未確認飛行物体、空を往く
文中の表現が一部わかりにくかったようなので、若干加筆しました。
具体的に言うと、今回、青汁が名前だけ出てきます。
青次郎と桃介、そして二人の盾を引き受けたオリバー。彼ら三人を抜いて、私達は前に出た。
……うん? ナイジェル君? 彼ならあそこだよ、右斜め後方の木の洞ん中。息の潜め方が冬眠中の蛙並だから、私でも一瞬どこにいるのかわからなかったぜ。思えばナイジェル君は、昔からかくれんぼの類がべらぼうに上手かった……小柄だからどこにでもコンパクトに納まるね!
ナイジェルくんの自衛能力を見習え、後衛共。
「師父! 私、蟹を殴れるかワンチャン試してきます!」
「的が大きいからと、油断するでないぞ」
「合点承知」
「ちょ、ミシェルぅぅう!? あんな得体のしれない蟹をわざわざ殴りに行きますの!? 武器をお持ちですのに! 素手で触って、変な寄生虫にでも感染したらどうしますの!」
「その時は虫落としの呪術を受診してきますわ」
「あぁん! 嫌に前向きぃ」
エドガーが両手でしっかり握った武骨な剣でどっかんどっかんダイオウグソクムシを空に打ち上げながら、なんか言ってる。小悪魔は数に勝るけれど1m弱って感じのサイズ感だし、一匹一匹はそこまで手強くもない。だけど本当、数が無尽蔵だ。次から次に、悪魔の足元から湧いて出てくる。油断したら足元を掬われるだろう。そんなダイオウグソクムシを、パワー漲るエドガーが重量のある武器で打ち上げたり、叩き潰したりする姿は圧巻だ。そんな圧巻な姿を見せながらも、私にわぁわぁ叫び声を向けてくるんだから、エドガーってば器用。
エドガーの武器は重量級だからか、力任せに振り回すことに真価を発揮する。
逆に師父は洗練されまくった身のこなし、その技術力の高さを見せつけるような戦いぶりだ。敵の間をするすると縫うように動いては、通り過ぎた後に累々と敵が倒れていく……なんて光景を量産していた。
そして私達の勢いに引きずり込まれるようにして、参戦している黄三郎。前からわかっていたけど、こいつも技量が高い。褒めるのは癪だけど、さすがは騎士の国でも才能を認められた男……その攻撃には光るものがある。その他様が、物理的に光らせている。光属性の精霊だから、光るのは仕様なんだろう。
黄三郎は精霊の力を剣に乗せて攻撃力に転換するという、しれっと難しいことをやってやがる。それがまた小悪魔にはよく効くようで、黄三郎の剣が触れる側から、ダイオウグソクムシやカブトガニは蕩けたバターみたいに切り捨てられていた。まあ、無尽蔵なんでちまちま一匹二匹倒しても焼け石に水なんだが。
いきなり茂みから飛び出し、前に出て戦い始めた私達前衛の四人。普段は人気のない山奥での事。前振りのない参戦に、蟹もダイオウグソクムシ達も、ゴ·リラ様も一瞬動きを止めた。カブトガニだけはなんかわさわさしていた。
ゴ·リラ様の目をしっかり見て、師父は助太刀すると告げた。ゴ·リラ様にはそれで十分だった。こくりと頷き、師父の戦いぶりを見てか先程よりも意識を割いて大技のチャージに専念する様子が見える。
一方、ただでさえ強敵ゴ·リラ様に手こずっていたというのに、よくわからん人間の小集団が敵に回り、悪魔は戸惑いを見せた。特に老練な一流の戦士である師父に意識は釘付けだ。私のような未熟な小娘等は、逆に存在を認識されてはいても全然意識されていない。馬鹿め。戦場で一つ所に注意を取られるなぞ。
その油断を、私が突く……!
ひとまずは様子見もかねて、純粋な身体能力だけで殴ってみよう。初っ端から全力で殴るのも良いけど、何しろ周囲に雑魚が多い。ある程度、力の温存は必要だろうし。手応えを測って、今後の方針としたい。純粋な物理オンリーの攻撃が効くか否かで、仲間達の攻撃方針も変わるだろうし。
私はエドガーが一気に撥ね上げたダイオウグソクムシ達の影に潜むようにして、一気に悪魔に接近した。相手の図体の大きさを計算して、死角になる位置を推測。できれば急所を狙いたい。位置取り的に顔面は難しい。だけど足の関節なら……!
一瞬、死角に身を沈め、そこから手頃なダイオウグソクムシを足場に大ジャンプ!
……やだ、踏んだ瞬間にぶぎゅるって感触がした!
見た目硬そうな甲殻類なのに柔い! 生物として有り得ない柔軟性溢れる弾力! 気持ち悪ぅっ!
しかしその有り得ない弾力のお陰で、計算していたよりも高く私の体が跳ね上がる。
ジャンプの高さと勢いで、私は蟹の足……その関節めがけて、半ば体当たりするように拳を見舞う。
が、しかし。
――すかっ
「ふぇっ?」
「「「「「えっ」」」」」
「ふむ……物理的な攻撃は、透過すると。攻撃手段に何がしかの条件が必要か」
「ええぇぇ!?」
殴り掛かった私の拳は、蟹をすり抜けた。
攻撃の勢いを受け止めるはずの、蟹。
突き出した拳は行き場を失い、体勢がどうしても崩れる。
前のめりになっていた私の体はぐらりと揺らぎ、地面が近づく。
私の攻撃が不発に終わった光景に、唖然と口を開けて固まるエドガーやオリバー。
青次郎、桃介といった王子達も、ぽかんと口を開けている。
……後に青汁がわぁわぁなんか騒いでいるのを聞いて知ったことだけど、『悪魔』は私達人間が存在する空間とは、微妙に位相?とかいうのをずらした空間に存在している、らしい。よくわからん。解説が独りよがりで不親切なんだよ、緑の青汁めが。
青汁が精神生命体に近いとか言っていた。なんだが知らんが、悪魔側からは現実世界に干渉できるっていうのに理不尽だよな。
詳細に説明されても意味不明だったので、かいつまんで理解できるところだけ拾った結果、私はこう解釈した。
悪魔とは、ずばりオカルトな存在だと。
オカルト生物だから、純粋な物理攻撃はノーダメージ判定になっちゃうんだと。
そしてオカルト生物なので、神秘のパワーで撃退できる。具体的にいうと精霊様の御力や魔力で。
しかしそれじゃあ小悪魔はなんだって話だよ。アイツら悪魔の手下なのにエドガーに吹っ飛ばされたり黄三郎に切られたり、しっかり物理攻撃もらっておったが。うん? 師父? 師父の攻撃が通ることには何の不思議もないだろ。だって師父だぞ。師父の攻撃が効かない存在とか想像もできん。
なお、小悪魔どもは悪魔に比べて下位の存在なので、半分くらいは物質的な存在なんだと。半分は物理的に存在してるから、物理攻撃もそこそこ効く。ただし半分だけなので、物理的な存在が軽かったり柔らかかったりするらしい。なるほど? それであの弾力……。そして物理攻撃は喰らっても、軽かったり柔らかかったりに比例して効き難かったりするそうな。エドガーに攻撃されて景気良く吹っ飛んでいたのは、軽かったせいもあるらしい。そして吹っ飛びはしても、ダメージ低くてすぐ復活する……と。
一方、黄三郎は攻撃にその他様の御力を乗せていた。どうやらそのお陰で小悪魔もスパスパ切れていたようだ。何しろ小悪魔も、半分はオカルト畑産なので精霊の力や魔力がよく効くっぽい。
そんな考察を私が知るのは、後の事。
今この時は、目の前の事実だけを突きつけられていた。
即ち、私の拳が無効判定だったってことを……!
まさか私の攻撃が効かないなんて!? と、驚ける余裕があったら驚いた。
だけど体が沢蟹をすり抜けたので、地面へ思いっきりダイブしている真っ最中である。受け身、受け身を取らねば!
全く攻撃が通じないどころか、蟹の体を突き抜けた。
多分、その事に私自身が動転していた。
体に染みつかせているので受け身は取れたけれども、無様に地面に転がってしまう。どうせなら華麗に着地して、即座に攻撃なり何なり次の動作に繋げたかったけれども。
無様だ。
攻撃が通じなかったことも、その事でバランスを崩したことも。
こうして地面に転がっている事も、無様で情けなくて悔しい。
自分がまだまだだって事実を、突きつけられている。
でもそんな悔しさをバネにして、立ち上がろう。
今、私の体は蟹の真下に転がっている。
そう、左右をそれぞれの足で支えられた蟹の、胴体の真下だ。地面との間にある空間だ。
わぁ、蟹の無防備な腹が目の前ー。
チッ……攻撃が通じるなら謹んで全力で殴って差し上げるのに。
蟹の真下は小悪魔が湧き出る場所でもある。
急いでここを離れるべしと、周囲に目をやった。
自分が離脱する方角を決める為に、走らせた視線が変なモノを捉える。
目が合った。
すぐ近くの茂みに、緑色の物体がいる。
小さな、直径十五㎝くらいの甲羅を背負った……亀がいる。しかもその亀が、なんだか物凄く見覚えがあるんだ。そう、あの甲羅。とても記憶に刺さる。
アレは確か……サブマリンの子亀?
いや、子亀ってそんな馬鹿な。子サブマリンが何故ここに。
幼少の私が拾って来たという、亀のサブマリン。我が家の庭池でどこからか嫁さん連れてきて、いつの間にか子亀も増やしていたサブマリン。
そんなサブマリンの子亀達には、甲羅の模様に共通点があるんだよ。『髑髏のマーク』っていう共通点が。いや、やっぱ子サブマリンだわ。あんな特徴的な甲羅背負った十五㎝級の子亀が他にいるかよ……。
子亀の方も、何かを含んだような眼差しで。しっかり私を凝視している。アレは見知らぬ人間を見る目じゃない。明らかに、自分の知る相手を見る目だ。
怪訝な顔で子亀を凝視する私を、とっくりと眺めて。
子亀は茂みに一度顔を伏せると、何かを咥えて顔を上げた。
アレは……??? 子亀は、ホイッスルみたいな何かを口に咥えているようだった。
そして、唐突に。
子亀の吹いた笛の音が、戦地に響き渡った。
否、戦地だけじゃなく……結界で隠蔽され、音が遮断されている筈だというのに。
子亀の笛の音は、山を離れた遠くまで響き渡ったのだ。
その音をきいて、始動するモノがいた。
遠く、ミシェル嬢の御実家から。
何かが空へと、突き抜ける……人々は一直線に走る光を見た。
アレはなんだ、何がどうしたと。
未確認飛行物体の噂は、数日程グロリアス子爵家周辺のお宅を賑わせたのだった。




