モブ~試合の行方~
前回出てきたモブの試合についてちょっと触れてみようかな?
……そんな出来心から書き始めたら、まあびっくり。
今話はモブに乗っ取られました。
黄三郎との試合について、本番はまた次回にて!
我らが魔法学園の、学内トーナメント。
正直に言うよ、ちょっと舐めてた。
月一頻度で行われる学生ごときの試合。
それも戦闘方法は魔法が主体の者が大多数を占めるトーナメントに、まさかこんなに見応えがあろうとは。
というか、濃い。
ぶっちゃけて言おう。試合内容も選手もちょいと濃ゆすぎやしないだろうか。
第一試合で戦ったのは、試合開始前から愛憎匂わせ目立ちまくっていた二人……マイケル先輩とジャック先輩の試合だった。うん、制服についていた徽章は三年生のものだったから、先輩で良いだろう。
初っ端の試合だったけど、素直に面白かったと言って良い。
目が凄い血走ってたけど。そりゃもう、血涙でも流さんばかりに血走ってたけれど。
ついでに言うとジャック先輩が歯を食いしばり過ぎたのか口の端から血を垂れ流してたけれど。
本気の殺意と憎悪が渦巻く、異様なオーラがジャック先輩の背中で立ち上っておりました。
そんなジャック先輩は、見るからに屈強な肉体をしている。
世紀末。そんな単語がふと連想されそうなくらい。
動きもキレがある。筋肉量に比例して、攻撃力はかなりの物だ。一撃一撃の重さは油断という言葉をも吹き飛ばす。だって拳で試合場の石畳割ってたし。
だけど体が大きいせいだろうか。
動きにキレがあったとしても、どうしても俊敏さで一歩遅れを取ってしまう。
それに対してマイケル先輩は、ジャック先輩に比べると細身。ただ薄っぺらい訳じゃないし、本当に細いわけじゃない。あくまでも『比較すれば細身』というだけだ。ああいう肉体を『細マッチョ』というんだろうか。適度にバランスよく筋肉を付けつつも、無駄を削ぎ落したような体をしていた。
その見た目の印象を損なうことなく、動きは俊敏。無駄のない最小限の動きでジャック先輩の拳を避けつつ、素早さを活かして攻撃を当てていく。
惜しむらくは、攻撃が軽い事。
ジャック先輩のパンチが重すぎるともいう。
ジャック先輩は筋肉という名の重武装を身に纏っている。それは攻撃力であると同時に、防御力にも変換できるものだ。マイケル先輩が殴りまくっても、効いてなければ意味がない。ただ、一撃一撃の積み重ねはある。
ただし今のジャック先輩は現在バーサーク状態真っ只中のせいか、興奮のせいで痛覚がバグってる模様。お前のパンチなんざ効いてないぜと勢いが衰える様子は一向に見られない。
一撃でも食らったら試合続行不可能になるだろうマイケル先輩と、蓄積ダメージを自覚なく積み上げるジャック先輩。
長期戦なら、ジャック先輩が不利だ。
だけどこれは学内トーナメント。
試合である以上、制限時間があった。
互いに短期決戦狙い、ただ決定打がない。
ジャック先輩は頭に血が上ってる感じだったけど、冷静さは残っていた。闇雲に攻撃しても無意味と察したようで、ひたすら突進するような攻勢も鳴りを潜める。するとそれまで相手の隙を突く形で攻撃を当てていたマイケル先輩のパンチも当たらなくなっていった。
試合は自然と膠着しつつあった。
一瞬の凪。
何とか勝機を見出そうと、マイケル先輩はジャック先輩を動揺させる作戦に出た。
「ジャック、知ってるか? リンダって照れると耳を真っ赤にしてさ……顔を隠そうとするけど、耳が赤いのには気付かないんだ。いじらしくって思わず耳にキスしちゃったよ。その後の反応がまた可愛かったんだけど……聞きたい?」
つまりは精神攻撃だ。
ギシィって凄い音がした。
何の音? って思ったけどアレだ。ジャック先輩の歯軋りの音だった。奥歯砕けそうッス。ヤバいってあの音。ついでにお顔も素敵に凶悪だ。ジャック先輩、気付いて! その顔、想い人に見られてますよ!
恐らくマイケル先輩の狙いは、挑発。
ジャック先輩の頭にどんどん血を送り込んで、真・バーサーク状態にする事だろう。暴走させて、そこでカウンター喰らわすつもりと見た。
だけど狙いは外れたようで。ジャック先輩は正しくマイケル先輩に応戦しちゃったのだ。
「……マイケル、お前こそ知ってるか? リンダちゃんはな、自分と同じかより大きな物をぎゅっと抱きしめてないと安眠できないんだ。お気に入りはハニーブラウンのビッグテディでな? 夜は手放せないからって、入寮の際にも持ち込んだくらいだ。まあ、俺が五歳の誕生日プレゼントで贈ったんだがな! ついでに言うと一緒に昼寝なんかした時はテディベアじゃなくって俺にぎゅうぎゅうしがみ付いてたりしたっけなぁ! ちなみに最後に一緒に昼寝したのは十三歳の頃だ!」
彼らの事情はよく知らんが、どうやらジャック先輩はそれなり以上にリンダちゃん何某との交流をお持ちだったようだ。それも、かなり親しい間柄と見たぞ?
笑顔のかけらもない、男同士の睨み合い。
そして始まる、口撃の応酬——リンダちゃん何某に纏わる、のろけと自慢と意地と見栄。謎の張り合いが始まった。おお……リンダちゃん何某の個人情報がどんどん暴露されていく。
マイケル先輩のお付き合い自慢VSジャック先輩の幼少期に端を発する思い出ぽろぽろ。
ジャック先輩、さては幼馴染だな? 『彼氏』と『幼馴染』の二人が対抗してリンダちゃん何某のどこが可愛い、何が愛しい、アレが心を擽る云々かんぬん。
互いに互いの攻撃で精神的ダメージを負っているようだが、口は止まらない。精神攻撃は緩まない! ただし一番精神的ダメージを受けているのは野郎二人とは別の人だ! 観客席のリンダちゃん何某へのとばっちりが酷すぎる! 気付いて、先輩方! その攻撃は誘爆しまくっている! 観客席のリンダちゃんとやらが顔面真っ赤にしてるから! 病気を疑いたくなるくらい、異常に真っ赤にしちゃってるから!
そして、ついに、とうとう、やがて。
精神攻撃に耐えきることができず、噴火した。
誰がって? そりゃもう当然、リンダちゃん何某が。
彼女はぶるぶると全身を震わせながら、真っ赤な顔に泣きそうな表情で叫んだ。
「二人ともバッカじゃないの!? バッカじゃないの!? も、——馬鹿!!」
叫び、転げそうな勢いで逃走するリンダちゃん何某。
その背を、口を開いたまま動きを止めて見送るマイケル・ジャック先輩。
一瞬早く我に返ったのは、ジャック先輩だった。
目の前でポカンとしているマイケル先輩を見て取るや、今が勝機と慌てた。
慌てて、足元滑らせて。
そのまま頭からマイケル先輩の胸に飛び込んでいった。
わあ、正面衝突だ。
試合の結果は、ジャック先輩の勝利だった。
筋肉の塊であるジャック先輩の突進攻撃は、質量という名の攻撃力を秘めていた。
マイケル先輩は単純な体格差ゆえに負けてしまったと言えなくもない。
つうか、あの二人、めっちゃ肉弾戦してたけど……制服、実践魔法コースだったね。
うん、魔法は?
青次郎どもはバリバリ後衛のモヤシばかりだったんだけど、後衛職とは……?
昨今は後衛職でも接近戦の訓練を積むんだろうか。
先輩達、特にジャック先輩の方は魔法騎士コースでもあまり見ないくらいに鍛えこまれた肉体してたんだけど。ついでに言うと、二人とも全く魔法を使ってなかったんだけど。
彼らは所属コースを、何か間違えていないだろうか……。
そして第一試合終了後。
試合場の片隅には、何故か隣り合って正座する二体のマスコット(着ぐるみ)が鎮座していた。
のっぺりした着ぐるみの笑顔が、異様さを醸し出している……。
巨大な微妙に可愛くないジャンガリアンハムスターと、手抜きした子供の落書きみたいな顔のアイアイ。デフォルメされたずんぐりむっくり体型で正座するのはきつかろうに……。
マスコットの中身は、お察しの人もいるかもしれない。
マイケル先輩と、ジャック先輩である。
何故二人がマスコットに変貌してしまったのか?
理由の一端を、マスコット共が身に着けたタスキから拾えるかもしれない。
マイケル先輩のタスキには「僕達は罪のない乙女を泣かせた最低男です。正座で反省中です。」の文字。
ジャック先輩のタスキには「ごめんでござる」の文字。
なんでこんなことになってんのかって?
それはアレだ。先輩方の試合が終わるや否や、エリザベス先輩——私が対戦の組合せ操作を依頼した生徒会所属の御令嬢——が笑っていない笑顔で二人の前に現れ、問答無用で二人を着ぐるみに詰めたからだ。
「ちょ、エリザベス! 何をするんだ!」
「まあ、ほほほ……わたくしと貴方の関係は一年も前に終わりましたでしょう? お付き合いしている訳でもありませんのに、気安く呼び捨てにしないでくださいませ」
「マイケルはともかく、俺までどうして!」
「あら、勘違いなさらないで? 終わった関係から着ぐるみ着用を迫っている訳ではありませんわ。こんなくだらない試合の為に、乙女の純情を利用する姿勢が許せませんの。よってお二人ともに有罪ですわ」
抵抗も許されず、二人は今、あそこで正座させられている……。
なんか知らんが、元々この学園、正式な罰則を与える程じゃないが反省はさせるべきっつう生徒への軽微の罰則として着ぐるみ刑ってのがあったらしい。なんだそれって思うけど、着ぐるみって地味にきついらしいしな……面子を気にする貴族ならなおさら、あんなもん着させられて正座させられたとか屈辱しかないだろう。今のマイケル・ジャック先輩らは全力の試合直後で猶更キツイだろうよ。うん、意外と効果はあるらしい。
そうして第一試合以降は、さくさくと試合が進み……ようやっと、私達の第八試合が始まろうとしている。
試合場脇で正座する着ぐるみは、五体にまで増えていた。
異様な集団、というか異様な光景である。
あれに見守られながら試合すんのか……。
他の人の試合は、見るだけでも色々と勉強になった。私ならしない戦い方だろうと、『知る』という事が自分の選択肢を増やすことに繋がる。
第二試合では鎖鎌への認識を改める事になったし、第五試合では土壇場で出してきた隠し武器の有用性を感じる事が出来た。特に鎖鎌に関しては自分も練習しようかな、なんて一瞬血迷いそうになったし。
人の試合を見るのって、勉強になるんだなと改めて思ったね。
そんなこんなで試合を重ねてからの、第八試合。
今までの自分の戦法をちょっと見直した方が良いかしら、なんて今になって思いながらも。
私と黄三郎は、試合場の上。
向かい合って立っていた。
この場で最も強い権限を持つ審判……エリザベス先輩の声が響く。
「それでは第八試合——始め!」




