聖獣(※犬っぽいナニかの方)
乙女ゲームにて主人公の使い魔となる『聖獣』。
さて、その『聖獣』とは如何なる存在なのか?
ゲームではなんか『聖獣』って言っておけば特別感はあるだろう?くらいの存在感で、特にどんなイキモノなのか説明らしい説明はなかったけれども。
一応はこの世界で魔法学園に通う者として、さらっと説明しておくかな。
とはいっても、人間もそこまで深く『聖獣』とは何か理解してる訳じゃないんだけれども。
使い魔取得実習で配られたテキストには、こう書かれている。
――『聖獣』とは、それぞれ固有の姿と性質を持つ単独の種。神々によって地に配され、霊地とされる場を己が領域として不浄より守る『土地の守護者』である。
教科書の説明って、回りくどくて不親切だよな!
敢えて硬くて分かり難い言い回しをしないといけないってルールでもあるんだろうか。知らない人に説明する為の文章なんだから、もっと噛み砕いて万人に理解できる内容じゃないといけない気がするんだけど。
まあ良い、今は『聖獣』についてだ。
私はあの説明文を読んで、『産土神』的なもんかな? って感想を持った。いや、私も産土神とかそんな詳しい訳じゃないけれども。
とりあえず『聖獣』と呼ばれる獣は世界中の、特に力ある霊地にいて、そこを守護している。
そんでもって姿は『聖獣』ごとに異なっていて、世界に唯一オンリーワンらしい。
しかも発生には神々が関わっていて、魔獣や幻獣より上位の存在だ。
そんないかにも有難いです!と全力で主張してくる生物を、どうして主人公が使い魔に出来たのか……主人公だからか? 主人公だからなのか?
でも使い魔に関する文献によると、極々稀、ほんっと~に稀な例だけど過去に『聖獣』を使い魔に出来た例もありはするらしい。その場合、何らかの理由で『聖獣』が自分の守護する土地を持っていなかったり、離れていたりしたって前提があるらしいけれど。主人公が使い魔にした『聖獣』は神々から地上に遣わされたばかりの幼獣で、古参のベテラン『聖獣』の下で修業中って話だったから、もしかしたらまだ土地を持っていなかったのかもしれない。
つまり使い魔にするなら、修行中の今が絶好のチャンスって事だったんだろう。
『聖獣』に共通の特徴は、一つだけ。
虹色の光沢を放つ、黄金の角を持つ。
それが『聖獣』の証だ。
そして目の前の滝壺に、水死体よろしく、ぷかぁと獣が浮いている。
翼を生やした犬っぽいナニかだ。大きさは、豆柴くらい。
背の翼と、尻尾は哺乳類のふさふさ毛ではなく羽毛で覆われている。
手触りの良さそうな耳と耳の間、小さな額には小さい角が生やしっぱなし。
うん、角の色は金色ですね。
螺鈿みたいな虹色の光沢もお持ちのようで。
「……聖獣だ」
目と口を開けて愕然とする青次郎。
どうした、青次郎。
ご自慢のお顔が間抜け面だぞ。いや、てめぇが顔自慢しているの聞いたことはないけどな?
ただただ驚いた顔で、肩をぶるぶると震わせて立ち尽くしている。うん、お前、さてはアレだな? 突発的事態とかに弱いタイプだな? 応用とか、臨機応変とか苦手なタイプだろ。急な異常事態とか、問題解決の為に何から手を付けて良いのか咄嗟の判断が弱くて無駄におろおろ時間を費やす感じだろ。
それで良いのか未来の国家元首、国家運営とか多分ハプニングの連続だろ。
ん、ああ、それともアレか? ハプニングの連続に遭遇しまくる事で咄嗟の判断基準や対応力をこれから磨いていく感じか? どうやって自分の弱点を克服していくつもりかは知らんが、自分の将来と国民の為に是非とも判断能力やら神経やらを鍛えていっていただきたい。私はお前んとこの国民じゃないから知らんがな。
一方、青次郎とは逆に対応力に優れた野郎もいる訳で。
「こんなところで、土地の守護者である筈の聖獣が現れるなんて……しかも、川に流されてるだなんて。これは、もしかするとこの山で何か異常事態が起きているのかもしれない。何はともあれ、まずは『聖獣』を保護しないと。霊地の環境を保つ為には『聖獣』の力が必要だし」
思い悩むように何か考える素振りを見せつつ、荷物の中からロープを取り出す黄三郎。
『聖獣』が滝壺の中央付近に浮いているから、近寄る為にロープを命綱にしようってとこか。
思いがけない『聖獣』との遭遇にも、班長らしい冷静な対処を見せる。
……うん、お前はアレだな。子供の頃からハプニングの連続で、望むと望むざるに関わらず半強制的に臨機応変さが磨かれたタイプだろ。
しかし聖獣を引き上げようって考えるのは結構だが、お前さん桃介の事を忘れてやしないか?
桃介の事も引き上げてやるように言うべきか、ちょっと悩むな。
だけど私が悩む必要はなかった。
黄三郎になんか言う前に。
「……っ!!」
ざばーっと。
水面から、水飛沫を巻き上げながら手が生えた。
手が生えたっていうと、字面がなんかホラーっぽいな。
実際には水面から白い野郎の手が突き出たってだけだが。
その手はそのまま、水面に浮かぶ『聖獣』をがしりと掴んだ。
それも頭部を、躊躇することなく無造作にがしっと。
更には手の本体……すっかり濡れ鼠で重みを増した髪を顔面に貼り付けつつ、桃介の上半身が滝壺から生える。そのままざっぱざっぱと揺れる水面を掻き分け、桃介は荒い息を吐きながら川岸へと近づいてくる。その間、終始無言。あのキャンキャン騒ぐのがデフォルトみたいになってきている桃介が、完全に無言だ。喋らないその姿に、深い疲労感がある。
「なんだか……一周回って桃介先輩、男らしく見えてきましたわね」
「それ錯覚でしてよ、エドガー」
そうして岸までやってきた桃介は、掴んでいた『聖獣』を投g——
「っいけない!」
投げる動作が見えたところで、動いたのはオリバーだった。
というか桃介のヤツ、有難いイキモノを投げおった!
投げ捨てられた『聖獣』を、ドッチボールの球を取る時のような柔らかさでオリバーが受け止める。小さいけれど『聖獣』は『聖獣』。きっと、とても頑丈だと思う。でも豆柴サイズの犬っぽいナニかが地面に叩きつけられるのって、あまり心情的によろしくないよね。
川岸に上陸した桃介に、エドガーが半分悲鳴のような声で抗議した。
「桃介先輩! あんまりですわ! あの子は『聖獣』でしてよ、もっと丁重に扱ってくださいまし!」
「今まで気に留めてなかったけど、改めて聞くとお前の口調気持ち悪いな」
「わたくしの勝手でしてよ!?」
余程疲れたのか、地面の上でへたり込む桃介。
その身体は——うん、やっぱり外傷は見当たらない。全て治癒したっぽいな。
お疲れ気味のこいつが、陸に這い上がる際についでとばかり『聖獣』を回収してきたのも正直、意外だ。まあ、手っ取り早くて手間をかけずに済んだんだし、良いけど。
――しかし、『聖獣』がここで出てくるか。
川から流されてきて、滝壺ダイブを決めるとなると中々の異常事態である。
これはもしや、もしかするか?
今この瞬間、この場所で。
『乙女ゲーム』でイベントとして挙げられていたアレが……邪神の復活を示唆する、『悪魔の襲撃イベント』が起きてるっていうのかい。
だとすれば……野次馬根性全開で、見物に行っちゃいたい!
だって『乙女ゲーム』のイベント通りの展開があるとするなら、上手くタイミングがかち合えば『森の聖獣』様の御怒りが見られるはずなんだから!
『森の聖獣』様。
それはこのあたり一帯の山を管理する、現役の『聖獣』様である。
まだまだ幼生で修行の最中である『聖獣(※ヒロインの使い魔になった方)』の指導役でもある。つまり、幼生の方の『聖獣』は『森の聖獣』様に預けられていたのである。それが何をどう転んだか主人公の使い魔になってしまったので、監督責任者としては主人公に良い印象がないかもしれない。まあ、主人公はそもそも学園への入学すら果たしていないので、この場にいるはずもないし、どうでも良いんだけれども。
『乙女ゲーム』でのイベント概要をさらっと説明すると、以下のような展開になる。
・主人公が好感度の高い攻略対象と二人きりで森を散策。(班行動なのに二人きりで別行動するなよ。集団行動の意義と実習の危険性がわかってないヤツだな、おい。)
⇒見たことも無い魔物に追われ、逃げて怪我をした小さな『聖獣』と遭遇。(この時点で常識的に考えれば、異常事態の発生を学園の教員に報告して指示を仰ぐべきである。)
⇒小さな『聖獣』を保護し、異変を確かめる為に森の奥深くに踏み入る主人公と攻略対象。(異変に自ら近づいている当たり、危機管理能力の危うさが浮き彫りになっている気がする。)
⇒人の立ち入らぬ森の奥深くで、主人公と攻略対象が見たモノは——!
何を見たって、『森の聖獣』様と、邪神の眷属とされる伝承の存在:悪魔の争う姿である。
『聖獣』はそもそも希少なイキモノだが、悪魔だってレア生物だ。
悪魔っていうのは、限られた条件下でしか現世に顕現できないらしい。
その条件に該当するのが、『邪神の活性化』。
大前提として、大陸にバラバラに封印された邪神の、その封印が弱まっている間しか出てくる事ができないらしい。封印がしっかりきっちり機能している間は、一体どこにいるのか知らないけれど。
今回のイベントに出てくる悪魔は、ご都合主義もよろしいことに人の言葉を喋る。
そしてとてもわかりやすく、イベントの最中に「我らが主、邪神様の完全復活は近い——! 地に蔓延る人間どもめ、小賢しくも目障りな聖獣どもめ、我らが神の降臨を伏して待つが良い!」とかなんとか調子よく気持ちよさそうに演説ぶってくれる訳である。なんとも説明口調。
なんか今までも数百年に一度くらいの感覚で邪神の封印が緩んでいるけど、邪神の再封印そろそろするかー!っていう時期の目安として悪魔の目撃例・その活性化が確認されるそうな。つまり悪魔、そろそろ邪神再封印の時期ですよっていう時報的な存在って事ですね。
悪魔はなんか知らんが『聖獣』を目の敵にしているらしいんで、悪魔がうろうろしだす時期になると各地の『聖獣』が嫌がらせめいた襲撃を受けたりもする模様。
『森の聖獣』様は、今回の嫌がらせ被害者である。
主人公達が駆け付けた時は、まさにそんな『森の聖獣』様と悪魔の戦い真っただ中。
悪魔は自身の手勢である小悪魔を大量に差し向けて、『森の聖獣』様の力を削ごうとする。
一方で『森の聖獣』様はチャージ系の大技を放とうとして、攻撃に耐えながらじっと待機のお時間である。耐久力に素晴らしいものがあるようで、数でかかってこられても防御を崩すことなく力を順調に溜めていた。
飛び入り参戦した主人公は、『森の聖獣』様に加勢すると言って悪魔や小悪魔に攻撃を開始する訳だ。敵を倒しきるか、一定のターン耐えきるかすると戦闘イベントクリアである。ちなみに一定のターンを耐えたら『森の聖獣』様の大技が発動して、目の前の敵が一掃される。
悪魔の襲撃を防ぎ切った後、『森の聖獣』様は加勢してくれた主人公に礼を告げる。
その過程で、いつの間にか主人公に懐ききっていた小さな『聖獣』が主人公の使い魔になりたがり、主人公の人柄を認めた『森の聖獣』様の許可の下、正式に使い魔契約を結ぶっていうのがイベントの流れだ。
さて、以上を踏まえた上での今回のコレですよ。
目の前には目を回して伸びた豆柴サイズの『聖獣』。
川上からどんぶらこしてきたって時点で異常事態の気配がしますね。
これ、川の流れに沿って上流に向かったら『森の聖獣』様と悪魔の戦闘に遭遇するパターンだろ。
そして、私の正直な心情を述べさせていただきたい。
いやね、本当はわかってるよ? 異常事態だものね、マジで悪魔が暴れているなら危険だものね。本来なら本部に待機する先生方に申告して、実習を一時中断した上で先生方が異常事態の調査を終えるまで待機するのが学園生徒として正しい姿だってわかっているさ。
だけどね、私の正直な気持ちはこう叫んでいるんだ。
——見てぇ。
『森の聖獣』様が戦う姿、超見てぇー!!って。
ぶっちゃけて言おう。
前世でプレイした『乙女ゲーム』で、最も私の関心を攫ったキャラ。
それが脇役に過ぎない『森の聖獣』様であることを。
だってお名前が、めっちゃ強そうだったんだもん。
『乙女ゲーム』では肝心のお姿が出てこないキャラだったので、尚更実物を見たい気持ちがある。何故、『森の聖獣』様には立ち絵がなかったのか……!
私は、改めて行動を共にすべき班員たちを……気心の知れた仲間+王子共の顔を見た。
あ、うん。異常事態に遭遇してもしぶとく生き残りそうな面子ですね。
主人公が攻略対象とたった二人きりで遭遇して、倒れることなく生き残っているのである。この場にいる面子の実力は……青次郎とか不安がないでもないけど、まあ、うん。まあまあ実力は信頼できる面子ばかりだと思う。青次郎に不安が残るけれども。
二人でも生き残れるようなイベントだ。
班員七名と引率教員一名で生き残れないって事はないだろう。
っていうか。うん。
私は、我が敬愛する師父を見る。
老境に差し掛かりながらも、しっかりとした立ち姿。
歴戦の古強者である、王老師。
安心感しかねぇな。
師父が一緒にいて、万が一がどうやって起こるんだ。
未熟な主人公が切り抜けられた程度の困難、師父ならば試練にもならんだろ。
私は一切の不安を感じることなく、笑顔で班員達に提案した。
「『聖獣』が現れるなんて、滅多にないことだわ。それも川を流されてくるなんて、何があったのか……ちょっと上流まで行ってみない? 『聖獣』を山に還すにしても、本来の生息域に近い方が良いと思いますの」
その裏にある本音は、ただただひたすらに野次馬根性そのものだった。
次回、『森の聖獣』VS悪魔。
さて、気になる『森の聖獣』様のお姿は……?
a.霊長類的なナニか
b.爬虫類的なナニか
c.節足動物的なナニか
d.甲殻類的なナニか
e.四足獣的なナニか
ちなみにミシェル嬢たちが拾った『聖獣』のお姿詳細
・顔立ちはカワウソ系
・豆柴サイズ
・体の模様も柴犬系、ただし色がミントグリーン
・額に長さ3センチくらいの金色の角
・背中と四つ足の足首に白い翼
・尻尾は羽毛に覆われている




