戦場の亀花火
師父に投げてもらうか、師父を踏み台に跳ぶか。
それとも青次郎を踏み台にするか。
どれにしようか、それが問題だ。
でも悩んでいられる時間は少ない。
師父が提示した選択肢の中から、最も実現性の高い案を選ばなくっちゃ!
師父の御力(物理)と、私の実力を鑑みるに……
うんうんと唸りながら思考を巡らせていると、いつの間にか聖獣(小)の結界内にいた班員達が物凄く不安そうな顔で寄ってきていた。結界の外には出てこないけど、本当にギリギリまで近くに。
意を決したように、代表で口を開いたのはオリバーだった。
「その、ミシェル? まさか老師の言葉を実践するつもりなのか?」
その顔が、言外に無理だろって言っているような気がする。
凄いわ、オリバー。それが目は口程に物を言うってやつなのね!
しかし、私は本気だ。本気で、真剣なのだ。
いざサブマリンを叩いて正気に戻す為ならば……青次郎の一人くらいは生贄にしても良いってくらいにマジで検討しているのである。
悩み過ぎていたせいか、空耳かもしれないけど……誰かの囁きが耳の側で聞こえた気がするくらい。
『青次郎と黄三郎をぶん投げつけてサブマリンを撃墜しちまえよ。そうすりゃわざわざ空のアイツのとこまで行ってやらなくっても殴るのなんて簡単さ!』
錯覚かな?
それとも妖精さんの囁きかな?
深い森の中、時として人を惑わせる妖精の声が云々って民間伝承あるけど、それかな?
割と魅力的な提案だったので、結構心が揺れたね!
でも冷静に考えて、流石に青次郎や黄三郎は弾丸代わりに使うには柔すぎる。特に青次郎。それに空高い位置にいるサブマリンに届くよう投げるのも大変だ。頑張ればやれなくもなさそうな気が、そこはかとなくしなくもないけれども。
私が心の揺れるままに、じっと青次郎や黄三郎をガン見してちょっと考えこんじゃっていた事に気付いてか。黄三郎が本能的に何か感じ取ったらしく、私をぞっとしたような顔で見ている。
そのままふぃ~っと視線を逸らし、よくわからない汗を流しながら私の気を逸らそうと話しかけてきた。
「そ、そういえば、結局あの亀は君のペットなのかい? 今も小脇に亀を抱えているようだけれど……」
「そう言われると私がものすっごく亀好きな人のように聞こえますわね」
「……小脇のその亀、そういえばサブマリンの子亀なんだよな」
今度は私じゃなく、オリバーがじっと考え込むような顔。
「サブマリンは、空の亀なんだよな?」
「どうやらそのようですわ」
「だったら、お腰につけたその亀も空くらい飛ぶんじゃないか?」
「はっ!」
盲点だった。
そうだよ、親亀が飛ぶんだから、血を分けたコガメだって空飛ぶよね! 高確率で!
考えてみれば、当然と言えば当然の言葉。
オリバーの発言を受けて、私は思わず子サブマリンをガン見した。
子サブマリンと、私の目が合う。
それまでのたー、のたーと首をゆらゆら揺らしていた子サブマリンの動きが、止まった。
……後に班員達に聞いたことだけど、この時の私の目は、若干ギラついていたという。
「子サブマリン、貴方、飛べる? 空、飛べるのかしら?」
真剣に子亀に話しかける私、ミシェル・グロリアス(15)。
私の問いに対し、子サブマリンは。
「……」
ふわっと浮いて見せる事で答えた。
なんてことだ……十数年、今までペットとして飼っていて初めて知る事実。
我が家の亀はサブマリンに限らず、どうやら空を飛べるらしい。
うん、こいつら本当に亀さんなのかな?
亀に似た、別種の生命体じゃないかという疑惑が一瞬、頭をよぎった。
そんな疑惑を持ったのは、私だけじゃないらしく。
オリバーやエドガー、王子達は頭痛を堪えるような顔で頭を抱えていた。
そうして、私は子サブマリンという『推進力』をゲットした。
いや、まあ、元からうちのペットなんだけどね。
師父の見立てでは、普通に大ジャンプしても私の体はサブマリンのいる高みまで届かないだろうとのこと。
なので届かない距離を届かせる為、最後の一押しが必要なのだ。
師父はその一押しとして、師父が投げるか私が師父を足場にするか、青次郎を踏み台にするって選択肢を提示してくれていたんだけど……空を飛べるイキモノがこの場にいるとなれば、話も微妙に変わる。
届かない距離を詰める、最後の一手。
子サブマリンはそれに成り得る。
「いやいやサブマリンがいるのって上空でしてよよ?」
「冷静に考えればジャンプで届くと考える老師とミシェルが狂気の沙汰だろう……?」
常識という固定概念にとらわれ、エドガーとオリバーは思考がガチガチになっているみたいだ。
そこを私が打ち砕く!
さて、子サブマリンが発射台の代用となるなら、もう青次郎は必要ない。
今までサブマリンから守る意味でも担いでいたけれど、そのサブマリンを今から殴りに行くのだ。
そうなると青次郎は邪魔だな。
「エドガー、ちょっとこの荷物を代わりに抱えておいてくださる?」
「まあ、ミシェルったら。この方は一国の王子様なのですわよ? 荷物っておい」
「に、荷物……ミシェル・グロリアス、貴様。俺の事をなんだと……っ」
なんぞ青次郎がギャーギャー言っていたけれど。
もうそんな雑音は私の耳に入らない。
私は改めて、身体をほぐすように軽く準備運動をしてから。
子亀を小脇に抱えて、師父に覚悟を込めた頷きを向けた。
今から私、人間ロケットにチャレンジします……!
そうして、師父と子亀と一緒に空を跳ぶ。
師弟とは言え、私と師父は出会って日が浅い。練習もなしにタイミングを合わせるのは難しい。
だから空中で合流パターンではなく、師父に担がれて大ジャンプ作戦を採用した。
手順はこうだ。
一、師父が私を担いで大ジャンプ。
二、師父が一番高い位置に到達したタイミングで私を発射。
三、空中で更に私を引っ張るように子サブマリンが加速し、推進力強化。
四、サブマリンを殴る。
改めて冷静に考えると、確かに一般常識的には狂気の沙汰かもしれない。
だけど不思議と私は「いける……!」という謎の確信があった。
師父の御力添えがあって、失敗するとは思えないので。
サブマリンを殴る事にも、不安はない。
相手は防御力高めの生物だ。遠慮はなしでいこう。
サブマリンが大人しく殴られるかっていう問題はあるけど……そこも、そこまで心配はしていない。
だってサブマリンは、今まで一度も私の事を噛もうとしたことがなかったから。
サブマリンと接触した経験のある人間の中で、噛みつこうとする素振りすら全くなかった人間は、私だけである。私という例外を除いて、他はどんな人間も一度ならず噛みつかれかけた経験をお持ちだ。
サブマリンが私に危害を加えることはない。
だったらまあ、無抵抗の相手ってことになる。
それを殴れない道理はない。避けられる可能性はあるかもしれないけど。
「覚悟は良いな、我が弟子よ!」
「いつでも行けます!」
外見は、ほっそりしているくらいなのに。
師父は私を軽々と肩に担ぐ。泰然自若、しっかりと安定した体。
私っていう人間を一人担いでも師父の体は小動もしない。なんという安定感。
そうして師父は、周囲の環境を確認するようよくよく眺めてから。
急発進した。
い、一気にGが……!?
私の予想を超えた、激しい動き。
師父は青々と天に向かって枝葉を伸ばした巨木に向かって、跳んだ。
正面衝突コースじゃん! 私の無意識領域にまだ師父を信頼しきれていない部分でもあったのか、師父のなさることだというのに、一瞬信用が揺らいだ。
でも揺らぐこと自体、師父に対して失礼だった。
師父の体は真っすぐと巨木の幹に跳び。
的確なタイミングで足は巨木の幹を蹴っていた。
さ、三角跳び……!?
巨木を蹴った師父の体は、驚く程ぐんぐんと。
ぐんぐんと……マジでぐんぐんと、空へと迫る。
これ師父一人でサブマリンまで届くんじゃね?
そんな疑問が湧いて出る間もない短い時間で、師父が私の体をがしっと掴みなおした。
「行くぞ!」
「いつでも!」
そして、投げられる私の体。
いや、この歳になって誰かに投げられるとか貴重な体験だよ。
投げ技って意味の投げられるじゃなくて、投げつけるって意味の投げられるだから。
私は自分が弾丸にでもなったかのように錯覚した。
凄く、速度が出てたから。
だけどサブマリン、お前どんだけ高い場所にいるんだよ。
目算するに、やっぱり飛距離がギリ足りなさそうだ。
そこを、子サブマリンに補ってもらう!
私は手筈通りに子サブマリンを発射しようとして……
予定は、突如崩れ去った。
何故かって?
何故かって……私の目の前に蟹がいるからだよ!
蟹。そう、蟹だ。翼をばさっと生やしっぱなしにした蟹……!
そりゃ空中を縦横無尽に駆け回って戦っていたのは見ていたし、知ってる。
それがこの時になって、私の進路を塞ぐように動いてこようとは。
いや、戦いの最中なんだからそんなこともあるかもしれないけど。
蟹の体は、物理的に攻撃しても効かない。なんならイキモノを透過する。
私は身をもってそれを知っていたし、どうせすり抜けるんだから作戦を進めてもよかったかもしれない。
だがしかし、問題が一つ。
蟹の図体がデカい上に、視界を思いっきり塞がれた。
サブマリンの現在位置が確認できん……!
微調整が出来ないまま作戦続行して、サブマリンとは見当違いの方向に発射されてしまう恐れが出てきた。それでなくても空中で色々するのは難しいってのに。
この蟹はそんなに私の邪魔をしたいのか!
殴りたいのに殴れない蟹が相手じゃ、殴る蹴るもできない。踏み台にするのも無理だ。
空の上なのに、私は頭を抱えそうになった。
でも、蟹相手じゃ手も足も出せない私と違って。
どうやら子サブマリンは、手も足も出せたらしい。
手足っていうか、正確には……怪光線だったけど。
私が空に発射しようとしていた子サブマリンは、丁度私が正面に向かって構えていた状態で。
その小さな頭で蟹の存在を確認、するや。
がばっと、大口を開けた。
まさか子サブマリン、お前もか……!?
さっき現実に目にした、サブマリンの怪光線を思い出す。
目からか、目からビーム的なナニかが出ちゃうのか?
だが、出たのは目からじゃなかった。
口からだった。
真っ赤に燃える、灼熱みたいな光。
太陽光を凝縮したようなソレが、子サブマリンの口から放たれた。
亀って目からだけじゃなく口からも怪光線が出せるのか!
妙な驚きを抱いたのも、つかの間。
マズい事態に気付いた。
子サブマリンの口から出た怪光線は、凄い勢いで。
迸る怪光線の勢いに押されて、空中で踏ん張ることも出来ないまま。
身体が、後ろに押されるような感覚を味わった。
怪光線が、私達の体に逆噴射をかけたのだ。
まずい。このままじゃ作戦失敗以前に、地面に背中から叩きつけられる!
何とか身をよじって体勢を変えたいんだが、子サブマリンの怪光線が本当に凄い勢いで。
姿勢の制御が上手くいかない……!
ヤバイ。
本当にそう思った。
背中から、落ちてしまう。
衝撃を覚悟した訳じゃないけど、一度強くぎゅっと目を瞑った。
地面に激突するには、早すぎる段階で。
背中が何かに触れて、何かに受け止められて。
私はもう一度、目を開いた。
「……サブマリン?」
「ぎゃう」
私は、私と子サブマリンの体は。
長さ六十㎝のサブマリンの甲羅に空中で受け止められていた。
心配そうに、サブマリンが私の顔を覗き込む。
私達の窮地と見て取り、飛んで駆けつけてくれたらしい。
……よっし、こっちから行く手間が省けた。
私を心配してくれたところ、本当に悪いんだけどね?
今から飼い主の義務として教育的指導(物理)だ。
覚悟しろ、サブマリン!




