それぞれの使い魔1
森に平和が戻り、悪魔は去った。というか聖獣様と亀が滅した。
その残滓ともいえる子蟹を子亀が喰っちゃったことだけが懸案事項として残っているけれど、まあ悪魔の襲撃事件は解決……解決?したと言えないことも無いだろう。うん。解決したした。
だけど事件は解決したっていうのに、それで納得できない聖獣様が一頭。
誰あろう、ゴ・リラ様である。
彼の御方は三対六本の腕で絶妙に悩まし気なポーズを取り、深々と嘆息する。
苦し気な、心労の深さが滲むような溜息だ。
ゴ・リラ様……悪魔の襲撃が、そんなに心へご負担を……!
『とても、納得はできませんが……こうして目に見える現実こそが、真実なのでしょうね』
ぐりぐりとこめかみを揉むような動作が、なんだかとっても人間臭い。
だけど外見は人間よりもゴリラ寄りの方である。
その度量は、まさにゴリラの腕のように深い。
そんな懐の深さに定評のあるゴ・リラ様がこんなにお疲れ気味な姿を見せるだなんて。
……悪魔の残した爪痕は、かくも深いものなのか。
『まさか暴虐の王が、人間に従おうだなんて。それも、使い魔として』
「そうは言われましても、こちらとしても目に見える光景をそのまま受け取ってくださいとしか言いようがなく」
どうしてでしょうねー?
何故か人間を遥かに凌駕する人外生物である筈のゴ・リラ様が、まるで人間みたいに頭を抱えてしまわれました。頭痛ですか?
私がじっとゴ・リラ様を見ていると、傍らのサブマリンもつられたようにゴ・リラ様へじっと視線を向ける。……心なしかゴ・リラ様の額に汗のようなモノが。
私とサブマリンの視線を振り切るように、ゴ・リラ様は大げさな動きで別の方向へと顔を向け、丁度そこにいた青次郎がびくっと肩を跳ね上げる。
まるで話題を逸らすように、ゴ・リラ様は「そういえば……」って感じに青次郎へと話しかける。
『そもそもあなた方は、どうしてこのような森の奥地に?』
そういえば遭遇するなり、いきなりの戦闘で。
行き当たりばったりに参戦したけど、この森に来た目的なんて誰も言っていなかったなぁ。
目が合ってしまった青次郎がわたわたしながら説明するのを見て、私は思った。
青次郎、お前、冷静沈着キャラと違ったんか——と。
キョドるわビビるわ、涙目になるわ。最近、ますます『ゲームのキャラ設定』が見る影もねぇですな。
挙動不審ぎみに慌てながらも、青次郎の説明は的確で簡潔だった。
要点を抑えた話運びに、ゴ・リラ様も納得の頷きを返す。
『そうですか、使い魔を得る為に森へ……では、悪魔との戦いで貴重な時間を奪ってしまったことになりますね』
「あの、悪魔とは……」
『あの蟹どもの事です』
スパっとゴ・リラ様が言及したことにより、蟹=悪魔という情報が確定した。
いや、私はわかってたけどね?
でも班員達にとっては得体の知れないバケモノ蟹って感じで正体まではわかってなかっただろうから……それがここにきて、悪魔確定である。
青次郎の顔が、明らかに引き攣った。
ゴ・リラ様の目の前じゃなかったら、叫び出してそうな感じの顔だ。
まあ、悪魔が出てくるのって邪神復活の前兆って意味もあるし、驚くのも仕方ないよね。
『人の子の一生は短い……助力への感謝として、私達に巻き込まれて使ってしまった時間の分、手助けを致しましょう』
そりゃゴ・リラ様の寿命(ほぼあってなきモノ)と比べれば人間の一生なんて短いだろうけど。
流石に数時間の戦闘でナニかが手遅れになるほど短い訳じゃないと思う。
だけどまあ、ゴ・リラ様が手助けしてくれるっていうんなら、ね?
遠慮する必要はないだろう。
しかし。
ちょっとほくっとした気分になったのに!
何故か私だけ、ゴ・リラ様からストップがかかった。
ゴ・リラ様がこの森の守護者である聖獣としての権限で、森に棲む人外から個別に班員達と相性が良さそうなのを呼び出してくれるって話になったんだけど。
私だけ、本当に私だけ、ゴ・リラ様から斡旋拒否をもらってしまった。
何故に——!?
『貴女には、暴虐の王がいますから……』
視線を逸らしながらも、ゴ・リラ様の説明は一言だった。
理由にされたサブマリン……私の足元にいる亀さんを、思わず見下ろしてしまう。
サブマリンと、その甲羅の上にいる子サブマリン。
親子も揃って、私を見上げた。
「サブマリンがいる故、と」
『ええ。そもそもが使い魔を複数得るには、使い魔同士の相性も関わります。使い魔の性質によっては序列争いで血を見る事になりますよ。また、基本的に後から別の使い魔を迎える場合、先に得ていた使い魔よりも圧倒的に弱ければ委縮して契約を可能な限り拒否しようとするものです』
つまりサブマリンが多頭飼いに向かん性質の上、強すぎるから後から迎えようとした使い魔もビビって逃げ出す……と。つまりはそういう事ですか?
実は私の使い魔だったらしいことが、本日発覚したサブマリン。
意思の疎通が難しいせいか、いまいち性格とかよくわからないんだけど……そういえば白鷺とか池に引きずり込むもんな。こいつ。
使い魔ゲット、地味に楽しみにしていたんだけどな……既に持ってますよとか言われても。
今後新たに使い魔を得るにしても、サブマリンが納得して牙を剥かない相手じゃないと難しいそうだ。例えばサブマリンの眷属(主にサブマリンの子)なんかなら、何の障害もなく使い魔に出来るだろうってさ。
つまりアレか。
私が今生で持てる使い魔は、亀(サブマリン一家)限定。なんてこった。
そんなの我が家の庭池にごろごろいるよ! 使い魔にしても何の感動も驚きもないよ!
思いがけない使い魔取得の障害。しかも取り除ける可能性皆無。
せっかく実習に参加したのに……参加の意味が消滅してしまった!
じんわりとショックを感じて、私はサブマリンを抱えて項垂れた。
いやさ、サブマリンが駄目な訳じゃないけどさ?
こいつも私の想像を超えて機動力と破壊力を持っていたし、使い魔として有用だろうけどさ。
でもせっかくなら……『普通の使い魔』も、ちょっと欲しかったんだよ。
希望が潰えてがっくり。
そんな私の横で、ゴ・リラ様の提案に喜んでいた班員達も戸惑い顔だ。
嬉しいけど、私の手前喜んでも良いのか微妙……って感じの顔をしている。
いいよいいよ、滅多にない機会だ。お前ら素直に喜んでおきなよ。
残念ながら私は班員達の使い魔ゲットを、蚊帳の外で見学する立場だ。
そうして一人ずつ、聖獣の導きによって呼び出された使い魔候補とご対面する事となったのだけど。
「誰から行く……?」
ごくり、唾を呑んで顔を見合わせる班員達。
何しろ聖獣という、規格外の存在による斡旋だ。
今までに例のないことでもある。
一体どんな感じになってしまうのか……予想外の事態に、野郎共は緊張の面持ちだ。
誰が最初に行くのか。
何が起きるのか、一人目はその目安になるだろう。
だからこそ、踏ん切りがつかないって様子だ。
こういう時、マティアスとかがいたら自分から一番乗りしてくれるんだけどな。
じりじりと互いの顔色を窺いまくっていても、時間が潰れるだけだ。
見学する立場の私と師父は、何もすることがない。暇だ。
だから踏ん切りがつかない野郎共に、発破でもかけるか。
ゆっくりと立ち上がる、私の姿が見えたのか。
それともナニか不穏なモノでも感じたか……もしそうなら、その予感は大当たりだったんだろうけど。
実際に私が何かをする前に、ハッとした顔で私をみたオリバーが、焦った様子で手を挙げた。
「ここは、俺から行かせてもらいます!」
皆が驚いた顔で、オリバーへ視線を向ける。
その顔は、彼の勇気を賞賛するように。
あるいは生贄の羊を見る様に、オリバーの挙手する姿を見ていた。
ゴ・リラ様の前に、進み出るオリバー。
聖獣は少年の姿に深々と頷き……オリバーにマッチするという、人外を召喚した。
私達の目の前で、風にひらりゆらりと、レースのような揺らめきが広がる。
半透明の瑞々しい、涼し気な姿。
空気の流れに乗って踊るように漂う、宙に浮かんだ大海月がそこにいた。
こんにちは!
しかし、オリバーはビシッと音を立てそう感じに硬直している。
海月は彼の予想外に分類されていたようだ。
大きくて見事な海月なんだが……ちょっと大きすぎたかな?
何しろ海月は、オリバーより大きいようなので。
オリバーはゴ・リラ様の前に進み出た時点で、何が現れても……と、既に腹をくくっていたのだろう。
海月に面食らった様子ではあったけど、覚悟を決めた顔で更に進み出る。
海月に向かって、一歩一歩と慎重な歩みで。
ゴ・リラ様、あの海月がオリバーと相性良いって、本当に?
私は疑問に思わずにはいられない。
だって、オリバーが。
海月に接近した途端、まるで捕食されるように海月に絡めとられたんだけれども。
触手が絡みついたと思ったら、一瞬だった。
一瞬で、オリバーの全身が海月の本体部分に呑みこまれてしまったよ、おい。
え、あれ消化されようとしてる訳じゃないよね……?
もしもそうだったとしたら、至急救助する必要があるんだが。
オリバーの体は、海月の透き通った体ごしに一応視認できる。
身動きが取れない様子でうごうごと蠢いているけれども……痛がったり苦しむ様子は、まだ見えない。
あれ、そもそも息できるの?
念の為、身体が溶け始める様子を見せたら飛び出せるよう、準備しつつも。
海月と強制的に触れ合う羽目となっているオリバーの様子を、私達はつぶさに見守った。
その後、何事もなかったようにオリバーは解放されたんだけれども。
全身が半透明のジェル状のナニかに塗れた姿は、ちょっと衝撃的なモノがあった。
オリバー、それ大丈夫?
触っても皮膚が溶けたりしない?
オリバーの顔は、さっきまでの緊張とは別の意味で。
なんだかとても、強張っていた。
うん、さもありなん。
ちょっと可哀想な有様だったので、暇だった私と師父が二人がかりでオリバーの全身を拭き上げていく。うん? 布でジェル状のヤツ擦ったら、その下にあるオリバーの肌がツヤを増してきたような……。
困惑しながらもオリバーを綺麗にしていく私達の周りで、というかオリバーの周りで。
風に乗って踊るように、海月がふよふよ漂いまくっていた。
その姿は何というか……言葉が通じないイキモノなので確証はないけど。
なんか雰囲気的に、超ご機嫌。
どうやらオリバーの何かが大変お気に召したらしい。
良かったね、オリバー。
どうやら使い魔(候補)との関係は大変良好に築かれつつあるようだよ。
その代償にお前は全身半透明のジェル塗れになった訳だけれども。
硬直するオリバーの背後で。
班員達は若干顔を引き攣らせていたり、青褪めていたり。
とんでもねぇもんが呼び出される可能性があるな、と。
戦慄に震える囁き声が、やべぇと何度も呟いていた。
さあ、次は誰だ?




