学級委員会~迫りくるチャリティ計画~
私の前世の姉と、同じ学校の生徒だったことを自白したシトラス先輩。←重要なのはそこではない。
この世界……前世に存在した『乙女ゲーム』のシナリオを知るという先輩は、邪神の討伐にヒロインが絶対必要という主義主張の持ち主で。
しかして既に、ヒロインが魔法学園に編入するイベントは私がクラッシュした後だ。
それを知って、先輩は頭を抱えていた。
加えて私が、「ヒロインって絶対必要って訳じゃないんじゃね?」と主張したところ、先輩は大いに混乱した様子だった。
ちょっと冷静な考えで結論を出すのは、今すぐには難しい。
そう言って、議論について保留を申し立ててきた。
情報を整理して考える時間が必要とのこと。話を振ってきたのは先輩なのにな。
まあ、邪神はまだ復活していない。
本当にヒロインが必要なのかどうかについて、議論したって答えが出る訳じゃないし。
私達二人が話したところで、結論を出してもソレが正しいとは限らないしな。
そんな訳で、先輩はちょっと塩を振った青菜みたいになって私の前から撤退した。
あと一歩で、心を完全に折れたような気もするが……ちょっと物足りないが仕方あるまい。
もうすぐ、夏休みがやってくる。
先輩は情報を整理したいと言っていたけど、言葉の節々に感じるものがあった。
あの野郎、多分、長期休みを利用してヒロイン……と、隠しキャラの様子を見に行くつもりだな?
ゲームでヒロインの出身村の名前や位置は明言されていなかったが、春に赤太郎が参加しようとすれば参加できた魔物討伐作戦で、魔物が暴走した際に被害を受ける予想範囲を割り出せば条件に合う村をピックアップする事も可能だろう。村には山羊が沢山いたようだし、そういう特色があれば特定出来ないこともないと思う。
そう、ヒロインの村は、特定しようと思えば出来るんだ。
どんな行動をしようとソレは先輩の勝手なんで、ヒロイン見物くらい好きにすればいい。
だけどヒロインの村を生贄にするような真似は、許すまじ。
だって山羊と、村人が可哀想だろ! それに村に損害が出たら、多分、うちのお父様が長期出張する羽目になるだろうしな……。というかソレ、先輩にとって何の権限もない赤の国で勝手にやったら普通に犯罪だし。夏休みに入る前に、一つ釘を刺しておくつもりだ。
そして夏休み前という事で、私達(※魔法騎士コース)にはもう一つ通達があった。
それは、長期休暇を利用しての強化合宿です。
指導教官のリスト上位に、燦然と師父の名が刻まれているんだが……戦闘訓練担当の教官達を全員押さえて一番上に名を刻まれる、師父の偉大さよ。
今年は邪神復活の予兆がある。
邪神復活については前から囁かれていたけれど、この前の実習で悪魔が出たからな。
まだ情報規制があるからか、その事は黙されている。
だけどいよいよ邪神復活が確定的になったからだろう。
今年は例年よりも、生徒への指導に力が入りそうだ。
それは魔法学園に留まらず、王国全体の……戦闘に僅かでも関わりのある、全団体で。
お兄様が所属する騎士の養成機関『士官学校』でもそんな感じみたいだし、王宮の医療部門に携わるお父様も邪神復活を予期して色々と備えが大変らしいから。
そんな風潮を受けて、今年の魔法学園は戦闘に関する強化合宿を全コース合同で、本格的に行うらしい。教官リストの頂点に輝く師父の名が眩しすぎるぜ。
非戦闘員も他学科にはいるので、総合コースや研究コースは任意参加らしい。
しかし実践魔法コースと魔法騎士コースは全員強制参加が決定だ!
私達の夏休み大幅短縮が決定した瞬間である。
その為、本来は夏休みも使って準備を進めるらしい『学内チャリティ』の準備が前倒しで予定を早める事になったらしい。実行委員を任されている私達も大変だ。
しかし、なんなんだろうな?
もうすぐ邪神が復活するぞー! やべぇー!! というご時世で、年間スケジュール通りにイベントはイベントで実行しようとするこの空気。正直、意味不明な歪みみたいなナニかを感じている。
『乙女ゲーム』のメインシナリオの不穏さとは裏腹に繰り広げられていた、学園系イベントは意地でも取り入れる! という歪みがそのままこっちにも残っているような感じだ。
本来なら各攻略対象との仲の深まり具合とかを確認するイベントだったからな……現実となった今でもそれが残っているのはどうかという気もするが。ヒロインおらんのに。
あれか、平常通りのイベントを大々的に行う事で対外的に『まだ大丈夫! 慌てなくても平気ですぜ!』と主張するようなもんだろうか。多分。
まあ、何はともあれ『学内チャリティ』という名目で開催される、お祭りだ。
私達はまだ学生で、十代の少年少女である。うちの学科、少女は私だけだがな。
当然ながら、大いに浮かれ騒ぎはしゃげる機会は、どうしたって自然とウキウキしてしまう。
中には超めんどいと言ってサボりたがる不届き者もいるけどな。
実行委員的に、クラスのそういう不届き者はサボることがないよう、ぶっとい五寸釘を刺してやるが。
チャリティという大義名分の下、金を集めるのが私達の役目。
最低でもクラス単位で一つはナニか計画しないといけない。
面倒臭がりさんの多いクラスとかは、往々にして『バザー』という準備する手間やらの少ない出し物で雑に決めてしまうんだけれども。
というかむしろ、生産的な発想に乏しく文化系の出し物の引き出しが少ない魔法騎士コース生こそ、バザーとか休憩所といった準備への熱意が薄い出し物にする傾向が強いようだけど。
なお、過去の資料を見たけど魔法騎士コース一年の出し物はここ十年連続で二クラスともにバザーだった。そして十一年前はレンガの粉砕ショーだった。
「どうせ議論するだけ無駄だし、出し物はこっちで決めておいたから」
「な、なんて乱暴な!」
「話し合いの時間なのに、話し合う気がないだと!?」
「お、横暴だー!」
クラスの話合いに際して。
ナイジェル君の言葉に、一瞬クラスからブーイングが飛び出しかけた。
しかし、発言者はナイジェル君である。
淡々と、彼はもう一度言う。
「こっちで決めておいたから」
みんな、椅子に坐したまま目線を逸らし、顔を俯けてしまった。
決して目を合わせずにいようって決意がひしひしと伝わってくんなぁ。
「ああ、どうしてもコレがやりたいって具体案があるんなら発言しても良いよ。それが実現性に富んでいて有用な案なら一考の余地を与えてあげようか。費用対効果を考えた上で発言したい人、いる?」
「ナイジェル君もこう言ってることだし、これやりたいって具体案ある人ー! いたら挙手ー!」
黒板に板書しながら挙手を促してみるけど、誰も手を挙げませんな。
あ、いやいた。一人、そろ~っと挙手しかけてる!
挙手、ではなく挙手しかけ、って感じで往生際の悪い感じの挙げ方だが、それでも若干挙がっている。何か言いたいことがあるのは確かっぽいので、私はすかさず該当者……シンドリーの名前指定で手を向けた。
「はいそこぉ! シンドリー君!」
「ひぇあっは、はいぃ!! その、僕、バザーやりたいっす!」
「バザー? 損しかしない出し物だね。話にならないから却下」
「そんなぁ! バザーやってるとこ、結構あるって話なのに!?」
「それは、各ご家庭から不用品を持ち寄り、相場を調べるでもなく、その場の感覚でいい加減に値札を付けて売る行為だよね? やっぱり損しかしないよ。この学園、通っている生徒は貴族や富裕層が多いのはわかるよね?」
「あ、ああ、それはその通りだけど。それがバザーやっちゃ駄目な理由に?」
「家庭の不用品って言っても、その『各家庭』が貴族だったり富裕層だったりするなら、本人たちが『不用品』と思い込んでいるのがとんでもない希少価値を持つ骨董品だったり、隠れた銘品だったりする可能性が無きにしも非ずだから、駄目」
「な、なんだとぅ!?」
クラスメイトの懇願を前にしても、ナイジェル君は実に、こう、にべもない。
だけどバザーで損しかねないって話には実例があるからなぁ。ナイジェル君の実体験だけど。
奴は去年の学内チャリティに足を運んだ際、バザーで二束三文で売ってたアレコレをお買い上げした後、オークションで売っぱらって大金を手に入れおった。
「実際に僕、去年の『学内チャリティ』に学校見学もかねて足を運んだけど、三百年前の名窯が僅か二十セットだけ作成したっていう記念品のティーカップがコッペパン一個分の値段で売られてるのを見たことあるし」
「え、それってつまり、凄い希少品って事……?」
「適正価格だったらコッペパンが一万個買えるね」
「……っ!?」
「なお、そのティーカップは僕が購入して、帰り道で骨董屋に鑑定書を書いてもらってから、他にも似たような感じで埋没していた希少品ともどもオークション会場に出品してみたんだけどね。ぼろい儲けだったよ」
「駄目だ、玄人だ。玄人がいる……!」
「こんな荒稼ぎの化身みたいな奴を前にして、やりたいことがあったとしても説得できる気が微塵もしねえ!」
「むしろこんな奴の指揮下で俺ら何させられんの!? そっちの方が不安になってきた!」
「はは、大げさだね。心配しないでも、これは学校行事。実施するのは世間に飛び立つ前のヒヨッ子一同だということを念頭に置いて、きちんと稼ぎ方も加減して采配を振るうつもりだし。方法は人道に配慮して考慮するから、案じる必要はないと思うよ」
「ひぃっ 微塵も笑ってない顔で声だけ朗らかに語り掛けてくるぅ……!」
ナイジェル君って、絶対、実年齢にそぐわない個人資産抱えてるよね。いくら抱え込んでいるのかは知らんが、断言しても良い。
「それじゃあバザーは却下ということで。シンドリー、ご家庭の不用品を処分したいなら、後で僕の息がかかった業者を紹介するけど?」
「イエ、イイデス……不用品の出品じゃなくて、売り子をやってみたかっただけだから……」
しょんぼり、項垂れるシンドリー。
彼の家は確か裕福な男爵家だったと思うから、今まで金を稼ぐ必要もなかったろう。純粋に、やったことのない売り子体験がしたかったんだろうな……。
「そういうことなら、シンドリーには物販コーナーを担当してもらおうかな」
「え……?」
物販? と首を傾げるシンドリー。
その動きに合わせて、一斉に首を傾げるクラスの筋肉ども。
こうやって、俯瞰するように見て、思う。
……うむ。入学当初はまだ線の細い少年だった同胞達も、日々着実に筋肉になりつつあるようだ。
私ももう少し筋肉がついても良いんだけどな……身体強化頼みで日々の模擬戦を生き抜いているせいか、それとも体質か、いまいち筋肉が育たないんだよなー……魔法を封じられるような状況下でも問題なく立ち回れるよう、もうちょっと赤身が欲しい。
「ぶっぱん、ってなんだ……?」
「っつうか、そういえばナイジェル君よぅ。俺達に何をさせる気なんだ?」
今になってナイジェル君の計画案に興味を引かれたらしい、一同。
問いかける眼差しに、ナイジェル君は一つ頷くと無造作に言い放った。
「このクラスの特色として……このクラスにしかない上に、最も金になるモノってなんだと思う?」
問いかける形のソレに、クラスメイト達の戸惑いが深まる。
困惑の顔で予想を述べる声も聞こえるけれど、驚いたことに正解は誰にもわからなかったみたいだ。
いや、察しの良いオリバーは何か気付いたらしく、若干顔を青くして「まさか……」と呟いている。
果たしてオリバーの予想は正解かな?
短い考える時間を置いても、答えに辿り着けなかったクラスメイト達。
ナイジェル君は彼らに、我がクラス最大の『売り』がナニか宣告した。
「うちのクラスで最も金になるモノ……それ、赤太郎殿下の存在に他ならないよね」
温度の感じられない眼差しで、スパーッとナイジェル君は言い放った。
ざわり、空気を揺らしながら動揺も露骨に皆の視線が殺到する。
他人事みたいな顔で「一番金になるモノ……?」と首を捻っていた、中央列後方の席に座る赤太郎へと。
生まれながらの王族で、人々の視線を集める事なんて日常茶飯事で。慣れっこのはずだけど、皆の注目を浴びて赤太郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
まっすぐに赤太郎に向かう、ナイジェル君の温度感がない眼差しと赤太郎の眼差しが交錯する。
「……俺、売られる!?」
そう、我がクラス最大の商品は赤太郎。お前です。
今後の赤太郎の運命は!?
a.見世物
b.美人局
c.量り売り
d.強制労働
e.接待業




