屈強過ぎる腕の中
いつもより投稿が遅くなってしまいました。
毎週楽しみにして下さっている方々、申し訳ございません。
も、桃介ーーーー!!
ちゅどーんって、そんな音がした。
被弾したのはまさに、桃介がいたその場所。
だけど降り注いだ光が弾ける前に、意識に紛れるくらい小さく。
桃介に気を取られた私が、意識せずに聞き流してしまうくらい小さく。
聖獣の声がした。
『いけない……!』
そして爆風に煽られる中、私の横を駆け抜ける一陣の風。
同時に、聞いたことのない声が頭に響く。
『み、みゃぁぁああああ! 起き抜けに聖獣使いが荒いの、師匠ぅぅ!!』
ふわり、私達の周囲を覆っていた光……聖獣様の庇護を示す光の障壁。そこに満たされていた、空気が変わる。
はっと上を見上げれば、光を纏って私達の頭上に浮かぶ小さな影……滝をどんぶらこしていた、小さい方の聖獣が翼を広げて体をぶるぶると震わせている。そういえば『乙女ゲーム』では、ヒロインの使い魔になった後に結界張ったりとかしてたっけ。今のこの世界でも、そういう能力は持ち合わせているらしい。どうやら目を覚まして、私達の壁となってくれている模様。
そして、大きい方の聖獣様がいない。
小さい聖獣が師匠と呼ぶのであれば、それはゴ・リラ様のはず。
じゃあ消えたゴ・リラ様はいずこに?
答えは、桃介のいた場所に。
盛大に土と埃を巻き上げて、光が爆散した場所は未だ濃い粉塵を漂わせて視覚を遮り、詳細がはっきりしない。だけど土埃というモノは、いつかは晴れるものなのだ。
果たして、粉塵が落ち着いて視界を邪魔するモノがなくなった時。
そこにいたものは。
『怪我はありませんか、桃色髪の人の子よ』
「は、はひ……っ」
盛大に顔を引き攣らせて、常の太々しさが嘘のようにびくびくと縮こまる桃介と。
そんな桃介をその頼りがい∞な屈強の二本の腕で、囲うように抱き上げた……ゴ・リラ様の御姿が。
桃介の顔は、可哀想なくらいに青褪めている。
その青い顔が、怪光線直撃危機一髪を経たせいか、あるいはゴ・リラ様に抱き上げられているせいかはわからない。ただただぶれっぶれに揺れる眼差しで、ゴ・リラ様をガン見している。下から見上げるアングルで、ゴ・リラ様のご尊顔に視線が固定されているようだ。
一方、三対ある内の腕一対で桃介を横抱き(※お姫様抱っこ)にしたゴ・リラ様の方は泰然自若。逞しい胸に抱き寄せられた桃介の怯えと困惑に気付いているのか、いないのか……毅然としたお顔で、キッと空で依然として大暴れ続行中の亀と蟹を睨み上げる。その眼光は、群れの同胞を狙う密猟者を前にしたボスゴリラのように鋭く猛々しい。矮小な人間である桃介に向けた、慈愛溢れる温かな眼差しとは大違いだ。ゴ・リラ様の眼差しからは、確かな怒りが感じられた。
その腕にぬいぐるみか赤子の如く、桃介を抱っこしたままだったけれど。
ゴ・リラ様は何か決意を秘めたお顔をしていらっしゃる。桃介を抱いたまま。
最早、桃介の存在忘れてるんじゃない? そんな疑惑が、チラッと脳裏に過ぎった。
「……きっと桃介の野郎が、ゴ・リラ様の胸元に恐ろしいまでにフィットしてしまって、抱えてるのが自然に思えて存在を忘れてしまわれたんでしょうね」
「そんな馬鹿な」
「ミシェル? そんな訳はありませ……ありません、わよね?」
「止めてくれ、そこで疑問調に語尾を上げるのは。ソルフェリノが憐れじゃないか」
「ソルフェリノ……?」
「名前すらもう忘れられているのかい!?」
「ミシェル、桃介先輩ですわ! 桃介先輩の事でしてよ!」
「ああ、そんな名前でしたわね。覚えてはいましたが、脳内で繋がりませんでしたわ」
そして漏れなく、他の王子共の名前も覚えてはいるけれど、個々の面と繋がらない。
『ふみゃぁ……なんかこの人間達、聖獣が必死に張ってる結界の中で自由過ぎるのー!』
ぱたぱた浮かんだまま、既に結界を張り続けるだけの存在と化した小っこい聖獣がなんか言っている気がするけど、多分気のせいだろう。
そもそも今は小さい聖獣なんぞ、どうでも良い。
それより目が離せないのは、なんといってもゴ・リラ様(※桃介装備)でしょう!
今、森の聖獣ゴ・リラ様は三対ある内、一対の腕で桃介を庇護すべき赤子のように胸に抱き寄せて。
一対の腕は手と手の皺を合わせて……合掌している。
残る一対の腕には、原木からそのまま削り出して直送しましたと言わんばかりに粗削りな……棍棒が、一本ずつ。うん? 棍棒??? ゴ・リラ様のビジュアルには大変お似合いですが、先程からの穏やかな語り口調と比べれば、とても不釣り合いな気が……。
そして、背後に光を背負っていた。
正確に言うと、さっきまでゴ・リラ様が力を注ぎ続けていたチャージ技の結晶、巨大な丸い発光体。
いつの間にかソレはゴ・リラ様の手を物理的に離れていたらしく、今はゴ・リラ様の背後、丁度頭部を背中側から照らす光源体と化して付かず離れずピッタリ寄り添って宙に浮いている。
……いつの間にか、完成していたんだろうか。
色々と差し挟むべき疑問があるように思えるんだけど、視覚情報のインパクトが強すぎて疑問が塗りつぶされるなぁおい。ツッコミどころが多すぎるとはこの事か。他人からはよく言われるけど、思えば自分以外の生命体に、この言い回し今初めて使ったわ。
聖獣ゴ・リラ様は胸の前で合掌した腕に、傍目に見ても明らかな程ぐぐぐっと力を込める。
腕の筋肉が隆起し、脈動を感じる絵面だ。
合掌に、何か意味があるのか。
直接的にコレが原因、とは言い切れないけれど……恐らくその効果と思しきものは割とすぐ、私達の目の前で発現した。
理知的な深い眼差しに、猛る怒りを内包したまま空の蟹と亀を見ていたゴ・リラ様。
空中戦を繰り広げる蟹亀とやり合う為には、同じ土俵で争う必要がると思ったかどうかは知らないけど。だけどゴ・リラ様は、空高く戦り合う蟹や亀と同レベルで戦う事を決めたのか。
合掌により腕から手のひらへと力が回り、循環する。
そうして、ゴ・リラ様の力が高まっていくのを感じた。
力の高まりに応じて、ゴ・リラ様の周囲で変異が発生する。
見るからに重量級、そんな印象をもたらす聖獣様の、ゴリラ的要素を多分に含んだ、その身体が……浮いた。
この局面で、わざわざ浮くのは何故か?
答えは、私が予想通りとは限らないけど……この展開で空に浮くのであれば、理由はもう蟹と亀の空中戦に参加する為、としか考えられない。
……ただ今現在も、その腕に、桃介を抱き込んだまま。
逞しい太い腕に抱き込まれたままの桃介も、己が身の置かれた状況に気付いたのだろう。
ゴ・リラ様の腕の中でチワワの子犬みたいにぶるぶる震えて縮こまっていたというのに、流石に怯えて固まっているどころじゃなくなったのか。
慌てふためいた様子で、己を抱えるゴ・リラ様に食って掛かるのが見えた。
「ちょ、ちょっと……!」
『なんです、桃色髪の人の子よ』
「も、桃色……いや、それはまあ良いとして、いい加減下ろしてくれなない!? 一体いつまで僕の事抱えているつもりなのさ!」
『落ち着きなさい、桃色髪の人の子よ……可哀想に、怖い思いをしたので毛を逆立てているのですね』
「ねえ、今さらっと人のこと獣扱いした? ちょっと、ねえ」
『安心してください』
「え?」
『先程から人の子らの様子を見ておりましたが、桃色髪の人の子よ、どうやら貴方の動きが一番鈍いようです』
「余計なお世話なんだけど」
戦闘職志望どもと一緒にしないでよね、と。
ゴ・リラ様の腕の中でぷりぷりと怒る桃介。
あれ、ゴ・リラ様の腕の中っていう環境に適応してきつつないか? 桃介の肝の太さって改めて見てみても凄ぇな。
『桃色髪の人の子よ、この戦場の中、貴方を何の守りもない状態で置き捨てることなど、私には難しい』
「は?」
『一番心配な貴方の事は、私が守りましょう』
「は!?」
『私の腕の中にいる限り、何人たりとも貴方を害させはしません。桃色髪の人の子よ』
「ええぇ!?」
決意を込めた、毅然としたゴ・リラ様の有難いお言葉です。
聞いた瞬間、私は吹き出したね。笑いの衝動で。
何しろ——桃介、ゴ・リラ様の腕の中で戦場に参戦・決定!
唖然としていた桃介も、次第に状況を理解し始めたのか。
再び青褪めた顔でマナーモード状態と化した桃介を、疑問に思うことも無く。
ゴ・リラ様は空中戦に参加すべく天へと昇っていく。
あ、やっぱり桃介を抱えたまま参戦するつもりなんですね。
そうして本格的に空の戦いは三つ巴と化して。
当然の如く、激しさを増した。
何しろゴ・リラ様の戦法が……接近しては棍棒で殴りつつ、距離があれば背後に背負った光を小さく爆発させたり、背中の光から小さな光の矢を無数に射出する。
そう、空の戦いは派手さを増して。
そして地上へ降り注ぐ流れ光弾が単純計算で倍加した。
蟹は元々遠距離攻撃手段は持ってないけど、その蟹を仕留める為に遠慮なく亀とゴ・リラ様がばんばん攻撃を降り注がせるから……
しかし蟹も粘る。自分を攻撃してくる油断ならない敵が増えたというのに、蟹が沈没する予兆はまだない。流石に容赦のない攻撃の数々に無傷とはいかないようで足は二本失われ、ハサミにも抉れたような傷ができている。だけど本体……あの物凄い攻撃しやすそうな、横長の胴体部分にはまだこれと言った打撃を受けていないようなのだ。恐らく、蟹が自らの身を上手く守っているんだろう。時に、自分の足やハサミで防御をしながら。あれ背中側に回って攻撃したら簡単に当たりそうな気もするんだけどなぁ。
地上で見ているしかない私達は、いよいよをもって。
……することがなくなった。
だってさ、小さい聖獣が張っている結界のお陰でさ。
ダイオウグソクムシやカブトガニも近寄ってこれなくなったんだよ。
その点で言えば、先ほどまでのゴ・リラ様の結界より優れているかもしれない。
ゴ・リラ様の結界は、天から降り注ぐ光は弾いても、ダイオウグソクムシやカブトガニは弾かなかったから……あ、でも小さい聖獣は結界に専念してるけど、ゴ・リラ様は結界張りつつタメ技へのチャージ続けたりとかしてたな。一概にどっちが上とは言い難いか。
見学に回された私達。
いつの間にかオリバーも青次郎を回収して合流だ。
この場に揃っていない班員は只一人。
天上の戦いにて、ゴ・リラ様の懐に抱き込まれた桃介だけだ。
三つ巴の戦いによる爆音で掻き消されるから、桃介が何か言っていても聞こえない。
だけど私の高性能な視力によって、様子は見える。角度的にゴ・リラ様の胸にいるからばっちりハッキリ! とはいかないけれども、こう、ゴ・リラ様の攻撃の合間に、チラチラと。
……桃介は、なんだかとても哀れっぽい事になっていた。
攻撃はゴ・リラ様の防御で防がれてるし無傷っぽいけど、精神の方は重症そうだ。
流石の桃介も、アレは堪ったもんじゃねーんだろうなぁ。
空を飛べない人の身で、やれることもなく。
師匠は結界の外にちょこちょこ出てはダイオウグソクムシやカブトガニを処分しているけれども。私にはそこまでの熱量はないので、わさわさ寄ってきても結界に阻まれている甲殻類は放置である。
そして余裕ができると、今まで気にならなかった……いや、気にする余裕がなかったものが、気になるようになる。
何がって?
そりゃもう、決まってるだろ……子サブマリンだよ。
「お前、なんでタイミングよくここに……? え? お前、うちの子サブマリンだよね?」
「ぴぎゃ!」
「返事は元気良いけどさぁ……ああ、うん家の子ね。それはわかった」
よくよく観察してみると、子サブマリンの甲羅の隅っこに刻まれた数字を発見。
見慣れた筆跡なのも当然で、私の長兄の文字だ。
刻まれているのは『No.12』……我が家の池で生まれた、十二番目の子サブマリンを意味する。
ぱっと見分けがつかないし、数がいるから名前を付けるのも断念したけど、数やら何やら把握する為にって、生まれる端から子亀に数字を刻んだんだよね。長兄が。
十二番目は、そういえば気付いたら私の部屋に遊びに来たりとかしていた、割とアグレッシブな子亀だったなぁ……こいつか。
でもいくらアグレッシブだっつっても、使い魔取得実習でやって来た王都郊外の山中にいきなりいるとか不自然さしかねーだろ。
「お前、どうしてここにいるの?」
「ぴぎゃ!」
「いや、ぴぎゃはわかった。ぴぎゃは……喋れない子亀に尋ねた私が間抜けなだけか」
しかし聞かずにはいられない不自然さ。
何か情報の欠片でもないかしら。
首を傾げて考え込む私を見て、子サブマリンも同じ角度で首を傾げる。
それから徐に、私に何かを差し出した。
あ、これ……。
それは、ついさっき、私と目が合った時に。
何故か子サブマリンが吹き鳴らした、ホイッスルっぽいブツ。
謎のホイッスルを、子亀が私に献上してくる。ぐいぐいと、押し付ける様に。
私は思わず個性的を主張してくるデザインのホイッスルを受け取った。
………………思えば、子サブマリンがコレを吹いた直後にあのサブマリン激似の亀が飛んできたんだよね。タイミング的に、無関係とは思えない感じで。
関連性に疑いしかないホイッスルは、私に妙な「確かめなくてはいけない」という義務感めいた感情を煽ってくる。単純に、観戦するしかない状況で暇だったとも言う。
私は得体の知れないホイッスルを警戒しながらも。
それを、口に咥えた。
ミシェルに託されたホイッスル……その効果は?
a.サブマリンが来る
b.サブマリンが来る
c.亀臭いニオイがする
d.サブマリンが来る




