。
あっさり出てきた尋ね人を前に、赤太郎の唸るような声が止まらない。
「……ナイジェル君、お前に聞きたいことがある」
「僕はないけど」
「俺にはあるんだよ! ナイジェル君、きみ、父上と母上に——国王陛下と王妃殿下に、俺がお芝居するって情報をこっそりリークしただろう!!」
「してないけど」
「しt……え? してない?」
「してないよ。こそこそリークとか。そもそも、一介の魔法学園魔法騎士コース生に、直接国王ご夫妻に情報を流せるような伝手があるとでも?」
「え? えぇー??? いや、だが、ナイジェル君だろ?」
「だからこっそり情報を流すような真似はしてないってば」
「えええええぇ? ええええええええええぇ?」
「なにその、納得できませんって顔」
「だが現に、こうして父上と母上から手紙が。おまけに俺が主役を任されていることまで何故かご存知だ。可能だったら直接見に行きたいが、日々忙しいので無理かもしれない。行けないようなら、誰かに様子を見に行かせる……と」
「僕、思ったんだけど」
「う、うん? 何を?」
「赤太郎殿下って、王子ってだけで注目の的じゃない? その動向を気にしている人は多いだろうし、何なら学園にも国王陛下に近しい立場の方の子息・令嬢が何人も在籍している」
「つまり?」
「僕が敢えてわざわざ情報をリークしなくっても、赤太郎殿下の動向は人づてに勝手に伝わるんじゃないかな。いっそ国王陛下のご意向で逐一報告されていても僕は驚かないよ」
「……!!!」
露骨に、言われてみれば! って顔をする赤太郎。
マジかよ赤太郎、今までその可能性を考えた事がなかったのか。
同じ学校に通う生徒の父兄って、意外と繋がって情報交換とかしてるもんなんだぜ? 前世の話だけど。それに王子が通ってるんだから、国王の手の者が直接赤太郎を陰から見守っていても不思議はないでしょ。
冷静に考えた結果、その可能性は高いなと赤太郎も納得したらしい。
ばつの悪そうな、情けなく眉の下がった顔を見せる。
「すまん、ナイジェル君。疑って悪かった」
「構わないよ。見返りは貰うから」
「う、うぐ……っお、お、お手柔らかに、頼む」
「そんなに難しいお願いじゃないよ。ちょっと一筆書いてほしいんだ」
「内容を確かめずに契約書の類へサインをしてはいけないと、家庭教師の爺やがな……?」
「契約書というか、紹介状かな」
「紹介状……?」
首を傾げる赤太郎に、ナイジェル君はこくりと頷き一つ。
そして求めるところを語り始めた。
ナイジェル君は学内チャリティで提供する飲食物の手配を担当している事。
王子が参加する店ならではの付加価値を提供する軽食にもつけたいと思っているとの事。
「肉類は保管や調理が難しいから、出しても腸詰みたいな保存食をメインにする予定なんだけど、だからこそ代わりに野菜に力を入れたいと思っているんだ。女性客が多くなる見込みだしね」
「ほほう。だけど、なあ、ナイジェル君……」
「なにかな」
「一口サイズに切った野菜の茹でたか蒸したかした物に、この値段はぼったくりも良い所なんじゃないか? 俺も食べ物の相場に詳しいわけじゃないから、断言はできないが」
「いや、一口大の芋が五きれでこの値段は普通にぼったくりだろ」
「ああ、ぼったくりもいいところだな」
「なんだよ蒸した芋一皿1,000Gとか。市場に行けば、その金で芋が五十個買えるわ」
「しかもご覧になって? 野菜につけるソースは別売りでしてよ……?」
「え、マジか。げ、マジだ。ソース別売り……!!」
「ソースが複数種類あるのは、飽きが来なくて良いとおもう。だけど一番安く設定されてるソースでも値段が……やっぱり、ぼったくりか」
「白ワインと複数のスパイスで調整したチーズソースとか、めっちゃ美味そう。でも高ぇ」
「こっちも見てみろよ、飲み物のメニュー表」
「ん? どれ」
「ここだ、ここ。見ろよ、半分近くが炭酸ジュースだ」
「あら本当ですわね……ノンアルコール限定のメニュー表で、このお値段?」
ナイジェル君が出した仮案ままのメニュー表を眺めて、次いでナイジェル君を見て。
いつの間にか集っていた、赤太郎以外の面々も揃ってナイジェル君に凄い目を向けている。
あれは一般的にいう、『ヤバい物を見る目』だわ。
ナイジェル君はどこ吹く風だけどな。
「値段が高いのは、付加価値を付ける予定だからだよ」
「付加価値とな」
「そう、そこで赤太郎殿下に協力してもらいたいんだ」
「なんだろう、この凄まじい嫌な予感」
「王家の御用農園……王族の食卓に直接野菜を届けている、専属の農園があるんだよね?」
「良く知ってるな? 一般には出回らないし、貴族でも知らない者が多いと聞いているのに」
「つまり、王家の食事会に招かれでもしない限り、絶対に口に入らない『王家の認めた特別な野菜』という事だよね。基本的に王族の為だけに野菜を作るから、市場には絶対に出回らないって聞いたよ」
「それはそうなんだが……つまり?」
「芝居小屋で提供する野菜について、そこと取引がしたいんだよね。だから口利きしてほしいんだ」
「……俺が頼めば、王宮から無料で提供も出来るが? 王宮へは備蓄もかねて常に余分に納入してもらっているという話だったからな」
「それは駄目だよ。僕はあくまでも農園の方と、適正な金額で取引をしたいと考えているんだから」
「ナイジェル君? 良いのか? 無料で用意できるんだぞ?」
「赤太郎殿下、良いかな」
どうやら赤太郎は無料という単語にナイジェル君が飛びつくとでも思っていたらしい。
彼の思い描いた予想に反し、ナイジェル君は真面目な顔で、諭すような声で続ける。
「今回、僕が何より重要視しているのは『実績』なんだ」
「実績……? 学内チャリティの、か?」
「違うけど。そっちじゃなくて、『王家の御用農園と直接商取引を纏めた』っていう実績が欲しいって話」
「そっちか! え、というか何故そんな実績が欲しいんだ!?」
「今後、何かしら商売をする瞬間に、物事を円滑に有利に進める為の潤滑油として。平たく言えば、取引相手に一目置かれる為の材料だね」
「ナイジェル君の目論見が学内チャリティの範囲を飛び出してるんだが……! なんなんだ、ナイジェル君って騎士志望じゃないのか!?」
「騎士志望だよ。商いは趣味の一環」
「どう考えても趣味って範疇に収まって、ない……!!」
なお、お品書きに記載された飲み物のほぼ半分が炭酸飲料なのもナイジェル君の陰謀である。
ほら、我がグロリアス子爵家所有の山に湧き出してる炭酸泉の炭酸水について、ナイジェル君と一年契約で独占販売契約を結んだばっかりだから。まだまだ取引を始めたばかりで、世間に炭酸水の存在は普及していない。当然だけど炭酸飲料も一般的じゃない。一部のお酒くらい。
アルコールを含まず、酔いを気にせず楽しめる炭酸飲料……サイダー系の飲み物を、ナイジェル君はこの期に一気に普及させるつもりである。
その為の話題作り、実績作り、そして実際に試していただいて印象に残そうという魂胆だ。
赤太郎が主役を務める芝居小屋で提供する事で、赤太郎殿下が品質に太鼓判を押しているかのように印象付ける事も忘れない。
巡り巡って、ナイジェル君の利になるよう計画に組み込まれている。
炭酸飲料の値段がノンアルコール飲料にしては高めに設定されているけど、普及前の珍しい飲み物ということと、販売元が貴族であるグロリアス子爵家という事実を加味しての強気設定だそうな。
どう考えてもぼったくり路線な金額設定について、『付加価値』という呪文の下にナイジェル君の説明を聞かされて。
こういう方面では、まあ赤太郎は世間知らずだろうし仕方がないとして。
オリバーやフランツ達まで、最終的にナイジェル君に言い包められて納得していた。
そうか、納得してしまうのか……お前ら、今後ナイジェル君に旨い話を持ち掛けられた時は気を付けろよ? ナイジェル君の事だから絶対に得する話を持ってくるだろうが、その時はきっと話を持ち掛けられた側の負担も凄まじい事になるだろうからな。
彼らがナイジェル君、またはどこぞの商売人なりの差し出した書類に簡単にサインしてしまわないか、何となく不安になった。
納得してしまった面々が、それぞれが割振られた役目をこなす為、三々五々と散っていく。
役者組は台本片手に読み合わせへと戻り。
フランツ達のような制作班は作業へと。
そんな中、ふらりとナイジェル君に近寄るのは、同じくらい小柄な少年。
「ところでナイジェル君さ」
「うん、どうしたのかな。ノキア」
「王宮にお手紙出したって言ってなかったっけ」
心底、不思議そうに首を傾げるノキア。
気を遣ってか、何なのか。
その声は赤太郎に届かない程度には小声だった。
「うん、王宮の広報関係の部署と、典礼関係の部署に」
そしてあっさりと頷くナイジェル君。
やっぱり王子だから、赤太郎殿下の肖像権とかその辺りは関係各所に確認しておかないとね、と。
王族に直接連絡する伝手は持ってないけど、王宮の関連部署に手紙を出せるくらいの伝手は有るんだよね、と。
言い切ってしまうその声は、しれっと、悪気の欠片も見当たらない声だった。
チーズソース……




