囲まれる桃介
今週から来週にかけて、仕事がゴールデンウイークの皺寄せで繁忙となっておりまして……いえ、休みは休みでちゃんとあるんですけどね? いつもより、平日が忙しめです。
投稿が少し遅れてしまいまして、申し訳ありません。
ただ、祖母宅に祖母手製のちまき(砂糖をかけて食べるヤツ)を貰いに行ったり等、ゴールデンウィーク故に予定が少々詰まっておりまして。
次週の投稿も遅れてしまうかもしれないので、ご了承ください。
私の背後に、奴がいる。
私の体に、むぎゅっとしっかりと腕を回して。
体重をかけて圧し掛かる、この体勢。
遠慮がないように見えて、私を圧し潰さない力加減。
そこには確かに、この状況に対する確信的な意図が見え隠れしている。
だけど奴は、桃介は、私の体に腕を回した一秒後。
思わずといった感じに、困惑に染まった声を零した。
「え、硬……」
はい、有罪。
年頃の乙女に向かって硬いとはなんだ硬いとは。もちろん鎖帷子の硬さですとも硬くて当然だな! 謎は全て最初から解けてたな!
どうやら私の体に対し、期待した硬度じゃなかったらしい。むしろ軟度が欲しかったんだっけか?
『乙女ゲーム』でも初対面でヒロインに無垢なふりして確信犯的に抱き着いてたし、やられる気はしてたんだよ何となく。抱き着かれて、赤くなって狼狽え慌てるヒロインに無邪気な言動で更に混乱を煽ってやがったな、そう言えば! 無邪気(偽装)な相手に対して強く抗議できないヒロインの動揺を見て、実は内心楽しんでたのは知ってるんだぞ、破廉恥野郎!
そんな、奴の暗黒面を知っている。
だから私は慌てず騒がず、容赦なく。
まずは痴漢対策講座で講師の人が見せてくれるお手本のように、淀みなく体は動いた。
最初っからこう来る気はしていた。
だから、遭遇さえすれば殴るのは楽勝だと思ってたんだ。
何しろ、ほら、貞淑さが重要な要素になる令嬢への抱き着きだろ? しかも背後からで、誰の仕業かわからんだろ? 殴れる大義名分が向こうから来おったわ、いらっしゃいませー!!
「きゃー、えっちー(棒) 痴漢よー(棒)」
桃介の足の甲を、踏み砕けとばかりに踏み下ろした左足(踵)。
そして鳩尾に上手いこと入るよう調整して放つ、肘打ち。
「!?」
今までこんなことはなかったのか、そもそもこんな反撃が来るとは予想していなかったのか。
桃介の反応は、致命的なまでに遅れた。
足の甲は私に踏み躙られたし、腹部は私の肘によって突き刺さる痛みを感じている事だろう!
桃介よ、お前の不意打ちは、最初から失敗している……!!
何故なら私は鎖帷子を着ているからだ!
足と腹部、二か所に同時に発生した痛みで、桃介が怯むのがわかる。
密着状態からの攻撃でも、問題なく痛めつけられる部位だしね。特に足の甲。
桃介の腕が緩んだ。
離れていきそうな腕を、だけど私の方から掴んで離さない。
肘打ち、かーらーのぉ……背負い投げぇ!
私は桃介の体を巻き上げる勢いで持ち上げて……力任せに地面へ叩きつけた!
桃介の口から、一気に空気が吐き出される音がした。
背中から地面に叩きつけられ、大の字状態で伸びる桃介の体。
ピンク色の毛髪が、ふぁさっと広がって大地にピンクのお花を描いたよう……まるで花火みたいに放射線状に広がっている。
「きゅう」
……あ、桃介の奴、目ぇ回してら。軟弱な。
ここは人目がありました。
ついでに、ちょっと離れたところでは相も変わらずお茶会開催中のお嬢様達がいらっしゃいました。
桃介は離脱していたものの、彼女達が桃介の気絶に気付いて騒ぎださないとも限らない。
という訳で。
私は、コーラル様と頷き合った。
今日は様子見だけのつもりだったんだけどなぁ。
でもコーラル様が仰るの。
桃介に常在戦場の心得を教えたって、って。
いや、そんなん私もまだ会得しておりませんが……?
困惑しちゃうね。だけどコーラル様は、私と少しでも触れ合う事で、肌で感じるものがあるはずだと主張する。それ、物理的な痛みじゃね?
兎にも角にも、接触してしまった以上はここで終わらせるのは惜しいとのことで。
そして人目のある場所はまずいよね、しかも他コースの領域だし。って事で。
私とコーラル様は、人目を避けて桃介を運んだ。
奴が小柄で比較的軽いお陰で、孔雀明王様のご助力(※身体強化)があれば難なく運べた。
え? どこに運んだのかって?
私にとってのホーム……魔法騎士コースの訓練場である。
今の時間なら、熱心な一部の生徒が自主練しているだけだしね!
「おい、ついに拉致……」
「……とうとう犯罪にまで手を染めて」
「どうすんだよ、あれ……国際問題が」
「赤太郎の頭痛が増すな……」
なんかちょっと離れたところで同胞たちがヒソヒソやってるが、文句あるなら面と向かって声を上げようか!
それと拉致ってなんだ、拉致って。
よく見ろ、隣にお目付け役がいるだろうが!
保護者同伴で連行される事を拉致とは言わねーだろ!
……あ、そうだ。
「ねえねえ、みんな?」
「ん? ど、どうしたんだミシェル」
「お前が上目遣いで呼びかけてくると、どうにも嫌な予感が止まんないんだけど」
「いやさ、桃介先輩さあ。総合コースの先輩でしょう?」
「あ、ああ、そうだな?」
「という事は、普段から魔法騎士コースの生徒みたいな男臭い筋肉に囲まれた環境には不慣れなんじゃないかと思った次第なんですけれども」
「言い方が酷い! 表現方法の改善を求める!」
「まあ、そんな訳で」
「……オリバー! あいつ、俺の訴えを流しやがった」
「落ち着け、フランツ。まずはミシェルの要求を聞いてみよう」
「うん、桃介がちょっとでも取り乱さず済むよう、見慣れない物には蓋をしとくべきなんじゃないかと思った次第ですの。要はお前ら桃介にとっちゃむさ苦し過ぎなんで、ちょっと顔隠してくんない?」
「言い方!!」
「ミシェル、その意見は少し、毒が強すぎる」
「しかしあんな小動物みたいな先輩を前に、わたくし達が刺激的過ぎるって言われると……なんか否定しづらいのも確かですわね?」
協議の結果。
一定量以上の筋肉を持つ男子(つまりこの場の魔法騎士コース生徒の九割)は、桃介が目を覚ます前に顔を隠すことになった。手持ちで顔を隠せるアイテムは、夜間迷彩セットと私達が呼んでいるアイテムくらいしかなかったので皆がそれを纏う。
ちなみに夜間迷彩セットとは、ただの黒いローブである。
夜にその恰好で徘徊したら、見つけづらいよねってだけの品だ。
ただし頭部が三角形みたいに尖ったフォルムで、目出し穴しかない。
前に魔法騎士コースの親睦会で、全員が敵味方の区別をつけづらい格好で乱戦して、最終的に立っていた生徒の多いチームが優勝ってゲームをしたんだ。その時の思い出の品である。なお、その親睦会の企画を立案したのは私だ。
そんな、傍目にも黒い格好に身を包み。
ちょっと遠巻きに私達を取り巻く魔法騎士コースの生徒達。
なんとなく私とコーラル様に連れてこられた桃介に心配げな目を向けていて、案じているようだ。
だから自然と、距離を置いて桃介を囲むような配置になっている。
物言いたげな、というか実際にこそこそ何か物言いまくりな級友達を尻目に、私とコーラル様は桃介の目覚めを促す。
頭から水ぶっかけてやっても良かったんだけど……
流石に王子様相手に、訓練中に伸びた魔法騎士コース生みたいな扱いはアレかなって思ったので。
かなり穏便に起こすことにした。
「ここに、水で濡らした布があります」
「ふんふん」
「これを、桃介の顔を覆うように広げれば……あとは苦しくなって桃介が飛び起きるっていう寸法よ」
「まあ、なんて画期的」
「止めて差し上げろ! 下手すれば窒息するからソレ!」
「ええ、なに? 止めちゃうの、オリバー。やり方に不満があるなら、オリバーが起こして差し上げろよ」
「赤太郎がいたらお任せするんだが……ミシェルに起こさせるよりはましか」
静かに起こしてあげようとしたら、何故か止められたので。
止めてきたオリバーに人員交代。
そうしたらオリバーの隣で見ていたフランツが、何故か桃介の鼻を摘まんだ。
??? 何を……?
息が苦しくなったのか、自然と開かれる桃介の口。
フランツが桃介の鼻を摘まむ横で、オリバーはそこに何かを投入した。
オリバーが右手に持つのは銀色のスプーン(小)。
左手に持つアレは……まさか、唐辛子パウダー(瓶詰)?
え、なんであんな物持ってるの、あいつ。
その後、桃介は無事に覚醒した。
しかしあの起こし方……平和な起こし方とは一体?
いや、違うか。そういえば窒息するからって私は止められたんだった。
確かにオリバー達のアレは窒息はしないなぁ。
さて、そんな訳で。
私達の目の前には、物騒な反撃の末に物騒な起こし方をされた桃介がいた。
地面の上で小さくなって、涙目でぶるぶる震えながら私達を見上げている。
その姿はなんというか、あまりにも小動物的だ。
チラチラと気にするように、魔法騎士コース生達(※夜間迷彩セット装備)に怯えた目を向けているのがなんとも言えない。うん、みんなに面隠せって提案して良かったなぁ!
「な、なに……? なにがあったの? あと、なんでか体中が痛いよ……」
桃介の、混乱に満ちたしおらしい声。
びくびくしながら、この場で唯一知っている相手であるコーラル様に若干身を寄せる。
縋るような上目遣いってヤツだ。しかし桃介の本性を知っているコーラル様に効果はない!
ついでに初対面だけど『乙女ゲーム』でヤツの本性を知っている私にも効果はない!
だが本性を知らない周りの野郎共には、ある程度効果があるようだ!
怯えられてる……? とさわさわ動揺の声が輪となり、広がっている。
そんな中で。
どうやら気を失う直前の記憶が怪しいらしい、桃介先輩に。
私は地面に膝をついて目線を合わせると、にっこり笑って言ってやった。
「先輩、迫真の怯え方を披露して下さっているところにアレなんですけど」
「え……?」
「貴様の本性は既に知れている! 少なくとも、私には!」
「え? え、えぇ……? なぁに、どういうこと?」
「うん、しらばっくれるのもお上手で。年季が入ってやがる。……先輩が、純真無垢で無邪気な言動を繰り返して周囲を欺きつつ、女性と二人っきりの場面では思わせぶりに言葉を弄しては相手を手玉にとって遊ぶような誠意の欠片もない野郎だって知ってるって事ですよ! 性格悪すぎんだろ!」
「えー!?」
「あら? ミシェル様、わたくし、そこまでご説明しておりましたかしら?」
「昨日のお話と、今日桃介と接した時のアレコレで察しました!」
「まあ! ミシェル様って洞察力にも優れておいでですのね!」
前世の『お姉ちゃん』は、桃介のことを『合法ショタ』と呼んでいた。
より正しく言うと、『魔性の合法ショタ』と。
だけど私は思う。
桃介は別に角とか尻尾とか生えている訳でもねーし、私は『魔性』とは認めない。
ヤツの事は『魔性』じゃなく『性悪』で十分だ!
なんかどっかでお姉ちゃんが「魔性ってそういう意味じゃないわよ……!」って叫んでいるような気がしなくもないけど、重ねて言おう。
桃介なんて『性悪』で十分だ!
次回、桃介を殴ります。




