素直さ、純粋さには個人によって差があります
聖獣を使い魔にするには、条件がいるんだってさ。
それはね、『純粋で、裏表のない素直な心の持ち主である事』だよ。
それで選ばれたのがナイジェル君って、どういうことなんだよ。
納得がいかな過ぎて、説明を求めたい気持ちでいっぱいなんだけど。
面と向かって尋ねるのは、憚られた。
というのも、私が聖獣を使い魔にする為の条件を知ってるのも変な話だし。
それでも、これだけはツッコミを入れざるを得ない。
純粋って確かさ、『邪念や私欲がないこと』って意味だろ。
それがどうだい、ナイジェル君を見よ。
さっきから彼の言動には、『邪念や私欲』しかないだろうが。
どういうことだ、聖獣。
いや、本当、どういう事なんだよ……?
「あの、聖獣様? その……ナイジェル君には資格がある、という事でしたけれども。その資格とは、一体……?」
どうしても確かめずにはいられなかった。
でも奥歯に物が挟まったような言い方になってしまう。
私の疑問は他の面子も気になったらしく、ゴ・リラ様の御言葉を待った。
果たして、ゴ・リラ様の仰ることには。
『我々聖獣が使い魔となることは稀です。まずは守護地を持たない、土地に縛られない身である必要がある。それと同時に……主となる者には一つの資質が求められるのです』
「で、その資質とは」
『それは、裏表のない、純粋な心の持ち主であること』
場に、沈黙が落ちた。
私以外の人間の面々も、ナイジェル君までもが。
みんな、疑問符だらけな表情で押し黙っている。
だよね? そうなるよね。
私の認識は間違っていなかった。
だけど、『裏表のない純粋な心』のニュアンスがどうやら私の認識と違っていたらしい。
疑問しかないゴ・リラ様の御言葉に、今度は遠慮なくずいずいと聞き込んだ結果。
どうやら『純粋』の意味が違ったようだ。
曰く、『邪念や私欲がない事』ではなく。
『まじりけがない・こと(さま)』を指すのだと。
『我ら聖獣は、強い力を保つ。その主となる者には一貫性と心の芯となる強い信念が必要なのです。何者にも惑わされず、何事にも揺るぐことのない、確固とした己……たった一つだけの色に染まり、他の色が混ざることのない心。我らはその心にこそ、我が身を委ねることができる』
委ねられると言いつつ、アレなんですが。
ゴ·リラ様の御手の上では、小聖獣がまだナイジェル君を凝視したまま、ぶるぶる震えていらっしゃるんですが……。
でもそこまで説明されたら、今度は私もわかったよ。
同時に、オリバーやエドガーだってわかったよ。
ナイジェル君はただただ何も言わず、口元だけ穏やかに微笑んでいたよ?
ゴ・リラ様、つまり、アレですね?
貴方、こう仰るんですね?
ナイジェル君の、心根の、『裏表のない純粋な黒さ』を評価したのだと。
純粋なそれ一色に染まった心なら、それが白じゃなくって黒い心でも良いんだってさー。
そして裏表のない面として、ナイジェル君の『分け隔てない態度』も評価されたらしい。
その分け隔てない態度って、善人的な意味とは真逆に振れてるんですが構わないんですか。そうですか。
純粋に黒い心の持ち主って、力ある存在の主にしたら激ヤバだと思うんですけど、それ私だけですか? え? 逆に心にしっかりとした芯があるので、黒い心の持ち主だろうと考えなしに何かやらかしたり、安易にヤバイ結果になる例は稀? 聖獣の存在理由に反するような命令には拒否権が発生するし、大丈夫ですって?
ゴ・リラ様の物言いに、一同で唖然とした。
マジでそれで良いのか、聖なる獣の皆さん。
稀ってことは、たまにはあるってことだろ。
そもそも根本的に人間とは価値基準が異なるから、それも気にならないとでも……?
ナイジェル君が聖獣の主として的確とか言われても、やっぱり違和感ばかりだ。だけどゴ·リラ様がゴリゴリにゴリ押しするにも理由があるらしく、どうやら蟹との戦いで簡単に川に流された小聖獣に思うところがあるらしい。いくら修行中の身でも、これは駄目だと焦燥感を持ったようだ。そこで荒療治として、色んな経験を積ませるべく人間にくっつけて森の外に出させたいようだ。つまり、修行だな?
それもナイジェル君が主であれば、より多くの経験と臨機応変さが身につきそう……って。いや、それは確かにそうだけれども。小聖獣、邪悪な思想に染まっても知らんよ……?
釈然としない気持ちになるけれど、使い魔契約は主と使い魔の問題。基本、他者が契約するかの可否に口を出せるものじゃない。ゴ·リラ様の斡旋に関しては、不満のあるブツが出てきてもゴ·リラ様の善意と圧に負けて全員契約してたけれども。
だから今回はナイジェル君も……
……あれ? おかしいな、素直に従うナイジェル君の想像がつかないぞ? ゴ·リラ様にも素直と評されたナイジェル君なのに……いや、違った。素直は素直でも、『自分に素直』だ! ゴ·リラ様の斡旋をナイジェル君は一度断っている。そんなナイジェル君が、自分にとって何の旨味も提示されずに相手が聖獣だからと安易に契約するとは思えない!
果たして私の予想は当たった。
聖獣の主従契約について説明を受けた上で、ナイジェル君は宣ったのだ。
「でもそれ、僕に何の利点もないよね」
『はい?』
「ええと、そこの……小さい方の聖獣さん? 三分で簡単にセールスポイントをアピールしてもらえるかな」
『えっ』
「君を使い魔にして、僕にどんなメリットがあるのかな」
そうしてナイジェル君の、ナイジェル君による、ナイジェル君の為の使い魔採用面接が始まった。
持ち時間は三分。
さあ、どう答える……!
いきなり始まった採用面接に、あたふたしながらも小聖獣は頑張った。頑張って、声を上げた。
『さ、先ほど見てもらった通り、結界を張ることが出来る! それに加えて攻撃も、索敵でも役に立てると思う!』
「間に合ってます——僕、文官騎士志望なんだよね」
過去の実績を交えての、聖獣(小)のストレートな一撃!
それに対してナイジェル君、あっさり打ち返したー!
「戦闘をそこまで頑張るつもりもないし、むしろ君みたいな特別で能力の高い目立った使い魔がいると、変に注目を浴びて厄介だし。その上、君が戦闘面で優秀だと文官騎士枠に回してもらえなくなるかもしれない」
『そ、そんな……! 魔法騎士志望って聞いたのに』
なお、文官騎士って言うのはアレだ。
机仕事が概ね苦手な騎士達の中で、一応騎士の称号を持ってはいるものの書類仕事専門で雇われている事務方の通称である。つまり名ばかりの騎士って事だね!
ナイジェル君は魔法騎士コースに通っておきながら、とことん『直接戦わない騎士』志望である。魔法学園の魔法騎士コースに入学したのだって、肉体派の魔法使わない騎士よりはナイジェル君的に関門低いって理由だったしなぁ。
それなのに戦闘に有利で強力な使い魔なんて持った日には、確かに戦う方の騎士に回されてしまうかもしれない……そんなナイジェル君の懸念もわかるし、戦闘面で有利なのは逆にナイジェル君にとってはマイナス要素だ。どうする、小聖獣!
おろおろしているようだが、それじゃあナイジェル君の関心は買えないよ!?
そして採用面接の残り時間も少なくなるばかりだよ!
そろそろ三分経っちゃうな、という頃合いで。
ちょっと考え込んでいた様子の小聖獣は、意を決した様子で……息を一つ呑み込み、恐る恐るながら新たなアピールをそっとナイジェル君にぶつけた。
『あの、自分……半径十㎞くらいの範囲だったら地質に含有する鉱物の種類と埋蔵量、わかるんですけど』
「採用」
ナイジェル君……!
君って奴ぁ、本当にブレないな!
どうやら戦闘能力より、鉱物資源探知機的な能力はナイジェル君のお気に召したらしい。
でもナイジェル君って土地持ってないよね……? 土地に含まれる鉱物資源を当てるイキモノ抱え込んで、一体どこで何をするつもりだ。
え、うち? グロリアス子爵家でナニか新事業始めようとか考えてないよね? 土地の所有権はお父様の物だけど、流石に土地に関しては私は一切の口出しする権利持ってないからね!?
それともエドガーの家か!? あいつん家、確か伯爵位だったよな……伯爵家の土地でナニか狙ってたりするんだろうか。
「ナイジェル君、鉱物資源を判定できる使い魔ゲットして何をする気だ」
「あ、オリバー。私と同じ疑問」
「いえ、誰でも疑問に思いますわよ。この展開」
「良からぬことに活用しそうな予感がして不安でならないんだけど……ナイジェル君、君を信じて良いのか? 良いんだろうな? いや、良くないか」
「オリバー、不安なあまり混乱していてよ」
「しかし気持ちはわかる」
同級生が分を超えた力を得ようとしている……。
一言で端的に表現するなら、この不安はそういう事なんだけれども。
気持ち的に字面とは異なった不安で胸がいっぱいになるのは何故だろうか。
肩を寄せ合ってナイジェル君に不安な気持ちを向ける私達に、不安がられているナイジェル君の方は至ってけろりとした様子だ。
「安心しなよ。君達の実家が持ってる土地をどうこうするつもりはないから」
「何故だろう。そもそも一介の学生にどうこうできる類のモノじゃない筈なのに、言明されてちょっぴり安心した」
「ミシェル、安心するのはまだ早い……! アレはミシェルやエドガーの実家が関わらない土地をどうにかする気だ!」
「わたくしの知らないところで不穏なナニかが起こりそうですわね……怖っ」
「ナイジェル君、一体どこで何をするつもりなんだ」
「狙いは赤太郎の土地だよ」
「「「ああ」」」
なるほど、納得ー。
そう言えばアイツなら、個人で土地持ってるわ。
「ちょっと待て……今まで黙って成り行きを見守っていたが、赤太郎って誰だ! 俺の記憶が確かなら……貴様ら、カーライルの事をそう呼んでいなかったか!?」
「え? 何こいつら、自国の王子を食い物にするつもりって事? うっわ、不遜ー」
「確かこの国の王家は伝統として、ある程度の年齢に達した王子には小さ目の領地が与えられるんだったはず。カーライルも十三歳の時に、領地経営の補佐を付けられた上で王都に近い土地を貰っていた、かな」
「そこが狙い目だよね」
「狙うなよ!!」
ああ、他学科の青次郎や学年の違う桃介まで、黙っていれば目立たない筈のナイジェル君への理解がどんどん進んでいるようで。顔を引き攣らせて、言葉では強めのツッコミを入れつつ腰が引けてる青次郎。ドン引きしている様子の桃介。乾いた笑いを浮かべて、視線を逸らす黄三郎。三者三様ですね。
やっぱりナイジェル君に聖獣の使い魔は早まったんじゃね?
恐ろしい相手に、恐ろしい力が渡りつつあるような、そうでもないような。
結局使い魔契約は、さっきも言ったけど本人達の気持ちが重要。
主と使い魔双方が契約を結ぶと決めたなら、外野が口出しする事はできない。
青次郎あたりはガンガン何か言ってたけど、スルーされてたしなぁ……。
こうして、ナイジェル君は鉱物資源探知機を手に入れた。
具体的にどういう使い道で何をするつもりなのかは……誰も聞けなかったなぁ。
こういう時、フランツあたりがいたら怖いもの見たさで聞いてくれたかもしれないけど、奴は補習だ。いないものは仕方がない。
なお、ナイジェル君の使い魔には小聖獣が収まった訳だが、オオサンショウウオもちゃっかり持ち帰ることになった。だってゴ・リラ様が良いっていうからさ……ナイジェル君、めっちゃほくほく顔だったけれど、アレはどう見ても『使い魔』としての用途で持ち帰るようには見えん。
「あ、そう言えばナイジェル君」
ふと思う事があり、私はナイジェル君を呼び止めた。
連鎖的に、班員全員が立ち止まる。
「ナイジェル君はその使い魔聖獣になんて名前つけるか決めましたの?」
「名前? それならアイビーって名前にするつもりだけど」
「思ったより普通の名前だった」
ナイジェル君なら、まんま『鉱物探知機』とか付けてもおかしくないって思ったんだけどな。
でもそれよりも、やっぱり違うか……『乙女ゲーム』でヒロインが聖獣につけたのとは別の名前だった。そもそも同じ名前になるとは思ってなかったけど、ちょっともしかしてって思ったんだよね。
全然違う名前だったわ。
「でもアイビーですか……植物の名前ですわよね。名前にした由来は?」
「蔓性植物だから」
「うん?」
詳しく聞いたら『金蔓』って直截的につけるのを避けた結果の名づけだった。
次回でオオサンショウウオにもう少しだけ触れられたらと思います。




