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王子様を合法的に殴りたい 連載版  作者: 小林晴幸
山だ! 悪魔だ! 聖獣だ!?
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貪られる遺恨またの名を弱肉強食



 つい、口をついて出たのは前世で耳にした名台詞。

 前世の私が、『死ぬまでに一度は言ってみたい』と思っていた名言ベスト10に入るヤツだった。

 いやだってさ、絶好のタイミングだったんだもん。

 むしろ今を逃して、いつ言うよ。

 ここまで状況が揃ってるんだもの。


 そして私の意を酌むように、サブマリン&子サブマリンの攻撃もばっちりだった。

 その成果を見よ。 

 蟹のどてっぱらに空いた、あの見事な風穴を。


 我が家の亀さん達が放った攻撃は、蟹の胴を直撃し、貫通していた。


 黒い靄のような、不定形のナニかで形成されていた蟹の腹。

 そこに亀親子二匹の放った、雪ダルマみたいな形の穴が貫通していた。

 黒い靄が傷口に沿って、燻るように揺蕩っている。しかし穴が塞がる気配はなかった。


 ……物理攻撃が効かない『悪魔』を相手に確実なダメージを刻むってさ……うちの亀、何者だよ。

 …………駄目だ。これは考えちゃいけない気がする。そう、ドツボにはまりそうな気がする。

 私は考えても答えなんて出そうにない思考を早々に投げ捨て、些細な疑問には蓋をして、相手が負傷した好機を逃がすなと亀さん達への鼓舞に専念する事とした。

 ついでに、私も攻撃に回ってみようかしら?


 間近に蟹との戦闘を観察していれば、流石にそろそろ気付く。

 あの蟹、物理攻撃は通らんが、見ていたところ『物理攻撃以外』なら通りそうなんだよな。

 つまりはアレだ。

 魔法、もしくは精霊魔法である。


 そう、今こそ。

 今こそ、私に助力してくださっている精霊様方——マゼンタ様、シアン様、孔雀明王様の御力を借りる時!


「サブマリン、西側から蟹の背後に回り込んで!」

「ぴ!」


 サブマリンの目から怪光線、子サブマリンの口から赤い光が迸る。

 その最中に指示を下せば、サブマリンは逆らうことなく私の指示通りに動いた。

 蟹の腹部を貫通した穴は大きいが、中心線をズレる。

 それでも真っ当な生物なら絶命している損傷だ。

 未だに動いて、ギリギリ空中に留まる蟹がおかしい。

 それでもやっぱりダメージは確実にあるようで、蟹の動きは明らかに鈍っていた。

 風穴がより大きく食い込んでいる方向から蟹の背後へ回り込む間も、亀親子の目と口からは光が溢れ、蟹へと届く。

 蟹はぎこちなくも辛うじて動く足やハサミを使い、これ以上の深い傷を避けようと足掻いている。

 手足で光を弾き、軌道を変えて致命的な攻撃を避けていた。だが、引き換えにハサミや足には抉れたような傷が増えていく……その傷もまた、回復する様子はない。今までの傷は黒い靄が流れ込んで失われた部位を補い、じわっと回復していたようだったが……腹に大きな穴が開いて、回復する為の余力がなくなってしまったのかもしれない。あの蟹の生態が謎過ぎて、確たることは言えないのだけれども。

 回復する様子がないのなら、今まさに攻撃しまくるべきじゃね。


「マゼンタ様!」

『はーい!』

「シアン様!」

『我が武威、蟹めに目に物見せてやろうぞ』

「孔雀明王様!」

『はいなのー!』


 私はいつも一緒にいるお三方に、ここぞとばかりに力を求めた。

 我ニ力ヲ!

 

 結果。


 精霊様がかつてない活躍の場にはしゃいだ為、蟹は大惨事に見舞われた。

 マゼンタ様、珍しく本気出されたんですね。

 予想を超えた金色に燃える鳥型の炎とか出てきて驚きました。

 シアン様、そんな芸当も出来たんですね。知ってましたけど。

 蟹の巨体に二周分くらいは巻きつけそうなサイズの、水の龍とか格好いいですね。

 孔雀明王様、身体強化以外で戦闘への助力をお願いしたのは久々ですね。

 未だにどういう流れでそんなことが可能なのか謎ですが、その緑色の光——刺さった場所の生命力が枯渇して木乃伊(ミイラ)状になるって怖いヤツ、相手が悪魔でも有効ですか。そうなんですか。


 かつてなくノリノリで、出し惜しみなく精霊様方の御力溢れる攻撃が顕現する。


 そして、それら全てが蟹——背後からの、その翼狙いで——に集中した。


 蟹は、とうとう墜落した。

 というか、うん。

 さもありなんって感じだった。


 ゴ・リラ様も亀達も、蟹を攻撃しまくっていたけれども。

 とてつもないパワーを見せつけた人外生命体たちは、とても強くて。

 そのダメージが蓄積していたっていうのも、あると思うけどさ。


 最終的に撃墜したのが私(というか、精霊様方)という……謎の戦功を得てしまった。

 え? これ、私、美味しいとこだけ掠め取った感じ……? 



 地上では、大慌てだった。

 墜落してくる蟹に、空の戦いを見守るしかなかった地上の面々が泡を食って場所を開ける。

 退避! 退避ー! 動揺したオリバーの声が、空まで届いた。

 あの黒い靄って、質量あんの? 重さとかどうなってんだ。

 少々の疑問も感じるが、生身の体がすり抜けると言っても、頭から降ってくる蟹との接触事故とか気分のいい物じゃないだろう。そもそもアレ悪魔だし、黒い靄っぽいし、浴びすぎて人体に妙な影響とかあるかもい知れないし?

 まあ、頑張って避けろ。班員諸君。

 師父? 師父なら余裕で回避できるだろうから心配はしていない。


 慌てる班員達に、目を向ける余裕があった。

 あった、けど、すぐにそれも消え失せる。

 トドメでも刺そうっていうのか、サブマリンは蟹を追跡するように凄い速度で地上へ降下していく。

 速度! サブマリン、速度ちょい緩めよう!?

 あまりに勢いよく地上へ向かうので、ちょっとしたフリーフォールっぽくなってる!


 今の私は、亀さんのツルッとした甲羅の上にいるだけ。

 シートベルトは特にない。


 お、落ちる……!

 やべぇと思う私の服を、子サブマリンが必死に噛みついている。

 君が服を噛んで踏ん張ってくれても、重量的にシートベルトの代用は難しいかな!


 ここで宙に放り出されたら、死んじゃうかもしれない。

 

 そんなことを思ったが——子サブマリンの代用シートベルトは、思ったより優秀だった。

 私自身も、サブマリンの甲羅を掴んで頑張って耐えたからか。

 サブマリンが減速する。

 地上はすぐそこにある。


 地面……!


 私は奇跡的に宙へ放り出されることなく、地上に生還した。

 ちょっと焦っていた事もあり、慌てて今度は意図的にサブマリンの甲羅から滑り降りる。

 シートベルトのないアトラクションは、心臓へのアクションが強すぎてちょっともう良いかな!

 激しい動悸を、胸を叩いて鎮めながら額の汗を拭う。


「ふぅっ 軽く死を覚悟したぜ……!」

「おかえりなさいまし、ミシェル!」

「生きて帰れて良かったね」

「ああ、一時は本当に……お前が無事に戻ってきて良かったよ」

「オリバー? 一時は本当に……って、なんですの?」

「気にするな」

「いや、気になるって。おい、私が死ぬと思ったとか?」

「生きて帰れて良かったな」

「というかミシェルも死を覚悟したって言っていましたわよね」


 わーらわーらと私を取り囲む、我が魔法騎士コースの同胞達。

 拳を打ち合わせて互いの無事を讃え合う。

 だが青次郎さんよ。なんか私の事、バケモノを見るような目で見てないか?

 黄三郎も、盛大に引き攣った顔をしているが、頑なに私の顔を見ようとしないのはなんでだ。

 

 班員数名の反応に釈然としないものを感じつつ、でもまだ蟹との戦いが終わった訳じゃないと思い直して気を引き締める。

 まだ、奴の絶命を確認した訳じゃない。

 相手の息の根が止まったのを確認するまでが戦いです!

 蟹を見下ろしながら、地上百七十㎝くらいの高さから蟹を見下ろすサブマリンに近づいた。

 ついでに空からゴ・リラ様が神々しく光を背負って降臨する。

 その腕に赤子のように桃介を抱いたまま。

 ……うん、ゴ・リラ様? もう蟹も虫の息っぽい気配だし、そろそろ桃介をリリースしても良いのでは……? キャッチ&リリースって言葉知ってる、ゴ・リラ様? 桃介の事、野生に還してあげようよ。

 桃介の輝きを失った目が、地上に羨望の目を向けている……ような気がする。

 私は見なかったことにして、そっと視線を蟹へ戻した。


 蟹は、地上に横臥していた。

 周囲を、師父の殲滅を逃れてしぶとく残っていたダイオウグソクムシ&カブトガニが取り囲む。しかしその数も、本当に僅か……あれだけ数いたのに、師父ってばどんだけ張り切って駆除して回ったんだ。

 その師父は、集まってきた小悪魔(ダイオウグソクムシ)どもを、しれっと抹殺し始めている。

 私は師父からも視線を逸らした。

 カブトガニとダイオウグソクムシは……師父にお任せしていれば、その内根絶やしにされる事だろう。私にそれを止める義務はない。むしろ心の中でそっと応援しよう。師父、お疲れの出ませんように!

 

 ダイオウグソクムシを念入りに踏み潰している師父以外の全員が、なんとなく蟹を取り囲んでいた。

 ご臨終です。見守る皆に、あえて言葉はない。

 言葉の代わりに、光があった。


 ゴ・リラ様の背後、背負った光から鋭い光の針が降り注ぐ。

 ここぞとばかりにトドメに走っていた。

 それはもちろん、うちの亀さん達も容赦なく攻撃を加える。

 やっぱり敵はきっちり息の根を止めに行くタイプだったらしい。


 蟹はまだ微かにギチギチ動いていたけれど、敵には容赦ない亀と聖獣様によって念入りに火葬もとい、光葬?に処されていく。

 それに巻き込まれるようにして、小悪魔達も光に焼かれていった。

 

 蟹の体、黒い靄は光にさらされて溶け消えていく。まるで蒸発するように。

 一回り、二回りと縮んでいく蟹。

 沢蟹的適正サイズになったら光に紛れて見失うかもしれないので、完全に消滅するまで目を離さないぞ! そんな気持ちでしっかり見ていたが……なんだろう?


 蟹が小さくなるにつれて、その腹のあたりで何か……

 ……穴の貫通を免れたあたりで、もぞもぞナニかが動いているような。


 ようよう目を凝らしてみると、なんか子蟹的な極小サイズの黒い物体がわらわらと。

 え、気持ち悪っ!

 うぞうぞと蠢く様が、滅茶苦茶気持ち悪い!


 蟹、お前メスだったの?

 あれ? 蟹って卵抱くの雌雄どっちだったっけ。

 なんにしても、どうやら母体がいよいよ危ないとみて、抱卵?されるかなんかして体内に格納されていた子蟹たちが緊急離脱を測っているようだ。

 でもね、子蟹たちよ。

 ごめんね、子蟹たちよ。

 お前達は子蟹だろうと、悪魔は悪魔だものね。

 そしてうちの亀さん達は、容赦がないんだ。


 子蟹たちは、他に逃げ場もないので表に出てきている。

 蟹を滅ぼすのに余念のない人外生物たちが、それに気付かないはずもなく。


 子蟹は逃げ出す暇もなく、サブマリンとゴ・リラ様の光に消滅させられた。

 なんとか逃げようとした、生存能力が比較的高そうな個体も……子サブマリンが口に……って何喰ってんの!? こら、子サブマリン! ぺっしなさい、ぺって!

 なんで平然と「うまうま」って食ってんの!? 寄生でもされたらどうするの!


 滅ぼされていく子蟹達に憐れを感じるよりも、何よりも。

 私は子蟹をごっくんしてしまった子サブマリンの方が心配で、気を取られる。

 人類と聖獣に害しかない悪魔よりも、可愛がってるペットの方が大事だ。当たり前の話だけど。

 だから私は子サブマリンの悪食っぷりに、物凄くやきもきさせられることとなった。


 こうして森の奥深くで遭遇した『対悪魔戦』は、終幕を迎えた。

 その最後は、悪魔を倒した感慨も何もなく。

 拾い食いしたペットに慌てるという、飼い主あるあるで終わったけれども。


 私は物語の主人公(浦島太郎)にはなれないけどさ。

 物語の敵役(猿蟹合戦の猿)になる可能性なら、もしかしたらあったのかもしれない。

 まあ、仇を討たれるまでもなく、蟹の遺児はうちの亀達が根絶やしにしてしまったのだけれど。

 敵を倒す時、遺恨を残さないのは亀達にとって、どうやら当然の事であるらしい。



子サブマリン

 悪魔を消化する強力な胃酸の持ち主。


次回、班員達にゴ・リラ様の斡旋により使い魔が授けられるの巻。

果たして誰にどんな人外が従うのでしょうか。


a.小聖獣

b.フェアリー

c.サンダーバード(※人形劇に非ず)

d.ジェリーフィッシュ的なナニか

e.蛇

f.森のくまさん

g.サイクロプス

h.山椒魚

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― 新着の感想 ―
[一言] 桃介→i.がしゃどくろ
[良い点] 遅くなりましたがコメント取り上げありがとうございます。 [一言] 桃介にはゴ・リラ様の一押しが付くんじゃないかと期待してます。
[良い点] ぺっ!しなさいぺっ! [気になる点] 選択肢多すぎぃ! [一言] 小聖獣→オリバー フェアリー→青次郎 サンダーバード→黄三郎 森のくまさん→桃 クラゲ→エドガー 蛇→ 師匠は…なしか…
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