混ぜたら危険
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額に薄く汗を滴らせ、汗以上の闘気を立ち上らせて。
ミシェル嬢とイシュタール男爵は、全霊を込めて一曲踊り上げる。
足を止めると同時に、ミシェル嬢は音も立てずに跪いていた。
「その偉大なお力、しかと胸に刻みましてございます。師よ——!」
あなたいつの間に弟子入りしたんですかね。
「フッ……貴様も中々の手並みであった」
「有難きお言葉」
「しかしまだまだ学ぶべき事があるようだ」
「この身の未熟がお恥ずかしい」
「我が指導は甘くはないぞ、小娘……否、我が弟子よ」
「師父……!」
そこのお二人さん、展開が早すぎやしないだろうか。
一体どれだけ波長が合っちゃったのか。
何がそんなに通じ合ったのかは不明だが、一曲ダンスを踊っただけで謎過ぎる絆が芽生えていた。
師弟の契りを一体いつの間に結んだというのだろうか。
だがそんな疑問など些細なこととばかり、舞踏会が開催されているダンスホールの真ん中で、イシュタール男爵(御年78歳)とグロリアス子爵令嬢ミシェル(15)は他の誰にも分かち難い世界を展開させている。
ある意味、二人の世界といえるだろう。
何が起きているのかよくわからないと、周囲が二人を遠巻きにさわさわと囁き合っていた。
一部、ヤバイ組合せが意気投合しおった……と戦慄している者達もいたけれど。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
舞踏会の夜から、明けて三日後。
魔法学園魔法騎士コースの訓練場にて、早朝から木陰で座禅を組むミシェル嬢の姿が見られた。
いつもなら元気に飛び跳ね、ステップを踏みながらサンドバッグ(青)を殴っている頃合いである。
それが今日は朝から喋らず動かず、じっと座して瞑想している。
その座り方ははしたなくってよ!というエドガーの叫びも聞こえないらしい。
困惑強めなクラスメイト達の視線がミシェル嬢に突き刺さる。
ついには我慢できなくなったのか、オリバーがミシェルの側に歩み寄る。
「ミシェル、何をやっているんだ?」
「ただの精神修養中ですわ。師父からの課題ですの」
「師父、って……あの髭の。イシュタール男爵、だったか?」
「ええ、その髭の。我が敬愛する師ですわ」
「お前ら出会って三日だよな。弟子入りしたとは聞いたが、展開早すぎないか?」
「人と人とが関係を築くのに、時間は関係ありませんわ」
「いや、我の強いお前が三日とかからず心酔って、どう考えてもおかしいだろ」
「それだけ師父が偉大だという事ですわ! オリバーだって見たでしょう? 師父のあの身のこなし、隙の無い出で立ち、溢れ出す武威を!」
「確かに見た。見て、それはもう凄い武人だってことは片鱗なりと感じ取ったけどな。だけど何というか……お前が赤太郎とか、特定の誰かを殴る! って息巻いている時以外で、こんなに熱意を見せるのも珍しいな」
「だって武を磨けばその分、すっきり気持ちよくぶっ飛ばせますでしょう?」
「そこか。そこに行きつくのか。結局は誰かを殴る云々の話なのか」
「まあ、オリバー? 私がそれだけだとは思わないでね?」
「ほーぅ? それじゃあ聞くが当面の目標は?」
「それが師父に指摘されてしまいましたの。――私が、精霊術頼りが過ぎると」
「は? ミシェルは別に、そこまで精霊術ばっかりって訳じゃないだろ? そりゃ使わない訳じゃないが……模擬試合だって、精霊術一辺倒なんて戦い方はしないじゃないか。むしろ物理に対する比重が執拗過ぎるというか」
「師父曰く、物理攻撃でも結局身体強化任せにしている部分が見受けられる、だそうよ。手合わせしていただいた際に、どうも細かくチェックされていたみたいで。動きの無駄が多いし、身体強化で無理矢理動かしているから粗が目立つって」
「達人だな。俺にはそんなこと全然わからないんだが……」
「とにかく、身体強化の底上げで無理を通しているせいで、肝心の肉体……全ての土台とも言うべき素の身体能力への鍛え方が不十分なんですって。でも逆に言えば、純粋な鍛錬、素の肉体を鍛錬することでより大きく成長するって断言してもらえましたのよ。むしろ伸びしろは十分だと!」
「そうか……今以上に打撃力を上げるつもりなのか」
ドンマイ、赤太郎。
少し離れたところで、そんな声が聞こえた気がした。
次いで、「俺ばかりが殴られるかのような物言いは止めろ!?」という、誰かの不安に揺れる声まで聞こえてきたような、こないような。
「それにね、それにね! 師父が仰ったのよ!」
「お、おお……今日は本当にテンション高いな。精神修養どうした」
「全ての土台である肉体を鍛えたら、仕上がりに応じて秘儀を伝授してくださると!」
「そうか、身体能力を伸ばすだけじゃなく、技術と必殺技まで手に入れるつもりなのか……」
「ひとまず肉体と精神をある程度鍛えたら、『気』について教えてくれるとか」
「『気』? なんだそれ、初めて聞くな?」
「肉体と精神、その調和の果てに自らの中から見出す力が云々かんぬん師父が言ってたわ」
「体の中にあるのか? 魔力じゃなく?」
「魔力とは別物だそうよ。魔力は生まれつき個体差によって強弱の格差があるけれど、『気』は生命の力、生きとし生けるもの全てが等しく身の内に抱える物だそうよ。鍛えていない状態だったら、誰だろうとあまりその強さに差はないんですって。でも磨いて鍛えて、修行で高めることの出来る力だと」
「あまりこの国じゃ……いや、周辺国含めて、このあたりじゃ聞かない概念だな? イシュタール男爵って滅びた遠国の出身なんだろ? 亡国特有の考え方だろうか」
「師父の祖国じゃ一般的な概念だったらしい。むしろ、師父の生まれ育った東方じゃ『魔力』の方が馴染みがなかったって言っていたし、やっぱり地域によって文化や思想って違うものなのね」
「イシュタール男爵は東方の出身なのか。遠いな」
「師父の流派は東方でも更に東の方で発祥したって言っていたし、もう私達にとっては別世界の技術みたいなものよね」
「ふぅん、流派、ね……イシュタール男爵の流派はなんていうんだ?」
「ああ、なんか『禍保鋭螺』っていうらしいよ……」
流派の名前を聞いて、ミシェル嬢は何故か「騙された……!」と思ったそうな。
しかし恐らく、彼女が連想した『カポエイラ』とは似て非なるナニかだと思われる。
だって伝道者が『気』とか言いだしてるんだもの。
一通りミシェル嬢に話を聞いて、オリバーは思った。
異文化が過ぎる、と……。
だが同時に、ミシェル嬢が真剣に強くなりたいと願ってイシュタール男爵に弟子入りしたことも察したらしい。
可哀想に……王子様を相手に何様だと自分に呟きながらも、オリバーは憐憫の目を赤太郎に向けていた。見られていることに気付いた赤太郎が、「その目! なんか嫌だ!」と嘆く程、しっとりとした憐れみに満ちた視線だったという。
ミシェル嬢がイシュタール男爵の門派に入門しちゃってから、また変な方向にひた走りつつある麗らかな午後。
困惑しながらもミシェル嬢という人間にこの三か月でまあまあ慣らされてきた学友達は、優秀な順応力でもって普段と違う行動を取るミシェルも受け入れつつあった。
どうやらイシュタール男爵から指示された修練に取り組むのは、朝練の時間だけのようだ。
模擬試合や実技訓練が行われる午後からもうすっかり、いつも通りのミシェル嬢だった。
つまりは、大暴れである。
右手に木剣、左手に殴り用グローブを抜かりなく装着し、縦横無尽に駆け回る。
そして殴られる赤太郎。南無。
だけど『いつも通り』という呪文は、不思議と人々に安らぎをもたらすもので。
いつも通り10m吹っ飛ばされる赤太郎の軌跡を見送って、学友達は何故かほのぼの和んでいた。
「うわぁあ王子殿下がー!!」と大慌てだった当初が懐かしいくらいである。
あれだ、あの頃俺は若かったという心象に近い。
だが、悲しいかな。
『いつも通り』というのは変化がない状態を示す。
まだまだ十五歳の若い彼らにとって、学園生活は起伏と変化に富んでいる。
それはもう、飛び跳ねん勢いで。
つまりは、アレである。
『いつも通り』じゃないブツが、向こうからやって来た。
それは、爽やかフロ~ラルな女物の香水を纏って現れた。
ちなみにご自分で愛用されている訳ではなく、残り香である。
日に当たってキラキラ輝く頭は、目に眩しいくらい。
ふぁさ……っと靡く金髪。烏の恰好の獲物である。
しかし彼は自ら動くイキモノなので、烏にむざむざとカモられる事はない。
シミもシワもない純白のコートに、嫌味でない程度に金装飾。
長い足で颯爽と歩く男が一人。
普段は武骨で漢臭い、殴り合いの現場。
魔法騎士コースの訓練場に、場違いなナニかがやって来た。
皆さん、言わずともおわかりですね?
シャルトルーズ・イエロー……またの名を黄色い頭の黄三郎である。
何がそんなに面白いのか、そのお綺麗なツラに薄笑いを貼り付けての登場だ。
ミシェル嬢ならきっと、第一印象で『殴りてぇ』と思う事間違いなしである。
大変危険なので、ミシェル嬢には近寄らない方がよろしいでしょう。
だというのに、なんということでしょう!
黄三郎は、何を思ったのかまっすぐに……マジで一路まっすぐに、ミシェル嬢を見つめていて。
視線を辿るように、他には見向きもせずにミシェル嬢へと接近するのである!
彼は、危機管理能力に重大な欠陥を抱えているのかもしれない。
ああ、ほら、赤太郎が「シャルトルーズ!?」と警告の意を含んだ素っ頓狂な声を上げている。
意気揚々、元気にエドガーと模擬試合の真っ最中だったミシェル嬢は、斜め後方から接近する黄色頭にまだ気付いていない……!
黄色頭は黄色頭で、訓練場にいる有象無象の魔法騎士候補生の間をぬるりぬるりと妙に滑らかな動きですり抜けていく。頭と肩の位置が、歩いているのに全くブレない上下しない。その足運びは、何とも言い難く……気持ち悪いな、と思った魔法騎士候補生が若干名。
結局ミシェル嬢に気付かれることなく、黄三郎は手を伸ばせば届きそうな位置まで接近している。今の彼にはもしかしたら巨大な人食い鮫の亡霊が乗り移っているのかもしれない。
にこやかな微笑み。
ミシェル嬢のパーソナルスペースの、測ったかのようにギリギリ外側で。
軽やかな歩みを止めて、黄三郎は柔らかい声を発した。
誰に向かって? ミシェル嬢に向かって。
「ああ、訓練場にいるというのは本当だったんだね。君のような女性が魔法騎士コースに在籍しているとは驚いたけれど?」
「……?」
女性、という単語に自分の事かと認識して。
エドガーが驚いたような顔で、動きを止める。
それを目で確認してから、ミシェル嬢は振り返り……怪訝な顔のまま、一時停止した。
常に活動的で前進あるのみといった行動理念を体現するミシェル嬢にしてはまことに珍しい、『硬直するミシェル嬢の図』である。
それがどれだけ貴重な光景なのか、知る由もなく。
黄三郎は女受けの良さそうな微笑で「ふふっ」と声を漏らした。
硬直していたミシェル嬢の額が、ぴくりと引きつった。
「初めまして、かな? ミシェル・グロリアス嬢——先日の舞踏会では結局声をかけられなかったからね」
僕はシャルt——黄三郎が名乗ろうとした、その声を遮るようにして。
ミシェル嬢は俊敏な動きで距離を開け、黄色頭の王子様を指さして叫んでいた。
「貴様、何故ここにいる——!」
初対面の、他国の王子様を初っ端から貴様呼びである。
叫びを聞いた瞬間、動いていたのは赤太郎で。
思わずといった様子で、彼はミシェル嬢の後ろ頭を叩いていた。
「口の利き方に気を付けろ——! 外交問題になるからマジ止めろ!!」
そして、叩いた赤太郎と。
叩かれたミシェル嬢と。
それを目の前で繰り広げられた黄三郎と。
ついでに周囲で彼らを取り囲んでいた魔法騎士コースの諸君とが。
一人の例外なく、全員が固まっていた。
赤太郎が、ミシェル嬢を叩いた。
事情を知らない黄三郎は「彼が女性に手を上げるとは……」と驚いていたのだが。
黄三郎以外の魔法騎士コース諸君にとっては、初めて目にする有り得ない光景であった。
すわ、下剋上か——?
……いや、普段はミシェルが下剋上しているだけで、本来は王子の赤太郎が上だよな?と。




