ナイジェル君式赤太郎有効活用法
うちのクラスで一番お高い『商品』。
そう評された赤太郎は、すぐには言葉の意味を理解できないようだった。言語能力に問題はないはずなんだけどな~。
赤太郎及びクラスメイトの皆が動きを止めている間に、私はナイジェル君に指示された言葉を黒板に板書していく。
『主力商品·赤太郎の有効利用について』
「ハハハ……良かったな、赤太郎殿下。クラスの主力だって」
「心にもないことを……! その乾いた笑い止めろ。こんなに嬉しくない主力扱い初めてだ!」
「初体験オメデトウ」
「だから、その乾いた笑いは止めろ」
「それじゃあ場も温まったところで、高額商品:赤太郎の売り方について説明していこうか」
「温まったか!? 温まるより乾燥化が進んだぞ!」
微塵も揺るがねぇ姿勢のナイジェル君。
彼は最近、我がクラスで『小さな巨人』と呼ばれている。泰然自若としたその姿に、赤太郎もなんと抗議したものか考えあぐねているようだ。
つと、意を決したように。
オリバーが席を立ってつかつかと歩いてくる。
その背には、クラスメイト達の期待の眼差しが。
みんなの期待を背負ったオリバーは前に出てくると、教卓越しにナイジェル君の両肩へしっかりと手を乗せた。そして一言、二言。
「ナイジェル君、人身売買は犯罪だ。騎士を志す者が手を染めたらいけない」
「誰も赤太郎殿下を競りにかけるとは言ってないよ?」
「何故、人身売買=競売なんて具体的な発想が浮かぶんだ……いや、それはさておき。それじゃあ殿下には何をさせるつもりだと?」
「それをさっきから言おうとしてるのに」
皆の不安と疑いが渦巻きすぎて、中々先に進めないナイジェル君。日頃の行いってこういう時、周囲の反応に出るよね。
でもな、皆。
ナイジェル君が、そんな公然と、お縄に付きそうなことすると思うかい?
公序良俗に反したことして、内申点を敢えてわざわざ下げると思うのかい……?
私は声を大にして、それは否だと言おう。
ナイジェル君は賢いから、そういうことは証拠を残さずこっそりやる。そう、足がつかないように立ち回れるのがナイジェル君だ、と……!
そういう意味合いの方面では、多分ナイジェル君のこと世界で一番信じてるわ。
そうしてみんなの不安を煽るだけ煽った後。
ナイジェル君はクラスの全員がしっかり意識を向けて聞いているのを確認するように教室内を睥睨してから、誰の耳にも聞こえやすい声量と発音で、こう言ったの。
「僕らがやるのは、ずばり——芝居小屋です」
なにいってるの?
ちょっと理解が及ばないよ?
そんな顔で、首を傾げるクラスの筋肉共。
比較的インテリ寄りの皆さんも、ちょっと困った顔をしている。
ぴっと挙手して、発言を求めるマティアス。
「はい、そこ。マティアス」
「え、と……つまり、舞台?」
「回答するよ。舞台とはちょっと異なります」
学内チャリティでは、歌や劇といった芸の出し物もある。
大体そういうのは講堂とか、ステージのあるところを使ってやるんだけれど、希望クラスが複数出てくるのが常なので、時間で枠を貰って一回こっきりの本番に全てを賭ける事になる。
そして彼らの稼ぎ方は、チケット代と観客からのおひねり的な寄付に終始する。
だけどそんな温い稼ぎ方を、ナイジェル君が容認するだろうか?
答えはそれこそ、否だ。
「場所は大会議室を押さえました」
「な、大会議室を……!?」
「嘘だろ、あの広い部屋を押さえるだなんて」
「競争率高い方なんじゃないのか?」
「確かに広いし、場所の希望は複数あったけれど、大会議室は場所が少し悪いから。例年のデータでは集客率が少し悪いんだよね。だから一番人気筋の一角に比べれば倍率もそこまで高くなかったよ」
条件が悪くなさそうに思えて、実は学内チャリティのメイン会場から離れている為、人の足が伸びにくい場所っていうのがちょこちょことあるみたい。
今回、私とナイジェル君が狙いを定めたのは、そういった『外れた場所』に在りつつ、十分な広さを持つ大会議室だった。
メイン会場から離れている? 例年、集客率が低い?
そんなことは、問題にならないってわかっていたから。
だって私達のクラスには、客寄せパンダがいるのだから。
何しろ赤太郎殿下はアレだ、我らが赤の国の第一王子殿下であらせられる。
世継ぎの君だね! 大丈夫か、この国の未来。
赤太郎と普段から親しく(拳で)付き合いのある私からすれば、ちょっと不安にもなるが……しかし国の大事な王子様である赤太郎のプライベートな姿など、当然ながら非公開だ。みんな、赤太郎の実際なんて知らない。だからこそ、人々はより王子の事が知りたくなる。見たくなる。近づきたくなる。
我らが王国の未来を背負って立つ『王子様』を間近で見るチャンス。
もしかしたら、親しくなるきっかけをつかめるかもしれない、チャンスだ。
少々不便な立地だろうと、問題なく人々は詰めかける事だろう。赤太郎目当てに。
私やナイジェル君としては、うはうはな事、この上なし。
わざわざ私達が苦労して人々を搔き集めようと努力するまでもなく、向こうからやってきてくださるのだから有難い話ですな。
そしてわざわざ足を運んでもらう分、来て満足していただけるように彼らの『赤太郎を見たい』という欲求を満たす必要がある。期待を外したら、評判が悪くなるからだ。逆に期待を叶えさせれば、評判良くなって更に人が集まる事だろう。ならば赤太郎を存分に見物させて差し上げる事に異論などある筈もなく。
ただ見世物にするだけなら、舞台でも良いだろう。
でも『舞台』で企画を申請したら、ステージの使用枠争奪戦に自動で振り分けられてしまう。
赤太郎がいる限り、無尽蔵に客は来るのに、それを一回きりの舞台で終わらせるなんて勿体ない。もっとやれる! もっと稼げるはずだ!
……という、事情を踏まえた上での企画が『芝居小屋』な訳だ。
「あの、芝居小屋って具体的に俺は何をさせられるんだ?」
「赤太郎殿下には劇をやってもらいます」
「結局舞台か!」
「ううん、舞台じゃなくて芝居小屋」
「違いがわからん……!」
「それじゃあ、わかりやすいように。ミシェル、概要を黒板へ書き出して」
「承知した」
ナイジェル君の要請を受け、私は黒板へチョークを走らせる。
パパッと書いてしまおう。パパッと。
【芝居小屋 概要】
・三部構成の劇を時間を区切って複数回上演予定
・役者は交代制 一役につき二名ずつ抜擢
・客席はテーブル席としメニュー表を置く
※注文制で飲み物と軽食を提供予定
・芝居上演中を除き物販コーナーでグッズ販売を実施
※役や劇の内容をイメージしたグッズや劇の脚本、パンフレットなどを販売予定
・入場料は無料
「――嘘だ!!」
「えー?」
黒板に無料、まで書いたところで、すっごい勢いの声がかけられた。
振り返ってみると、驚愕に染まったクラスメイト達の顔がある。
その真ん中から、フランツがまっすぐビシッと手を挙げてこっちを凝視していた。
「えーと、フランツ? どうしましたの? 凄いお顔をされてましてよ」
「いや、嘘だろ! 無料とか嘘だろ!? だってナイジェル君の企画じゃん!!」
「そこがひっかかったか……はい、ナイジェル君。解説をどーぞ!」
「入場無料っていうのは撒き餌その二だよ」
「撒き餌かよ。しかもその一があるのかよ」
「その一は赤太郎殿下だよ」
いま、赤太郎の席らへんから「俺か……!」って哀愁に満ちた声が聞こえた気がした。
多分気のせいだろうけど。
「重要なのは『客寄せ赤太郎』を気軽に見られる、と思わせる事だと考えたんだ。興味を引かれてきたけれど尻込みしている、という層もいるかもしれない。そういった人達も入口に大きく『入場無料!!』と掲げれば心理的な抵抗が緩むんじゃないか――と」
「つまり、一人でも多くまずは引きずり込むことを優先した、と」
「そうとも言うね」
「言っちゃうのかよ! でもそれで稼げるのか? 芝居小屋って金になるの?」
「フランツ、金になるかじゃないよ」
「え?」
「金にするんだよ」
真顔でハッキリと言い放つ、ナイジェル君。
彼の真剣な眼差しに、クラス一同が慄いた。
ナイジェル君は小刻みに震えるクラスメイトなど気にもせず、「まずはそういう気概で臨んでほしい」と付け加えた。
「だ、だけど入場無料で、いったいどうやって稼ぐんだ?」
「入場は無料だけど、客席には全てテーブル席。漏れなくメニュー表が付いているよ」
「つ、つまり……?」
「席に着いたが最後、何か注文しなければいけないような心理が働くことでしょう」
「実質無料じゃねえ!!」
「一応、企画を申請する時、申請書の概要欄に『飲食店に準じる』って記載して届け出してるしね」
「付け加えて言うと、この私ミシェル・グロリアスが空調係として、しっかり部屋を暖める予定ですので! 精霊様のお力を借りて!」
学内チャリティは、初秋あたりに開催される。
ちょっと肌寒さを感じる季節ですからね!
ちょーっと過剰なくらいに部屋を暖めるのなんてサービスですよ、サービス。
え? 喉が渇くだろって? それが狙……ははは、冷たい飲み物も完備したメニューを置いておくので大丈夫ですよ!
「ちなみに、メニュー表には表紙にこの文章を書き添える予定だよ」
そう言って、ナイジェル君が自らの手で黒板にチョークを躍らせる。
『注文料金 合計****G以上のお客様には豪華特典プレゼント!』
・5,000G以上 役者のサイン券
(※色紙・あるいはご購入いただいたグッズに役者がサイン致します。)
・10,000G以上 役者との握手券
・15,000G以上 役者とのハグサービス券
・50,000G以上 役者からのキス券(頬/額/手の甲限定)
「さて、これでどれくらい稼げるかな。概算額を超えればいいけど」
手に着いたチョークの粉を叩く、ナイジェル君。
その小さな背中に、クラスメイト達は本気で戦慄していた。
青褪めた顔で、誰かが小さく「役者って……贄じゃん」と呟いた。
「ああ、ちなみに赤太郎殿下には主役やってもらうね」
「え……っ」
「なんで驚くのかな。お客様は赤太郎殿下を見に来るんだから、一番存在感のある役をやってもらうのは当然だよね?」
その瞬間。
赤太郎の浮かべた顔は、ここ数カ月で一番青かったような気がする。
まさに『絶望』ってタイトル付けて額装して飾ってやりたいくらい、見事にそんな感じだった。
――後日、余談だけど。
道行くシトラス先輩と偶然行き会った時に、クラスの出し物について質問された。
どうやら、うちのクラスが魔法騎士コース一年にしては凝った出し物をやるらしいと、他のコースでも噂になっていたらしい。
噂が錯綜して何をやるのか謎になっていたので、実際は何をするのかっていう質問だった。
「うちのクラスは芝居小屋をやりますわ」
「芝居小屋? 舞台じゃなく?」
「芝居小屋、ですわ。劇もしますけれど、基本は飲食店ですのよ」
「つまり、飲み食いしながら劇を見る喫茶店、みたいな感じか?」
「概ねそんな感じですわね」
「へぇ? それで、どんな劇をするんだ」
「前世の、万民向けでわかりやすい物語を参考に致しました。こちらの世界にはないお話ですし、きっと斬新に思っていただけることと思いましたので。もちろん、この世界風に改変しておりますけれど」
「万民向けで、わかりやすい話、ね……劇だし、定番でロミオとジュリエットとかか?」
女ってああいうの、好きだよな。お前も前世は女の子だしなぁ、と。
まるで今の私が『女の子』ではないような物言いのシトラス先輩。脇腹を抉るように殴るぞ、おい。
だけど残念。
先輩の予想は外れている。
「野郎ばっかりの魔法騎士コースで、ロミオとジュリエットは……ちょっと」
誰を生贄にするかで、一悶着が起きそうだ。
私? 私だったら……そうだな、ロミオとジュリエットならマキューシオかティボルトあたりをやりたい。
「それじゃあ、一体何をやるんだ」
「タイトルは『老将軍ミットの冒険』です」
おや? シトラス先輩が変な顔をしている。
だけど聞いてきたのはシトラス先輩だしな。
気にせず概要を教えてやろう。これも前世のよしみだ。
私と先輩、前世で縁なんぞほぼほぼなかったけど。
「騎士と、その上に君臨する将軍が牛耳る国を舞台に、三大公爵家のご隠居であり、先の副将軍である老将ミットが身分を隠して諸領行脚するお話です。行く先々で人々の嘆きを聞き、悪を見つけては従者たちの武力で、あるいは己の身分と権力にものを言わせて、悪を挫いて正義を示す――っていう」
「水戸黄門じゃねえか!!!」
おっと、先輩がいきなり叫んできたぞ!
なんだかまだ何か言いたそうな顔をしているので、私は咄嗟に両手で耳を塞いだ。
「西洋風ファンタジーな世界観の国に生まれ変わっておいて、ここにきて水戸黄門かよ!! 確かにわかりやすい勧善懲悪ストーリーだけどさぁ! もっと他になかったのかよ!!?」
「水戸のご老公様の何が悪いんですか!? あんなに世代を超えて長く愛されているのに……! アレが駄目なら、白馬に乗って爆走する将軍か四十七名からなる仇討物語しか出てきませんよ!」
「まずは武士から離れろよ」
私はとっても素敵なお話だと思うんだけどな。
何故か、シトラス先輩からは同意を得られなかった。
そんな訳で、赤太郎は我がクラスが上演する劇で主役をする。
つまり、『老将軍ミット』である。
……うん、存在感はバッチリだね! 存在感、は。




