VS黄三郎 ~そして、増える着ぐるみ~
にこっ
振り返るとそこに、慈愛に満ちた微笑を浮かべるエリザベス様がいた。
その手に大きなふわふわした毛皮の塊……茶色い、着ぐるみを抱えて。
「前々から、ミシェル様の愛らしいお姿は子栗鼠によく似ていると思っておりましたの」
「え?」
「どうぞ、ミシェル様のものですわ。着用なさって?」
「……後学の為に聞いておきたいのですが、どのあたりが有罪だったんですかね」
本当は、聞くまでもなく何となく察してはいた。
察してはいたけれど、現実逃避を望む口が僅かな希望を求めて空っとぼけてしまう。
にこり。
恥を忍んで駄目だったところを聞いてみたら、エリザベス様の笑みが深いものに……!
「うら若き乙女が人前で柔肌を晒すなど……事故だったとしても、恥じらいも隠しもせずに何の対処もせず殿方の目に触れさせるなど何事ですの! 慎みが足りませんわ!」
「しまった! 公序良俗!」
わかってた! うん、エリザベス様のお顔を見た時から、なんとなくわかってはいたよ!
だけど目の前に突き付けられると、流石に私も笑顔が引きつる。
エリザベス様の運んできた運命からは逃れようもなく、仕方なく。
私は、森の仲間達(栗鼠)になった。
試合時間が押しているし、短期決戦用の身体強化を始めていたしで。
うだうだ抵抗して無駄な時間を潰すわけにもいかず、こうなればと潔く私は着ぐるみを身に纏った。
黄三郎に向けられる、虚無を内包した子栗鼠のどんぐり眼。
そして始まる、金髪の王子様VS子爵令嬢(着ぐるみver.栗鼠)の戦い。
着ぐるみを装備することで、私の防御力は強制的に強化されている。
だけど引き換えに、私の最大の持ち味である俊敏性が大幅ダウンだ。
重いし動きづらいし、小回りは利かないし! こんなん着て素早く動けるか!
しかも着ぐるみハンドの指がぶっといせいで、木剣が握れない。
自然、私に許された戦法は殴る蹴るに限定される。
それもふかふかな着ぐるみボディのせいで、余程考えて気を遣って攻撃しないと打撃力が失われそうだ。
じりじりと迫る、タイムリミット。
ええ、もう、細かいことを考えている猶予はない!
私はもうどうにでもなーれ☆な気持ちで、躊躇する暇もなく。
もはやこれ以外に取れる道はないと、問答無用で黄三郎に殴り掛かっていった。
獣のような勢いで襲い掛かってくる着ぐるみ令嬢を、アフロの王子様が迎え撃つ!
「なんだか無性に虚ろな目が怖い!」
遠慮容赦無用で殴り掛かってくる虚ろな眼差しの着ぐるみに、若干青褪めた黄三郎の怯えた声。
それでも即座に反応して動く奴の反応速度や技術、身に沁みついた武は、やっぱり一味違う。
黄三郎の木剣が、着ぐるみ装備のせいで動きの鈍い、私の肩へと吸い込まれるようにヒットする!
ぼよん。
……そして木剣は、肩に食い込んだ次の瞬間、強めの反動をつけて跳ね返っていた。
勢いがつきすぎたのか、達人であるはずの黄三郎にあるまじき事に、木剣が手から吹っ飛んでいく。
ちなみに私(本体)はノーダメージである。
からんからんからん、と吹っ飛んだ木剣の転がる音が響いた。
そんな音が響いて聞こえるくらい、私達の周囲は静寂に包まれている。
「「………………」」
視線は、木剣を失ってしまった黄三郎の右手に殺到している。
黄三郎自身も、己の手を見つめていた。
そして耐え兼ねた、とばかりにバッと振り返ってエリザベス様へと口から思いの丈を迸らせた。
「ちょ、審判ぁぁあああああん!?」
黄三郎は、決して私を指ささない。
指は差さないが、着ぐるみ良いのか!? という言外の叫びが聞こえるようだ。
エリザベス様は困ったように眉毛を下げながらも、微笑を崩さない。
「殿下、仕方がありませんわ。貴方はこの衆人環視の最中、乙女の柔肌を人目に触れさせるおつもりですの?」
「くっ……」
すみませんね、私の衣服がビリビリなもので。不可抗力だけど。
エリザベス様のお言葉に、黄三郎は悔し気に口を噤む。
どうやら、乙女の柔肌問題を前にして主張を取り下げる事にしたようだ。
しかしこのままじゃフェアじゃないよなぁ。
武器を持てない私と、武器を失った黄三郎の試合は、必然的に殴り合いへと移行する。
だけど黄三郎は、どうにもこの着ぐるみボディを攻めあぐねているようだ。
私もこのボディ、こんな防御力高いとは思わなかったよ!
素早さを失ったけれど、とにかく着ぐるみのワタが分厚すぎる。
殴り合い(ほぼ黄三郎の攻撃)を続ける内に、黄三郎もダメージが通りにくい部位の方が圧倒的に多いことに気付いている。
それでも拳を重ねて、ダメージがある程度入る個所を目ざとく見出すのは流石だ。
この子栗鼠ボディ、圧倒的に防御力が高い部位はまず腹。まんまるいフォルムに違わず、ワタがたっぷり入っている。というか胴体部分はほぼほぼ殴っても意味のなさそうな弾力をしている。その辺りをさっきから幾度となく殴っている黄三郎は、軽く絶望した顔をしていた。ちなみに肩もなかなかの厚みがあるので、木剣が跳ね返されたのも仕方ないよな。
急所の大部分を子栗鼠の胴体に守られてしまっている。腕なんかはそこま分厚くないけど、腕を殴っても決定打には欠けるよな……?
動きづらさに阻害されて、私の拳はあまり当たらない。
だけど代わりに、細かな狙いを付けない問答無用の大振り攻撃とかが、ちょっと当たったりする。
ええ、今の私、物理的に大きいので。
私が体当たりの有効性を考えている間に、どうやら黄三郎は子栗鼠ボディのどこに攻撃すべきか検証を終わらせつつあったらしい。
最終的に奴が狙った場所。
そこは、顔面だった。
子栗鼠頭部があるので、そりゃ威力は緩和されるけれども。
呼吸をするにも、視界を確保するにも、ボディ部分のような分厚さは余計でしかない。
必然的に頭部の方が薄い。黄三郎も中々決着のつかない試合に焦っていたのかもしれないが、だからってそこを躊躇なく殴ることに決めた当たり、ヤツの根底に流れる根っからの武闘派国家の血を感じた。そういや脳筋サラブレッドですもんね。一切の躊躇がないとか、流石は同盟国一女騎士の多いお国出身……そういえば黄三郎の母親も元女騎士だっけ?
着ぐるみの体はもたつく巨体と視界の悪さで、黄三郎の攻撃が見えないこともある。
だけど流石に顔面狙いなら、着ぐるみに邪魔された視界でも黄三郎の攻撃を目が捉えていた。
私は、何故かそこに勝機を見出していた。
いやホント、この着ぐるみ動きづらくって敵わないんだ!
コンパクトな動きも無理だし、黄三郎の姿をちょいちょい見失いかけるし!
だけど真正面から顔面狙いで来てくれるなら、着ぐるみだって相手の姿をしっかり確認できる。それに向かってくる軌道がわかるから、迎え撃つ形で攻撃のチャンスが!
私はここだ、と。
我ながら絶妙なタイミングで、拳を突き出していた。
そして決着を付けんと極まる、ひとつの殴り合いの形。
試合場の真ん中で、私は、私と黄三郎は。
……着ぐるみ(栗鼠)と、金髪アフロ王子は。
クロスカウンターと呼ばれる現象を体現していた。
とりあえず思いっきり、全力で、重量をかけまくった私の拳が黄三郎の頬にめり込んだ瞬間だった。
着ぐるみの弾力、身体強化、黄三郎のパンチ力。
諸々、様々な要素が絡み合いながらも炸裂したクロスカウンターによって私と黄三郎は床に転がった。
両者ダウン、ダメージが体を痺れさせる。そう、攻撃の威力に身体がびっくりしていた。ついでに足に来た、足に。
よろけ、起き上がるのもちょっと困難だ。
それは私も、黄三郎も両方が。
起き上がれない私達を見て、エリザベス様は少し思案しているようだった。
決着はつけなければならない。
だけど、同じ条件で私達は転がっている。
しかし素の身体能力の差だろうか。私がまだ転がっているのに、黄三郎の方が先に立ち上がろうとしている気配を感じた。
咄嗟に、そうはさせじと私の手が伸びる。
思わず、黄三郎の足を引っ張った。物理的に。
「ぐぶっ!?」
その勢いで立ち上がれやしないかと試みたんだけれど、結果は失敗。
立ち上がりかけて、まだ体が痺れていて。
足がもつれた私は、転んでしまった。
身体は全く痛くなかったけれど、それが致命的な失敗だった。
私は仰向けに転がってしまったのだ。
さっきまでの、俯せの姿勢と違って視界いっぱいに空が見える。
そしてまるっとした着ぐるみのフォルムは、ひっくり返った亀に似ていた。あらゆる意味で。
……私は、起き上がれなかった。
試合は、終わった。
先にしっかりと二本の足で立ち上がった、黄三郎の勝利という形で。
私は亀さんよろしく仰向けに転がったまま、黄三郎の勝利宣言を聞いていた。
困った。マジで起き上がれん。
やだ、私ったら情けない……そう思いながらも、心の中でいつかリベンジしてやると意欲が燃えていた。
ちなみに試合が終わったらエリザベス様が助け起こしてくださいました。
有難うございます。
そして私は粛々と……隅で正座する着ぐるみの列に並んだ。
あ、場所空けてくれてありがとうございます。ハシビロコウ先輩。
その後、二回戦に進んだ黄三郎は更に勝った。
準決勝も決勝も問答無用で勝ち上がりおった。
どうやら私との試合で溜めに溜め込んだ、なんかよくわからないフラストレーション発散の機会にされてしまったらしい。何故か試合に勝っている黄三郎の方が悔しそうな、辛そうな叫びを漏らしながらの戦いだった。特にアレだ、あの叫びが一番心に響いたな……。
黄三郎の、「烏なんて嫌いだ……!!」って叫びな。
烏への複雑な感情の、その八つ当たりで吹っ飛ばされる決勝戦の相手もある意味不憫だった。
相手はジャック先輩だったが。
こうして黄三郎が色々なモノでメンタルを削られつつ、学内トーナメントは終了した。
不思議なことに優勝した黄三郎は、一時期とても人々から好意的に接されていたらしい。
というか、優勝した実力も併せて評判が上がったってフランツが言っていた。
その黄三郎が、何故か私の目の前にいるんだが。今。
それはトーナメントが終わってから、四日後の事。
黄三郎はほんの少し憔悴したような、悩まし気な顔で何時もの魔法騎士コース訓練場にやって来た。
何故か、私への菓子折り持参で。
「はい?」
「だから、時々で良いんだ。君と行動を共にさせてほしい」
「何故にそんな話に……」
「……先日の試合で、痛感した。僕は精神面がまだまだ未熟だと。だけど君の近くにいると、メンタルが鍛えられる気がするんだ」
「先輩、マゾですか?」
「マッ……!? い、いや、あくまでも精神修行、だ」
「声、震えていますよ……?」
時々、私の近くに来るという黄三郎。
どうやら私は、舎弟をゲットしたっぽい。
黄三郎の選択を意外な気持ちで耳にした、更に後日。
もっと予想外のお客様が来るとは思いもしていなかった。
一週間後の事である。
黄三郎の訪問でもちょっと驚いたのに、今回は全く心当たりのないお客様だ。
だけど私は、彼女の存在を知っていた。
ちょっと潤みがちの目で、私をしっかりと見据えて。
初対面で不躾なお願いをすること、申し訳ないけれど、と。
心底困ったという顔で、彼女は言ったのだ。
「お願い……ソルフェリノを、ソルフェリノ・ピンクの事を殴ってくださいませ!」
ソルフェリノ・ピンク。
それは他ならぬ、『乙女ゲーム』の攻略対象……ピンク頭の王子様、桃介の事で。
いきなりそんなことを頼み込んでくる御令嬢を前に、私は咄嗟に言葉が出て来なくってパチパチと無駄に瞬きを繰り返していた。
桃介のことを殴ってほしい?
そりゃ、殴るのは吝かじゃない、けど……
………………うん、何故に?
目の前のお嬢様にそれを頼み込まれる理由がわからなくて、ひたすら困惑した。
次の標的は桃色頭ですよー!
気になるそんな桃介の属性は?
a.天然癒し系
b.無邪気を装った小悪魔系
c.生意気弟系
d.腹黒委員長系




