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王子様を合法的に殴りたい 連載版  作者: 小林晴幸
おいでませチーズ村
58/129

幕間:【チーズ村】ここは良いとこ一度はおいで



 ――………………バス……イト…………え、を……。


 どこからともなく、声が聞こえる。

 耳の奥から、身体の奥から、頭の底から響いて来るみたいに。


 ――……アラバスター・ホワイト。

 ――…………我が声を聴け、我が魂を抱えし者よ。


 うぅん……誰だよ。

 俺、疲れてるんだよ。寝かせてー……


 ――アラバスター・ホワイト。


 だから俺、疲れてるんだってば……

 今日は帳簿整理の日だったし、明日は新規顧客ゲットの機会だとかでミリエルが気合入れてるし。

 明日も忙しくなること間違いなしなんだし、寝かせてくれよ……


 ――我が声を聴け。聞こえているか? アラバスター・ホワイトよ……!


 Zzz(ぐー)……



「バスクー、朝じゃぞい」

「うぅん、おはよう爺ちゃん。うー……」

「うん、どうしたんじゃ? 何やら魘されておったようじゃが」

「うーん……なんか変な夢見てた気がするんだよなぁ」

「ほう。変な夢とは?」

「それが……忘れた!」


 なんか、よくわからないんだが、妙な夢を見たってことはわかるんだよな。

 夢の内容はさっぱり覚えていないが。

 ま、覚えてないものは仕方ない。

 そもそも俺、朝起きたら夢の内容忘れるタイプだし。


「そうそう、さっきからミリエルちゃんがお迎えにきておるぞ」

「え! それ早く言ってくれよ、爺ちゃん!」

「おお? これこれ、朝飯はどうするんじゃ」

「包んで持ってって、事務所で食う!」

「ああ、慌てなさんな。どれ、じいちゃんが包んでやろうかのう。お前はその間に顔を洗って着替えなさい」

「ありがと、爺ちゃん!」

  

 朝からちょっと寝坊しかけて慌てたが、俺は爺ちゃんが包んでくれたパンを持って家を出た。

 お寝坊さんね、なんてミリエルに呆れられたけど、まあ昨日は疲れてたんだ。

 ミリエルも昨日は大変だったものね、と納得顔だ。

 さて、今日も忙しくなるんだよな。

 俺はミリエルと連れ立って、村役場の一室から隣の建物へと独立した事務所へ向かう。

 なんか最近、毎朝「妙な夢見た?」って思ってたような気もするが……『村興し実行委員会』の事務所へ辿り着く頃には、妙な夢を見たような気がする、なんて感想は綺麗に忘れていた。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 最近、前にも増して幼馴染の様子がおかしい。


 いきなり村興しに目覚めて、特産の乳製品を売りにアレコレ開発し始めたのも、まあ不審といえば不審だけど。

 この頃はたまに、算盤はじいて会計書類整理してって作業してる時なんかに、ふと手を止めては自分の手をじっと見たりなんかして。

 そんで窓の外に目をやって、遠く空を見たりなんかして。


「私、何やってるのかしら……」


 するり、村興しのスローガンを書いたタスキが肩からずり落ちる。

 なんだかミリエルの雰囲気が、この頃また変わった気がするんだ。

 なんというか——家事育児に疲れ果てた、お隣の奥さん(三十路)に通じる哀愁が……いや、気のせいだよな?


「み、ミリエル? どうしたんだ」

「あ、バスク……もうすぐ夏なんだな、って。そう思って」

「ああ……そっか、もうすぐ夏か。ミリエルの大好きだった、おばあさんが亡くなったのも夏だったよな……」

「えっ」

「え?」

「あ、うん、そうなんだ! だから、その……夏が近づくと、毎年思い出しちゃう」

「そう言ってたよな。前も」

「う、うん、前も!」


 ミリエル、どうしたんだ?

 やっぱり、なんだかどこかがおかしい。

 今の会話のどこに焦る要素があったんだ?

 なんだかまるで、おばあさんの事を思いがけない話題みたいな反応だった。ミリエルはあんなに、おばあさんの事が大好きだったのに……毎年、夏になると墓前に向日葵を忘れずお供えに行っていたのに、もしかして忘れていたのか?

 もしかして村興しに関わるようになってから、日々を駆け抜けていくような感じだったから、疲れが溜まっているんだろうか。

 村長さんが感激して滂沱の涙を流すくらい、最近の村は良い感じだ。

 ミリエルが村興しを頑張っているお陰で、商人や観光客が足を運ぶようになった。

 未だかつて、こんなに栄えている様子を見たことないって、村の古老が言うくらいだ。

 日々の業務は順調だし、ミリエルの発案によって開発した品々の売れ行きも好調だ。怖くなるくらい、全てが順調。近頃は、思いがけないトラブルが発生して何日も拘束されるってことも減ってきた。村興し実行委員のメンバーも増えて、仕事の分担もしやすくなったし……

 ……ここいらで、ミリエルをちょっと休ませた方が良いかもしれない。

 ミリエルが抱えている仕事や責任もあるし、あまり長い期間は難しいけど……数日くらいだったら。


 ミリエルを数日休ませる上で必要な調整なんか考えていると、その当のミリエルが、何やら探るような感じに声をかけてきた。

 ちょっと、意味の分からない問いかけを。


「ところでバスク……その、最近、誰かの呼ぶ声が聞こえたりとか、する?」

「うん? それってどういう……?」

「あ、あ、あと、右目が疼いたりとか!」

「どういうこと?」

「もしくは封印されし左腕が疼いたりとか!」

「どういうこと???」


 封印って、見たらわかるけどこの通り、左腕あるんだけど。普通に。

 疼く云々ってよくわからないけど、目については物貰いとかそういう病気的な?

 腕だったら……いや、後から疼くような怪我は腕にないしなぁ。

 誰かからの呼びかけってヤツに関しては、最近ひっきりなしに誰かに呼ばれるからな……どれの事だ。

 困惑しきりで、首を捻りながら。

 俺はミリエルの疑問しかない問いかけに、恐々思った通りの事を述べた。


 俺の返答を聞くに従い、顔が引き攣っていくミリエル。

 ミリエル……その反応は、どういうことなんだ?

 問いかけの内容に困惑しているのは、こっちなんだが。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 最近、よく人に呼ばれる。


 ――アラバスター・ホワイトよ……。


「バスクさーん、大変ですぅー!」

「は!? どうした、大変って」

「子ヤギのエメリーちゃんが、どこかに行っちゃって……!! 私、私、日々の放牧を任せて頂いているのに……必死に探したんですけど、まだ見つからないんです」   

「落ち着いてくれ。いなくなったのはいつ頃なんだ? とにかく、今から探しに行こう。母山羊のロメリーと、うちの犬を連れて行けば見つかるかもしれない」

「は、はい……!」


 ――アラバスター・ホワイトよ……。


「バスク、バスクー!? あ、ここにいたのかよ」

「なんなんだよ、一体。そんな慌てて」

「実は村興し実行委員の決済印についてなんだけどな? 発注していたのが届いたんで、ちっと確認してもらえねえか?」

「ああ、アレか。わかった、今から行く!」


 ――アラバスター・ホワイトよ……。


「バスクさん、いますかー?」

「はい、ここにいます」

「あ、良かった……いらしたんですね」

「どうしたんですか」

「いえ、最近探しに来ても誰かに呼ばれて不在、という事が多いので。実はバスクさんに折り入ってお願いがあるんですが」

「お願い、ですか? ミリエルじゃなくて、俺に?」

「ええ、はい。村興し実行委員長ではなく、副委員長の貴方に。詳しい話は別室で、良いですか?」

「わかりました。隣の応接室に移動しましょう」


 ――アラバスター・ホワイトよ……。


「酷いわ、バスク……!」

「な、なんだよミリエル!? そんな目に涙いっぱい浮かべて……俺、何かしたか?」

「私、聞いてなかったわ! 今日が新作商品『チーズフォンデュ☆セット』の試食会だったなんて!」

「聞いてなかったのか? おかしいな、そっちにも通達は行ってたはずなんだけど……文書で」

「え?」

「……ミリエル、机の上の書類ってちゃんと小まめに整理してるか? 書類の大まかな内容と決済期限日だけチェックして、仕事に関係ないの後回しにしすぎて溜め込んでたりとか、しないよな」

「………………あ、そういえば美味しいチーズパンの試作品を焼こうと思ってたんだ。ごめんね、バスク。お騒がせしちゃって。お詫びに後でチーズパンあげるね」

「ミリエル、お前の机の上、俺が整理しとくか?」

「ううん! 良いの! ほんと、ごめんね。お騒がせしたわ!」


 ――アラバスター・ホワイトよ……。


「うん? 今誰か、俺の事を呼んだか?」

「呼んでねえっすよ、副委員長。最近引っ張りだこなんだから……みんなに呼び出されまくって、耳に声でも残ってるんですかね。幻聴っすよ、幻聴」

「あれ、そうかな? ああ、でも、そうかもしれない」

「そうに決まってますって。今は誰にも呼ばれてねえんですから、身体休めといてください」

「わかった、そうする」


 ――あ、アラバスター・ホワイトよ……。


「仮眠室、使わせてもらうな」

「どうぞごゆっくり~」


 ――………………あ、アラバスター・ホワイトよ……。


Zzz(ぐー)……」


 ――………………。


 

 最近、なんか色んな人に呼ばれるんだよな。

 村興し実行委員の副委員長に任命されてから、特に。

 色んな人に呼ばれ過ぎて、毎日とても忙しい。

 だけどそんな目まぐるしい日々に、ちょっとやりがいを感じている。

 前は日がな一日、山羊と一緒で。

 山羊の放牧で一日を過ごしたりして。

 あれはあれでやりがいがあるし、好きな時間だ。

 それでも忙しくアレコレと働いて、考える時間もないくらい跳んで、走って、振り回される。

 忙しく働くこんな毎日も、実は性に合っているのかもしれない。

 俺、どうやら働くの好きだったらしい。

 疲れもするけどな!




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「副委員長、伝達事項っす~」

「何かあったのか」

「ええ、それがですねー……詳しくはこの文書読んでもらえればわかると思うんすけど、村興し実行委員会監修の商品に関して問い合わせがあったんすよ」

「新規のお客様か? どこの商会かな……有名どころだったりするかな」

「それが商会じゃないらしいんっすよ」

「へ?」

「なんでも、実行委員会監修の商品に興味があるとかで……今度、村に来るらしいんすよ」

「誰が?」

「都会の、魔法学園の学生さんが」

「え……学生? 魔法学園って、貴族とかが多いんじゃ……」

「そうらしいっすね。なんで、村長が今からガチガチになりかけてます。まだ先の話なのに」

「俺達に通達が来るって事は、こっちで接待する可能性があるってことだよな……貴族相手なんてどう接したら良いんだ!? ナニかやらかしたら、無礼打ちとかされないよな?」

「いつの時代の話っすか……村長と同じこと言ってますぜ、バスク」


 まだ先の話みたいだけど。

 今度、魔法学園の生徒がうちの主力商品(※チーズ)を見る為に村までやってくるらしい。

 ……なんで、そうなったんだ?



 

邪神の魂:最近宿主に必死に語り掛けて、なんとか操作しようと試みている。

 試みているモノの、あんまりナチュラルに無視され過ぎて、ちょっと心が折れかけている。


アラバスター・ホワイト

愛称:バスク

 村興し実行委員会稼働当初はミリエルの秘書みたいな役回りだったが、よく働くのでいつの間にか副委員長に昇格していた。

 最近、なんだか誰かに呼ばれている気がする……が、実際に誰かしらに呼ばれまくっているので、村人の声と日々の仕事量に紛れて闇に葬り去られている声があることに気付いていない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何か、バスク少年の中で、邪神さんが蹲って、地面にのの字を書いてる姿が目に浮かぶ(哀れ)
[良い点] 邪神の心が折れかかってるのに笑いました。 [気になる点] このままでは鍛え切ったミシェルが待ちぼうけになるのでは? [一言] 名物でお金のにおいに反応した彼が来たり・・・?
[一言] 来そうなのはヒロイン(仮)ナイジェルくんと、童貞転生者かな?なんかミッシェルがチーズのために来るのは想像できない。いや、もしかしたら王子が無類のチーズ好き?!
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