VS黄三郎 ~王子の本気~
我らが素敵な生徒会のお姉様、主審のエリザベス様は仰った。
「試合の進行が押しておりますので……」
ほんの僅かに申し訳なさそうな、その物言い。
既に黄三郎は、ベルトの件で身嗜みタイムを取ってもらっていた事もあるのでしょう。
頭がボンバーしちゃった黄三郎の、再びの身嗜みタイムは取ってもらえなかった。
エリザベス様は黄三郎の頭を思案するようにガン見していた。
多分あれは、身繕いに要する時間を概算していたんだろう。
結果、試合中に黄三郎が髪をセットする時間は捻出できないと判断されたっぽい。
まあ、ある意味ではセットするまでもなく既に黄三郎の毛髪は決まりまくってるんだが。
そして、今。
私と黄三郎は気持ちも新たに試合場の上で向かい合っている。
互いに訓練用の剣を握り、油断を可能な限り排した構えで。
それぞれの動きに注視し、自分に有利に試合を運ぶ為に。
私の真正面に、黄三郎がいる。
頭はアフロで。
顔は真顔で。
正直に言おう。
直視すんの、辛い。
黄三郎……お前なんでそんな頭になっちゃったってのに真顔でいられるんだよ。
目に入らないからか? 鏡を見ない限りは、目に入らないからなのか?
視界に入れざるを得ない私は、結構かなり辛いんだが。
あんな状態になってしまった黄三郎を前に、黙っているのも心苦しかった。
だけどこの気持ち、言葉にならない。
かけるべき言葉が見つからない。
私は黄三郎に、なんて言葉をかければ良いの?
髪形、きまってますね? それとも、斬新な髪形ですね?
どっちも、何かが違う気がするの。
でもやっぱり、黙っていられないし……この空気感が、耐え難かった。
あまりにもあまりな展開が目の前で起きて、私もちょっと驚きで困惑している部分があったんだと思う。私が故意にあの結果を招き寄せた訳じゃないんだけど、何故かお悔m……じゃねえ、お慰めしないといけないような……なんかそんな感じの空気があったよね。うん。
「先輩……」
「何も言わないで」
「なんて言えば良いのか、わからないんですけれど……」
「だから、何も言わないでくれないかな」
「その、素敵な髪形ですね……???」
「クッ……殺せ」
「余人には真似できない、個性際立つスタイルだと思います。多分。なんというか新しい時代???って感じで……恐らく。その、私ファッションには疎いんですけれど……きっと」
「上滑りする言葉は、もう、沢山だよ……!」
なるべく視界への攻撃を防ぐ為、若干黄三郎の頭部から目線だけ逸らして、言葉を何とか探し探し紡いでいたら、あら不思議。
何故か黄三郎が、ぐしゃっと膝から崩れ落ちた。
え、なんかダメージ? ←悪意のない無意識の言葉攻め
なんでかな、頑張って言葉を探したのに。
取り繕った物言いが、もしかして逆に黄三郎を傷つけた。
しまった、そんな意図はなかったのに。
真意を隠した偽りが、逆に悪かったっていうの?
え? じゃあ正直に言うべき? 思っていることを、正直に言った方が良いの?
正直、正直……その言葉に、私はちょっぴり囚われた。
多分、この時、黄三郎を襲いまくった奇跡のようなアレコレで私も実は混乱していたのかもしれない。
人間はどうして言葉を取り繕うのか?
色々と理由はあるけれど、大きなものとして『相手を傷つけない為』っていう配慮があるのに。
スポーンッとその言葉は、私の頭からこの時は家出していた。
両手と両膝を地面につく黄三郎に、配慮のない物言いをしてしまったんだから。
「殿下先輩」
「……なに」
「思いっきり爆笑して良いですか」
「いっそもう、一思いに殺してくれ……!」
「じゃあ試合は私の勝ちでよろしいでしょうか」
なんか介錯してくれって黄三郎が言うからさ。
じゃあ遠慮なくって思って私は木剣を振り下ろした。
四つん這いになっている黄三郎の、死にはしないけど割とダメージ多そうな部位を狙って。
だというのに。
「それとこれとは話が別かなっ!」
ギラッと、黄三郎の目が光った。
もう半ば試合から気持ちが離れていたというのに、どうも土壇場で思い出してしまったらしい。
私との試合に負けたが最後、黄三郎の幼少期に重ねた恥辱。
お漏らしネタの拡散、待ったなしになってしまうという事を……!
この短時間で数々の苦難(パンチラ/目潰し光線/アフロ)を重ね、試練(烏の襲撃)を乗り越えて。
今、黄三郎が気持ちも新たに立ち上がる。
自らのお漏らしネタ拡散を防ぐ為に!
闘志を奮い立たせ毅然とした立ち姿。
黄三郎の構えが、今までと変わる。
より攻撃的な印象の、守りを半ば捨てた型。
……どうやら、本気になったらしい。
正直、さっきの打ち合いでもギリギリなところがあった。
奴が本気になって、私にまともに殴り倒す好機は掴めるのか。
試合時間も、じりじりと消費されている。残り時間は、あとどれくらいだろう?
中断やらハプニングやらが続いたせいで残り時間がどのくらいか、ぶっちゃけわからん。
時間切れなんて結果になったら笑えない。
ここは、私もとうとう奥の手を使うべきか。
「……孔雀明王様」
『なのなのー!』
小さな声で呼びかけると、孔雀明王様の元気なお返事。
私の肩のあたりから、ぴょこっと飛び出してくる。
周囲をひゅんひゅん飛び回る姿は、ちょっと興奮気味?
やる気、十分のようです。
孔雀明王様も乗り気だし、奥の手発動と参りましょう!
そうして、緑の閃光が弾けた。
さて、ここで復習といこう!
我が敬愛する師父、王老師の存在をみんなは覚えているかな!?
そして、その教え——『気』という概念を!
ははは。と言っても私も小難しい理論的な部分はさっぱり理解してないんだがな!
ニュアンスだ。なんとなく、こう……みたいな、まだまだふわっとした理解である。
なんか心技体を練り上げ鍛え上げ、磨きに磨いて極めた先の事だっつう話なんで、まだ全っ然理解できてないのも、ある意味当然なんだけれども。むしろ理解できるのは何十年後ですかって話だ。
森羅万象、生きとし生けるものは体内に『魔力』とは異なるなんかよくわからん力……『気』なるものを持っているとかなんとか。それの循環が修行によってどうたらこうたら。更には練り上げた気を全身に巡らせ、肉体を活性化させて常人を遥かに超える強さが、うんたらかんたら。
要は強さの底上げだ。
さりげなく、どうも師父の流派の最終奥義っぽいんで、気軽にどんなものかって教えられても生半可に真似できるもんじゃない。
しかしそこを緑光の精霊様にご助力いただければ、疑似的に似たような効果を得る事が出来るとか。もちろん、身体強化魔法とはまた別で。
そこから着想を得まして、師父の助言もありまして。
私と孔雀明王様は、新たなる技を開発した訳ですよ!
肉体に無茶苦茶それはもう負荷がかかりまくるんで、長時間は使えないんだけれども!
持続時間が短いので、まさに短期決戦向け。奥の手ってヤツだ。
それを今こそ使う時!
今日、私は、黄三郎を殴りに来てるの!
黄三郎さえ殴れるのなら、二回戦・三回戦は捨てた!
あの真っ黄色な王子様を殴るのに全力を賭して、次の試合で敗退するならそれも本望だ!
そもそもこの試合で勝てるかもわからんがな!
という訳で、孔雀明王様が新技を発動してくれた訳ですよ。
迸る緑の閃光が、私の全身を駆け巡る。
肉体の隅々にまで行き渡り、内側に浸透し、そして内側から筋肉を押し上げるようにして一瞬強い拍動を刻む。
身体が、物理的に膨張して分厚くなったような感覚が走り抜けていった。
その感覚が去った後は、逆に一切の無駄を削ぎ落して研ぎ澄まされていくような感覚がやってくる。
そんな二つの感覚が順に訪れ、去った刹那の間に。
私の体をめぐって巡って、内側から外側へと走った衝撃によって。
肉体を包んでいた衣服が、一部弾け飛んだ。
主に、デコルテ周りと肩から二の腕にかけてが。
イメージとしては、アレを思い浮かべてほしい。
某、天空城……海賊一家の息子たちと対峙した、親方のあの雄姿を。
よくわからん張り合いの結果、筋肉の膨張で弾け飛んだ可哀想なシャツ。
今まさに、私のシャツがそんな感じ。
チュニックとビスチェはシャツより丈夫な素材で作られてるから無事だったけど。
今、白日の下、普段は人目にさらすことのない私の肩やら二の腕やらの肌が曝け出されていた。
何故か、観客席からお嬢様達の悲鳴が聞こえた。
そして、真正面の黄三郎からも動揺しまくってビブラートのかかった悲鳴が聞こえた。
顔が真っ赤ですが、大丈夫ですか。
どうやらほっぺにちゅーレベルの男女の触れ合いでいっぱいいっぱいになる黄三郎には、何か駄目な方向で琴線に触れるものがあったらしい。
ついでにお嬢様達にとってもショッキングな出来事だったようだ。
貴族令嬢のシャツが弾け飛ぶ、という光景は。
え、私?
私は平気。
だってチュニックもビスチェも無事だし。
見えてるの、デコルテ周りと肩から二の腕だよ?
そんなん、デザインにもよるけどドレス着て夜会に行ったら普通に貴婦人の皆さまが曝け出してるわ。お若いお嬢様達だって、平然とドレスの際には見せてる部位だろ。
今更、そこって騒ぎ立てる程に御大層な部位でもないよね?
……というのが、私の感想なんですが。
貞淑を旨とする淑女の皆さんにとっては、どうやら判定はアウトの模様。
自分から見せているのと、不慮の事故で見えてしまうのは別物らしい……。
私がそんな繊細なニュアンスの違いを悟ったのは、他でもない。
エリザベス様が、困ったような微笑みで。
……私の前に、歩み寄ってきたからだ。
その手に、虚ろな眼差しがやたらと目を引く……着ぐるみ(頭部)を抱えて。
長々と長引きましたが、黄三郎編は次回で幕引きの予定です。
つまり、次回でとうとう拳が………………予定、です。




