学園の罠、狙われたミシェル嬢
お茶会帰りの、天気予報……晴れ時々タライ。
そんな馬鹿な。
そんな馬鹿なお天気模様を体験してから、早三日。
私はとても、とてもとても刺激に満ちた三日間を過ごしていた。
あれから私も色々あった。そう、あったのである。
天井から金盥が降ってくる事、計六回。
全部直前で何となく予感するものがあったから直撃することなく避けまくったけど、三回目くらいからは降ってきそ~な場所で天井を見上げる癖がついたわ。
物陰から矢が飛んでくる事、六回。石は五回。泥団子は三回。
全部避けるか止めるかしたんで、私には一つも命中しなかったがな! 私には!!
ちなみに矢は全て先端がゴムに包まれており、接着剤が塗られていた。そんな小細工するくらいなら吸盤を付けろと思ったが、もしかしたら技術的な問題でまだ吸盤は発明されていないのかもしれない。
これも飛んでくる直前になんとなく嫌な予感がして体の位置を変えたお陰で被害は免れている。二回目くらいからは直撃コースの矢を手で掴んで止める余裕もあった。
後は更衣室のロッカーから蛙が飛び出してくる事、二回。蜻蛉、一回。トノサマバッタは七回。
道の脇にある樹上から首吊り人形(※首に縄が巻かれ、木に繋がれた人形)が降ってくる事、二回。
室内訓練場の天井から何かが降ってくる系は雑巾が三回、松ぼっくりが二回、トマトが六回。食べ物を粗末にするのはマジで止めろ。キレてそう叫んだからか、二回目以降のトマトは食品サンプル並みに精巧な偽物(※木製)だったわ。
他にも、他にも……まあ、数えるのも面倒なアレコレがあった。
ただの不運なのか嫌がらせなのか微妙なものまで、本当に色々あった。
全部、何故か律義にフランツが記録を取っていたが、アレは多分面白がってるな。うん。
後でフランツも巻き添えにしてやろうか。意図的に。
凄いな……こんなに刺激的な日々は、学園入学してから初めてかもしれない。
なお、蟹と亀の戦いは日々とは言えないから除外とする。
いきなり日々の密度が爆上がりした気分だよ。
っていうか、明らかに誰かの作為が感じられる。
だが冷静になって思い返してみると……こういうことしそうな奴に、心当たりがあるんだよなぁ。
直接の面識はない。だから実際にどんな人柄って断言できない部分もあるけれども。
でもこの事態、何となく『乙女ゲーム』のとある人物によるイベントと状況が似てんだよな。
――さて、その『とある人物』っていうのが他でもない、学内に残された王子共の最後の一人。
ようは青汁な訳なんだが。
しかし疑問はあるんだよな。
青汁が、こっちに関わってくる理由がわからないんだ。
「ミシェル、お前一体どこでどんな恨みを買ったんだ?」
「いきなり人聞きが悪いですわね、フランツ」
「悪いがミシェル、こればっかりは俺もフランツと同意見だ。すこし自分を見つめ直してみないか? 最近、やっぱり誰かの恨みを買った記憶があるだろう?」
「まあ、オリバーまで……そんな疑いに満ちた目で見られますと、胸が痛みますわ」
その日も元気に学校で学びいっぱいの時間を過ごしていた訳だが。
何故か私をジト目で見る、クラスメイト達。
私を省いて車座になり、こっちへ疑いに満ちた問いかけをしてくる。
というか恨みってなんだ、恨みって!
その言い方だと、私が何かをしたって断定してるじゃないか!
「白々しいぜ、ミシェル……ここ数日の、お前の近辺が異常過ぎんだよ! 物陰から矢は飛んでくるわ、行く先々に落とし穴が隠されてるわ、終いには頭上からネットが降ってくるしよ……!」
そう言って嘆くフランツの額には、先端がラバーで包まれた矢が張り付いている。
ほんの僅か十五分前、教室移動の途中で飛んできたものだ。
私は華麗に避けたが、フランツの額には見事に的中していた。
っていうかソレ取れよ、フランツ。
確か接着剤が塗られてたろ、気触れるぞ。
「これもう、お前が誰かの恨みを買ったとしか思えないだろ!? 毎回、律義にお前狙いなんだもん! お前と直接対決する度胸のない誰かが、迂遠に仕返ししてきてるとしか思えねえよ!」
「言い難いのですけれど、ミシェル? 巻き添えによる被害も無視できませんわ。特に行動範囲が重なる分、クラスの皆が毎日何かしら巻き込まれ被害に遭っていますのよ……ミシェルに心当たりがあるとは限りませんけれども、それでももし心当たりがあるのでしたら、早期に決着をつけていただけませんかしら」
「エドガーまでそんなことを言う! 私、本当に何もしていませんわよ」
ただ、心当たりがあるにはある。
いやマジで、この魔法学園でこんな事しそうな奴って言ったら……青汁しか思い浮かばないんだ。
だけど本当に、犯人は青汁なのか?
やっぱり青汁だとしても、私にちょっかいをかけてくる動機がわからん。
「誰かの恨みを買った、とは限らないんじゃない? ここ数日、一連の罠にはなんだか……観察めいた色を感じる。誰かがミシェルの行動を測る為に、やってるんじゃないかな」
多分それで、大正解だよナイジェル君。
ゲームでの話、だけれども。
『乙女ゲーム』では他の誰も持たない特別な力を発現させたとして、主人公は魔法学園に強制入学させられる。その特別な力って言うのが、現代では失われた本来の『魔法』って設定なんだけどな。
誰もそこまではわからないから、学園ではただ『特殊な力を持つ女生徒が入学した』ってだけ話題になるんだ。そしてそんな話題に食いついた一人が、青汁だった。
ゲームの青汁は、なんというか……よく言えば、研究者気質。
率直に言っちまえば、アレです、マッドサイエンティスト的な。
まあ、そういうヤツなんで、好奇心がヤバいくらいに旺盛だった。
猫じゃないけど、その内誰かに余計なちょっかいを出して死なねぇかな、と思う程度には。
そんな野郎の前に、『誰も知らない未知なる力の持ち主』が現れた訳である。
当然の如く、奴の方から絡みに行った。
ようはモルモット扱いである。
ヤツの好奇心を満たす為だけの、自分勝手な絡み方。
行動実験だかなんだか知らんが、実験対象としか見ていないからこその所業の数々。
前世の私は、「他人様を実験動物扱いしてんじゃねーよ!!」と大変業腹な気分を味わった。
人を人とも思っていないって、こういう事を言うんだろうな。
うん、私、青汁のそういうとこ腹立つわ。
最初は主人公の知らないところで、物陰から観察していた青汁。
青汁的に期待外れな実力しかなかったら、早々に興味を持たれなくなるが、奴にとって観察に値すると評価されたらそこからが青汁ルートの攻略開始らしい。
ヒロインへの好奇心を募らせた青汁は、ヒロインの反応を探る為、実験感覚で様々なアクシデントをけしかけてくるようになる。そのアクシデントに、私が体験した罠の数々と一致するアレコレが含まれている訳なんだが。
……うん? いや、思い返してみると私を標的にした罠、ヒロインに仕掛けられた奴より幾分攻撃的だな……? あれ? やっぱ悪意と怨恨によるものか……?
だけど『魔法学園』で、他にあんな罠仕掛けるようなヤツに心当たり、ないしなぁ。
そろそろ私(の、周囲)への被害が無視できなくなってきた。(主にフランツ)
このまま黙って受け身になっているのも、私の性分じゃない。
というか、今の状況は相手が私を罠にかけようとするっていう、相手に主導権がある状況だ。このまま相手主導で事を進められるのも気持ちの良いものじゃないし。
それにフランツが騒いで五月蠅いしな……!
っていうか一定の割合でフランツが被害に遭ってんだよ、フランツが!
なんでアイツが引っかかるんだ……? 反射神経鈍いのか。
魔法騎士を志す者として、反射神経鈍いとかどうなんだ、フランツ!
「俺が特別鈍い訳じゃねーよ! お前が異常なんだよ! っつうか俺が被害に遭ってんのは、お前が避けた結果、近場にいた俺が当たってるだけだからな!?」
フランツがわざわざ私の肩を掴んで揺さぶってくるので、仕方ない。
早期解決の為にも、唯一の心当たりである青汁に当たってみる事とするか……。
だが青汁は、他コースの先輩だ。
いや、他コースで問題がある訳じゃないんだが……あいつ、魔法研究コースなんだよな。
魔法研究コース……それは、魔法を使うよりむしろ術式や理論を捏ね繰り回す、研究中心の学科。
私の弟も何故かそのコース志望なんだが、つまりはアレだ。
そこ、頭脳派変人の巣窟なんだよな……。
青汁が大変イキイキお暮しあそばしているとの噂である。
その性質上、他コースの生徒にとっては大変足を運びにくい場所でもある。
どこにどんな地雷があるのか……そこに棲息している方々にとっては何でもないモノでも、他のコース生にとっては地雷と成り得るアレコレがあるとかなんとか。
用事でもないことには足を運びづらく、何の用もなく入り込むと大変目立つ。
目立って、青汁に警戒された挙句、逃げ隠れされると面倒だ。
むしろ奴が嬉々として、この絶好の機会を是非ご利用したいと思わせるような、魔法研究コースに足を運んでも不自然じゃない大義名分が欲しいところだな……。
そしてホームで油断しているだろうところを、一気に捕獲する。
さあ、青汁捕獲作戦だ。
奴は人間性に問題があるし、他人を簡単に実験動物的に扱ってくる馬鹿野郎なので、遭遇しさえすれば殴る理由には事欠かない。むしろ私にトラップ仕掛けまくったのがマジでアイツなら、私には暴力も致し方なしと方々を納得させられるだけの殴る理由がある。それだけのトラップの数々だったし、フランツが律義に記録取ってたしな! そうか、フランツ、お前の記録ってこういうとこで生きてくるのな!
フランツも度々巻き添えになって迷惑被ってたし、後で記録を貸してもらう事になっても喜んで貸してくれる事だろう。
というか、実験感覚で人にトラップしかけてくる青汁こそ、詳細な記録を残していそうだけど。
しかし魔法研究コースに足を運んでも不自然じゃない理由を作る方が、大変かもしれない。
知的好奇心に支配された方々と、半分脳筋な我々魔法騎士コースは色々と相容れないしなぁ。
魔法騎士コース生の私が足を運んで、不自然じゃない理由……?
「お前ら、席に付け! 連絡事項の通達に来たぞ」
「あ、先生来た」
考え込んでいたら、いつの間にやらホームルームの時間になっていたらしい。
ちょっとぼんやりしていた意識を切り替えて、先生へ視線を向ける。
……バチッと視線が合った。
どうやら先生様は、わざわざ私をガン見していた様子。
え? 先生? なんでそんな目力たっぷりに私を見るの?
「ミシェル、それからナイジェル君」
「「はい」」
「秋に、学内チャリティがあるだろう」
「あー……」
先生が仰る、学内チャリティ。
それは私がコーラル様をそそのかした学園祭的なイベントのことである。
そもそも魔法学園の生徒は貴族階級や富裕層が多い。
身分や立場に恵まれた彼らが自ら汗を流して働く意義はゼロである。
そして文化的活動であれば、もっと本格的な発表の場を有している。
前世の世界的な『学園祭』は、世界観的に合わないんだ。
そこを無理やり落とし込んだかのようにして生まれたのが、学内チャリティ。
もっとまともな名称はなかったのか。
ざっくり概要を述べると、学生が金銭の受け渡しが発生するイベントをそれぞれ企画し、そこで発生した売り上げを国内の恵まれない方々へ寄付するという、俗っぽいのか崇高なのかよくわからんイベントである。
民衆が金銭を得る苦労の一端を知る事。
恵まれない方々へ寄付する事で、恵まれた立場の義務を学ぶ事。
なんか、そういう概念で生まれた行事だった気がする。
そして行事の特色的に、学内全員参加を掲げている。
個人で何か企画するのも許可されているが、全員をわかりやすく強制参加させる為、クラスごとに最低でも一つは何か企画しないといけないっていう……
金稼ぎに慣れていない富裕層の学生ばかりなので、準備期間には余裕を取る。
そういえばそろそろ、学内チャリティの委員会がどうのって時期だったような……
「お前ら二人、学内チャリティの実行委員だから」
「はい?」
え、それって普通、クラスの話合いで決めない……?
私とナイジェル君、今、先生に名指しされたんだけど。
「金銭が絡むことで、お前ら以上に適任はいないだろ」
「つまり先生公認で、好きに荒稼ぎして良いと?」
「あ、いや、そこは加減しろ? あくまで学内行事だからな? 良心的に頼む」
先生の意見に、異論を述べる者はクラスにいなかった。
私と、ナイジェル君含めて。
独断と偏見で、実行委員にされてしまった……。
ナイジェル君はわかるよ。そこは私も異論はない。
でもなんで私も……? その点だけは、首を傾げざる得ない。
だけど、良いことも一つあったんだ。
学内チャリティ実行委員の委員会室は、魔法研究コースの校舎にあるという。
早速そこで第一回の委員会があるって話だよ!
今日、この後で。
っつうか先生よ、当日になってソレ通達すんの止めろ。




