怪獣大決戦in乙女ゲーム世界
何やら空の彼方から、直滑降に猛スピードで突っ込んでくる未確認飛行物体。
ちょっと速度が速すぎて、私の動体視力でも「なんかラグビーボールっぽい何かが飛んでくる?」としかわからない。
だけどそれを見て、聖獣様は宣った。
――暴虐の王が来る、と。
え、なにその素敵な固有名詞。
なんだかとても、こう、アンゴルモアっぽい。あれは恐怖の大魔王だったかしら?
とにかく、聖獣様が暴虐なんて表現するナニかが飛来しているらしい。
ヤバ気なイキモノが来ているってことはわかった。やだ、わくわくしちゃう。
飛来するそれに、聖獣様の緊張感が高まる。
ついでに予想していなかった来客に、沢蟹も警戒モードで空を凝視している。
果たして、何がやってくるのか?
………………結論を述べると、やって来たのはなんだかとても、その、見慣れた生き物だった。
空に浮かぶ、亀の甲羅。
私達の上空、虚空で静止する、亀の甲羅。
静止した後で、にょっきり突き出した手足と頭。
あ、アレは……!
「何やってるのサブマリぃぃぃンっ!!?」
何故に我が家のお庭でくつろいでいる筈の、私の亀が今そこに!?
どうしよう、ここ三年くらいで、今一番驚いたよ!?
え、というかアレは本当にサブマリン? 私の愛亀のサブマリンなの???
っていうかアイツ、飛ぶの? 亀なのに、空飛ぶの!?
い、いや、待て。落ち着け私!
まだアレがサブマリンと決まった訳では……だけど、とってもあの造形に見覚えがあるの。
動揺して、瞳が揺れてしまう。
私はまだ悪魔の足元にいて、気を抜いたら危ない状況なのに。
あ、でも悪魔も虚空に浮かぶ亀をガン見してるや。
二つのハサミを掲げるのは、威嚇ポーズだね。
そんな悪魔と相対していたはずの聖獣様もまた、心持ち身構えた様子で上空の太陽を背負って浮かぶ亀に険しい目を向ける。
『暴虐の王よ、何故、今、この場に……! 闘争の気配を嗅ぎつけたとでもいうのですか。また、争いに乗じて破壊の限りを尽くそうと? 素直に暴れさせる私だとは思わないでいただこう……』
すっごいシリアスな感じに、深刻そうな声で仰るんですが。
え? サブマリン? 暴虐の王ってサブマリンなの? 本当に???
というか破壊の限りって、お前……何したんだ、サブマリン。
だけどアレは、本当に私のサブマリンなのだろうか……。
よく似たそっくり亀さんとか、ないかな?
こう、他亀の空似って可能性、あるかな?
「……アレが、サブマリンですの?」
「前に聞いたヤツか……ミシェル、なんてものをペットに」
「お待ちになって、オリバー。まだ事実確認は取れていません事よ。ミシェルがアレはサブマリンだと申告しただけで、本当にサブマリンと決まっては……」
「だが、ミシェルが危ない時に飛んできたんだぞ? タイミング的に何か関連性が……」
だから、さ?
他亀の可能性もワンチャンあるんだから、後ろでこしょこしょ議論を交わすの止めようや。そこの二人。っていうかエドガー、わざわざ後方のオリバーんとこまで寄ってってする話かい、それ?
私達一同の困惑を置き去りにして、上空で動きがある。
サブマリン疑惑濃厚ながらも、今一つ確証の取れない空飛ぶ亀。
太陽を背負っているせいで眩しいことこの上ない亀の首が、ぐっと地上の私達に向けられる。
あ、なんか、目が合った?
気のせいかな、とも思ったけれど。
なんとなく、サブマリン激似の亀さんに存在を認識された気がする。
亀はゆるりと地上を睥睨し……私の至近距離にいる存在感抜群のアレ、悪魔に目を付けた。なんか一瞬でぐわっと視線の圧力が増したぞ? 睨んでる? 睨んでいるのか?
そのまま溜めもなく、前振りもなく。
サブマリンっぽい亀は、がぁっと大口を開けた。
次の瞬間。
サブマリンっぽい亀の目がギラリと光り……光って、そのまま。
め、目から、ビーム的な光線が……っ!!
「って、目かよ!! 思わせぶりに口を開いたの何だったの!?」
なんか遠いところで、取り乱した桃介の叫びが聞こえた気がする。
……が、今はあまり重要でもないので聞き流しておこう。
ちゅどぉぉぉんっ!!
そんな感じの効果音を轟かせて、地を焼き、悪魔の発する瘴気的な黒い靄を薙ぎ払う光線。
赤交じりの、黄色味がかった光は破壊の色をしていた。
声なき悪魔の、叫びを感じる。全身に、浴びるようにして。
私の近くにあった、悪魔の足が一本……焼き切れて吹っ飛んでいくのが、爆炎に紛れて視界の隅に過ぎった。そして間近で感じる熱と巻き上がる粉塵に混乱し、私は思わず口走っていた。
「た、たーまやー!」
次は鍵屋って言おう。そうしよう。
——重ねて言おう。私は混乱していた。
だっていきなり空の彼方から愛亀激似の空飛ぶ亀さんが飛来して、目からビームだよ?
混乱しない訳がない。
でも私の生存本能は自分でも知らなかったけど、とても優秀だったらしい。
ビームに焼き焦がされた地面に危機を覚える。だって至近距離を横切って行ったんだもの。
焦げた臭い、視界を侵食する粉塵。
私は直感した。沢蟹の側にい続けたら、命が危ないと。
何故ならどうやら沢蟹は、空飛ぶ亀さんの攻撃対象……あのレベルの攻撃が殺到するだろうヤバ気なポジションだ。その近くにいたら、巻き込まれ必至ってヤツじゃなかろうか。
これはいかん。一刻も早く離脱せねば……!
「せ、戦略的撤退ぃー!」
私は咄嗟に、なんか胸を張ってホイッスル吹き鳴らして心なしドヤ顔をしている子サブマリンを小脇に抱え上げ、一目散に沢蟹から距離を取る。
子サブマリンは元祖サブマリンに比べればスリムサイズだけど、それでもそこそこの重量がある。甲羅がくそ重たいって、前に敬愛する長兄がぼやいていたしな。言われてみれば、確かにちょっぴり重い。ハードカバーの文学書くらい……二十㎝くらいのサイズなんだけどなぁ、甲羅。しかしどんだけずっしり身が詰まっているのか、他の種の亀に比べてサイズの割に重い気がするんだよね。
そんな子サブマリンと一緒に、私は退避! 退避ー!
この場における安全地帯……聖獣様の御許めがけてまっしぐらだ!
『人の子らよ……我が背に隠れるのです。暴虐の王は容赦がありません。巻き込まれては、魂まで焼き尽くされてしまう』
「う、うわー! 聖獣様がなんか物騒なことを仰られてますわー!」
亀と蟹の様子をみて手が付けられねぇと思ったのか、ちゃっかり師父をはじめ前衛組もゴ・リラ様の側近くまで退いて固まっている。うん、ゴ・リラ様の不思議☆パワーが障壁みたいに粉塵やら黒い靄やら火の粉やらをシャットアウトしている様子を見るに、あそこはマジで安全地帯。
滑り込むようにして、私は師父とエドガーの間に身を滑り込ませた。
それとほぼ同時、まるで測ったかのようなタイミングで。
今度は蟹に動きが……!
バサッと。
そんな羽音が聞こえた気がした。
上空から一方的に攻め立てられては堪らないと、そう思ったのかは謎だけど。
あるいはただ単純に、遠隔攻撃の術を持たなかったのか……。
どうやらサブマリン的な亀を本格的に敵対者として認定したのか、足一本吹っ飛ばされた体で蟹が猛る猛る。ついには絶対に亀に攻撃してやらぁという執念が花開いたのか……否、開いたのは花ではない。
蟹の背に、翼が生えた。
……もう一度言おう。
翼が、生えた。
それは大きな、大きな……まるで黒鳥の如き、真っ黒な翼だった。
どう見ても大型の水鳥って感じだな。速度は出なさそうだ。
現実逃避気味に、細かなところを気にしてしまう。
そうする内に、ばっさ。ばっさと。
蟹が、飛んだ。
空へ、遥かな空へと……飛んだ。
「Oh……この感情を、なんと言い表せば良いんだ。なんだかとても、言い難い気持ちだ」
「よくわからないけど、一言で言い表すのでしたら、わたくし丁度良い言葉を知っていましてよ」
「うん、エドガー? その言葉とは?」
「混沌ですわ」
「おぅ……」
そして始まる、空中戦。
互いに喰らい合うようにして、追いつ追われつ互いの位置をぐるぐると入れ替えるようにして亀と蟹は空高く縦横無尽に飛び回る。ああいうのも、ドッグファイトって言うんだろうか……。
やっぱり近接攻撃手段しか持たなかったらしく、蟹は亀に肉薄してハサミを振り上げる。それも完全な物理攻撃という訳ではないらしく、ハサミから伸びる黒々とした光……見た目には、ハサミから艶消ししたラ●トセイバーが生えているように見える。蟹がでっかいので、ハサミから伸びる光も大きい。
対して、空飛ぶ亀さんは蟹に比べると小さいくらいのサイズ感で。だがそれでも接近する蟹を避けるでもなく、むしろ自ら噛みつかんと首を伸ばして蟹に接近する。そうして互いの攻撃を避け、あるいは攻撃する為に位置を激しく動かしていく。
そんな亀と蟹を、なんとも言い難い目で見上げる私達。
聖獣様は空中戦を注意深く観察しながらも、それをチャンスと見たのだろう。
今までは三対ある腕の内、一対だけを使ってタメ技のチャージを行っていた。そこに更に、もう一対の腕を添える。……二本の腕が四本になったことで、チャージの効率も単純計算二倍って事だろうか。残りの一対でわらわらと相変わらず寄ってくるカブトガニやダイオウグソクムシを薙ぎ払い、蹴散らしながらも意識は空の争う亀と蟹へ向いている事がわかる。
『……これは、好機です。いざとなれば暴虐の王諸共、あの悪魔を滅せるよう備えなくては』
つまり蟹と亀を潰し合わせて、最後に美味しいとこ狙いですか?
聖獣様はシリアスな顔を崩すことなく、ぎゅんぎゅんと力を溜めていく。
いや、デカい。デカいデカいデカいって、何そのエネルギー体! しかもまだ完成じゃないだと!?
地上で聖獣様が空の争う亀・蟹諸共吹っ飛ばしてやろうなんて考えていることを知る由もなく、空中戦は激しさを増していく。
空飛ぶ手段を持たない私達は、それを地上から見上げるしかない。
いや、遠隔攻撃の手段も持ってはいるよ? 精霊術っていう。
でも亀と蟹が互いの位置をぐるぐる入れ替える様に、凄いスピードで滅茶苦茶速く動くから。
こんな離れた場所からは、中々照準を定めようがない。
それより地上に残された、大漁のダイオウグソクムシを先に何とかしないと!
だけどがんがんダイオウグソクムシを蹴り飛ばしながらも、空を意識せずにはいられなかった。
だって、気が抜けない。
何しろ偶に、空から亀の放った怪光線……流れ弾ならぬ流れ光線が飛んでくるから。
いまも、ほら?
私の背後から飛び掛かってこようとしたダイオウグソクムシの群れが、丁度良く巻き込まれて吹っ飛んでいくわ……危ねぇ! めっちゃ私に近かったよ!? 当たるかと思ったわ! ちょっと空のアイツら、はしゃぎ過ぎじゃね!?
「大暴れだね、ミシェルの亀」
「やめて、ナイジェル君。断定するような口調で言うのは。アレが私のサブマリンだとまだ決まった訳じゃ………………何故いる?」
あれ、ナイジェル君ってば。
いつの間に背後に……君、さっき木の洞に避難しとったろ?
どうやら聖獣の背後の方が安全と見て取って、移動してきたらしい。
こういうとこ、判断が的確というか……ちゃっかりしてるなぁ!
だけどそんなナイジェル君のちゃっかり具合を、見習え後衛二人。
遠く、後方に。
聖獣様の背後に避難するタイミングを逃し、空から降り注ぐ光線に恐れおののきながら……すっかり取り残された青次郎と桃介。+、その二人を放置できずに巻き添えで避難しそびれたオリバーがいた。
いや、無節操に空から怪光線降ってくるしさ。
聖獣様の守りがないそこにいるの、普通にヤバいんじゃね?
今も、ほら、割と危なそうな角度と距離で光るものが……
……ってアレ、あのままじゃ桃介直撃コースじゃん。
ちょ、ヤバイって!
桃介、危な——……!!
私達が「あ」と口を開けて固まる中。
桃介達のいた場所が……地面が怪光線の直撃を受けて、吹っ飛ぶのが見えた。
え? 桃介、死んだ……???
そんな疑惑が、私の中に去来した。
果たして桃介の身柄は無事なのか——!?
その安否が気遣われ……?
a.死んだ
b.辛うじて死んでない
c.無傷
d.ヒーロー(笑)に救出された




