炭酸水で売られた王子様(黄)
注意!
ミシェルと、ナイジェル君が暴走しました。
書いている内に思いのほか酷いこと……。
不快な思いをされましたら、申し訳ございません。
私が意味深な事を言ったからね、きっと。
黄三郎は不審と警戒を混ぜた視線で、恐々と私を見ている。
「君は、僕の何を知っているというんだ……!」
「色々」
「一言で済まされた!?」
「詳細については、そうですわね?」
普通に考えて、他国の王子様であるコイツのアレコレを一子爵令嬢に過ぎない私が知っているのは、どう考えてもおかしいんだけど。
でもね、黄三郎を殴る大義名分を作る為には、やっぱり奴の事をそれなりに知っていますというポーズが必要。そのポーズを、どうやって取るのか?
私は考えた。さっき、黄三郎が赤太郎をミンミン揺さぶっている間に。
そして丸投げすることにした。
「へい、ナイジェル君!」
ノリでやっちゃう指パッチン。
何かな、という顔でひょこっと群衆の群れから頭を出す小柄なナイジェル君。
黄三郎が乱入してくるものだから、みんな訓練の手が止まっているじゃないの。
野次馬している暇が未来の魔法騎士様にあるのか、おい。
でもナイジェル君の手が空いていた方が都合が良いので、ここはスルーしよう。
「ナイジェル君、ナイジェル君」
「なぁに?」
「あの黄色い頭の王子様について、兄貴絡みの情報多めで」
「ミシェル? 王族絡みの情報は高いよ。びっくりするくらい」
「ねえ、ナイジェル君……君、グロリアス家の山から湧いてる炭酸水で商売したいって言っていましたわよね」
「うん、確かに言ったけど」
「ナイジェル君、実はね……私、黙ってたけど」
「うん?」
「実は父に掛け合ってみましたの。ナイジェル君は親友ですもの、家に話を通すのは当然ですわ。そうしましたら、私が発見した泉の事ですから、扱いは私に任せる、との言質を頂戴した訳でして。今なら条件次第で契約書にグロリアス家の判を押す準備がございますわ」
「友情割引は三割で良いかな?」
「今ならこの数年で私が調べた炭酸水の主な効能リストと活用法レシピがセットで付いてこの価格。更には一年毎の更新制で独占販売権を付けようかと思うんだけど」
「――大事な親友の為だもんね。ミシェル、君との友情に免じて1年くらいはどんな情報も無償で提供しようかな。情報料? 友情の前では些細な金額だね」
滅多に見ないナイジェル君の、満面の笑みが咲いた。
きらりと光る、真珠色の歯。
見事ないい笑顔だ。
「良い取引を!」
「君に商売神の加護がありますように!」
私とナイジェル君は、笑顔でがっちりと手と手を強く組み合い握手した。
それは友情の絆の固さに比例する強さだった。
そういえばこの世界の商売の神様は強盗の神様でもあるんだけど、何繋がりでその二つを兼任するようになったのか謎で仕方ない。金か? 金なのか? でもお金の神様は別にいるんだよなぁ。商売神の嫁だけど。神話では偶に商売神の愛が行き過ぎて嫁に家出されたりするらしい。あ、それで強引に連れ戻したりもするから強盗の神様を兼任して……?
「今アイツら、水で他国の王子を売りやがったぞ……」
遠くで頭を抱えるオリバーやらフランツやらが見えた気がするけれど、きっと気のせい。
足元で転がっていた赤太郎の体がびくんと強く脈動したような気もするけど、きっと気のせい。
やだ、疲れ目かしら。私まだ十五歳なのに!
「――ええと、それでそこの王子先輩のご家庭エピソードについてだったね」
「王子先輩」
「ミシェル、あの人は二年生だよ」
「いや、それは知ってる。知ってるけど『王子先輩』という呼称がシュールに聞こえただけ」
「じゃあ殿下先輩で。その殿下先輩に関して、僕が握っている情報だけど」
「ちょっとそこの無邪気を装った笑顔の後輩君達? さっきから不穏なやり取りを重ねられている気がするんだけど……ねえ、僕の目を見てくれないかな? 目の前にいるのに、当然のように僕の存在をスルーして進めようとするのは止めようか。というか僕の何を知っていると……いや、いい、今すぐにその口を閉じよう? ねえ? 僕の声は聞こえているよね?」
「僕が知っていることと言えば、例えば殿下先輩が四歳のみぎりに御実家で飼っている猟犬の尻尾を鷲掴みにした結果、ガチ吠え喰らってギャン泣きしながら城を半周する勢いで駆けずり回った挙句、武術の稽古中だった兄君に泣きついてしがみ付き、そのままお漏r——」
「いやぁぁああぁぁああああああっ!!」
「兄君に稽古をつけていた国王陛下が、額に青筋浮かべて「犬如きになんたる無様! 情けない!!」って歴戦の猛者達の訓練場に放り込まれて徹底的にしごかれたとか。以来、三年ほどは犬を見るだけで足腰の震えが止まらなくなって、やっぱり「情けない」ってその度に訓練場に放り込まれたとかなんとか」
「なんでそれを知っている!? 国境隔てた遠いこの国で、何故その話が出回ってるんだ! 僕の故郷でも王城の一部の騎士達しか知らないのに!! 情報漏洩したのは誰だ!?」
「あと、殿下先輩が六歳の時に使用人達が庭園の片隅で濃厚な密会しているのを偶然見ちゃってショックを受けて、恐怖に怯え泣きながら乳母のスカートに逃げ込んだところを、やっぱり国王陛下に見咎められて国でも有数の勇士が己の武技と誇りを賭けて半死半生になりながら挑むという修行塔に放り込まれそうになったことがあるとか。その時は命の危険を訴えた兄君に保護されて寝室に匿われたけれど、兄君と一緒に寝たらベッドのシーツに見事な宝地図を——」
「や、やめてぇぇえええええええええ!! だからどうして知っているんだ!? しかもその話まで!? それこそ僕と兄上と父上しか知らない話なのに……!!」
思いのほか、酷いネタが出てきたな……まさかのお漏らし系とは。
ナイジェル君の情報網って謎だなぁ。
口封じに消されないネタを選んで暴露してくれてるんだろうけれど、国の機密には触れなくても当事者にとっては十分恥辱に塗れたネタを出してきたものだ。あんな情報、どうやって仕入れたんだか。喋る端から黄三郎の盛大に慌てる様子で内容は真実なのだろうと察せられるし?
いつの間にかナイジェル君は手に紙の束を持っている。
それを読み上げるようにして喋っている訳だけど、その紙束どっから出した?
今は訓練中だったはずなのに、どこに持っていたんだ、おい。
ナイジェル君が小柄で、見るからに武力行使に弱そうな見た目をしているせいか、どうやら黄三郎も強引な手段には踏み切れないらしい。紳士だ。吹けば飛びそうだし、曲げたら折れそうだもんね、ナイジェル君。
しかし根が優しいんだろうけど、黄三郎はアレで良いのか?
身体的な強さを貴ぶ、別名『騎士の国』出身とは思えないな。
相手が弱そうだからって武力行使を躊躇う時点で、甘いし軟弱だ。
武芸に優れた者じゃないと尊重されない修羅の国で、どれだけ兄貴に甘やかされたんだ……。
『騎士の国』の別名は伊達じゃない。
黄三郎の国は精強な騎士達で有名だし、国全体で意欲的に武術の習得を推奨している。魔法をお国芸とする我が国では、陰でこっそり『肉壁の国』と呼んでいるくらいだ。
そこの国の王子に生まれた黄三郎はそれこそ物心つく前から強い騎士となるべく国王(脳筋)とその脇を固める側近達(やはり脳筋)に徹底的に戦う術(物理)を仕込まれて育った。それは「魔法など軟弱よ!」と叫ぶ周囲の反対を押し切って国を飛び出し、『魔法の国』の『魔法学園』に留学する程の厳しさだったのだろう。あと単純に、魔法を軽んじる周囲の印象を悪くする為でもあったんだろうけれど。
『乙女ゲーム』の情報によれば、側室の子なのに将来の国王にと嘱望される才能が黄三郎にはあったらしい、んだが……
だが今のヤツを見よ。
一歳年下の細い少年に手玉に取られておたおた動揺する情けなさよ。
どうやら武芸の才能があるのと、それを上手く使えるかは別問題らしい。
もしくは単純に、お国にナイジェル君みたいな見るからに戦闘力低そうな少年がいなかったから、どう接すべきか困ってるとか? まあナイジェル君は下手に乱暴に扱うと時差式で全く関係のなさそうな方向から誰が黒幕か証拠を残さない報復が来るので、手を出さない方が正しい対処法だろうけれど。うっかりすると精神的にか社会的かで瀕死に陥る復讐してくるからね。
赤太郎もいつの間にか復活していたけれど、魔法騎士コースで過ごす内に片鱗なりとそれを感じ取ったからだろう……正気に戻ったというのにナイジェル君を止めるに止められず、指先をふよふよと彷徨わせながらも、いつしか「止められない俺を許せ……」と呟いてそっと顔を逸らしてしまった。
赤太郎も今の状態なら止めてくる事はないだろう。
さて、そろそろトドメといくか。
ナイジェル君に翻弄されている黄三郎に、びしーっとしっかり指差して叫んでやろう。
「っだから、せめてお漏らしネタから離れ——っ」
「シャルトルーズ王子殿下先輩!!」
「!!」
あ、こいつ私の存在忘れてやがったな?
すっかり意識を幼少期の恥辱ネタ暴露大会開催中のナイジェル君に奪われていたっぽい。
まあ、いい。こっち向いたし。
「私は王子殿下先輩が『大好きなお兄様♡』の円滑な王位継承の為、自分のイメージ悪化を狙って自暴自棄になっているのを知っている」
「いや、あの、♡つけるのやめてくれないか? 男兄弟でそれはちょっと……いや待て、何故知っ——」
黄三郎が目をうろうろさせながらなんか言いかけたけど、なんかにっこり笑顔のナイジェル君見てハッとして口籠った。うん、何が言いたかったんでしょうね。
「その為に、その気もないのに女の子に声をかけまくって夜遊び三昧なのも知っている! お国で一番嫌われるタイプのナンパ男になり切ろうと、書店でナンパ教本を十冊以上買って真面目に実践してるらしいって事もな! 更には人目に付きまくりな社交の場で周囲にキラキラなおねーさん達を侍らせまくって絵に描いたようなクズ野郎を体現しているのも知っている! その癖、純情ぶって自分からは女の子の腕と肩以外には触れないし、腰にでも触ろうものならピシッと固まって動き出すのに三秒かかるのも知っている! このヘタレが! 色んな意味でびっくりする程ヘタレだな本当に!」
「そこまで言う事ないんじゃないかな!? 身内とディース以外にそこまで罵られまくった事ないんだけど! 僕が王子って知っているのに君むしろ凄いな!?」
おっと、ついつい感情を抑えきれず、ぽろりと本音が。
しかし、こいつ青次郎には罵られまくったことあるのか。
アイツ、いかにもって感じで規律の乱れとかにうるせぇもんな。
「あ、補足すると殿下先輩、社交界の淑女の間では密かに『安全パイ様』って呼ばれているらしいよ? 婚約者・恋人・求婚者をやきもきさせたり焦らせたり嫉妬させたい独身女性の間では、顔と肩書と言動が派手で色男風味に見えるけれど、自分からは何もしてこないから駆け引き初心者の若い女性でも安心安全に使える立派な当て馬だって今大人気なんだってさ」
おっとナイジェル君、今日はサービスが良すぎるな?
私以上に心の内角に抉り込むトドメを放ちおった。
ナイジェル君の言葉に愕然とした顔で崩れ落ちる当て馬もとい、黄三郎。
そっかー、その情報は知らなかったと思う前にまず「この世界にも麻雀あんの?」と思った私は何かを間違えているだろうか。
思い出すなぁ、前世の近所の大学生。「今日は彼女からしっかり金借りてきたぜ。三万だけだけどな」「おー、いいじゃんいいじゃん? じゃあ明日の朝まで麻雀でもすっか」とかなんとか会話してるのを聞いたことがあるけど、あのおにーさんはちゃんと彼女に三万円返したんだろうか……。
おっと前世のクズの事は良い。
今は目の前のヘタレの事だ。
「そんな当て馬先輩と舞踏会で踊ろうなんて気は微塵もないわ。でも私との決闘を呑むのであれば……私に勝てたなら踊って差し上げましょう」
「おい、あいつあそこまで散々言葉で嬲って、アレ酷くね……?」
「しぃっフランツ! 今は喋っちゃ駄目よ、ミシェルとナイジェル君がノリノリすぎて怖いわ……今は、まずあの二人が落ち着くのを待ちましょう? 今あの二人、どう見てもテンションおかしいもの」
「先輩が私に勝てば、今この場で暴露された先輩のお漏らしネタ云々に関する、級友達への口止めもしっかり徹底致しますわ?」
「そ、それはつまり……僕が君に決闘で勝たなければ口止めする気はないという事か!?」
「ひとまず、決闘が終わるまでは喋らせませんわ。ええ、勿論……愛すべき級友の皆も、重々、わ か っ て い ま す わ よ ね ? 」
「ひぃっ……こっち見た!」
「わかってる、わかってるから今はこっち見んな!」
「やべぇ! ミシェルの笑顔、目が笑ってねぇ……!」
物分かりが良いお友達の皆さんが、全員、ひとり残らずこくこくと頷くのを確認して、私は黄三郎に「ね?」と笑いかけた。
おや、何故だろう。
黄三郎の顔がだんだん青くなっていくー……。
黄三郎が快く決闘を了解してくれた。
どうせなら、師父に新しく習ったことを実践したい。
まだ完全に習得したとは言えないが、もうちょっと形になったら……
そんな思惑が脳裏に過ぎったので、決闘は一週間後だ。
丁度、その日は月に一度の学内トーナメントが開かれるらしい。
参加自由・飛び入り参戦OKのお遊びみたいなトーナメントだけど、学校主催で少しでも戦力になる強い生徒を育てようという取り組みの一環だ。
月によって内容は変わるが、上位入賞すると賞品も出る……ちなみに『乙女ゲーム』ではミニゲームとして存在していた。
何の理由もなしに女性に剣を向けるのは躊躇われるという黄三郎も、それがちゃんとした『試合』となれば自分に折り合いをつけて戦えそうだと言う。
奴が「決闘とはいっても直接戦うばかりが手段ではないし、勝敗を決めるルールが云々」と往生際悪く粘って足掻いた結果、二人でトーナメントに参加し、最終的な順位を競う形での勝負となった。そしてトーナメントの組合せは運しだいなので、直接あたることがあってもなくても恨みっこなしだと。
そのルールでなければ納得しないと黄三郎は言い張ったので、私は仕方なく頷いた。
生徒会に所属する御令嬢に、伝手はある。お礼に出来るネタもある。
裏から手を回していただいて、私と黄三郎が一回戦で当たるように調整してもらおう。
商売神
秩序の神と混沌の神が果物と肉を物々交換した際に誕生した神。
系譜としては秩序の神と混沌の神の子に当たる。
自由奔放で放浪癖の有る嫁に翻弄されている。
愛が重くて監禁願望があるらしい。
お金の女神
混沌の神が秩序の神のご機嫌を取る為、持っていた金と綺麗な花を交換した際に生まれた。
系譜的には商売神の義理の妹に当たる。
後に通貨の概念が確立すると同時に神としても完成した。
商売神の嫁になったがあっちこっちふらふらする癖がある。
人間が絵画などで描く際は、金銀宝石と絹織物で飾り立てられた美女(ただしスカートから明らかに人じゃない化け物的なパーツがはみ出した姿)として描かれる。
見た目は美しいが、見えないところは醜悪な人間の欲望を表しているとされる。




