前世の業(姉)
名乗られたならば、名乗り返さなければ礼を失すると思っただけなんですけれど。
たとえそれが、前世の名前でも。
しかし聞いてきておきながら、シトラス先輩は頭の痛そうな顔をしている。
「みずもり、水森か……ん? もしかして、水森 祝の関係者か?」
「祝は前世のお姉ちゃんの名前ですわ」
なんと。
シトラス先輩の前世は、どうやら前世の『お姉ちゃん』と知り合いらしい?
狭いな、世間。偶然にしたって狭すぎるだろ……。
「姉。そうか……つまりお前が『東小の英雄』か。妹って聞いてたんだが、弟だったか?」
「妹ですけど。シトラス先輩、お姉ちゃんの知り合いですか?」
「同じ学校の、三つ隣のクラスだった。会話したことはないから、知り合いではない、な。向こうは俺なんて知らないだろう」
「それじゃあ、何故お姉ちゃんのことを……」
「学年、いや同じ学校の男子で水森を知らない奴はいない」
「え?」
「水森は学校一、二を争う美少女二人を二次元にハメた張本人と目されていてな……三次元の男から興味を失わせた犯人として男たちの怨嗟の的だった」
「不特定多数から恨まれすぎだよ、お姉ちゃん」
「ついでに、ハイレベルな美少女二人の寵愛を一身に集めている、という意味で憧れの的だった」
「憧れというか嫉妬だよね? 羨望と、怨嗟の的だった、だよね?」
「薔薇の西條と百合の遠近……華やか美女と清楚系美少女の二人に憧れない男子は一人もいなかった。だけどバスケ部の金田もサッカー部の友田も、生徒会の斎藤もみんな玉砕。お断りの言葉は全員共通、いま二次元男子にしか興味ないんで……! だ!!」
「闇が深いな……」
「それでもなんとかお近づきになりたい、せめて会話の一つでも、と話の切っ掛けを求めて彼女達が教室で話していたコンテンツに手を伸ばす男も数しれず……俺も、あわよくば会話の機会でもと手を伸ばした一人だ。おかげで俺の学年は、男子の乙女ゲームプレイ率が異常に高かった」
「話の流れから前世も男子っぽいとは思ってましたけれども……乙女ゲームの内容に精通してそうだと思ったらそんな理由で」
なんだか話を聞けば聞くほど、先輩の前世じゃなくてお姉ちゃんとそのお友達の情報が増えていくんだが。
罪作りだなぁ。そしてお姉ちゃんへの逆恨みが凄そうな環境だな。実際に美少女と称されるご友人二人の事も知ってるけど、言われてみれば確かにお顔が整ってた。
しかし。
「ところで先輩、私は前世の姉への恨み言を聞かせられる為に呼び止められたんでしょうか」
「は……っ」
「今となっては何の縁もない人ではありますが、姉と慕った記憶は確かにあるんです。それでなくとも、私自身は前世の死因に何ら恥じるところはありませんが、早くに亡くなって確実に悲しませているんです」
「あ、いや、その」
「あまりに前世の家族への逆恨みが過ぎるようなら……私の拳が光って唸りますよ? 五本の指がシャイニングしますよ? しますからね?」
なお、それが正当性のある恨みなら、私は何も言わない。何なら謝罪もする。
でもなー先輩の恨み言、明らかに濡れ衣だからなー。
そもそもあの三人に乙女ゲームというジャンルへの興味を植え付けたのは、遠近家のおっかさんだったはずだし。
というかそもそも、誰が何を趣味にしてようが、その人の勝手じゃん? 法律に引っかかりさえしなければ。
「ちょ、待て。俺が悪かった。確かに、ご家族にする話じゃなかった。だからその拳を下ろせ、そっと、そっとな? っつうか拳が光ってるんだが、どういう理屈で……」
「偉大なる精霊様の為せる業です」
「精霊って人の拳光らせるくらい主張の強い存在だったか?」
「マゼンタ様達……私にご助力くださっている精霊様方は特別なんです」
「名前までつけてるのか!? まさか姿も見えて……っ」
「見えますよ。見えるし、超仲良しです。精霊のマゼンタ様、シアン様、孔雀明王様とは!」
「ちょ、ネーミングセンス」
さっきから、何故だろう。
会話をすればするほど、シトラス先輩が頭を抱えていくんだが……考える人みたいなポーズになりつつある。そろそろ地にのめり込まないかな。
地面にめり込む前に、本題入ってほしいんだけど。
「それで先輩? 単なる興味本位って訳じゃありませんわよね? それともまさか、本当に前世の姉への恨み言を聞かせたかっただけですの? 違いますわよね。そろそろ、本題に入っていただけませんかしら?」
「散々気安い言葉遣いを聞いた後での、令嬢言葉の違和感よ……まあ、良い。確かに脱線しすぎたな。話が迂遠になってもいけないし、本題に入ろうじゃないか」
そうして、意識を切り替えた先輩の仰ることには。
「ミシェル・グロリアス、君は一体何が目的だ」
「何に対してか、主語プリーズ」
「何に対してって、聞き返されるとは思わなかったな……ええ、と、そうだな」
「まあ、私の行動基準の大いなる目的は、大体が大前提として『いけ好かねぇ王子をぶん殴る』に集約される訳ですが」
「おいおい。なんだかとんでもないことを言いだしたぞ、この一年。そうじゃない、そうじゃなくって……色々と聞き捨てならなかったが、そうじゃない。俺が聞きたいのは……お前、前世は水森の妹だったって言うんなら、水森達がはまっていた『乙女ゲーム』の事もわかっているだろう?」
さっきから中々話が進まない中(主に前世の怨恨のせい)、先輩の仰る『本題』に突入したのだろう。
ぐだぐだした空気を払拭するように、急にキリッと真面目な顔をする先輩。
わあ、さっきの、お姉ちゃんへの逆恨みを口にしていた姿とは別人のようね。
「わかっている筈だ。あのゲームを知っているのなら……どのルートでも必ず、邪神が復活する事を」
「ええ、まあ、はい。そうですね?」
「邪神が復活するのがわかっているなら……っ!」
ただし本題に入っても、イマイチ何を仰りたいのかわからんのだが。
話を拝聴していたら、わかるんだろうけれども。
私がなんとなく話を呑みこめていない様子を察してか、先輩の眉間に皺が寄った。十円玉が挟めそうだな。この世界に十円玉ないけど。
「……ゲームでは、邪神はヒロインと、ヒロインが心を通わせた攻略対象によって倒されていた。邪神復活を前に、ヒロインの存在は重要な鍵になる……筈、なんだが。だが、今の状況はどうだ? ヒロインがそもそも学園にいないんだが……! それに攻略対象たちも、様子がおかしいというか何人かキャラ崩壊しているというか、ゲームから印象がガラッと異なるんだが!」
「嫌ですわね、先輩。ゲームと現実を混同されては困りますわ。不確定要素に満ちた現実となった今、予定調和と定められたシナリオで話の進むゲームと差異があるのは当然ではありませんこと?」
「確かにそれもその通りだがな? だが、誰かが作為的にシナリオを歪めたとしか思えない……そこで、イレギュラーの君だ。俺は前世の記憶があったが、シナリオを知っていたから歪める事のないよう、徹してきたつもりだ。だけど、君はどうだ? 明らかに目立ちまくっているんだが、君がナニかしたんじゃないのか」
「何かしたんじゃないか、だなんて……私は、ただ」
「ただ?」
「王子共を軒並みぶっ飛ばしただけですわ。物理で」
「そんなことするキャラ、ゲームにゃいなかったよ!!」
「特にそれ以外に何かをした覚えは有りませんわ。ええ、入学後早々に、赤太郎が天狗になる猶予を微塵も与えず、ゲームのプロローグでやらかしたシナリオ阻止もかねて殴り飛ばしたくらいですわね」
「それだよ。それしかないよ。よりにもよってプロローグを阻止されたらゲームシナリオが展開する余地も灰燼に帰すわ!」
「先輩、私、思うんです」
「は?」
「ヒロインは、絶対、魔法学園に入学せず田舎で『変わらぬ日常』という人生を歩んだ方が幸せになれるって」
「なんて身も蓋もない……乙女ゲームの大前提を全否定しやがった」
「というかあのプロローグを発生させるなんて、ヒロインもそうですけど、山羊が可哀想じゃないですか! 魔物に蹂躙される山羊が! あと、破壊される村の人たちも!」
「人より山羊の方を重要視していないか? 気持ちはわからなくもないが……邪神はどうする。邪神が復活して暴れ回れば、一つの村なんて比じゃないくらいの被害が出る。それでもヒロインには村に引っ込んでもらっていた方が良いと?」
「先輩、一つ思い違いをしていませんか」
「なに?」
「先輩はさも、ヒロインじゃなければ邪神が倒せない、みたいな言い方をしていますけれど……よく考えて下さい、邪神は数百年周期で、何度も復活しているんですよ? 過去何度も、各国が団結して再封印しているんです。ヒロイン一人に固執せずとも、みんなで団結すればどうにかなる事がわかり切っているのに、ヒロインの存在は本当に重要ですか?」
「それを言われると……だが早期対応という意味では。各国が足並みをそろえるには、どうしたって時間と手間がかかる。その時間をかけている間に、少なからず被害は出るだろう。ヒロインが対応していれば、その被害は抑えられると思わないか?」
「愚問ですね。個の力に頼るのは、確かに圧倒的な力を持つのであれば得難い戦力と言えるでしょうが……不確定要素によって、人は容易く変わるって先輩ももうわかっているでしょう。ヒロインを学園に招いたとして、それでゲームのヒロインそのものの強さを本当に手に入れられるかはわからないでしょう? 人なんですから、心の在り様一つでどんな方向に転がる事か」
「しかし、ゲームのシナリオ通りに運べば、邪神を短時間で倒せるのは確実なんだぞ。未来が保障されているも同然だ」
先輩の言いたいことも、まあわからなくはないけど。
つまりはシナリオに沿って動くことで、確実に邪神を倒せるとわかっているルートを引き寄せたいってことだろう。
だけど本当に、その為に幸せに暮らしているだろうヒロインを引きずり込む必要はあるのか?
大事の前の小事、って言葉はよく聞くけれど、ヒロインの幸せをその『小事』に振り分けてしまって良いんだろうか。
ゲームをプレイした記憶が、先輩に固定観念を植え付けている気がする。『それしかない』って、思い込んでいる気がするんだ。
しかし、そこで私は思う訳ですよ。
数百年毎、復活する度に人間の有象無象に再封印されちゃうような邪神だ。
神とつく相手を、侮る気はないけれど……再封印を何度もしているってことは、ある程度の手順が確定しているってことだと思う。
それに。
「ゲームではヒロイン……現代で唯一の『魔法使い』の力量について、『上級魔法士百人分』と明言していました。そして攻略対象はキャラによって最終的な力量に違いは有りますけど、ゲームシナリオの試練やら紆余曲折やらを乗り越えた最終段階で、ヒロインと並び立てる力量を手に入れるって話でした」
「……そうだったか? どこかでそんなことも言ってたような気がするが……ええ? 絶対それ、細かいとこで言ってたヤツだろ。お前、記憶力良いな?」
「並び立つって言うくらいなんで、攻略対象の最終的な強さを『上級魔法士五十~百人分』と仮定しますよ。ゲームではヒロインと攻略対象の二人が立ち向かって邪神を倒すので、乱暴に言ってしまえば上級魔法士を二百人くらい揃えれば邪神は倒せるって事です」
「暴論が飛び出てきたな、おい。上級魔法士二百人って……時間があれば揃えられるだろうが、上級魔法士も人によって得手不得手があるし、戦闘に特化した人ばかりじゃないだろう。邪神と戦えるだけの人材を、復活に間に合わせて集めるのか?」
「特級魔法士なら一般論として上級魔法士五十人に匹敵するって話なんで、四人で済みますよ。まあ、特級の方々はあまり数もいませんし、方々に散っているので上級を集めるより呼ぶの大変でしょうけど。そこで思い出してほしいのが、この魔法学園の入学案内です」
「は!? 入学案内!? いきなり話が飛んだな!?」
「パンフレットに、書いてありました。当校の生徒は、卒業までに半数ほどが上級魔法士の資格試験への挑戦権を得ると。つまり、試験を受けられるくらいなので上級魔法士へのリーチがかかっている訳です」
うちの学校は学年につき、四十人学級が八クラス。
つまり、一学年にざっくり三百二十人が在籍している事になる。
その半数、百六十人が上級魔法士に届くだけの実力を卒業までに身に着ける、と。
「上級魔法士になれる可能性を、毎年百六十人が開花させるんですよ? だったらゴリゴリに鍛えれば、他の学年でも近い実力を発露させる人はいるかもしれない。ほーら、最高学年生だけでも団結すればヒロインに匹敵する実力を発揮するのも夢じゃない訳ですよ!」
だから、私はもう一度シトラス先輩に言います。
「ヒロイン、本当に必要ですか?」




