それはフラグです。
明日はいよいよ、実習初日。
私は荷物の最終チェックをしながら、初めて参加する実習へ思いを寄せる。
学校行事とはいえ、『みんなで山にお泊り』なんて初めての体験だ。
こう言っては何だけど、キャンプか何かに参加するみたいで若干わくわくしていた。
実習中は、基本的に小班に分かれて行動する事になる。
大人数だと、獲m……使い魔候補に出会う前から逃げられちゃうからね!
もちろん人外がそこそこいる山の中は危険がいっぱいなので、引率の先生は付くけど。
そして夜には野宿なんて経験ないです!っていうお貴族出身の紳士淑女に少人数構成で野営をさせても悲惨な事にしかならんというか、下手したら焚火に魔法で火をつけようとして山火事を起こしかねないので、学園が整備しているコテージに泊まることになる。
中には夜にしか出会えない使い魔候補を求めて遅い時間まで散策するパターンもあるらしいけどね。引率の先生、お疲れ様です。
私が所属する班は、七名構成。
構成メンバーは私、桃介、オリバー、エドガー、ナイジェル君と青次郎に黄三郎。
うん、何故か青次郎と黄三郎が増えた。
いや、原因は私達と桃介が行動を共にするからなんだけど。
本来は治療要員として、救護テントにいないといけない桃介。
そんな野郎を連れ出すとなれば、それなりの理由が必要だったらしい。
そしてわかりやすい理由付けとして、私達と命運を共にするはめとなったのが青次郎&黄三郎だ。他国の要人っつうか王子が二人も危険を有する実習に参加するから、特例として治癒者である桃介が一緒に行動する事で万難を排するっつう建前である。桃介を連れ回す為の大義名分が必要なければ、青次郎も黄三郎も班に強制加入させられることなく放流されていただろう。っつうか黄三郎は前に一人で実習に参加しているって話だしな。その時は使い魔をゲットできなかったから今回は再チャレンジって事らしい。本当、今更な大義名分である。
なお、この大義名分は学園長先生からの提案だ。
私が青次郎や黄三郎を殴る為に強引に加入させた訳じゃないよ? 本当だよ?
むしろ青次郎は割と露骨に私を避けているので、私が班に勧誘とか無理だし。
まあ、どういう経緯にしても、明日からは強制同行である。
丁度良いからメンタル弱そうな彼らにも山で良い感じの滝とか探して滝行させてみようか。
私はやらないけれどな!
やりたくないとかじゃなくて、公序良俗的な意味で!
下位貴族の子爵家だろうと、貴族は貴族。
貴族に生まれた令嬢として、必要時以外の肌の露出は避けるべきなのである。
……決して、どっかから話を掴んできたお姉様達に、先日のトーナメントで服ビリビリにしてお天道様の下に肌を晒した件を手紙で追及されたから、じゃないよっ?
…………『今度、長期休暇で実家に帰った際には、お話できることを楽しみにしているわ』って、暗に帰ってきたら説教しますからね?ってお姉様達の手紙に書かれていたからじゃ、ないよ……。
………………凄い、お姉様の手紙を思い出すと胸の中が不安でいっぱいになるの。
「っお、お姉様達に、これ以上心配をかけちゃ駄目よ、ねっ! うん!」
ただの紙でしかないハズなのに、不思議と存在感を放つ『手紙』。
文箱に封じた菜の花色の封筒を、そっと意識から振り払う。
明日からは楽しみな実習! 今はこれ以外、思考する必要ないわ!
ほ、ほら、精霊様達も楽しみにして、きゃっきゃとはしゃいでいるし!
『おやま、楽しみなのー!』
『きれいなお花、咲いてるといいねー!』
『ミシェルよ、滝であれば良き場所へ案内してしんぜよう。全てを押し流す力強き場所ぞ』
「シアン様が強いって断言するって、どんだけ激しい滝でしょうねー。押し流される、桃介……俄然やる気が湧きますね! 楽しみです」
うきうき、わくわくするけれど。
それではしゃいで寝られなくなるような子供って訳でもない。
むしろ明日からは実習で常とは違う動きも沢山あるはず。しっかり寝てなかったから、なんて理由での不調なんて自分が許せない。
だから私は最後の荷物確認を終えると、大人しく布団に潜り込んだ。
「おやすみなさい。シアン様、マゼンタ様、孔雀明王様」
『おやすみ!』
『おやすみなの!』
『良き夢を』
布団の中で、うつらうつらしつつ。
ふと、そう言えば、と思った。
そう言えば、『前世の乙女ゲーム』では。
――使い魔取得イベントは、邪神の復活を示唆する襲撃・戦闘イベントでもあったなぁ。
何とはなしに、何でもない事のように直前で思い出す。
前世ではこれを、『フラグ』と呼ぶ。
フラグという言葉を思い出したのは、後日だったけれど。
後々自分がそんな事を考えるなんて思いもせずに、私は夢の世界へ旅立っていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
そして、新しい朝がきた。
なお、希望に溢れているかどうかは主観による。
「どうして、僕がこんなこと。こんな人達と……」
「それは私こそ言いたい。何故、彼女達と同じ班に……」
「何となく作為的なナニかを感じるのは、気のせいかな」
私の目の前には、桃・青・黄色の王子三人衆。
横に並べてみると信号機みたいだな。頭が。
まあ桃介の色合いが信号機と言い張るには若干淡いが……ここに赤太郎がいないことが惜しまれる。
王子三人は実習初日だって言うのに、朝からなんか景気の悪そうな顔をしている。
そんな顔していると、幸せ逃げるよ?
幸運に逃げられちゃうと、望む使い魔もゲットできないかもしれない。
一緒に行動する七人の内三人が不幸そうな顔をしていると、なんかこっちにまで不景気が伝染しそうだなぁ。朝から〆るか? 強制的に気合を入れてやるか? ん?
「……なんだか悪寒が」
「気持ちを切り替えよう、このままだと不幸になる気がする」
「な、なんだ急にしゃっきりして?」
「ほら、ディース。今日は使い魔を得る為の実習なんだから、その事だけ考えよう。余計なことを考えて気鬱になっている時間はないよ」
「本当にどうしたんだ……?」
……危機察知能力か何か働いたのか?
黄三郎は意外に勘が効く。何か察するモノがあったのか?
他の王子達を急かしながら、黄三郎がさり気な~く私から距離を取ろうとしている。
ふぅん? 今日からは行動を共にする仲間って事だし、一つ親睦を深めておこうか。
私はそっと距離を取ろうとする黄三郎や青次郎に、逆に距離を詰めて背中を叩いて回った。
どんなに暗い空気を背負おうが、戸惑い濃厚な顔を向けてこようが、決定は覆らんぞー。
これから実習期間中、王子らは私と班行動だ。諦めろ。
実習初日は、最初の半日が座学で終わる。
使い魔との契約の仕方に関する講習です。
学問としての使い魔学っていうのもあるけど、そっちは専門知識とか中心。選択授業なんかでやる感じ。まだ一年生の今の段階では関係ない話だ。
今日教えてもらうのは使い魔に適したイキモノ、適さないイキモノ。使い魔の探し方、見つけ方。見つけた後、使い魔として従える為に必要な事等々……。ああ、あと注意事項として危険なアレコレ。
ノートが『使い魔』という文字で五ページくらい埋まる頃に座学は終了。
その後は班ごとに山に放流される。
決められたエリア内なら、どこで行動するのも自由。フィールドワークってヤツですね。
歩き回って、使い魔に出来そうな魔獣や幻獣を探す。
もしくは罠を張って待ち伏せる。
ざっくり簡単に纏めると、私達が使い魔をゲットする方法は三つ。
一つは倒して従える。屈服させて上下関係を叩き込むとも言う。
イメージとしてはアレだ、『魔物が起き上がって仲間になりたそうにこちらを見ている』。
あるいは喧嘩に負けた不良が「おみそれしました!」って舎弟になる感じ?
多分、一番単純で脳筋向けの方法だけど、使い魔側から「手下にしてください!」って思わせないといけないので言うほど簡単じゃないんだろうな。
二つ目の方法は罠に嵌めて従える。罠っていうか、うん、捕獲?
まずは捕獲して、相手に契約を突きつけて納得してもらうみたいな。
その際に、「契約をしないと解放しない」等の脅しをかける等の悪徳商法じみた無理矢理もあるらしい。とりあえず契約書にサインさせちまえばこっちのものよ……みたいな感じ。
中には双方合意の上で納得して契約っていう円満な奴もあるけど、強引に契約させたりすると使い魔側の反感が根強く残るので主従の関係が最悪になりやすい方法でもある。
それでも三つの方法の中では最も確実性が高いんだけどね。
そして三つ目の方法は、ずばり「相手に見初められる」。
要は使い魔側が「この人の使い魔になりたい!」と思って、向こうから来てくれるパターンだ。
……うん、一番不確実で、難易度高い方法らしいよ。
何しろ完全に使い魔側の感情・意志に左右される方法だしな。
昔、やたらと動物に懐かれる体質の人が使い魔実習に参加するなり四方八方からわらわら寄ってきた獣型の魔獣やら幻獣やらに囲まれてディ●ニープリンセスばりにファンシーな光景を作り出したらしいけど、それよっぽど稀な事例だろうし。
まあ、そんな訳で。
私達が使い魔をゲットしようと思ったら、魔獣と戦うか捕獲するかしないといけない。
どちらにしても魔獣や幻獣がいそうな場所に狙いを絞って移動する必要がある。
「――という訳で、滝を目指しましょう」
「え、いきなり?」
結論として目的地を告げたところ、我が班員たちが軒並み戸惑った顔を向けてきた。
なお、班長は私ではなく黄三郎(年功序列+実習経験者の為)である。
まあこの面子の中で一番年上なのは、実は桃介なんだが……奴は正しくは『実習参加者』とはちょいと違うしな。治療要員としての参加だし。
「水属性の使い魔が欲しいのかい?」
「黄三郎先輩、違いますよ……奴の目的は滝行です」
「滝行!?」
そっと横からオリバーが何事か囁くと、黄三郎がぎょっとした。
なんだい、その目は。どうして私をそんな目で見るのかしら?
「え、淑女の行動基準としては異質な単語が……というかナチュラルに黄三郎呼び……?」
「まあ、黄三郎先輩。私が滝行をする訳ではありませんわよ?」
「えー……? 君が修行をしたい、って事じゃないの? 滝行なんだよね」
「ええ。するのは桃介先輩と青次郎と黄三郎先輩です」
「初耳なんだけど!?」
「待て、私もか!?」
「そもそも僕、それ承諾した覚えないんだけど!!」
王子三人がぴょこぴょこと頭を動かしながら、私を凝視している。
信じられないものを見た、そんな視線だ。
私は王子共の視線を真っ向から受け止めて、にっこりと微笑んだ。
それから握った右拳を前に突き出し、親指を立てた。
……立てた親指をゆっくり地面に向けながら、柔らかい声音を意識して告げる。
「大人しく滝に打たれて精神を磨くのと、私の拳によって地にめり込む程沈むのと……どちらがお好みかしら」
告げた直後、黄三郎は悩まし気な顔でそっと視線を逸らし。
そして青次郎が生まれたての雛鳥あるいはマナーモード並の振動を見せてくれた。
大丈夫だ、青次郎。君は冷水で冷やされるキュウリみたいにだってなれるさ。
実際、桃介は絶対に滝に沈めるつもりだけれど、青次郎と黄三郎に関しては無理に強要するつもりはない。なんとなくノリでお前らも滝に打たれちゃいなと言っているだけだ。
班行動なので滝まではご一緒していただくが、本当に滝行するかは彼らの選択に委ねよう。
こいつらのメンタルの脆さを思うと、滝行させた方が良い気がするんだけどね。
なお、桃介は先日と変わらぬ様子で、ぷりぷり怒りながら私に食って掛かって来たのだった。
こいつ本当、殴られても精神までダメージが響かねーよなぁ。
ディ●ニープリンセス的な伝説を作った先輩(♂)。
⇒哺乳類より爬虫類派だった為、使い魔になりたくて集まってきたイキモノはほぼフラれたそうな。




