乙女の願い
私の前に現れた、薄紅がかった銀髪のご令嬢。
ストロベリーブロンドってヤツともちょっと違う、変わった髪色だと思う。この薄ピンク。
でも私は、この特徴的な髪色に見覚えがあった。
どこでって、『前世』のテレビで。
――そう、この御令嬢、『乙女ゲーム』の出演者なのである。
事の起こりは今日の朝。
学園に登校したら、ロッカーに手紙が入っていた。
ちなみにロッカーは施錠してあって、手紙を入れる穴なんてない。
隙間から投函されていた。
ほんのりピンク色で、花びら模様の透かしが入った上品なレターセットだった。
レターセットからして、送り主は御令嬢。
こんな乙女全開のレターセットで差出人が野郎ってことは……まあ絶対にないとはいわないけど、可能性は低いんじゃないかな。
内容は、放課後に校舎裏にある丘の上、学生の間で有名な木の下に一人で来てほしいというもの。
現場はかつて三角関係の末に刃傷沙汰すれすれの決闘事件が起きたという、高名な一本松だ。
これはもしや女の子からの呼び出しを装った果たし状という可能性も……?とドキドキしながら一人でやって来た次第。
だけどそこにいたのは鎖を装備したモヒカンでも、全身を鍵裂きのある黒装束で纏めた番長でもなかった。
清楚で気品のある佇まいの、優し気な風貌のお嬢様である。
そんなお嬢様が、私を見るなり焦燥と緊張をないまぜた表情で一言。
「ソルフェリノ・ピンクを殴ってくださいませ」
これである。
とても御令嬢が口にするような言葉じゃないんだが。
ソルフェリノ・ピンクってヤツだろ? 『乙女ゲーム』第四の王子。
つまりは桃介だ。
そして私の記憶が確かなら、目の前のお嬢様はその桃介の御目付役なんだが……アイツ、何やったんだ?
自分の身内に恨まれるような事をやったのか? そんな疑惑が発生した。
ピンクがかった銀髪に、黄桃色の瞳。
愛らしい顔立ちをした彼女の名前はコーラル・ピンクトルマリン。
『乙女ゲーム』における、サブ攻略対象……友情エンドしか存在しない、『ヒロインの親友』枠である。
その素性は桃介ん家、つまりはピンク王家の分家に当たるピンクトルマリン公爵家のお姫様。
生まれも育ちも生粋の高貴なお嬢様ってヤツですな、私とは違って。
貴族社会で淑女達のほぼ頂点に君臨している筈のお姫様。だがしかし、私は知っている。
そんな彼女が、大変な苦労人であることを。
どこで知ったかって、勿論『乙女ゲーム』で知ったんだが。
アカヤシオ王国で唯一の王子、桃介。
つまりはアレだ、一人っ子長男ってヤツ。
国王夫妻にとっては遅くに出来た待望のお子さんらしく、まあそうなるのもわからんではないが、桃介はそれはもう蝶よ花よと育てられたらしい。それはそれは愛を注がれ可愛がられと、生まれながらのアイドル扱いで、王子という身分以上に手厚い育児環境だったそうな。
年齢的に王妃様も次の子供は望めないだろうって感じで、仕方ないのかもしれんが。
何しろ親子というよりむしろ『祖父母と孫』に近い年齢差らしいし。
国王夫妻的には、桃介を失ったらもう後がない。桃介がいなかったら、確実に次の王位を巡って揉めるのが目に見えている。だからこそ、桃介には確実に王位を継いでもらわにゃならんと細心の注意を払って桃介は育てられた。
それは教育や育児でもそうだし、桃介の身の回りの人間関係……『使用人』や『お友達』もまた例外じゃない。桃介の周囲に付けられる人間は、桃介のおやっさん達によって吟味に吟味を重ねられ、厳正なる審査で選ばれた優秀な人材揃いなのだ。
そんな中でも特に桃介の世話係であり、補佐を担う人材として選ばれた『お目付け役』には多くが望まれた。そしてそんな超面倒臭そうなお役目に見事抜擢されてしまったのが、コーラル・ピンクトルマリン様なのである。
ちなみに抜擢は一方的な選出によるもので、そこにコーラル様自身の意思は反映されていない。
幼いながらに優秀さの片鱗を見せてしまったが運の尽き。
頭角を現してしまったことで、国王夫妻に目を付けられたのだ。お可哀想に。
コーラル様の年齢は、現在十七歳。
ついでに桃介の年齢も、十七歳。
そんな二人の一方的にコーラル様の疲労感が蓄積されていく関係は、既に十年に及ぶという。
十年も同年の野郎の面倒を見続ける羽目になるとか、マジでお疲れ様です。
コーラル様がこうして、うちの国の魔法学園に留学なんぞしているのも、突き詰めれば桃介の巻き添えだし。そう、桃介を一人で留学させるなんて! と案じた国王夫妻の計らいにより、桃介の監督役兼お世話係(割といつもの事)として、コーラル様も一緒に留学する羽目になったのである。
これ、コーラル様、ずっと桃介の面倒見続けないといけないんですかね。
別に許嫁でも何でもない、どっちかっつうと『主従関係に限りなく近いお友達』って扱いらしいのに。
コーラル様が婚期を逃さずに済むことを祈るばかりである。
……まあ、逃すんだろうな。桃介の面倒を見る限り。
そんな彼女が、私の前に現れた。
しかも、桃介への殴り依頼を携えて。
つまり、アレだな?
大義名分が向こうから来ましたわ。ひゃっほい。
いらせられまっせー。
愛する一人息子の為に、補佐でもお友達でも最高の人材をつけてやろうと考えた国王夫妻。
国王の思惑により、愛され一人っ子長男として育った桃介に振り回される羽目になったコーラル様。
当然、この魔法学園に留学中は全監督責任がコーラル様に圧し掛かる。
そのコーラル様が、王子の世話係を一任される程に優秀で責任感と愛国心に満ちた、コーラル様が殴って良いって言っているんだ。
それってまあ、余程、桃介を殴ってほしいってぇ事だよね!
コーラル様の本気が、ギリギリまで悩んだ結果だろう思い切りが、ひしひしと伝わってくる。
愛らしい顔が、若干涙目になっちゃうくらいに気持ちたっぷりなのだ。
ここは是非とも、詳しいお話を伺わなくっては
そしてそして、誠意をもって前向きに検討しなくっては!
だから私はコーラル様のお話を伺うつもりで、カフェにお誘いした訳だ。
ちょっとお茶でも飲みながら、詳しいお話でも?って。
そうしたら、うん。
なんかコーラル様のお口から、こんな言葉が零れた訳なんだが。
「もう、どうしようもなく……邪神復活が囁かれるようになっている時分ですのに、安穏とするばかり。ソルフェリノは少しも緊張感も焦燥も、持たなくて。もっと身を入れて、王子としての責任と義務に向き合っていただきたいのに……ここは暴力的な手段でも、と。その思いで、わたくしは……もう、もう、学内でも高名な『ジャイアント・キリング』ミシェル・グロリアス嬢にお縋りするしかと」
「うん、ちょっと待っていただけて?」
はい? じゃいあんと……うん、なんだって?
おいおい待て待て。誰だその変な仇名付けた奴。
ひとっ欠片も身に覚えがないんだが、私は何かを殺した覚えは少しもないぞ!?
事実がちっとも含まれてないと思うんだが、名誉棄損で殴り飛ばすぞ!?
なんか知らぬ間に、変な仇名がつけられていたんですが。
釈然としない気持ちで、後日クラスのお友達☆を問い詰めた結果、この仇名について詳細が判明した。
なんでも正確には『ジャイアント・キリング(※身分的な意味で)』という副次音声付きの二つ名が私に与えられていたらしい。いつの間に。
身分差も社会的地位の差も少しも意に留めず、身分的に頂点に限りなく近い位置にいる『王子』を果敢に殴りに行く上、複数名の王子を討ち取った実績から与えられた称号らしい。
おい討ち取ったて。まだ生きてるんだが。
一人も殺した覚えはないのに、その仇名は良いんだろうか。
表記に偽りありってことにならねーの……?
微妙な気分になりながらも、最初に言いだした一人を特定できなかったので追及は諦めた。
私が知らない間に広まって、既に定着していたんで撤回も諦めた。
だけど誰が言いだしたのかわかったら、その時は言い出しっぺを殴りに行く所存である。
いつの間にかくっついていた、妙な二つ名。
だけどその二つ名が与える妙な印象と説得力により、コーラル様は私を頼ってくださった。
桃介殴りの為に。
王子を殴る、実行犯として。
それはまあ、良いんだけど。
でもさ、私はこうも思ったんだ。
『乙女ゲーム』で、桃介に振り回されるコーラル様を見た。
なんならちょっと、可哀想だった。
コーラル様は私に殴ってほしいって言うけどさ……本当なら、誰よりもコーラル様にこそ。
そう、桃介を殴る権利ってヤツがあるんじゃないか?って。
まあ、まずは明日、敵情視察もかねて桃介を見に行こうって事になったけれども。
『乙女ゲーム』で攻略対象だった王子も、桃介で四人目。
一つの国に、こんなゴロゴロ王子がいて、どうなのって思わなくもない。
いやホント、なんで各国の王子が留学してるんだよ?って。
だけど『乙女ゲーム』には、奴らが赤太郎の国に留学している理由も説明されていた。
古くから……建国の頃から同盟国だった、五つの国。
国力も規模も、ほぼほぼ同等なのに、決して争い合う事のない国。
普通さ、似たような規模の国が複数あったら戦争とか小競り合いとかやりそうなもんだけど。
でも、それがない。
争い合っている、意味がないから。
有事の際には、絶対に力を合わせないと乗り切れない『苦難』を共有しているから。
同盟国の特色を表す、古い歌がある。
魔法を欲するなら赤の国
調べものなら青の国
護衛を求めるなら黄の国
傷病人がいるなら桃の国
お買い物なら緑の国
——邪神眠りし五の王国
緑の国だけなんか違わねぇ?って思わなくもないが。
昔はこれに、滅びてしまった同盟国『精霊を望むなら白の国』を足して『六の国』って歌っていたらしい。まあ、空気読めない軍事系の新興国にあっという間に襲い掛かられて、随分と昔に白の国は滅びてしまったそうなんだけど。
そう、その空気読めない国が白の国を滅ぼしちまったせいで、封印が緩んだ。
遥かな大昔、神話の時代に神々が争いの末、邪神を大地に封印した。
念の入ったことに、ばらっばらにしてから封印したらしい。
封印地は全部で六か所。
その封印守が、同盟国をそれぞれ治める王家の始まり。
邪神の封印を守る為、封印の国々は不可侵っていう暗黙の了解があった訳だが。
それを一つ滅ぼされたもんだから、封印ががったがたに緩んだ。
白の国も、それを滅ぼした軍事国家も復活しかけた邪神パワーで物理的に滅んだとか。今ではどっちも不毛の大地だ。
白の国が滅んだ時は、残りの同盟国が力を合わせて、力づくで邪神を再封印した。
だけどそれ以来、封印の一角が壊れたせいで定期的に邪神の封印が緩むようになった。
持ち回り制かよって感じで、残り五か所の封印が一か所ずつ復活しかけるらしい。そしてその度に、同盟国の皆々様は力を合わせて邪神を封印しなおしている。
そんで、そろそろまたぞろ封印が怪しくなるぞーって時に差し掛かっている。
順番的に、赤の国が怪しいって言われていた。
まあ実際に、『乙女ゲーム』でも大体は赤の国が邪神復活の危機にさらされるんだけど。
そんな事情があり、今、各国の王子が留学っていう都合のいい名分掲げて赤の国に集結していた。
封印がいつ解けてもおかしくない国に、なんでわざわざ要人が来るんだよ。そう思わなくもないが……まあ、『乙女ゲーム』の都合ってヤツ?
実際に今のこの世界で、どうしてそんな判断になったのかは知らん。
だが、いざ実際に封印が解けたとき、各国の軍勢やら支援やらが赤の国に来るよう着々と準備は整えられている。王子達の役目は封印の監視と、封印が解けた時に各国の代表として対応する事。何しろ最大級の有事なんで、対応する各国の代表も現場にそれなりの権力と決定権を与えたいって事らしい。そんで、それぞれの国から国王が軍勢率いてやってくるまでの場繋ぎ、現場での旗印になって動く……ってのが期待された役割ってやつかな。
そんな訳だから、実は留学している王子達もそれぞれ内心に使命と緊張を持っている……はず?
普通に学園生活をエンジョイしているようにしか見えなかったんだけどな。『乙女ゲーム』では。
そこはやっぱり実際に封印が解けるまでは、実感がないってヤツなのかもしれないけれど。
しかしやっぱり……そんなスリルある学園生活を味わっているようには、見えないんだけどなぁ。
ここにきて、コーラル様の登場である。
彼女の言葉から、やっぱり王子どもは邪神復活に備えてって側面があるっぽい。
まあ、現場が動きやすくなる為に掲げる、お飾りの神輿なのかもしれんが。
コーラル様は桃介に、大変な役目を帯びている自覚と、責任感を持ってもらいたいらしい。
だけど散々説いても諫めても、効果はいまいち。
ついにはもう殴って物理的にわからせるしか……と思いつめていらっしゃる。
ストレスフルな生活してそうだなぁ、コーラル様……。




