終わりよければ良か……良かったのか?
とりあえず結果としては、班員全員が無事に大過なく使い魔を手に入れた。
そういう意味では上々の収穫だし、実りある実習だったと言えなくもない。
……私に限って言えば、使い魔を手に入れたというか手に入れていた使い魔を再発見したとかそんな感じで実習に参加した意義が見事に見当たらなかったけれども。いや、まあ、アレだ。ゴ・リラ様にお会いできただけ収穫だったと思う事にしよう。
ナイジェル君は過分な力を手に入れてしまったがな……。
実習は、つつがなく終わった。
……と、思いたかった。
残念なことが一つある。
私のサブマリンに関してだ。
私のピンチに子サブマリンが笛を吹き、空を飛んで急行してくれたサブマリン。
でもさ、空だよ。
遮るもののない、空だよ。
当然と言えば当然だが、空飛ぶ亀の存在は、実習に参加していたほぼ全員に見られていた。
インパクト強烈な、猛スピードだったしね……しかも目やら口やらからビームとか出してたし、蟹と目まぐるしい空中戦繰り広げてたし?
それこそ、学生が持つには過分な力。
強力過ぎる未確認飛行物体……じゃねえ、未知の魔物だと先生方にマークされてた訳で。
私達が寝泊まりする場所として確保されているキャンプ地に戻ると、丁度先生方が強い魔物の出現に、実習の中止も視野に入れて対応を相談しているところだった。
そんな現場に、そんな亀を従える私が参上。
サブマリンも子サブマリンも、飛んで家に帰らせれば良かったものを……多分私も、予想外に遭遇した蟹との戦いで疲れていたんだろう。もしくは感覚が麻痺していたか。
うっかり何も考えずにサブマリンを伴ってキャンプ地に帰還した結果、先生たちの事情聴取を受ける羽目になった。面倒この上ないね。
なお、サブマリンの能力や正体については知らぬ存ぜぬで押し通してやったわ! 実際そのへん知らんしな! 私にとってこの亀さん親子は、ただただ子爵家の庭池でくつろぐペットの亀さんなのである。
そして監督役の師父のおかげで、見事に有耶無耶になった。
なんてこともない。ただ師父は、偽りなく事実を口にしただけである。
そう、師父は何気なく言っただけ。
森に奥に悪魔が現れ、森の聖獣と戦っている場面に私達が遭遇してしまったことを。
そして、聖獣に助勢したのだということを。
場は騒然となった。当然である。
だって悪魔の出没は、いよいよ以て邪神の復活が近い証拠なんだから。復活までの猶予をどんなに多く見積もっても、数年以内にその時は来る。全然身構えていない時にそれを知る羽目になった教職員の皆様、ご愁傷様です。
蜂の巣を突いたとは、まさにこの事。
悪魔は退けられたので、今は森の安全が取り戻されている。でも聖獣を狙って再び悪魔が来ないとも限らない。
だけどすぐに次が来るだろうか?
それより安全が確保されている内に、生徒達を強化する意味で実習を続けるべきでは?
先生方の意見は割れて、論争勃発。
当然ながら、亀の存在を追求する段ではなくなった。というか、蟹の話に紛れて忘れられた。万歳。
なお、VS悪魔の現場で起きたことについては、キャンプ地に戻る道すがらで既に口裏合わせ済だ。そこはね、色々とあったしね。なのに肝心の物的証拠を隠蔽し忘れるんだから、私も脇が甘いというかなんというか。やっぱり感覚が麻痺していたのか。
結局、悪魔の出現について関係各所に伝達する必要があるということになり。
実習は、早めに切り上げられることとなった。
それと同時に、一般民や学生がパニックになるとのことで、悪魔と遭遇した私達には関係者以外へ漏らすことのないよう、固く口止めがされた。
悪魔が出たなんてみだりに口にして、人々を混乱に突き落とすなよ、という事だ。いよいよもって隠せなくなるまで……つまりは邪神復活の瀬戸際になるか、王国上層部から何らかの発表があるまでは至って普段通り、『日常』を装って暮らしなさいという意味でもある。
なお、実習を早く切り上げる理由については、対外的には空飛んで火を吐く、強力な未確認飛行魔物を警戒しての早期引き上げってことになった。
その未確認生物、私の足元にいるんだがな?
私の真横であぐあぐと、なんでもない顔をして、生の南瓜を貪っている。皮ごとだ。
顎の力がどんなものか確認する為、先生の一人がくれたんだけど……サブマリン、お前野菜も食うのな?
普段肉ばっか食ってるから肉食かと思ってた。
今後は人参とかも与えてみるか。
がぶがぶがりごりと硬め野菜を貪り喰らう亀さんを見下ろし、私はうむと一人頷いた。
うちの亀、ほんとに顎強い。
実習からはるばる帰ってきました、魔法学園。
寮暮らしだからね、我々。
先生方の引率は、学園の門を潜ったところまで。
使い魔を得た生徒たち向けに、今後の『使い魔と過ごす日常』に対する諸注意を受けてから解散となる。後は三々五々に分かれて、後日に体験レポートの提出をすればカリキュラム終了だ。
何だったら実習の感想や疑問点などが新鮮な内に、学園図書館などに足を運んで資料を探すのも実習参加者の定番行動ってヤツらしい。あ、あとゲットした使い魔の生態とか調べたりとかね。
私も一応、サブマリンに関してなんぞ資料でもないか、後で図書館に足を運んでみるつもりである。まあ、十中八九ないだろうがな! 我が家の亀さん共に関する資料なんぞ、見つからないだろうけどな!
それでもまあ、調べるだけ調べておくか。
だけど図書館に足を運ぶより先に……私には、行くところがある。
用事はさっさと済ませよう。
そう思い、早速とばかりに移動を開始、したんだけど……
「何故、ついてくる?」
「いやー……ほら、気になるだろ」
「ええ、こんな無茶な事ですもの。顛末が気になりますわ」
「つまりは出歯亀さん、と」
何故か解散したはずの、班員達が背後にぞろぞろ。
師父はさっさと離脱した、というか悪魔出現の現場に居合わせていた為、改めて教職員を集めた説明会に重要参考人として召喚されたんでこの場にいないけれど。
後で個別に話を聞くかもしれないけれど、と他の実習参加者らと一緒に解散させてもらえたはずなんだけどなー……なんで班員全員ついて来るの?
ぞろぞろと私の後をついて来る、七人の行列。
カルガモの親子かっての! その例えで行くと私が親鳥なんだがな!
ちょっとした集団だし、三人も王子が参列しているしで。
これが試験休暇中で人の少ない時期じゃなかったら、学校の中だしとんだ注目の的だっただろう。今は補習を受けてるヤツとか、用事の有る一部しか学内にはいないんで、目撃者も少なく済むけど。
でも私が目指している場所は、その『補習参加者』達のいる場所なのである。うん、というか補習を受けてる級友に用があるんだし。補習が行われている講義室に行けば、否応なく目立つだろうなぁ。そう思いながらも足を止めなかったので、補習会場には割とすぐに到着した。
――さて、奴らはいるかな?
「たのもーう!!」
ガラッと勢いよく扉を開けば、見覚えのある顔ぶれが一瞬で身構えた。
後に、その中の一人にこう言われた。
完全に道場破りのノリだった、と。
講義室の中には、魔法騎士コース一年生の追試対象者諸君。
学科ごとにカリキュラムが異なる為、補習も学科ごとに分かれて行われている。
魔法騎士コースは毎度毎度脅威の出席率を誇る為、準備されている講義室も大きめだ。
何しろ学科生の過半数がお世話になる結果が目に見えていたので。
案の定、今年も一年生の大半が補習を受けている。
その中には私と仲の良いフランツやマティアス、それから自国の王子である赤太郎殿下の姿があった。丁度補習と補習の合間にある休憩時間に当たったようで、講義室内に教員の姿はない。フランツやマティアス、それに赤太郎はそんな講義室内で、机にぐったりと上半身を突っ伏していたようだ。講義室内へ乱入した私に、ハッとした顔で頭を持ち上げているが、身体の方は机に懐いていた名残が隠しきれていない。なお、補習参加生徒の多くが同様の有様である。なんというか、心身削られた感があるな……そんなに、勉強辛いのか。
私にとって用があるのは、親しい奴等のみ。
私はさっさかフランツ達の方へ歩を進めた。
「やほやほー☆ フランツ、マティアス。お前ら超ぐったりしてんのな」
「ミシェル……お前、なんでここにいんの? 実習は?」
「蟹と亀のせいで切り上げになった」
「???」
疑問符を浮かべまくる、友人たちの姿。
しかし懇切丁寧に詳しく説明してやるつもりはない。だって面倒だし。
あ、あと緘口令しかれてっしね?
「そんなことは置いておいて、私、フランツやマティアスにお土産があるの!」
「あ?」
そして、私は彼らに『お土産』を紹介した。
一頭しかいないんで、ゲットできるのは一人だけだが……
「いや、待て。待て待て待て! なんだそいつ!」
「……えっ? ええ?」
目にした『お土産』にフランツとマティアスは目を白黒させている。あまりに困惑したからか、マティアスまで珍しいことに困惑で何度も声を上げた。
私の背後に立つ、その陰。
フランツが震える指でさす姿は……ぱっと見は、エドガーと同じ魔法騎士コースの制服を着ている……というか、エドガーに借りた予備の制服を着ているんだけれども。それでも服はパッツパツで、今にも筋肉が弾けて布地を破っちゃいそう。ついでに頭には、私達魔法騎士コースに多い地味で一般的な髪色……茶髪のカツラまでばっちり装着済みだ。
だけどその顔に、フランツ達は見覚えがない。
見覚え云々以前に、その顔には『眼球』が一つしかなかった。
そんな特徴的な顔を、一目見たなら忘れるのも難しいだろうに。
息を呑み、固まるマティアス。
これには堪らず、フランツも叫んだ。
「おっ前、何連れて来てんの!?」
「サイクロプス」
「いや、だから何連れて来てんの!!?」
フランツの叫びに、再び机に懐いて突っ伏していた赤太郎もガバッと体を起こす。
そしてサイクロプスと目が合って硬直した。
私はその間に、サイクロプスのカツラを外し、パッチパチのエドガーの制服(予備)を脱がせていく。……こりゃ完全に布地が伸びてんな。エドガーに弁償しないと。
我々の中で最もガタイが良く、筋肉豊富なエドガー。物理的に一番大きなヤツの制服でもサイクロプスにとってはパッチパチだ。むしろサイクロプスの方が気を遣って、ちょっと質量的に縮んでくれていたというのに。窮屈な洋服から解放され、腰蓑一丁になったサイクロプス。その身体は気のせいなんかじゃなく、さっきに比べて一.五倍くらいの大きさになっている。伸びをする姿は自由と解放という言葉を連想する。
私はフランツとマティアスに二人がかりでがくがくと揺すられながら、気持ちよさそうに腕を伸ばすサイクロプスを見守った。
そうする間にも、周囲はなんか剣呑な雰囲気になりつつあったが。
これこれ、魔法騎士コースの諸君? 何も言わずに抜剣すんのは止めろ。事情ならいま説明すっから。
「――は? 土産?」
「うん、お土産」
「ちょい待て、意味わかんねーよ!」
「そう難しく考えなくっても良いんだけどなぁ。私の真横のサイクロプス氏、生粋の森育ちでして」
「お、おう」
「それが昔から都会暮らしに憧れてたそうですの」
「ほ、ほぅ……?」
「でも都会なんてさ、サイクロプス氏は魔物じゃん? 人間の使い魔にでもならない限り、サイクロプス氏が都会で暮らすのは不可能でしたの」
「いや、そりゃそうじゃん? っつうか、使い魔になっても都会暮らしとはまたちょっと違うよな。用がある時に森から召喚されるスタイルだろ」
「今回、私達が森に訪れた時、サイクロプス氏はチャンスだと思われたそうですの。ですが、私達の中にサイクロプス氏と相性の良い方はいませんでした……でもここで諦められるサイクロプス氏ではなかった!」
「いや、諦めろよ」
「そんでサイクロプス氏の上司的な存在……森の聖獣様に仲介頼んで、聖獣様からこっちに依頼があった訳だ。サイクロプス氏が主従契約を結べる相手を紹介してくれってな。一応、こちらでも紹介できる相手には限りがある事、紹介できる方々と契約が結べなかった時は森にお帰り頂くことをご納得いただいた上で、今回お連れすることとなりましたの」
「へ、へえ……って森の聖獣と会ったの!?」
「反応が遅くてよ、フランツ」
「無理言うな!?」
私達が口止めされたのは、悪魔つまりは蟹の事。森で遭遇した蟹が悪魔だという事。
別に聖獣の事は口止めされていないので、話しても問題はない筈だ。
聖獣様の依頼で今回はサイクロプス連れでの帰還となった。ゴ・リラ様曰く、サイクロプスは人間の都会に憧れるだけあり、人間に友好的で模範的な『良いサイクロプス』らしい。先生方に騒がれるのが嫌で、今回は無理矢理エドガーの制服に詰めてカツラを被せ、違和感バリバリだったかもしれないが生徒に偽装して学園まで連れてきた。なお、森に還すことになった場合も同じ手段を使うつもりだ。
先生方は悪魔の出現に気を取られ、ピリピリしていた。
でも逆に悪魔にばっかり注意が向かっていたので、逆に生徒達への注意は疎かだった。
はっきり見たら一発でバレそうなもんだけど、よくサイクロプスの混入に気付かなかったよな……いや、もしかしたら師父が何か口添えしてくれたのかもしれない。よくよく思い出してみると、なんか先生たちが露骨にサイクロプスのいる付近から目線を逸らしていたような気がしてきた。
「そんな訳で、誰かサイクロプスと契約をしても良いという猛者はいるか! 魔物としては思いっきり全力で物理に偏ってるが、それでも人間には得られない物理的パワーと安定感抜群の肉体は前衛で戦う際にとてもとても心強い相手だぞ!」
「いきなり売込が始まりやがった!」
なお、私が紹介できる人員=魔法騎士コース一年生の面々である。
この中で使い魔契約するってヤツがいなかったらサイクロプスにはお帰り頂こう。
結果、サイクロプス氏は、なんだかんだで相性が良かったらしいフランツとの契約と相成った。サイクロプス的にも、さっきから全力で私にツッコミ入れまくっていたフランツの姿が「なんだかとてもしっかりしてそう」と好印象だったらしい。しっかり……してるか? フランツは割とお調子者なんだがなぁ。
そして、ナイジェル君が採集しちゃったオオサンショウウオ……こいつもまた、マティアスと使い魔契約を結んだ。その結果にナイジェル君が珍しく不服を表情に表している。いや、そりゃナイジェル君が山奥でわざわざ捕まえたオオサンショウウオだもんね。
しかしオオサンショウウオ的には、ここを逃すといよいよ身の危険だと判断したらしい。ナイジェル君がオオサンショウウオの状態を確認しようと魚籠から掴み出した瞬間、オオサンショウウオは逆に空へと飛び出した。そして一番近くにいたマティアスに、問答無用で使い魔契約を持ち掛けたのである。
使い魔契約は、主従の問題。
一度契約が結ばれると、他人が口出しはできない。
オオサンショウウオはずっと機会を狙っていたのかもしれない。
合理的にナイジェル君から逃れられる隙を。
そうしてまんまと、ナイジェル君がうっきうきで捕まえたオオサンショウウオとは知らずに、マティアスは使い魔契約に乗った。契約が、結ばれてしまった。
ナイジェル君は、実に不服そうである。
頑張ってご機嫌取ってくれ、マティアス。
一応、助け船は出してやるからさ……。
敗者復活、サイクロプス&オオサンショウウオ。
しかし契約相手が班員ではない為、クイズ的には外れとなりました。
次回、いよいよ青汁の章が始まります。




