VS黄三郎 ~光の精霊~
黄三郎のサービスショット(笑)が期せずして不特定多数の生徒達に公開されちゃった第八試合。
事態を見た審判エリザベス様がハッと我に返るなり、高々と手を掲げて宣言を発する。
「——タイム!」
あー……殴りかかろうかどうか悩んでいる間に、エリザベス様が正気に戻っちゃいましたか。
黄三郎のひよこさんパンツの効果、その衝撃によって思考停止していた人々がエリザベス様の宣言によって徐々に我を取り戻し始める。
黄三郎は……くっと唇を嚙みしめて、視線を逸らしていた。
気のせいかしら、若干目元が赤いっすわー。
武士の情け、いやこの国に武士はいないな。とにかく何かの情けで、黄三郎に身なりを整える時間が与えられた。潔くベルトを捨て去り、ズボンの紐を締めなおす。その間、黄三郎はずっと無言。
若干俯きがちのその表情は、距離を少し置いて正面に立つ私からは窺い知れない。
ここはひとつ、アレだ。武士の情けだ。
様子を測る為にちょいと声をかけてみよう。
「安全先輩、大丈夫ですか?」
「なんだろう、その初めて聞く敬いの欠片も感じられない呼称は」
「失礼しました。つい、心の声が……リテイク入りまーす! ——殿下先輩、大丈夫ですか?」
「いや、やり直されても……」
私の呼びかけに納得がいかないって顔を見せる、ひよパンせんp……黄三郎。
上げられた顔は、思いのほか……あれ? もっと恥じらってたり絶望してたり苦々し気な顔してたりってのを予想してたんだけどな?
思ったより、普通の顔をしていらっしゃる。
「あれ? 思ったより平気そうですね。衆目にぱんつ晒したのに」
「平然と抉り直してくるのはどうかと思うんだけど……僕が気にしていると思ったのかい? ふふ、心配ありがとう。だけど君も知っての通り、これでも僕は幼い頃から騎士の訓練として男所帯の訓練所で揉まれてきたのでね……。下着を見られるくらい、どうってことはないさ」
「ほほう。お年頃の慎みと恥じらいを装備した乙女の皆さんに見られた事も、どうってことないと?」
「そこを蒸し返すのはやめようか!」
黄三郎の生国の訓練所がどんなところかは知らないけれど、なんとなく前世で聞いた『男子校』とかいうところみたいな感じだろうか。そもそも前世の私は女だし、『男子校』に潜入したことはないけれど。
近所の男子校出身の兄ちゃんは、『汚物・穢れの集積所』ってよくわからん例えをしていたが。
あの兄ちゃんもなんというか、独特の感性してたからなぁ。
そうこうしている間にエリザベス様からのGoファイト、試合再開の宣言がされた。
黄三郎の身嗜みはすっかり整えられており、特にズボンはもう二度とずり落ちたりしなさそうだ。
彼が衣服を整えている間、私も別に手持無沙汰とはならなかった。
こっちはこっちで、ちょっとした密談?
試合会場の真ん中で誰とかっていうと……私の周囲を飛び回る、常人の目には見えないカラフルな光。そう、精霊様達とである。
念の為、前々から作戦会議もしていたけれども。
こうして実際に試合として黄三郎と相対し、思うところがあったらしい精霊様が若干一名。
どの精霊様か、お判りいただけるだろうか。
新参者の黄色い精霊——その他様である。
彼の精霊様は、『前のお友達』が構ってくれないからと、私のところに来た。
その『前のお友達』が、どうやら黄三郎だったらしく。
奴が私の前にのこのこと現れたその日から、その他様はとってもわかりやすくソワソワしていた。
まだ私とその他様の絆は、そんなに強くない。
単純に出会って間がないというのもあるし、その他様が『前のお友達』にどうやら未練を残していたらしいというのも理由だろう。繋がりが不十分な為か、私はまだその他様のお声を直接聞き取ることは出来ないでいる。何か言っている、っていうのはわかるんだけどね。
だから、その他様の言葉に関しては他の精霊様達の通訳による。
通訳してくれる精霊様によって、ところどころに意訳が入るのだけれども。
ちなみに精霊様方の意訳してくれた内容を総合すると、その他様はこんなことを仰せらしい。
『――もう坊やにはアタシなんて必要ないかと思ってたんだけど、ねえ。まだまだ、頼りないじゃないの。アタシはどうしたもんかねぇ』
どうやらここ連日の、黄三郎のあまりの情けなさに「自分が面倒を見てやらなければヤバイかもしれない」という危機感を募らせてしまった模様。
こういうのを、庇護欲とか言うんだろうか。
どうでも良いけど、マゼンタ様や孔雀明王様に通訳してもらって以来、私のその他様に対するイメージが『片手に煙管を持ったまま腕を組んで場末の酒場を睥睨する、オフショルダーの真っ赤なマーメイドドレスを身に着けた姐さん』で固まってしまったのだが、ふよふよとその辺を浮遊する光る玉をそんな目で見てしまう日が来るとか思いもしなかったわ。
黄三郎を一度は見限ったはずなのに、黄三郎の危なっかしさを前に揺れ動く黄色い光る玉。
まだまだ絆も弱く、深い交流も出来なかったけど……その他様がどんな選択をしたとしても、応援出来たらなって思う。
そして、まさに今。
その他様は決意を胸に秘め、私の前で行動を開始した。
ふよんって飛んできたその他様の言いたいことを、他の精霊様が私に教えてくれる。
『――!』
『えー? そのちゃんバイバイ? バイバイしちゃうのー?』
『なのなのー? さみしくなるのー。会いたくなったらすぐ会えるけどー!』
『ほほう。ミシェルよ、その他めが離反を申し出ておるぞ。せっかくそなたに名を貰ったというに』
「うん? つまりはアレかな? やっぱり黄三郎んとこに戻る事にしたと」
『――!』
『是。その他めはあの小僧っこの情けない様を放ってはおけぬらしい。これよりは黄色頭の小僧っこを見守る立場に戻りたいとのことだ』
『そのちゃん、黄色頭のにーちゃんをよしよししたいんだってー』
「そっかー……なんとなくそんな感じになりそうな気はしてたけど。私は引き留めないよ、その他様の心をどこに置くかは自由だもの。でも寂しくなるよぉー……」
前々から、そんなことになるかも、とは精霊様達と話していたし。
こんな試合の真っただ中だったけど、今までになく近くで黄三郎を見て決心したって事だったから。
割と円満にさよならバイバイ。
黄三郎をよしよししてあげたいという、その他様は私達に見送られながら対面に立つ黄三郎の方へ。
ただ離れていくその他様に、ひとつ餞別をお願いした。
せっかくだから、その他様が本当に大事に思っていた『前のお友達』……黄三郎と一緒にいる事で、何より誰より輝く姿を見てみたいと。
その他様の本気をちょっと見てみたい♪
要は何かって言うと。
黄三郎んとこに戻ったタイミングで、ちょい光ってみない?と。
さすがに黄三郎を害するようなことを頼めはしない。
だから害にならない範囲で、ちょっと、こう……ね?
正直に言おう、出来心だと。
黄三郎の笑える姿を見てみたかったんだ。
私のでは黄三郎の背後がこう、後光を背負った感じでパーっと光るかなって。
観音様ばりに後光を背負った黄三郎っていう、大変笑える姿を予想しただけだったんだけど。
そんであわよくばちょいと弄って、精神的にマウント取れるかなって。
それだけだったんだけどね!
思いもよらない副次効果が発生した。
今日は……朝から、やけに鳥の声が近いなとは思っていました。
あ、あと烏が目に付くの多いなぁとも。
その他様の本気は、凄かったよ?
私の予想を軽々と遥かかなた飛び越えるくらいに。
その他様の着地した場所もアレでした。黄三郎の頭でした。
ヤツの無駄にキラッキラした艶々金髪が、瞬間的に発光した。
それはもう……パーっと目に白く焼き付くくらい発光した。
眩しいを通り越して、小さい太陽がそこに発生したかと思ったわ。
咄嗟に目ぇ瞑ったけど、それでも目が痛い。
きっと黄三郎を見ていた……というか試合場へ視線を向けていた皆々様が目が痛いことに。
そこかしこから、耳をすませればほら、聞こえるわ?
某天空城の、額広めなメガネが滅びに直面した時のような、人々の呻くお声が。
ついでに言うと、光の発生源に最も近かった黄三郎も漏れなく被弾していた。
むしろ黄三郎の被害が最も大きいかもしれない。
自然と、呻く声も黄三郎のものが大きかった。
しかし、黄三郎の被害は目に留まらなかった。
その他様の光は、奴等の注意を引いてしまったのだ。
空を悠々と自由に飛び交う……漆黒の翼(烏)。
残光を残し、いつもより輝きを増した黄三郎の金髪が、太陽の下で何よりの存在感を放つ。
その存在感は、いつもに比べて当社比2.5倍!(根拠のない倍率)
そして、空から漆黒の翼(烏)は飛来した。
奴らにとって恰好の獲物……キラキラと輝く、金色の髪を目指して。
ひぃふーみぃーよー……六羽か。一人に対して、と考えると多いな。
鳥の羽ばたき、騒がしい羽音と存在感には耳で気付く事ができるはず。
襲来の気配を察していながらも、今の黄三郎は目が潰れている!
視力を取り戻せるまで、まだ時間がかかる事でしょう。
そして試合再開は既に宣言されているんだけど、これ私、殴り掛かって良いのかな?
殴り掛かろうにも、怒涛の勢いで嘴を突き出してくる烏が邪魔で殴りに行き辛いんだけど。
烏って、結構デカいよね。
それが六羽だよ?
普通に黄三郎への接近を阻む壁だよ。
黄三郎も見えないなりに、気配を察知して避けたり防いだり叩き落そうと頑張っている。
だが悲しいかな、人間には通常腕が二本しかないのだよ。
烏は六羽だ、黄三郎!
腕が二本じゃ、完璧に防ぎようがない。
だけど黄三郎はすごかった。
たった二本の腕を上手く使って、目が見えない状態で烏を牽制したり防いだり。
あの立ち回りと気配察知能力は素直に凄いと思う。今後の参考にしたい気持ちが抑えきれず、つい殴るのを保留にして黄三郎の動きを観察してしまった。
エリザベス様もまだ、目が痛いらしくて状況が把握できていない。
試合は再開したはずだったけど、突然の発光&烏襲来によって再び停止していた。
やがて、数分が経過して。
視力をしっかり取り戻した黄三郎が「あああああっもう!」って叫びながらしつこい烏をしっかり追い返して肩で息を吐きながらも平和を取り戻した時には、試合開始から三十分くらいが経過していた。
濃い、三十分だったなぁ……。
試合には制限時間があったけど、ハプニング続きのせいでタイム状態。
まともに戦ったのって、ほんの数分だよ?
ハプニングに占められる時間が多すぎる。
「一体何だったんだ……」
そしてようやっと試合とは別のところで疲労を積み重ねた黄三郎が落ち着きを取り戻し、顔を上げた時。
薄々……本当に薄々、察してはいたんだけど。
烏に突っつき回されて全力でもっしゃもしゃにされた、黄三郎の髪が。
ちょっと自然にはあり得ないくらい、爆発していまして。
私は正面に立つ黄三郎の真顔を見て、思わずバッと顔を逸らして口を押えていた。
ああ、腹筋超痛ぇ。
いきなり発生した笑いの発作に悶絶する私を、事態に気付いていない黄三郎が怪訝な顔で見ている。
既に会場の皆々様は概ね視力を取り戻しているので、誰もが黄三郎の頭をガン見していた。
エリザベス様が口を扇で隠しながら、そっと黄三郎に手鏡を手渡した。
無言での「覗いてみろ」との催促。
鏡で自分の姿を確認し、黄三郎がピシッと固まった。
彼の目にもきっと、無惨な事となった髪が……普段はふわっと艶っとした金髪の変わり果てた様が映っていることでしょう。
前世ではよく知られた、あの髪形。
この世界でもアレって『アフロ』と呼ぶのかしら?




