学園の罠、狙われたミシェル嬢……
とりあえず連発する罠の仕掛け人はテメェですかと青汁に確かめようと決めた直後。
教官ご指名により、私とナイジェル君の二人が秋のイベント·学内チャリティの実行委員になってしまった訳だが。
実行委員会の拠点は、青汁のホーム内にある。
私が実行委員になったのは突発的な出来事だけど、私をマジに青汁が観察していたとすると、きっとこの機に乗じて仕掛けてくるはず。
青汁が委員会のことを知って、罠を仕掛けるまでの所要時間を考えると、委員会議の帰り道に焦点を当ててくるはず。
その点を考慮に入れて、青汁の所業だって現場を押さえられれば……そう、その時点で今まで被害を被っていたのは私! その事実が証明される。
そうなれば、こっちのものだ。
私は被害者として、思う存分、好きなだけ殴る。それがまかり通る。
何しろ青汁は先輩だ。もう何年も魔法学園に身を置いている。『ゲーム』では何をやってきたのかなんて濁されまくっていたけど、作中、他に生徒の反応はわかりやすかった。わかりやすく露骨に、青汁をヤベェ奴扱いしていた。今までどんな学園生活を送っていたのかは知らんが……察するもんはあるな。
だから私が被害者面して青汁を凹っても、一定の理解は得られる。むしろ「またか」って周囲からは軽く流される可能性すらある。
遭遇する、またはその切っ掛けを掴むまでに手間はかかるが、出会っちまえば殴る理由には事欠かない男。それが私の持つ、青汁の印象である。
は? 他に何かないのか? 顔とかって?
知らん。ああ、でも、そういえば前世でお姉ちゃんが何か言ってたね。
そう、青汁のことを……確か、『イロモノ枠』だと。
『最近の乙女ゲームって、なんというか独自性? 個性? 他とは違う感? そういうの出そうって事なのか何なのかよくわかんないけど、攻略対象に一人他のゲームと毛色が違うっていうか……テンプレを外れたキャラがいることあるのよね。え? つまり変人? なんてこと言うのよ! ちょっと完全に否定はできないけれども!』
『このゲームのそれがアイビー・グリーンなのよね。は? 青汁? あんたまたそんな仇名付けて!? ちょっとなんでアイビーが青汁なのよ! はあ? 髪の毛に葉緑素がたっぷり詰まってそうだから……? 確かにそんな色はしているけれども!』
『アイビーはねー、天才キャラなのよ。え? 青次郎と被る? 青次郎って誰よ……! ディースの事、そんな風に呼んでたの!? ディースは秀才キャラ、アイビーは天才過ぎて突き抜けちゃった系のキャラよ。いい? アイビーは学生でありながら天才発明家で、魔法理論の権威って設定なんだから』
『はい? 発明家ならこんなの作れるかなって? なによそれ、動画サイト? 某人面機関車の魔改造が凄い? 胸熱、ってあんた何見てるの? ……い、いやぁぁああああああ!? なによこれ、ホラーじゃないの!! は? こんなの作れたら尊敬する? 知らないわよ! っていうか、本当になに見てるのよ!!』
『え? 一つの分野で権威にまでなったのに学生でいる必要性? 確かに言われてみれば……? そうよね、留学生って事は義務教育とかでもないし……え? なんで学生やってるのかしら? むしろそういう設定なら教員側じゃ……学生である必要性、必要性……冷やかし……?って、そんな深く考えなくても良いわよ! これゲームなんだから! そういう設定、以上!』
拝啓、前世のお姉ちゃん。
ゲームだからって言ってましたけど、ゲームが現実になったよ。
とりあえず、ゲームの設定上は『天才』『発明家』『魔法理論の権威』ってことになっている。
けど魔法理論ねぇ…魔法ってやつを小難しく考えて理屈こね回してる連中の論説云々のことだっけ。
『精霊魔法』は精霊との相性や友好関係に依存するから、理屈じゃねーんだよなぁ。滅んで使い手の絶えた『魔法』はどうか知らんが、『ゲーム』じゃヒロインも感覚で使ってた節があるから、やっぱ理屈はそこまで重要じゃなさそうだ。
天才だかなんだか知らんが、相手は好奇心を抑えきれない欠陥理性の持ち主だ。抑えが利かないという性質を逆手に取って捕獲する。つまり、現時点で興味の対象らしい、私自身を囮にして。
とりあえず、捕縛術の授業で使う捕縛グッズは持っていこう。あと何がいるかな?
現行犯で捕まえるなら監視要員が欲しいところだけど、精霊様達に……いや、私の使い魔だったらしい我が家の亀さん達を動員するか?
でも人外の証言じゃ殴る理由には弱いかな……?
私がうんうん唸りながら委員会議に行く為、手枷の用意をしていると、なんかフランツがめっちゃ怪訝そうに見てきた。
「手枷持って、お前どこに行く気だよ」
「委員会」
「何をしに行く気だ!? 乗っ取りか!? 乗っ取るつもりかよ!」
「フランツは大げさですわね」
「拘束具持参で委員会に行こうとしてるお前が不審すぎんだよ!」
「大したことじゃありませんのよー。ただ……そう、ただ、ここ連日の罠の数々。あれをやりそうな輩の心当たりが、ちょっと研究コースに棲息してるってだけで」
「棲息」
私の言葉に思うところがあったのか、何なのか。
何故か友人の皆々様が、一緒に研究コースの校舎まで行って下さるという。
心配そうな顔で私を見ているが、その心配は何に対する心配ですかね。少なくとも友情故に、って雰囲気は感じないんだけれども。
オリバーがさっき「いざとなったらミシェルを止めるぞ……身を張ってでも」って呟いていたんだが、それ一体どういう意味?
釈然としない気持ちもちょっぴりあったけれども。
だけど一緒に来てくれるというなら、これ幸い。
丁度人手が欲しいところでもあったし、来るって言うなら彼らの助力も当てにしようか。
「私に実害が出そうな行動取ってる奴を、目撃証言込みで押さえたいと思っていますの。という訳で、ちょっくら現場の監視任務に就いてもらいたい訳ですよ」
「現場というが、目星はあるのか? 向こうがどこに罠をはるのかなんて、こちらではわからないだろう」
「オリバーの懸念も、もっともですわ。その辺り、どうなんですの。ミシェル?」
「そこはそれ、今までの罠に関してはフランツが詳細な記録を残してくれていますもの。傾向分析は済んでいますわ。その上で、確率の高いポイントを数か所リストに起こしてみましたの」
「ほう……なるほど、研究コースの校舎から魔法騎士コースの校舎や寮のある区画に向かう際、絶対に通る経路を元にしているのか」
「広い視点での監視が必要ですわ。そこでオリバー? 貴方の使い魔、浮遊と隠密能力がありましたわね? その能力を活かして、空からの監視をお願いいたしますわ」
「なんで俺より、俺の使い魔の能力を把握してるんだ」
オリバー以外にもそれぞれ使い魔あるいは本人の能力的に適した方法での監視を依頼する。
だけどただ一人、フランツにだけは別の仕事を頼みたい。
「は? サイクロプス連れて、どこ行けって? アイツ超目立つから、無駄に連れ歩きたくねーんだけど……」
「研究コースの近くにある実験動物用の厩舎か、中庭の程近くにある鍛錬場か、裏庭の噴水付近にいる確率が高いんだけどね」
『乙女ゲーム』の、出現ポイント的に。
「とにかく研究コースの制服を着た、身長百八十㎝オーバーでガタイの良い野郎を見つけて引っ張ってきて。そんな野郎は、在校生じゃほぼその人しか存在しない筈だから。見てわかるくらい鍛えてて筋肉ついてるけど、サイクロプスの怪力なら余裕で連行できると思うから!」
「そんな曖昧な情報で見つけ出せるかよ! せめて名前と容姿の情報追加しろ!」
「容姿か……確か髪と目が黄緑で、学生兼護衛であることを示す腕章付けてるから、多分わかりやすい筈」
「護衛って誰の? 連れて来いってのも無茶言ってんなって感じだけど、護衛対象によっては連行なんざ無理だぜ?」
「大丈夫、その護衛対象が連日の罠仕掛け人の容疑者だから。護衛対象に振り回されまくってるはずだから、事情が分かれば協力的になる……筈! 後々の面倒を避ける為にも、殴る前に護衛の承認が欲しいところでしたの。だから、なるべく、絶対、連れてきてくださいませ」
「なるべくで絶対ってどっちだよ。っつうか護衛がいるって身分の高い奴か? 面倒事のニオイがするんだけどよー……」
魔法研究コースは研究者気質な奴が多い。
必然的に、在籍している生徒のほぼほぼ九割は貧弱な坊やだ。
そんな中で、身長百八十㎝オーバーなんて人材はほぼいない。少数派に属する分、制服を着ていると嫌でも目に付く程、目立つ。更に筋肉質という情報が加われば、該当者は一人か二人ってところだろう。そこに加えてこの国じゃ珍しい緑系の髪色ってなると、他には存在しない。
青汁の生国からついてきた護衛にして、側近(=苦労人)。
『乙女ゲーム』じゃ友情エンドしか存在しないサブ攻略キャラでもあった、シトラス・グリーンフローライト先輩。
数少ない青汁のストッパー役(しかしほぼほぼ止められていない)として登場するキャラクターだけど、青汁と違って常識的で話が通じるお兄さんだった。
職務に忠実で真面目な性格だった気がするが、それでも青汁に振り回されまくっていたお陰か、青汁の扱いが中々雑で好感の持てる先輩だ。この先輩に殴っても良いよとお墨付きをいただければ心強い。まあ、認めてもらえなくっても殴るのは確定事項なんだけれども。立場的に青汁を守る側の人間なので、味方に引きずり込めたら楽だよね、くらいの感覚だ。事前許可、大事。
「そんな訳で、できれば青汁を殴る前に現場に連れてきていただきたい」
「青汁を殴るって字面おかしくね? 誰の事だよ……」
「魔法研究コースのアイビー・グリーン先輩」
「って他国の王子じゃねーか! またかよ!!」
私が容疑者の名前を告げた途端、エドガーやオリバー、マティアスが頭を突きつけ合わせてヒソヒソと囁きだす。
「ちょっと、また王子ですってよ」
「これで五人目じゃないか?」
「本気で学内コンプリートだね、おめでとう……?」
「いやいや、全然目出度くありませんわよ」
「というかまだ、殴る前だ。コンプリートは出来ていないだろう、まだ」
「時間の問題のような気もしますけれどね……」
なんか学友たちに「マジかよ」って目で見られているような気がしないでもないけど。
私はひとまず青汁を引っ掛ける為、意気揚々と魔法研究コースへ向かった。
もちろん、委員会に参加する為である。
その間に私の素敵なお友達が三々五々配置について、監視体制を整えているだけ。
その結果、監視に気付かず青z……容疑者の罠のセッティング現場を目撃してしまうだけ。
ついでに現場を抑えられた容疑者の顔と名前を押さえるだけだ。
それを受けて私が青z……容疑者を凹っても、証拠が揃っているなら当然の逆襲って話に落ち着くことだろう。
友情って良いなぁ! 素敵だなぁ!
協力してくれる彼らには、その内お礼がてらなんか奢ろうと思う。
逆に狙われる青汁。




