記憶力の正しい使い方
予想外に脅威の回復力を発揮した、桃介。
割と良い感じにボコボコにしてやったはずなのに、ものの数分で完全復活を遂げるとか思う訳がない。しかも肉体面だけじゃなく、ボコボコにされた直後だって言うのにメンタルの方は完全に無傷だよ? 普通は、アレだけ殴られたら防衛本能とか恐怖とかが勝手に精神を蝕むものなのに。そんな兆候、一切ナシ……! こんなに殴って手応えのないメンタル強者、初めてなんだけど!
ご覧よ、今も全く疲れた様子なくキャンキャンキャンと自分は怒ってるんだぞ!と主張している。
怒りを主張するだけで、それ以上に発展しない異常さよ。
戦闘職志望じゃないからって、その点考慮して加減する必要なかったね、こりゃ……。
「すごい、な……凄い先輩だ、な」
「あの様子なら、赤太郎はいらなかったか」
「うん、赤太郎がいなくってもなんとかなりそうだな」
「体を張って止める要員がいないからどうなる事かと思ったが……安心したぜ」
「そこ! 遠巻きにしてる黒トンガリ集団! さっきからなんか好き勝手言ってるのわかってるんだからね!? 何言ってるのかイマイチわかんないところもあるけれども!」
「やべっ! こっちに飛び火した!」
「目を合わすな、目を!」
「しっ声を潜めてやり過ごしますわよ」
さわさわ囁き合っていた我が同胞、魔法騎士コース諸氏にまで飛び火する桃介の怒り。なんか段々、見境なくなってきたな……怒りの捌け口が足りないのか? ん?
なんだかカリカリしていて、苛立って。
何がそんなに気に障るのかわからないけれど、桃介はカルシウムが足りていない様子。
仕方がないなぁ! ちょっとお気を鎮めてもらおう、再チャレンジだ!
……今度は、効くかもしれない。
「ポメ介先輩」
「……ぽめ?」
「あ、間違えました。桃介先輩」
「何をどう間違えたっていうの!? っていうか、ももすけってなに!!」
「今から私が持てる力を尽くして、先輩にイタズラします!」
「スルーかよ……しかも何この一年、びっくりするほど悪意隠さないんだけど」
「まあまあ、良いので先輩。ちょっとこれを見て下さい」
「は?」
ちょいちょい、と小さく手招きしながら。
きゅっと一度握ってから半開きにした手を、そっと示してみる。
手の中が、桃介からはうまい具合に調整しながら、さも手のひらに何かがあるかのように。
怪訝そうな顔をしながらも、桃介は疑うことなく近寄って覗き込んでくる。素直だな。
ちょっと手を動かせば触る、という至近距離。注意は私の手に向いていて、無防備。
疑う事を知らない君の純粋さに、プレゼントだ!
「ていっ☆」
私は近寄ってきた桃介の油断大敵なご尊顔に、思いっきりグーパンチをめり込ませていた。
腕を振り抜く動きに押され、吹っ飛ぶ桃介。
おおぅ、武術はからっきしぽい事を一応考慮して、加減はしたんだけど……
桃介は、錐揉みするように飛んでいった。5mくらい。
武術経験がないらしく、受け身も取れるか怪しい。
そして、落下。転がる少年の細い体。投げ出される手足。
え、死んでないよね?
まるで投げ出された人形のようで、少々不気味だ。
しかし一瞬の間を置いて、桃介の体がピンクに輝き始める。
……どうやら意識はあったらしい。
その後、再び起き上がった桃介は、やっぱり何らダメージを負った様子もなく。
一欠片の痛みすら後を引かず、精神面も健やかそのもので。
やっぱりきゃんきゃんと私に噛みつかんばかりの勢いで盛大に文句を言いまくっていた。
文句を言って終わらせるあたり、本っ当に心身ともにダメージ残ってないな、おい!
殴っても無駄、とは戦闘職を志す者として思いたくはないんだけれど。
だけど回復力が高すぎる桃介をただ殴っても、それは壁を殴るような物に思えてきた……いや、だけど壁だって殴り続ければいつかは崩壊するけどね!!
……いや、うん、桃介の精神が崩壊するまで殴っちゃマズいんだけどね。
工夫もなしに殴っただけじゃ、何も変わらないのは確かで。
「方針を変えましょう」
「まあ、どういうことですの? ご説明していただける?」
私は、仕方がないのでコーラル様にそう宣言していた。
説明っていってもね……現状じゃ桃介の性根を叩きなおすのは難しいから、作戦を変えようってだけなんだけれども。
殴ってもダメージのないヤツってのが初めて見る人種なんで、どういう対策が有効なのかも手探りなんだが。でも方針を変えるって宣言したんだから、代替案の一つか二つは出さないと。
変化を望むのなら、変化を促す為の提案くらい捻り出しますとも。
……とはいっても、私もあまり引き出しがないのでありきたりな案しか出せないんだけど。
「桃介の性根を文字通り叩きなおす為に殴る、って話でしたわよね」
「ええ、その通りですわ。ミシェル様ならばと思い、ご依頼させていただきました」
「君達、僕の知らないところでなんて話を……!」
「でも実情、桃介先輩は殴ってもすぐ自力で回復してしまいますでしょう? いくら殴られてもめげる様子すら見られませんし、この様子では単に殴っても性根を叩きなおすことはできませんわ」
「そんな……ミシェル様の御力をもってしても、難しいといいますの」
「ねえ、君達、僕の話聞いてる? なんで不治の病申告現場の医者と保護者みたいな顔と口ぶりで話すのさ。ちょっと一回、こっち見なよ君達」
「それで私、思いましたの。殴って性根を直すのは難しい……であるならば、一度原点に立ち戻って考えてみるべきかと」
「まあ、原点? どういうことですの、ミシェル様。ご説明いただきたいわ」
「ええ、私の意見ですけれど……ご説明致しますわ」
「その前に僕への態度諸々について説明してもらいたいところなんだけど」
「そう、私は思ったのです。人の性根を叩きなおすもの、精神面での成長を促すのは何か、と」
「その仰りよう、何か思い当るものがございましたのね。是非、お伺いしたいわ」
「いい加減君らさ、僕の事を無視するのやめてくれない? 一国の王子への態度じゃないよね、それ」
「桃介先輩、ちょっと黙っててください」
「うぎゃっ!?」
私は桃介の顔面を鷲掴みにした手のひらに、じんわりと力を込めながら。
なるべく真剣に真面目な顔で、コーラル様に告げました。
そう、なるべく厳粛な口調で。
「修行です。人は磨かれて育つ物……桃介先輩を磨くには、修行させるしかありません」
厳かに聞こえるよう注意して、私は告げました。
山籠もりです。
更に滝行もセットで付ければ申し分ありません、と。
そして桃介が叫びました。
……「馬鹿じゃないの!?」と。
だけどまあ、私の言葉のどこに説得力を感じたというのか。
桃介は全力で拒否の姿勢を示していたけれど、コーラル様はむしろ乗り気なほどで。
まあ、名案ですわ! なんて言いながら。
にっこにこの笑顔で、言ったのです。
「でしたら、丁度良い行事がありますわ。わたくしたちは学生の身、それも留学生でしょう? 学校を正当な理由なしにサボタージュ、というのは難しいのですけれど……学内行事に便乗する分には問題ありませんわよね」
山に行くならうってつけの行事がありますわ!
嬉しそうに仰ってコーラル様が見せて下さったのは。
――来週から始まる、春期定期試験の日程表でした。
完全外野と化していた、魔法騎士コース諸君の怨嗟の声が響き渡った。
なお、怨嗟は主に「赤点取ったヤツは試験休み返上で補講するからなー!」と宣言したクラス担任に寄せられたものである。
我らが通う魔法学園は、まあ学校なのでテストがある。当然だわな。
それぞれ春・夏・秋・冬と学年末に行われるので、年に五回定期試験がある形だ。
試験の結果次第で今後受講できる選択科目の幅が変動したりするし、成績は学園生活にもろに影響する。担任が言ったように、点数悪いと補講や追試っていう負のイベントが発生するしな。
……例年、脳筋レベルを日々鍛えている魔法騎士コースの生徒は補講・追試の発生率が高いらしい。筆記テストを軽んじて勉強を疎かにすると、後から大きいダメージが来るよって言うわかりやすい例だね。うん。
定期試験という魔法騎士コースの生徒を苦しめるイベントが来週に迫っている。
そんな現実をいきなり直視させてきたコーラル様は、トンガリ黒づくめで顔を隠した男たちの悲哀などには全く気付くことなく、朗らかに意図を教えてくれた。
正直、テストと山籠もりの関連性がわからなかったんで説明してくださるのは助かるんだ。
「まだミシェル様は一年生で、最初のテストだからピンとこないかしら。試験が終われば、数日の試験休みがありますでしょう?」
「ええ、赤点該当者は補講で潰れるお休みの事ですわね」
むしろ赤点取った奴らに補講する為、用意されている休日期間だとまことしやかに囁かれている。補講の為に休みがあるのか、休みだから補講があるのか……実際のところ、どっちなのかは知らん。
「各コースの成績上位者を対象に、特別講習があるのはご存知かしら。任意参加で、定員は学年ごとに各コース十名まで。参加資格はコース別に成績十五位以内であることと、赤点が一つもない事」
学園は、コースごとにカリキュラムが異なる。
だからテストの成績も、各コースごとに分けて順位表が張り出されるらしい。
全コース共通の科目から割り出した、総合的な順位も発表されるらしいけどね。
そんなテストの、コースごと成績上位者対象の特別講習……アレか。
「それは、もしかして『使い魔取得実習』の事ですの?」
「ご存知でしたのね! でしたら話が早く進みますわ。『使い魔取得実習』は使い魔を得る為、参加者は学園が管理している魔獣や幻獣の生息する山間地で過ごすことになりますの。その時間を使って、短縮にはなりますけれど山籠もりを実施するというのはいかがかしら」
それ、良いかも。
私がそう答える前に、桃介の「僕は実習に参加しない!」との否定が入る。
だが、私は知っていた。当然ながらコーラル様も知っている。
危険がつきまとう『使い魔取得実習』は……いざという時の備えとして、学園に在籍する『優秀な治癒能力者』が救護要員として動員される事を。それも、半強制的に。
さっきの回復能力を見ているし、疑いはない。
実習の参加云々以前に、確実に桃介は強制参加枠だ。救護要員として。
桃介はずっと山籠もりなんて御免だと言っていた。
加えて、「さも自分も参加できるようなつもりでいるけど、そもそも君、テストで上位成績者になれると思ってるの!? 当然の如く!? ちょっと自信過剰なんじゃない!?」とのお言葉をいただいてしまった。
肉体言語に偏りまくったコミュニケーション能力を見せつけた為か、桃介の脳内では完全に「ミシェル=蛮族」という固定観念が定着してしまったようだ。そのせいで私の成績についても完全に赤点枠だと決めつけている感がある。
ははははは。前にもどこかで言った気がするけれど、未来の為政者が固定観念に囚われてちゃ駄目だなぁ!
山籠もり拒否からの流れで、私が成績上位者になれる訳がなかったと思いついて、桃介は若干安堵していたようだけれども。
実情を知らず、勝手なイメージで判断した桃介は甘いとしか言えない。
――二週間後。
学園の大きな掲示板に、春期定期試験の成績上位者が紙に書いて張り出されていた。
春の定期試験は入学後さして間を置かずに実施される為、筆記に重きを置いている。
ペーパーテストに終始しており、実技面での成績は反映されていない。
そんなテストの上位者に、その名は刻まれていた。
【共通科目・一学年成績上位者】
1.ミシェル・グロリアス (魔法騎士コース)
2.ディース・バッハ・ブルー (実践魔法コース)
3.ナイジェル・リーチェ (魔法騎士コース)
【魔法騎士コース・一学年成績上位者】
1.ミシェル・グロリアス
2.ナイジェル・リーチェ
3.オリバー・バークレー
――私、記憶力には結構自信あるんだよね!
張り出された成績順位表の前、両手をきゅっと握ってミシェル嬢は満面の笑みだ。
そんな彼女を、成績上位者を確認に来た他の生徒達が驚愕の眼差しで凝視していた。
ついでに付け加えると、廊下の端っこで順位を確認した青次郎が床に崩れ落ちていた。
王子達のメンタル強度
化物 ←→ 顕微鏡のカバーグラス
青汁・桃介・赤太郎・青次郎・黄三郎
王子達の肉体強度
強 ←→ 弱
黄三郎・赤太郎・青次郎・桃介・青汁




