第三のターゲット
※先立つ不孝……親より先に死ぬことを親不孝者と捉えた言葉。
――拝啓
父上、母上。
私はもう、だめかもしれない。
……先立つ不孝をお許しください。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
なんか割と近い場所からぼそっと遺言じみた呟きが聞こえたような気がするが。
あと加えていうと、なんか赤太郎が顔をすっごい青くして世を儚むような表情しているよーな気もするが。
まあ、いい。
さっき後頭部にツッコミ貰ったお陰で、自分がちょい錯乱気味だったことを自覚した。
危ない、危ない。
平常心を失っては、何をするかわからないし。
特に……標的が目の前にいる、この状況では。
自制心と理性を見失った状況で、自分が何をするかよくわからない。
そこは、うん、王子達に対する扱いにおいては、自分への信頼皆無だし?
取り返しのつかない失態をやらかす前だ、助かった。
これに限っては、赤太郎のことをちょっとだけ感謝してやってもいい。
駄菓子屋さんで買ったお菓子の、当たりを一個分けてもらったのと同等レベルで感謝しよう。そうしよう。
でも気を緩めるわけにはいかない、引き締めろ。
今は悠長に、赤太郎をフレンドリーにどついて「助かったぜ☆」なんてサムズアップとかしている状況じゃないし。
だって、何しろ目の前に奴がいる。
様子のおかしい赤太郎を見て不思議そうに首を傾げながらも、私へ注意を払っている気配は消えない、奴がいる。
油断は大敵だ。
焦りも大敵だ。
何より、ヤツを過小評価するのは以ての外だ。
なお、人間性というか人格というか性格というか、内面に置いてはその限りじゃない。
目の前にいる、ヤツ。
黄三郎は……精神性はともかく、身体能力的には恐らくこの学園に通う王子の中では最も手強い、はずだから。
何しろ前世の『おねえちゃん』曰く、黄三郎は『ギャップ萌枠』とのことなので。
あくまで『おねえちゃん』がそう言っていただけであって、私からすると異論しかないけどな!
表面的なキャラとしては軽薄女好きなナンパ野郎で、常に煌びやかに着飾った豪華なお姉様達を侍らせているような感じで。
ちょっと目立った女の子がいたら、それが礼儀だと思っているかの如く、必ず自分から声をかけに行く誤った礼儀作法を習得している野郎だ。そんな礼儀はこの世にねぇよ、マナー講座から出直して来い。
でもさぁ、こいつさー?
一見お色気キャラみたいな面してるけどさー?
「カーライル? 女性の頭になんてことをするんだい。こんなに華奢で可憐な女の子相手に乱暴するなんて……君、野蛮が過ぎるんじゃないかい?」
「あ……しゃ、シャルトルーズ……私は勇敢だったと、父陛下に伝えてもらえるだろうか」
「う……ん? カーライル? どうしたんだ、目が濁っているんだけど……」
「頼む、シャルトルーズ。母上には、私は最期まで国の為に戦った、と……」
「しっかりしよう! 十五の身空で辞世の句を詠むには、少し早すぎる!」
「……あれ? なんか赤太郎が錯乱してない?」
あまりにも様子がおかしすぎたせいなのか。
黄三郎も最初はちょっと咎めるだけっぽい雰囲気だったのに、赤太郎が世を儚むような世迷言を連発したせいか、今では顔を引き攣らせて赤太郎の肩をゆっさゆっさと揺さぶっている。
なんか黄三郎に遭遇した時の私より、錯乱具合が酷いな?
思わず呟いた時、何故か魔法騎士コースの諸君から私へと視線が殺到したような気がした。
ついでに「誰のせいだと……」って呟きが聞こえた気がするけれど、きっと気のせいね。
しかし赤太郎、ナイスだ。
黄三郎の関心をものの見事に掻っ攫ってくれたので、このまま仕切り直しに出来そうな気がする!
今日はサヨナラばいばいして、こっちの(殴る)準備が整った頃合いで再訪してもらえないかな……いや、そんな弱気でどうするミシェル・グロリアス!
むしろ今日この場で、赤太郎のお陰で動揺してくれちゃっている内に殴る算段を整えたい!
殴れる機会は作れる内に、どんどん前のめりで作っていく! それこそが私の基本姿勢だったはず!
私はそんな思いで、黄三郎に付けこむ隙を見出そうと、前世の記憶を……『乙女ゲーム』に置ける黄三郎の記憶を引っ張り出そうとしたのだけれど。
……記憶を漁って三秒で殴りたくって仕方なくなった。
うん、乙女ゲームのアレコレって嫌気が差すよね殴りたい!
その欲求を頑張って我慢しながら、せめて黄三郎の基本データぐらいはと思い浮かべる。
いけ好かないナンパ野郎、黄三郎。
駄目ね、やっぱイラっとする。
「あの、私に何かおありでしょうか。わざわざ私に会いにいらしてくださったようですが……」
「……ハッ」
仕方がないから声をかける私。
我に返る黄三郎。
赤太郎が錯乱してたせいとはいえ、女をほっぽり出して野郎の世話を焼くとか、『ナンパ野郎』にあるまじき真似だよ? わかってる? それで大丈夫か、お前。
私はイラッと成分を面に出さないよう、きれいに覆い隠しながら……わざとらしく、首を傾げた。
さあ、黄三郎よ、私に会いに来た用件を述べるが良い!
何の用で来たのか、なんとなく予想がつくけれども!
この前の舞踏会じゃ、師父とふたりでくるくる踊ってさぞかし注目を集めたことだろうし。
つまり私=舞踏会で盛大に目立ちまくった見慣れない女。
黄三郎が声をかけに来る案件じゃん。
『目についた女の子には手あたり次第に声をかける』ってルールで奴は動いているんだから。
そして案の定、奴は宣った。
「先日の舞踏会で、君の華麗なダンスに僕は魅せられてしまったんだ。ねえ、ミシェル·グロリアス嬢? 次の夜会では、是非とも僕と踊って貰いたいんだけど、どうだろう?」
「黙れ、ヘタレが」
「え?」
「あら、何か聞こえまして?」
いけないいけない、ついうっかり心の声(笑)が。
小声だったからどうやら聞こえてないっぽいし、セーフだろう。
しかし、本当に予想通りの用件だったな……。
このお誘いに対して、私の返事は……
「嫌ですわ」
うむ、我ながらきっぱりとしたお断りである。
黄三郎はこんなはっきりすっぱり断られたことはないのかもしれない。
唖然とした顔で、棒立ち状態だ。
でも嫌の一言では、流石に失礼かもしれない。
その辺りの判定をしてくれそうな赤太郎は、両手をそっとクロスした状態で自らの胸を覆い、地面に直で転がっている。今すぐ棺に詰めて墓穴に埋めて下さいと言わんばかりの有様だ。
ミイラのポーズかな? 大変準備がよろしいと思わなくもないけれど、役には立ちそうにない。
というか赤太郎はどうしたんだ。なんかよく知らんけど、今日はやたら世を儚み過ぎじゃね? なんでそんなに死にたがるんでしょう。まだ十五歳なのに、親御さんが泣くぞ。
そんな絶妙に気になる様子で地に転がる赤太郎は、今日に限ってぶっちぎりで存在感が強いんだが。
さっきまでその赤太郎を頑張って宥めて構い倒していたはずの黄三郎は、存在感を増した今の赤太郎は何故か視界に入らないらしい。本当にすぐ側、もう隣って良いくらいの近距離に転がっているのに。
地面に転がる、トドのような赤太郎。
その隣で困惑を隠せない様子でそわそわと髪を掻き上げる黄三郎。
うん、シュールだわ。
「いや、なのかい……? その、理由を聞いても? 僕も紳士の心得くらいはわかっているつもりだからね、嫌がる女性に無理強いはしないさ。だけど……僕のどこがお気に召さなかったのか、是非とも聞きたいな」
「聞かれたからにはハッキリとお答えしましょう」
「ちょ、待てミシェル……っ! 他国の王子様に精神攻撃は……! 赤太郎殿下が今度こそ死を覚悟してお前に立ち向かわないといけなくなるから!?」
なんか外野からオリバーの焦った声が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいね。
最近空耳が多い気がするわ……私、まだ十五歳なのに難聴かしら。
ああ、それで私が黄三郎のお誘いをお断りした理由だったっけ?
そんなの簡単だよ。
「女性はね、自己保身の道具ではありませんのよ。そしてね、そんな自己保身の為に、誰かに利用されてやるつもりなんて……私には微塵もありませんの」
にっこり笑って言ってやると、目に見えてわかる程、露骨に。
黄三郎が、ピシッと固まった。
軟弱ナンパ野郎を装う、黄三郎。
私は知っている……奴が自分のイメージダウンを狙って、女の子たちに現を抜かす色男よろしく夜遊びを繰り返していることを。
理由? 知らんと言いたいが、なんかアレだよ。よくあるお家騒動的なアレ。
能力も人柄も立派な腹違いのおにーさんと家督相続云々で揉めたくないから、ちゃらんぽらんでいい加減で王位に相応しくないダメ男って事にして家督争いを回避したいんだと。
その為に、わざわざ留学までしてこの国の魔法学園に入学しやがったんだ、奴は。
でもだからって、自分のセルフネガティブキャンペーンの為に女の子使うとかさー……率直に言って最低じゃん? 女の子たちが黄三郎の事情を知っていたのかどうかは知らないけどさ。知っていて協力していたとしてもだよ? 遊び人の遊び友達なんて、世間からどんな扱い受けると思っているのか……貴族令嬢相手にどういう料簡なのか、その胸に聞いてみたいわね、拳で。
自分への憐れみに酔ってる臭いところもあるし、お前はもっと周囲に侍らせている女の子たちに配慮しろや。屑が。
そんなに異母兄と争いたくないって言うんなら、他にやり方はいくらでもあると思う。
まずは言葉を尽くして、家族と周囲に自分の主張を理解してもらえるよう努力する方が先だろうが。
なんで自分の考えを理解してもらおうってするんじゃなくって、自分のイメージ悪化に努めようなんて考えに行くかな。そっちの方が楽だったんですね? 安易に楽な方へ逃げる事は絶対に悪いとは限らないけれど、程度ってもんがあるだろうが。
というか他人を巻き込むな、他人を。
お家騒動は家中でやってくれ。わざわざ留学して他国に範囲を広めるな。
そして更に、私は知っている。
女の子との夜遊びを繰り返して、屑いイメージを強めようとしている黄三郎。
そんなアイツは、ほっぺにちゅー以上の『女遊び』をやったことがない、ヘタレだという事を。




