学園の罠、狙われたミシェル嬢……の、亀。
今回は、ほとんどミシェル嬢の登場は有りません。
主に野郎共の話になります。
それは、ミシェル嬢とナイジェル君が委員会室に入ってから、然程も経っていない頃。
オリバー達が監視任務に就いて割合すぐのことだった。
ミシェル嬢からは、「不審者がいたらソイツが容疑者だから」と言われていた。
オリバー達は、何を当り前のことを……と思っていたのだが。
「なんだ、あの不審者……」
別々の場所から、別の角度で監視していた、オリバー、エドガー、マティアスの三人。彼らはソレが建物の角を曲がって現れた瞬間、全く同時に異口同音呟いていた。
陽光に照り返す、緑の髪。
やたらと長身、だけども細く、丸まった猫背の背。
何が楽しいのか、へらへらと締まりのない笑みを常に貼り付けて。
そりゃこれから悪戯をするのなら、楽しいのかもしれないけれども。
正体不明の赤黒い染みにベッタリと塗れた白いローブが、何気なく邪悪臭を振りまいている。ロールアップした袖から覗く腕には、火傷や擦り傷が無数についている。無骨な革のグローブは、鍛冶職人がつけているものに似ていた。
ここまでは、良い。
細部に突っ込みどころはあるものの、ここまではまだ、目を瞑って不審者呼びを勘弁しても良かっただろう。
しかしソイツは、背中に大きな道化師人形を背負っていた。無機質な顔立ちの真ん中でぎょろりと光る目が、たいへん虚ろで不気味です。
それを上下逆さに、背中合せになる形で背負っている。おんぶ紐で。
歩く度にぶらぶらと揺れる、道化師人形の赤い唇がたいへん目に付き不気味なことこの上ない。
そして男は、道化師人形を背負って空いた両の手を使い、大八車を押していた。
気のせいだろうか、大八車の上を兵器が占領しているように見えるのは。
あれ、連弩ってヤツじゃないか? 初めて見るけれど、そこは魔法騎士コース生。兵器の有効利用法などを学ぶ為の講義で、図説されていた兵器の名前なら諳んじられた。
色々と、言いたいことはある。
あるけれど、今は監視任務中だとオリバーは自分の膝をぎゅっと掴んで衝動を堪えた。全身に力を入れていなければ、ミシェル嬢のアレコレに対する時の癖でうっかりツッコミの叫びをあげてしまいそうだ。
マティアスなんかはミシェル嬢の言っていた不審者って、アレの事だろうなぁと、遠い目をしている。
そんなマティアスのところに息せき切って合流したのは、別の指令を貰っていたフランツだ。
彼はサイクロプスを連れて魔法研究コースのシトラス・グリーンフローライト先輩を連こ……拉t……お連れするよう指示を貰っていたのだが。
「フランツ、首尾は……?」
「悲しいことにバッチリだぜ……」
指令を無事に達成したというのに、微妙そうな顔をするフランツ。
サムズアップするその隣には、彼の使い魔たる都会派一つ目巨人が。
どうやらサイクロプスがその身に背負……背負った……?
訂正しよう、その肩に肩車したガタイのいいお兄さんがシトラス先輩らしい。
なんで肩車するに至ったのか、経緯は不明ながらお連れすることには成功している。指令は達成とみて良いだろう。
ただし、肩車された状態で乗り物の爆走という乗り心地最悪に違いない経験をした為か、シトラス先輩は目を回していた。
「ディッセルハイム13世、先輩をそっと下ろしてやってくれ」
「がぁっ」
「……結局、使い魔の名前ソレになったんだ」
「おう! そういや、マティアスは使い魔の名前どうしたんだ?」
「ミルキーってつけたよ……」
「……メス?」
「オス」
そんなやり取りをしながらも、二人はせっせと目を回したシトラス先輩を介抱していた。衣服を寛げ、扇いで風を送りと甲斐甲斐しい。
シトラス先輩もすぐにハッと我に返り、目をぱちくりと瞬いた。
「ここは一体……?」
「学内チャリティ実行委員会室の、近くの茂みです。先輩」
「確か、俺はアイビー殿下がまたなんかやらかしそうだ、って事で連れてこられたんだったか……?」
疲労感たっぷりな物言いに、頷く一年の二人。
あっちを御覧なさいと指差した先では、植物だったら今にも光合成しそうな緑色の御髪を風に靡かせながら……不審者もといアイビー・グリーン、ミシェル嬢の言うところの『青汁』が嬉しそうにせっせと穴を掘っている。気付けばいつの間にか、地面には一m弱の穴が掘られていた。
「……ウチの殿下は、あれ何してるんだろうな」
「罠を作ってるところっぽくないっすか? 最初何してるのかって思ったっすけど、経緯を見るに」
自らの掘った穴に、連弩の土台を埋めてああでもない、こうでもないと神経質に角度調整を行う青汁。背には道化師人形をおぶったまま。
「なんでウチの殿下は、あんな不気味なピエロ人形背負ってんだろうな」
「そこはちょっと、俺らには難しい問題っすね……」
そもそも青汁の人間性もよくわかっていない。
そこで青汁の行動への疑問点を述べられても、より近しい間柄のシトラス先輩にわからないことが、フランツやマティアスにわかる筈もなかった。
そうこうしている間にも、うきうきと楽しそうに罠を仕掛けていく青汁。
満面の笑みで、道化師人形を曲がり角で頭上から降ってくるように仕掛ける青汁。
何を想像してか、楽しそうを通り越して高笑いまでしちゃう青汁。
「ひ、ひひ……ひゃあはははははは! ひゃははははははー!! はーははははーっ!!」
とても良い空気を吸っていらっしゃるようだ。
だが王子として、その笑い方は有りなのか。
なんだか見てはいけないモノを見てしまったような気がして、フランツはそっと目を逸らした。
逆にマティアスは、驚きの表情で固まったまま青汁をガン見している。
だけど、ご覧よ。主の有様を見ていられないと、シトラス先輩なんて沈鬱な顔で目頭を押さえちゃっているじゃないですか。
どうやら対外的に見て、やはり青汁の高笑いは王子としてはアウトらしい。
何はともあれ、見ている内に青汁はせっせと罠をセッティングし始めたのだ。
中には今までミシェル嬢(の、周囲の人間)が被害を被った罠も散見された。ここ数日、ミシェル嬢狙いで執拗に罠を張っていたのは、もう青汁で間違いないだろう。
「ひとまず現行犯で確保しとくか」
「確保ー!」
こうして、あっけなく青汁は捕獲された。
ささっとフランツ達が姿を現した時には怪訝そうに首を傾げていたものの、その背後にシトラスの姿を見て、ぎょっとする青汁。あわわー? と口にしながら、咄嗟に脱兎の如く逃げ出そうとする青汁。
そんな青汁を、ありとあらゆる行動予測の果てに容赦なく鷲掴みにするシトラス。
「そもそもコイツは、頭は良いんだろうけど運動神経が激鈍なんだよ。発見、接近後なら道具でも使われない限りどんなに逃げようと足掻かれても捕縛は難しくない」
「なるほど! っていうか先輩すげぇっすね。奇をてらった囮行動もみんな見破って。俺、思わず反応して取り逃がしそうになったのに……先輩、惑わされねぇんだもん」
「退路を防いで捕まえるまで、ほんのわずかな時間でしたわね」
確保タイムという事もあって合流したエドガーやオリバーも、シトラス先輩には尊敬の眼差しをキラキラ寄せていた。青汁が逃げようとした際、袖から視界いっぱいを覆うほどの鳩が飛び出してきても、刺激臭のキツイ煙幕玉が炸裂しても、シトラスは物ともしなかった。そんなものは既に予測済みとばかりに、事前対策がばっちりだったあたりに彼の日頃の苦労が偲ばれる。
魔法研究コースにも、こんな見事な手際の捕縛術を有する先輩がいるのか……一年生達はしきりに感心している。そこに至るまでに蓄積された研鑽の数々がうっすら透けるようで、尊敬するしかない。
そして恐らく、日頃のシトラス先輩の苦労の元凶であるらしい、青汁。
目を離すと逃げそうだからと、青汁はシトラス先輩自らの手によって荒縄で木に吊るされた。
彼、緑の国の王子様なのに。
加えて言うと、シトラス先輩の主なのに。
その扱いは、あまりに雑だった……雑にならざるを得ない、青汁の過去があるのだろう。
緑の国の、王室関係者の皆様の日頃の苦労が察せられた。
吊るされた青汁を、理解しがたいモノを見る目で取り囲む少年達。
正面には腕を組んで青汁を見上げるシトラス・グリーンフローライト。
左右や背後に配置する、オリバー、エドガー、マティアスとフランツ。
険しい顔で、尋問を主導するのはシトラスだった。
「それで? ウチの殿下は今回何をやらかしてたんですかね。聞くところによると魔法騎士コースに所属している、一年の女子に嫌がらせめいた罠の数々を仕掛けていたとか?」
どうしてだろう。
ミシェル嬢を『一年の女子』と表現されると、それで間違っていない筈なのに違和感が生じるのは。微妙な感覚を覚えて、複雑そうな顔をする一年生達にシトラスは気付かない。
「中には危険な罠もあったとか? 暇なんですか、殿下。暇だったとしても、他にやることあったんじゃないんですか。なんでわざわざ、一年女子へ危害を加える方向に行っちゃうんですか。可哀想だし、酷いでしょう。大事になってもおかしくありません。またなんか変な心理実験だとかなんだとか言いだしませんよね? 流石に庇いきれませんぜ」
「お、おぅー。シトラスさんや? これは仕方のない事だったのだよ! いや、仕方がないなどとは言うまいな! 我が自ら選んでやったことだとも! しかしそれも、必要な事だったのさ!」
「はあ、必要な事? またどうせ、くだらない理由なんでしょう?」
「くだらないとは酷いなぁ。だけどとても素敵な素敵な理由だとも!」
「そこ、『殿下にとっては』って注釈つくんでしょ? 一体どんな理由があれば、一年女子へのいじめなんてやらかすんですか」
いじめ。
予想もしていなかった単語が聞こえてきて、さわっとオリバー達が動揺した。
いや、それは、確かに。
攻撃力の有る罠を仕掛けられていたのだし?
意図して危害を加えようとしていたのだから、それは虐め、なのか……?
まさかミシェル嬢が虐められる???日が来るとは思わず、親しい友人である少年達も動揺を隠せない。
そんな彼らの反応を、きわめて真っ当な、だけど今回に関しては的を外した理由で動揺しているものと思ったシトラスは義憤を募らせて自分の主人を突きまくる。物理的にも、持っていた剣の柄で突っつき回した。
「ほら、一体何の理由があって、こんな事したんですか。理由がわからなければ釈明も出来ないでしょうが。訳を言いなさい、訳を」
「こ、こらシトラス! 突っつくでない、突っつくで! 止めろ止めろ!」
「殿下が素直に申告してくれたら突くの止めますよ」
「何、極めて簡単な理由だとも。私はね、噂を聞いたのだよ?」
「は? 噂? そんな確実性の薄い情報ソースで何をやったって?」
「馬鹿にするでないよ。確かにソースは噂だが、それを聞いて即座に吾輩は裏を取りに走ったとも! 僕の足は五十m走るのに十二秒かかるがね!」
この殿下、足遅っ!
体育会系に属する魔法騎士コース一年生の間で、戦慄が走った。
しかしシトラスにとっては青汁の足の遅さなど既知の情報だった為、スルーされている。
「方々聞いて回ったんだよ? 件の研修参加者とかね。しかし最も有用な情報を提供してくれたのはソルフェリノとディースだったけれども! はっははは! わざわざ聞き込みしたのに、一番いい感じの情報提供者がそもそもの知り合いとかね!」
「ソルフェリノ殿下と、ディース殿下が? 最近、なんかこそこそ出歩きまくってるとは思ってましたけど……何を聞いて回ったって言うんですか」
この青汁が、何に興味関心を引かれたというのか。
それはともかく、何か情報を提供したらしい桃介と青次郎。
その二人はとりあえずミシェル嬢に殴られるんだろうなぁと、一年生達は思った。ご愁傷様である。
そしてシトラスにがくがくと揺さぶられた結果、とうとう青汁が一連の罠設置における動機を喋った。
「く、件の一年女子は……超高速で空の彼方から飛来し、縦横無尽に宙を飛び回り、果ては目や口から刺激的な光線を発射する小粋な亀を有しているというではないか……! ちょっとその亀を直にこの目で、いや、是非とも触って、いやいや可能であるならばありとあらゆる手段で持って調べつくしたい! だけどこの学園でそれらしい亀を見かけないとあっては、仕方ないだろう! だからこう、主人たる一年女子がちょ————っと個人の処理能力を超えるピンチに陥れば、使い魔であればこそピンチを脱する為に、こう、召喚とかされんかなーと思い至った訳で」
「殿下! このお馬鹿! 他人様のモノを安易に欲しがった挙句、勝手に都合よく扱っちゃ駄目だと常日頃から言っているのに! 本当に我慢できねぇ殿下だなぁ!」
「だが、だが、だが! そんなにも奇妙な亀、今まで聞いたことも無い! そんな珍種がいるとあっては、知的好奇心の爆発をどう抑えろと!? だって興味をそそられるだろう? そそられずにはいられんだろう! 是非とも実っけn……解ぼ……サンプルに欲しいじゃないか——!!」
青汁は、叫んだ。
もう本当に、心の底から感情を込めて。
某亀さんが欲しいと。
「おい、この殿下言い繕えてないぞ」
「それよりミシェルの亀さんに対する物言いが……どこの怪生物ですの?」
「いや、そこ認識に誤りはないだろう」
青汁の本心からの叫びに少年達がさわさわとする中。
角の向こうから、誰かが猛スピードで走ってくる音がする。
それはそれは、怒涛のような響きを滲ませて。
果たして、走って表れたのは。
先程から先輩たちの会話に出てくる某一年女子こと、ミシェル・グロリアス嬢であった。
どうやら委員会は無事に終わったらしい。
だが、現れたミシェル嬢は他の何も目に入らないといった様子で。
走る速度を落とすことなく……むしろ、更に勢いと速度を上げて。
一直線に、青汁へと向かっていく。
その一直線さに、オリバー達は怪訝な顔をした後、何かに気付いたようにハッと顔を上げた。
慌てた様子で、シトラスの腕を引っ張って急遽青汁から距離を取る。
そう、彼らは今までの付き合いから、何となく察していた。
ミシェル嬢の、憤りを。
「ってめぇ!! 私のサブマリンが狙いかぁぁああああああああ!!」
そしてミシェル嬢は、渾身の怒りを込めて。
決して可愛いペットを非人道的な研究家気取りになど渡すものかという固い意志を込めて。
木から吊るされた青汁の、手前で跳躍した。
走ってあげた速度と勢いを、そのままダイレクトに乗せて。
まさに生けるサンドバッグのような姿の青汁へ、怒りの飛び蹴りが炸裂した。
どうやら青汁の叫びが聞こえていたらしい。
この後の、青汁は?
a.吹っ飛ぶ
b.吹っ飛ぶ
c.吹っ飛ぶ
d.千切れ飛ぶ
e.宇宙へ……




