師匠! 空から聖獣が!
目的の滝は、シアン様おススメの場所だ。
そこへの道のりも、シアン様の案内によってほぼ真っすぐに辿り着く。
「なんで迷いもなく進んでいくのさ……それで、どうして本当に滝に辿り着いちゃうのさ」
おや、何故か桃介が虚ろな目をしている?
いや、きっと気のせいね。光の加減だわ、光の加減。
木々の合間に見えてきた、遠く滝の姿。
想像以上の猛々しい自然が織りなす、水の芸術。
シアン様がお勧めするだけあって、見事な滝だわ。
「ふむ。素晴らしいな。天地の霊気が凝って滝に溶け込んでおる。力ある霊地なのは確かじゃな。あの滝で修行すれば、体内の気も練り上げられよう。良き場を見つけおったな」
「精霊様のお導きです、師父!」
私の隣で、満足げに頷く矍鑠たる立ち姿の御仁。
銀の三つ編みを靡かせ、髭をそよがせる王老師。
「……なんか聞きそびれてたけどさ。なんで僕達の班、見知らぬ髭のオッサンが引率なのさ」
「あー……桃介先輩は、面識がないんですね」
「あんな教職員、うちの学校にいた? あのオッサン誰か知ってる、シャルトルーズ」
「イシュタール男爵だね。確かダンス講師として一部の授業を受け持ってるはずだよ」
「は? ダンス講師? なんで正式な教職員でもない講師が、それも一般教養科目のダンスなんて担当している人が、実習の引率やってるのさ」
「それは俺も気になるな。確かに以前、舞踏会で見かけたダンスは素晴らしかったが……危険がつきまとう使い魔取得実習に置いて、ダンスの名手が引率に相応しいとも思えんが?」
「ああ、青次郎殿下も後衛畑の人間だからわかりませんのね……」
「……おい、魔法騎士コース。さっきから何を物言いたげにしているんだ。すっきりしないな。言いたいことがあるんならはっきり言え」
は? 我が師がこの班の引率してる理由がわからない?
貴様らの目は節穴かって……ああ、わかってなさそうなのは青次郎と桃介か。
他の面子は微妙そうな、曖昧な顔で目をそっと逸らしてるし、薄々察してるんだろう。
私の師である、王老師がこの班の引率をしている理由なんて、『どんな危険に遭遇しても生徒を守り切る実力があるから』に他ならないっての。
何しろ師父は野戦経験も護衛経験も豊富な生粋の武人だ。
山中での野外生活……というか潜伏生活もかなりの実績をお持ちである。
今の魔法学園に、師父以上に実践経験豊かで強靭な教師は他にいない。
それこそ他国の王子が三人もいるような要注意過ぎる班なんだから、つける引率の先生もそれなりじゃないと……ってことで引率に行く先生方で誰が一番実力的に相応しいか総当たり戦で実力を比べた結果、通りすがりに飛び入り参戦した師父が誰も文句のつけようがない番付一位を獲得して引率担当に決定したらしい。流石、我が師!
そんな経緯を聞いて、私の尊崇の念も鰻登りである。
更には滝行の正しいやり方を尋ねたところ、その指導もしてくれるって!
やったね、桃介! プロの指導付きで安心安全だ!
ただし師父の指導は命の危険は度外視前提の超スパルタだがな!!
滝に流されても良い様に、武人の情けで命綱くらいは付けてやろう。
近づく水の気配、滝の爆音。
滝壺からわらわらと這い上がってきて、道の両脇に整列する亀達。
「いや、ちょっと待て!? なんだこの亀の行列……!」
「亀!? なんで、亀が……っ!?」
「何この光景」
滝壺への道を挟んで向かい合うように並ぶ、二列の亀。
首をピンと張り伸ばして、頭を上げている。
警戒する班のメンバー。
全く気にすることなく進む私。
私が亀に挟まれた道を進もうとするのを、袖を引っ張って引き留めるエドガー。
止めて、エドガー! 貴方の馬鹿力で引っ張られたら、袖が破れちゃう!
「ミシェル!? なんで無警戒に進もうとするんだ!」
「オリバーってば、心配しすぎですわ。大丈夫でしてよ、いつもの事ですもの」
「はぁっ!? いつもの!?」
昔から、本当に昔から。
何故か『ミシェル』が野外の水場に足を向けると、付近に棲息している亀が整列して出迎えるんだよな……前世ではなかったことなので、『ミシェル・グロリアス』特有の現象って事だろうか。
いつからこんな愉快な恒例ができたのか、私にもよくわからない。
だけど記憶にある限り、五歳の時には既に亀の行列にお迎えされていた気がする。
「ミシェル……一般的に、亀が整列して誰かを迎えるなんて光景は、自然界ではありえない事態だからな?」
「過去に、亀に一体何をしましたの。ミシェル……?」
「え、亀の恩返し?」
困惑しきりに、諭すようにそう言われてもな。
そもそも私にも原因がわからないんだから、私に言われても困るんだ。
私が歩き、通るに従ってお辞儀するように頭を垂れていく亀達。
確かに、自然発生するにはおかしすぎる光景だ。でも断じて私の仕込みではない!
多分、ここの亀達はサブマリン(※ミシェルのペット)の舎弟か何かなんだと思う。
ただの推測だけどな!
なんかサブマリンを連れて散歩してる時とか、水辺に行くとより一層仰々しい態度で亀達がサブマリンに傅くんだよ。サブマリンに。だから多分、亀がこんな態度を取るのはサブマリンが原因……だと思うんだけどな? 正解はわからん。
私がこんな怪奇現象っぽい亀の歓待を受けるのは、いつもの事。
深く考えるのが面倒で、もう『そういう事』で済ましている。
「ふぅん? この亀……サイズはちょっと小ぶりだけど、甲羅の模様から見て水妖亀かな。典型的な水属性、亀の性質から防御力高め。そっちの亀は水の他に土属性も持ってる種類だったかな」
ナイジェル君なんかはそれを知っているので、動揺する他の面子とは違って平然としていた。
というかお辞儀した姿勢を保持し続ける亀の甲羅をここぞとばかりに突き回している。
「どうする? ミシェル効果で、亀限定だけど水属性の使い魔ゲットのチャンスだよ」
「どうしてナイジェル君は平然と異常事態を受け入れてるんだろうな……」
「ナイジェル君、この期に及んでこの亀達を使い魔にするか検討できる冷静さは素晴らしいですわね。ええ、冷静さは……ですけれど、他の事も少しは気にしていただけませんこと?」
「え、なにこの強心臓っぽい一年。肝太すぎない?」
ナイジェル君の場合は、亀さん達の歓迎に出くわすの初めてじゃないからなー……。
前にも何回か、私と一緒に行動している時に亀と遭遇している。
商談が纏まって一緒に炭酸泉の確認に行った時にも、亀に歓迎されたし。
……とはいっても、最初に遭遇した時含めてあまり態度が変わってない気もするけれど。
ナイジェル君って、根っから肝太いよね。
あ、いや師父も肝太いや。亀さん達に目もくれず、足を止めずにさっさと滝の様子を見に行ってしまった。
「……ねえ、亀の謎行動もちょっと捨て置けないけど。兎も角さ」
「ん?」
「なんでお前、僕の胴に縄なんて巻いているのさ?」
とりあえず、滝壺には到着した事だし。
当初の目的は、滝行だし?
でもあんな爆音激しい滝に放り込んだら、もやし体型な桃介なんてすぐに下流へグッバイしてしまいそうだ。だから、命綱でも結んでおこうか、とな?
せっせと桃介の胴に縄を巻き付けていた私に、桃介が引きつった眼差しを注ぐ。
亀に気を取られていた他の連中も、桃介の声で一斉に私へ目を向けた。
ハハハ、しかし既に縄は巻き付け終わったとこだ。反対端は滝壺直近の木に結び付けておこう。
「グロリアス嬢……? 何を」
「何って、私の目的は実習当初から口にしておりましてよ。青次郎さんや」
「青次郎って呼ぶのは止めてくれないか!? 本当に、何なんだその仇名は!」
なんかよくわからんが、イライラしているな。青次郎。
彼はカルシウムが足りないのかもしれない。煮干しでも食わせた方が良いだろうか。
こう……口いっぱいに、がぼっと押し込むようにして。
しかし煮干しの手持ちがないな。次の機会に改めるか。
そうこうしている内に、桃介の体と木を縄で繋ぎ終える。
「いや、だから何してるんだよ。僕に一体何しちゃうつもりなんだよ!」
「こうしちゃうつもりなんだよ」
そーれ、押しちゃう。滝壺にダイブだ!
「ば、ばか! 押すなよ! 押すなってば!」
「うん? 私一人じゃ足りないって? 誰かと二人がかりで押してほしいのかな?」
「なんでそうなるんだよ! 本当にバッカじゃないの!?」
「ミシェル、そもそも滝行は滝に打たれる修行であって、滝に沈められる苦行とは違うんじゃ……」
「そこ! もっと強くハッキリ! もう少し強くこの馬鹿に指摘してやってよ!」
「うーん、意外と粘って抵抗しますね。思ったより力強いじゃん、桃介先輩」
思いのほか、桃介は踏ん張っている。
滝壺に突き落とそうとする私と、両足を突っ張ってそうはさせじと抵抗する桃介。
しかし所詮は後衛回復職……粘り強くとも、その力には限りがある。
前衛戦闘職志望の私を、甘く見てもらっては困るのだよ!
という訳で、ちょっぴり本気を出そう。
「かもん、孔雀明王様!」
『はいなのー!』
元気なお返事、百点満点。
私の呼びかけに応えて、孔雀明王様がお力添えしてくださる。
瞬間、私の全身は精霊の力によって強化される。
当然ながら、腕力も強化される。
私は、桃介の体をわしっと両手で掴んで持ち上げた。
「えええぇぇぇぇぇぇぇえ!!?」
女子に持ち上げられた。
その一事になんかやたらとショックを受けたらしい。
桃介が目を白黒させながら、驚愕の叫びをあげる。
持ち上げられたその両足は、どう見ても地についていない。
これならば抵抗できるまいと、私は持ち上げた桃介の体を滝壺に向かって——投げた。
綺麗な放物線だった。
ざっぱーんっっ
そして、滝に沈んでいく桃介。
だがしかし、私は信じていた。
あのよくわからん不屈の根性を持つ桃介の事だ。
到底、ここで終わるとは思えないんだ。というか不満があったら全力でキャンキャン噛みついてくる桃介が、大人しくやられっぱなしで沈んでいくだけだなんて思えないじゃないか!
案の定。
奴は泉の女神の如く、滝壺から生えた。
生えたというか……跳ね上がるようにして、滝壺の底から復活した。
意外に立ち泳ぎが上手い。安定した姿勢で、滝壺から上半身を生やしている。
しかし泳ぐ姿勢は安定していつつも、全身で大きく息を吐いている。
疲労と苦しさ交じりに、ぜぃぜぃと必死に呼吸している。
そうしながらも目をぐるりと巡らせ、私を見つけると顔を引き攣らせて。
そして、きっと盛大に文句を言おうとしたんだと思う。
「こ、この……っ! 君ねぇ! いくら何でもこんな仕打ちあr――!!?」
――だけど桃介は、言いたい事を一つもハッキリ言いきることはできなかった。
言い切る前に、口を閉じる羽目になったから。
それも自発的にじゃなくて、無理やり強引に。
滝壺に浮かぶ、桃介の頭頂部に。
上流から流されてきたと思わしき物体が、見事に降ってきて命中したが為に。
強引に口を閉じる羽目になり、口を噛み。
ついでに脳天に重量のある物体がぶつかった事で、ダメージを喰らい。
桃介はちょっとの間、脳天を抑えて悶絶していた。
泳ぐことも出来なくなったのか、悶絶しながら沈んでいく……まあ、脳天と舌の痛みもすぐに復活してまた滝壺の中から浮上してくるだろう。あまり心配はしていない。
それよりも、だ。
悶絶する桃介よりも、好奇心やらを刺激するモノが降ってわいた。
今はそっちの方が重要だ。
桃介の脳天にダイレクトアタックをかましたソレは、滝壺にゆったり漂うようにして浮かんでいた。気を失っているのか、力なくぷかぷかと。
一見してまるで子犬のようなボディに、小さな角。そして小さな翼。
ただの動物にはありえない、その姿。
希少なイキモノの姿だが……私は、そのイキモノを見たことがある。
前世でプレイした、『乙女ゲーム』の画面の中で。
だから当然、私はソレが何かを知っていた。
ナニかっていうか……うん、アレだわ。
なんで超希少な『聖獣』が、こんなとこで滝壺に浮いてるんだろうね?
『聖獣』。
魔獣や幻獣とは、厳密には異なる『神聖なイキモノ』。
本来であれば人間の常識の埒外に存在し、人の意思に縛られる事もなく信仰の対象にすらなる。
だけど『乙女ゲーム』の記憶がある私にとっては、ちょっと違う。
私にとってソレは、そのイキモノは……
……『主人公』の、ペット兼マスコット的な存在だった。
『乙女ゲーム』試験休暇イベント
※テストの点数(ヒロインの育成結果により変動)+各キャラの好感度で発生イベントが変わる。
・使い魔取得実習
☆好感度の高い青・黄・桃いずれかの王子との散策。
☆ヒロインが超希少な『聖獣』を使い魔としてゲットする。
(青・黄・桃の固有ルートで起こる邪神戦での勝利フラグ。)
☆邪神の復活を告げる悪魔との戦闘発生。
★発生条件:テストの成績『優』~『良』/青次郎・黄三郎・桃介いずれかとの好感度:高
・図書館での勉強会
☆赤太郎と図書館で勉強を教え合う。
☆ヒロインのパラメータが全体的にUP。
☆邪神の封印に関する重要な資料を発見。
(赤の固有ルートで起こる邪神戦での勝利フラグ。)
★発生条件:テストの成績『可』~『不合格』/赤太郎の好感度:高
※なお、ゲームでは言及されないがヒロインと赤太郎両名はこの場合、補講対象者。
・街での市場巡り
☆青汁/隠しキャラのいずれかと市中散策・掘出し物探索デート。
☆デート相手に貢いでもらった装飾品によってヒロインのパラメータUP。
☆邪神の封印に纏わる、古の魔道具(故障品)を怪しい露店でそれと知らずに購入。
(緑の固有ルートで起こる邪神戦での勝利フラグ。)
★発生条件:テストの成績『優』~『可』/青汁・隠しキャラいずれかの好感度:高




