聖獣(※森のボス的な方)
滝を形成する断崖をよじ登り、一路私達は奥地を目指す。
なお、滝壺で拾った『聖獣』は現在、可愛いと大絶賛していたエドガーに抱っこされている。
喜べ、『聖獣』よ。エドガーは我らの中で最も巨乳(※胸筋的な意味で)。
あの鶏胸肉みたいな胸に包まれて、今はゆっくりおやすみ。
『聖獣』はエドガーに任せていれば良いだろう。
私は後ろを振り向くことなく、獣道を作りながら進む師父の後へと続く。
個人的に、気分は秘境に踏み入る探検隊だ。
ただしメンバー構成はファンタジー仕様。
歩いている間の暇潰しに、ふとこの面子をRPGに例えてみる。
青次郎は黒魔導士かな。他にないよね。
桃介は白魔導士で決まりだね。こいつも他に選択の余地がない。
黄三郎は……騎士かな。魔法もそこそこ使えるし、暗黒騎士とか? いや、似合わねぇな。そしてヤツは敵に闇を与えるよりも自分が闇を喰らう方だろう。
師父はモンクで良いよね。武器も使えるけど。ああ、でも今はダンス講師で稼いでるらしいから、踊り子……? いや、深くは考えるまい。
オリバーとエドガーは、騎士。多分、騎士で良いと思う。
これから学園で魔法を学んで成長したら、ジョブチェンジかな。
ナイジェル君は………………なんだ? うん? うーんと、情報収集が得意、けど適職が浮かばない。これで物理的に強かったら忍者とか? しかしナイジェル君は曲芸とか無理だしなぁ。
「ナイジェル君の得意な戦闘スタイルってどんな感じだっけ」
「僕? 正攻法じゃないのは確かだね」
「揺さぶりと脅迫だろう」
「戦う前の事前準備で勝敗を決するタイプですわね」
「ねえ、ちょっと。魔法騎士コースの一年坊達が不穏な会話してるんだけど」
「……ソルフェリノ? 深く考えない方が幸せな事もあるんだよ」
「どうして目を逸らす。シャルトルーズ、お前に何があった」
「ディース……何もないよ。うん、何もない……ただ、過去のトラウマを想起させられただけだから」
「え、なにそれ怖い」
私達は私達で話しているけど、王子達は王子達で話をしている。
それぞれ出身は違うけど、王子同士ってことで仲は良さそうだ。それぞれ建国前からの超重要な同盟国だし、なんなら子供の頃から外交だの社交だので顔を合わす機会があったっぽい。互いに名前で呼び合ってるしね。青次郎とか、性格的に親しくない相手に名前呼びは許さんだろうし。
しかしずっと内心で青次郎だの黄三郎だの呼んでるから、実名で呼び合われると一瞬誰の事かわからんな。名前を忘れたとかじゃなく、単純に名前と顔が結びつかなくて。こう、結びつく前に間に『青次郎』とか『黄三郎』とか『桃介』とか挟まる感じで、ひと手間かけてから結びついてる感じがする。
「ふむ?」
「師父、どうされたんですか?」
「何やら……闘志の高まりを感じる。奥の方で、何者かが戦っておるようじゃ」
「戦い、だと?」
怪訝な顔で、私と師父の会話に反応する青次郎。
師父が今感じ取ったような戦いの気配なんて、この身体感覚鈍そうな純・後衛の野郎にわかるはずもなかろうに……立ち止まって、周囲の森にきょろりきょろりと視線を走らせる。
「誰かが戦っている、と?」
「おかしくないんじゃないか、青次郎殿下。この周囲は、使い魔取得実習の敷地範囲内だし」
「そうですわね。誰か、使い魔にと望む魔獣か幻獣と戦っている魔法学園生がいてもおかしくありませんわ。ね、青次郎殿下」
「貴様達、ナチュラルに俺を青次郎呼びするんじゃない。というか青次郎ってなんだ、青次郎って」
それぞれに考えられる予想として魔法学園生の使い魔取得チャレンジを挙げるオリバー達。
しかし甘いな、オリバーもエドガーも。
魔法学園の生徒達みたいな小童が魔獣と戦っていたとしても、師父にしてみればその戦いのレベルは精々児戯程度。わざわざ反応する程のものではなかろうよ。
と、すれば。
この奥で戦っているのは……。
「……戦っているモノは、どちらも人ではないな」
やっぱりな。
師父の言葉に、班員達が騒めく。
しかし師父が足を止めないので、足を止めて憶測を話し合うことも出来ない。
ただ、何かが起こっているらしいと警戒と緊張を強めている。足並みは、自然と忍び足に近くなる。
森の中でも、師父は足音がしない。枯草を踏んでも、枝を踏んでも。
やがて私達の耳にも、何者かの戦う音が聞こえてきた。それも結構派手に。
ちょっと離れただけで聞こえなくなるなんて信じられないような、何かの炸裂する音。肉と肉のぶつかり合う、打擲音。ある地点を超えた途端、聴力の隔てなく全員に聞こえてきたことを考えても、遮音結界か何かが張られていたんだろう。そして、私達はそれを踏み越えた。
師父が静かに藪を掻き分けると、その向こうに広がっていたのは……
人ならざる者同士の、人知を超えた戦い。
『くぇrちゅいおp@——!』
『がぁぁっ!!』
どす黒い靄を纏い、空気に輪郭を滲ませながらも、ソレは確かにそこにいた。
青黒い天然の鎧。鋭く地を突き刺すような足が移動の度、カシカシと音を立てる。
巨大な鈍器を思わせる生まれ持った武器は、執拗に閉じて開いてと相手を挟み取ろうとする。
うん、蟹だな。
でっかい蟹がそこにいた。
沢蟹的なビジュアルの、青黒い蟹さん。
茹でても揚げてもマズそうだ。
口から黒い泡を噴き出しながら、しきりに右に左にと体移動。
巨体からは想像できない俊敏な動き、小回りを利かせたステップ。
口から零れた泡が地面に垂れ落ちる度に、何やら甘ったるいニオイを伴って「じゅ……っ」と地面から煙が上がる。うん、あれ地面溶けてんな。酸ですか。
足の一本は激戦の中で折れたのか、そこからも体液が滴っているが……やっぱり地面を溶かしている。体液、全部酸性なのか。つまり体液に触れないようにしないといけないんだな、厄介な。
その口からは泡だけでなく、人間の耳では聞き取り困難な鳴き声を上げている。なんか体系だった言語になってるっぽいんだけど、今までに聞いたことも無い言語だし。そもそも人間の声帯では再現不能だろうな。
しかし私の耳には理解不能でも、配下にはきっちり意味が通っているんだろう。蟹の声に何らかの指示を受けてか、叫びに合わせてわらわらと……蟹の足元から湧いて出るようにして相対する者へと襲い掛かる小悪魔達……小悪魔……多分、小悪魔? サイズ的には三十㎝から一m大で、でっかい蟹(推定五m弱)と比較したら、サイズ小悪魔………………うん、小悪魔で良いだろう。
そんな小悪魔達は、カブトガニやダイオウグソクムシの姿をしていた。いや、なんで山に出没するんだよ。そしてなんで沢蟹に従ってるんだよ。海に帰れよ。
おかしいな。
私の前世の記憶にある『乙女ゲーム』では、もっと、こう……悪魔も小悪魔も、哺乳類っぽい姿をしていた筈なんだけど。もっと具体的に言うなら、赤黒い毛並みの狼、だったはずなんだけど。
それがどうしてこんな……配役変更を?
お陰で傍目に猿蟹合戦(物語序盤)を連想するんだけど。
急な配役変更とか、何があった。悪魔さんよぅ。
一方、それに相対するは、森に在って絶対王者の風格を漂わせる……威厳ある姿。
鬼神の宿る、そんな表現が超絶似合う、分厚い筋肉を隆起させた背中。
ぶっとい両肩から伸びるのは、計り知れないパワーを感じさせる三対六本の腕。
ドラミングする姿は、大地に生きる者の王者の風格。そして深い怒りを感じさせる。
知性を感じる複雑で奥行きのある眼差し。
慈愛さえ感じる顔の両横から、巨大な羊角が生えている。
角の色は、虹の輝きを乗せた黄金。
間違いない。
あの、『森の聖獣』の呼び名に相応しいお姿……!
「あれが……!」
『森の聖獣』ゴ・リラ様——!
『乙女ゲーム』でチラッと出てきた御名を目にして以来、ずっと。
マジでずっとずっと、その姿が気になって仕方なかった。
気になって気になって、ゲームの登場キャラで一番好きなキャラになっていた。
『乙女ゲーム』ではずっと描写をぼかされていたので、お名前通りの姿をしているのかどうかわからなかった。
だけど、今。
目の前にして……どうだろう、ちょっと信じられない。
ゴ・リラ様は私の思う以上に、ずっとゴリラゴリラしている……!
私の胸には、大きな感動が去来していた。
『森の聖獣』様が胸を叩く度、まるで漏電するように白い光が周囲に迸る。小悪魔達はその光を嫌ってか、触れないように動いている事が見ている内にわかってきた。縦横無尽に走る光を、小悪魔達は避けるように動き回る。わさわさと、こう、わさわさと。
数えるのも面倒なほど数の多い、小悪魔。
迸る光によって敵を遠ざけつつも、敵を一掃するには手が足りなさそうな『森の聖獣』様。
三対の大きな腕は、一対が頭上に掲げられ、一対が胸を激しく叩いて音を鳴らし、一対がそれぞれ左右の腕に身体の一部が砕けた小悪魔を鷲掴んでいる。
天へと掲げられた腕の間、ゴ・リラ様の真上には光の玉が浮かんでおり、まるで毛糸玉に糸を巻き付けていくようにして、周囲に迸る白い光を巻き取っては巨大化していく。
恐らくは、あの光が『乙女ゲーム』でも悪魔達を一掃した切り札……チャージ式の大技じゃないだろうか。
光を育て切って発動させてはマズいと、悪魔達も何となく察しているらしい。
悪魔の指揮の下、小悪魔達は集団の利を生かして何とか『森の聖獣』の足を引っ張り、場合によっては痛手を負わせようとゴ・リラ様への接近と白い光から逃れる為の離脱を繰り返している。
時として妨害は大当たりするのか、ゴ・リラ様の体勢が何かの折に崩れかける事がある。そうすると決まって、頭上の光の玉も一瞬大きく揺れて、サイズが縮んだり歪んだりしてしまう。
大技の完成を目指すゴ・リラ様へと、着実に妨害を重ねていく小悪魔達。
そして隙を見て、ゴ・リラ様への攻撃を仕掛ける悪魔。
悪魔達の攻撃に、光の玉を大きくさせながらも白い光を迸らせて痛めつけるゴ・リラ様。
私達の目に前に広がる光景は、一進一退の様相を呈していた。
「――師父」
「ふん。『聖獣』は霊地の守り手、みすみす目の前で害される訳にはいかぬな」
「え、ちょっと。なんで目ぇギラつかせてるんだい?」
「マジ? そこの頭おかしそうな二人……この人外同士の戦いに介入する気?」
「正気か……?」
「正気も何も、じゃあ『聖獣』が攻撃されてるのを黙って見てる気ですの? この腑抜け共が」
王子達から寄せられる、『ドン引き』を絵に描いたような視線。
だけど目の前の光景を見て、黙って見ていられる?
血を滾らせることもなく?
ゴ・リラ様は『聖獣』だ。『聖獣』は、霊地を守護する為に神々が遣わした尊い存在だ。
そんな『聖獣』が、目の前で悪魔(※推定)に襲われているんだぞ?
しかも数の暴力によって、少なからず手こずっていらっしゃる。
ほーら、大義名分! 私達が助力するだけの状況が揃っているじゃないか!
相手が人外? 知った事か。
そもそも今日は使い魔取得実習。元より人外とはぶつかる予定だったじゃないか。
ん? 魔獣や幻獣と悪魔は違う?
知らんな。それに誰もあの蟹が『悪魔』だなんて明言していないだろ。私が内心で確証を持っているだけで、口に出して「あれ悪魔だよ!」だなんて言ってないもん。だから今の段階で、皆にとってあの蟹はただの正体不明の蟹だ。
こんな場で黙って見過ごすなんて、戦闘職を志す身として以ての外。
魔法学園生徒の名に懸けて、参戦すべき、だ・ろ?
師父は魔法学園の生徒じゃないけど、歴戦の古強者として参戦する気満々だ。
「――故あって、助太刀致す」
短い宣言と共に、師父は白い光と小悪魔溢れる戦場へと斬り込んでいく。
奔る白光を時にかわし、時にいなして進む堂々たる後ろ姿。
師父が往くのに、弟子の私が後れを取る訳にはいかない!
「オリバー、エドガー! 先に行く!」
「あ、おい! ミシェル——!?」
「ああん、もう! そんなわくわくした目しちゃって! 放って置けませんわ、オリバー!」
「くっ……殿下達を放っていくのか!? 誰かしら警護が必要だろう、青次郎と桃介先輩は近接戦闘できなさそうなんだから!」
あ、言われてみればその通りだな。
純粋な後衛職二人は、誰か盾が必要か……
「任せましたわ、オリバー!」
「瞬時に押し付けてくるんじゃない、ミシェルー!!」
オリバーが、なんか引きつった顔で文句を言って来たけれど。
肉の盾なんて、私の性に合わないんだもの。
ただじっと耐えて我慢して、誰かを守る為に身体を張るよりも。
前に出て、敵の懐へと進んで進んで、殴り飛ばす為に身体を張る方がずっと私らしい。
あの体の輪郭がぼやっとしている悪魔を物理的に殴り飛ばせるかは、わからんが。
やってみないとわからない。
試さなければ殴れるか殴れないかなんて、確証も持てないでしょう?
だから私は、殴れるかを証明する為に——蟹を、殴りに行く!
ついでに邪神の配下相手に、自分がどの程度戦えるかを測るとしよう。
殴れるかどうかを、実際に殴ってみる事で証明しようとするミシェル嬢。
次回、そんな彼女の危機(あるのか?)に奴が駆け……駆け……翔け付ける——!
↓先日、散歩していて唐突に思い浮かんだネタ。
『魔法の館殺人事件』
謎の招待状に集められた五人の客……
赤太郎:疑心暗鬼に皆が晒される中、犯人探しに乗り出すが皆の目がそれた一瞬で殺される。
青次郎:皆で固まって過ごす提案に対し「こんなところにいられるか! 俺は自分の部屋で過ごす!」と離脱。翌朝死体で発見される。
黄三郎:次々と死者が出る中、何かを知っているのか「次は僕だ……僕の番なんだ!」とガタガタ怯えて逃走。その後死体で発見される。
桃介:第一の死体。
青汁:誰もが言動を怪しみ犯人疑惑濃厚だったが三番目くらいに殺される。
屋敷の運営スタッフ
オリバー:近くの集落の駐在さん。偶然屋敷に居合わせる。今までに関わった最大の事件は畑の大根泥棒(犯人はアライグマ)。
エドガー:屋敷の厨房で働く料理人。
フランツ:屋敷の下働き。おしゃべりだが一部の情報には途端に口が重くなる。
マティアス:近所の猟師。屋敷と外界を繋ぐ唯一の道が土砂崩れで埋まったことを知らせに来る。
ナイジェル君:屋敷の管理人。何かを知っているらしく意味深な発言が多い。情報は小出しにするタイプ。
ミシェル嬢:旅人。偶然屋敷に居合わせ、途中で姿が消えるが……屋敷の脱出ルートを探る途中で羆と遭遇。三日三晩の死闘を繰り広げた末に羆を制した。




