何が何でも切実に、逃れたい縁談1
前話から、思った以上の間が開いてしまいました……。
単純に職場の人手不足で仕事が大変って事もありますが、年度末・年度初め・GWの皺寄せ繁忙期と忙しい時期が重なって疲労と残業時間の蓄積がヤバい事になっている小林です。
「ミシェル、俺と結婚を前提に婚約してくれないか」
瞬間。
食堂内から音が消えた。物理的に。
赤太郎なんぞ、口をパッカリ開けて唖然としていやがる……いや、他の奴らも概ねそんな反応だけどな?
私達の周囲から伝播するように沈黙が広がっていく……!
めっちゃ微妙な、物言いたげな視線がどんどん集まってきてんぞ、おい!?
やべえな、これ。
時間を置けば置くほど、どんどん喋り難くなるやつじゃん!
これは口を開けなくなる前に、とりあえず兎に角なんでも良いから発言せねば!
「あ゛ー……」
口を開いたら更に注目が!?
気まずい思いをしながらカリカリと頬を掻き、私はひとまずこれは聞かねばと口を開く。
さて、何と言うべきかね?
こんなとき、これが乙女ゲームってやつならべららって選択肢が出るんだろうか。例えばこんな風にさ。
●いや〜ん、まいっちんぐ〜!
●表に出ろ
●弁解は罪悪と知りたまえ
……まあ、これはゲームじゃないんで普通に聞くけれども。
「結婚を前提としない婚約ってなんですの? そんなのありまして?」
「「「そこ!?」」」
「これは決して結婚詐欺や利用するだけ利用した上で契約不履行を企むようなものじゃない。約束したからには決して反故にはしないという誠意を言葉にしてみた。婚約に承諾を得られたならば、必ず結婚する心算がある」
「ヒューゴも回答ズレてんなぁ!?」
「そうじゃない、そうじゃないだろ二人とも……」
何故か項垂れる周囲。
なんで頭を抱えるんだ? 当事者でもないってのに。
「え、ヒューゴってマジで正気?」
鹿に脳みそシェイクされて配線バグってない?
恐る恐るとフランツが心底正気を疑う顔で問う。
おい? 私に若干失礼なニュアンス含んでないか?
その問いに重々しく頷き、ヒューゴは答える。
「前々から検討していたことだ。昨日今日の思いつきじゃない。血迷ったわけじゃない」
「マジか、マジなのか……」
「ミシェルは気心が知れているし、互いに本性も知っている。今更取り繕った関係から始める苦労もない。幻滅したりされたりを気にしないで良いという点で大きなプラスだろう」
「それは……言われてみると、その通りかもしれないが」
「いや、でも、騙されるな。ミシェルにはその点を考えたとしても無視しきれないナニかが」
「ヒューゴ、お前本当にミシェルでいいのか?」
「そも、ミシェルを女として見れるのか……?」
「女としても何も、ミシェルは女性だ」
「すげぇ……真顔で言いおった」
「目が澄み切ってやがる……本気で言っているとでもいうのか」
「ははは、お前ら言いたい放題だな。私に対して思うところが全開で垣間見えてますわよー? 誰がナニを言ったか、覚えたからな? 舐めるな、私の記憶力」
「やっべ、覚えられた!?」
「くっ……ミシェルの奴、無駄に記憶力は良いからな」
好き放題に言いまくる、周囲(私含む)。
対してヒューゴは、憂いを含んだ顔で宣った。
「何より、ミシェルは人の顔を気にしない。良くも悪くもな。そこが、俺にとっては重要だった」
……と、そのようなことを私含む魔法騎士コースきっての美女顔をしたヒューゴが言った。
それはそれは重い溜息付きだった。
ついでに言葉自体もめっちゃ重々しかった。
わあ、私評価されてるぅー。
ヒューゴが言うとマジで重いんだよ。その言葉。
何しろ現在進行系で、女だと勘違いかました野郎どもからの辻斬りならぬ辻告白に日々遭遇し続けてっからな。トラウマにする勢いで容赦なくぶった切っていらっしゃるけど。
ヒューゴはマティアス(顔が良すぎて過去に地元の有閑熟女のペットにされかけた経験あり)と並んで、顔の事で洒落にならん苦労をしている。この二人の顔に関しては、なるべくそっとしておくのが我がクラスの方針である。下手に突くと地雷が爆発するからな。
中々予想外に、私はヒューゴに評価されているらしい。
結婚相手としていつの間にか検討されていたなんて全く気付かなかったけども。だってヒューゴ、入学直後からずっと態度変わらないし。
態度が変わらなさ過ぎて、求婚されている事実が今一つ、こう、現実味ないんだけども。こうして目の前にしている今でさえ。
多分それは、ヒューゴ以外のクラスメイト皆が思っている事だったんだろう。
「えっと……ヒューゴってミシェルが好きなの?」
「ちょ、マティアス!? そこ聞いちゃうのか! 当事者どころか野次馬集団全員を目の前にして!」
「好きだけど?」
「さらりと言いおった!!?」
「でもその言い方、絶対枕詞に『人として』ってつくやつ……」
「俺には出来ないことをやってのける奴だと、個人的に尊敬している」
「ますますもって枕詞に『人として』ってつくやつ!」
「マジかよヒューゴ、マジで自国他国問わず学内の王子という王子を軒並みタコ殴りにするような嫁でも良いって言うのか……!」
「むしろ権力者の圧力と権威に屈しない嫁じゃないと困る」
「は?」
「そうでないと、潰されてしまう可能性が高いからな」
「はっ?」
おやおやおっと、何故だろう。
何やら……会話の途中で、ヒューゴが中々に聞き捨てならない事を言いやがったんだが。
ヒューゴの言葉に耳を傾けていた全員が、揃って怪訝そうな顔つきになる。
「えっ……どゆこと?」
それは勿論、私も同じこと。
「ちゃんと説明する。話さないと、フェアじゃないからな」
心なしか遠い目をしながら、ヒューゴは言った。
「まずは、これを見てほしい」
その手は自身のポケットを漁り始めて、程なく何やら数枚の用紙を取り出した。
広げられた、一枚目。
そこには目の前にいるヒューゴと同じ顔の……いや、本人だなコレ。
ヒューゴを含んだ、見るからに『家族の肖像』とでもいうべきものがある。
しかしこれは……こうして見ると、なんつうか。
家族構成はざっと見た限り祖父・両親・姉弟って感じかな?
初老ながらも筋骨隆々、きっちりかっちりした軍服を押し上げるご立派な上腕二頭筋・大胸筋etc……かなりのゴリラレベルをお持ちですなと思わず感心してしまう巨漢のおじい様。お髭も大変ご立派ですなぁ。髭に隠れている顔立ちは、理知的という言葉と真っ向から殴り合っていそうな……率直に言って荒ぶる海で猛り狂う海賊っぽい。このお姿を一言で表すとなると、私は便利な一言を知っている。ヴァイキングだろ、コレ。あるいは文化的な服を着た野蛮人ってところか……? 騎士団の割と偉い人って聞いた事あるけど、陣幕の奥で作戦指揮してるより戦の前線で戦斧でも振り回しているのが似合いそうなお姿である。
一方、それに比べてちょっぴり小粒というか……おじい様より若干小柄、御顔立ちも心持ち柔和なのがヒューゴの親父さんだろう。筋肉が付きやすい体質なのか、体格はそこそこゴリラって感じだけれども。おじい様の隣でちょっぴり縮こまっている様子なのは、おじい様の暑苦しい圧に追いやられた結果かしら。
そして巨ゴリラ・小ゴリラに画面の端に追いやられつつも慎ましく佇む一般人……うん、ヒューゴのお母様は人間ですね。決してゴリラじゃない。ちょっぴり地味目の顔立ちだけど、穏やかさと性格の良さが滲み出る温和そうなお姿ですね。目立たないけど地味に人気がありそうな和み系のお母様です。
そんな三人の大人を背景に、前列には二人の姉妹……おっといけね、姉妹じゃなくて姉弟じゃん。
お姉様の方はお母様と同じく人間ですね。キリッと眉だけ凛々しく勝気そうで、目力強めだけど。其処だけ祖父似っぽいけど。でも似ているのはそこだけ。眉毛と眼力以外は似なくて良かったね! 本当に。マジで。
凄く美人って訳じゃないけど、何となく鮮やかな花を連想させるお姉様だ。花に例えるとオステオスペルマムみたいな明るさと存在感がある。いわば勝気な姐さん系。
その流れで、最後にヒューゴである。
一年か二年くらい前の肖像画なのか、今の姿よりちょっぴり小柄で幼そうな顔立ち。それでも一目見て言える事がある。
わー、めっちゃ美少女じゃん。
結論。
こうして見るとヒューゴ、お前、家族とまるで似てないのな。
あの筋肉祖父・小筋肉親父の直系とは思えない華奢さに繊細な顔立ち。
これはもしや、まさかの拾われっ子疑惑の発生だろうか……
おいおい、おいおいおーい、深刻な家庭環境の闇とか発生しない? こんな衆人環視がもろにいる場所で、話題にして大丈夫な話?
「ひとつ言っておくが、祖父や父とは姉も俺も確かに血が繋がっている。決して養子とかじゃないからな」
「ハッ……何故、私の考えている事を!?」
「家族が全員並んでいるところを見ると、俺を見て大体誰もが最初に同じ反応をするから」
「わーお、私だけじゃなかったんだ。訝しく思ったの……」
「間違いなく親子だから変に勘繰る必要はない。自分でも血縁の不思議を感じる事があるので気にするな」
「おぉう……えっと、ヒューゴ? それでこの絵がどうしましたの?」
「この絵は、今からする話の前提だと思って見てほしい。それからもう一枚」
家族の肖像の隣に、ヒューゴが新たな紙を広げる。
そこにはやっぱり、誰かの肖像画があって。
なんだかとても、見覚えのある顔をしていた。
「え、これヒューゴ?」
おかしい。
顔立ちはどこからどう見てもヒューゴなんだけど……
キラキラ光る銀の髪を丁寧に結い上げて、螺鈿細工の蝶の簪とパールの飾りピン。
麗しのお顔にはゆったりと優雅に口元を微かに吊り上げて、憂いと儚さを帯びた微笑。
耳には煌めく紫水晶の耳飾り。
白くて細い首筋を飾る、幅広レースの首飾り。
細くて頼りなげな肩を剥き出しにして、胸元に首飾りと揃いのレースをあしらった薄紫のドレス……。
うん、やっぱりお顔はどう見てもヒューゴなんだけどさ。
何故に、どうして、全力で着飾った女装姿をしているの?
これじゃまるで淑女みたいだよ、ヒューゴ……?
あと胸元膨らんでるんですけど、これ偽乳ですか……? それとも肉まん詰めただけ? この国、肉まんなんてないけど。
肖像画を目にした誰もが、困惑と疑惑の目でヒューゴを見ていた。
「ヒューゴ、お前もしかして……っ」
「俺じゃなくて祖母だから」
「先回りして疑問を封じられたっ」
「な、なぁんだ! おばあさんかー!」
「は、HAHAHA! そーだよなー!」
「うっへぇ……マジでビビったぜぇ。ヒューゴ、お前おばあさまに激似なのな。色々惜しい」
「ちょっとお前達、祖母の肖像を見て何を思ったのか、俺の顔を見ながら率直に言ってみろ」
「ひゅ、ヒューゴくん、その温度感のない目でこっちを見るのはやめてくれ。なんか怖い! なんか怖いから!」
ヒューゴと私を取り巻く、魔法騎士コース生の皆々様。
その内の、何割か……確実に少なくない人数の生徒が、胡乱な目をするヒューゴからサッと目を逸らした。
多分、ヒューゴの婆様のおそらく若かりし頃の肖像画を見た瞬間、この場の多くの血迷える若者たちが思っちゃったんだろう。何人かは都合のいい妄想ってやつ? なんかそんなのを考えたのかもしれない。
——もしやヒューゴは、何かしらのやむにやまれぬ事情を秘めて、男装して魔法騎士コースに身を置いているけれど、実は女の子だったりしちゃったりなんかするのではないか?と。
魔法騎士コースに他ならぬ女子が在籍している時点で、敢えてわざわざ男装して通う意義なんぞほとんどないが。
極端に騎士を志望する女子がいないってだけで、女子の入学自体は禁止されてないし。
そもそもヒューゴの家も代々騎士の家系だってだけあって、この国では数少ない女騎士を何人か輩出しているって話だし。今更ヒューゴが女だったとして、女騎士を目指す事を拒んだりはしないだろうし。
「しかしヒューゴのババ様、めっちゃヒューゴと似てるじゃん」
「男女の性差、どこだよ……ババ様の方が若干華奢なだけで、違いがほぼほぼわからねえ」
「ヒューゴ、この美女はどっち方の祖母なんだ? 母方?」
「父方だ」
「「「………………」」」
「……おおぅ、ち、父方」
ヒューゴのさっぱりとした物言いに、一同、無言で再び机上の肖像画へ目を落とした。
美女の肖像と、ヒューゴんとこの家族の肖像。
それはそれは見事な筋肉をお持ちの、家族の肖像。
そうか……この祖父ゴリラが、この素晴らしい綺麗系美女を娶ったラッキーゴリラなのか。
そんでもって、この父ゴリラが、この綺麗系美女の生んだ息子……と。
美女遺伝子、どこだよ。親父さん、欠片も似てねえよ。それはそれは見事な祖父ゴリラ似である。
あ、あれか? ババ様の華奢さが遺伝して、祖父ゴリラより細めの小ゴリラに育ったのか?
「見事な隔世遺伝ですね」
「ところでなんで家族の肖像にババ様いねえの?」
「あ、馬鹿。ヒューゴのババ様は……」
「別に気にしていないから言葉を濁さなくても良い。祖母は父が子供の頃、若くして亡くなったんだ。それで家族の肖像にはいないだけだ」
「美人薄命ってやつか……」
そんでもってこの美貌から見てわかる通り、ヒューゴのババ様はかつて社交界でも名うての美女だったらしい。それが老いて容色が衰える前に亡くなったものだから、当時を知る祖父母世代の貴族間ではある種の伝説になったという。
「まず、祖母の肖像画を欲しがる紳士がかなりの数いたらしい」
「他人の嫁の肖像を欲しがる時点で、それは紳士ではないんじゃないか?」
「金を積んでも欲しいという人間が続出し、こっそりひっそり、祖母の肖像の写しが流出した」
「そのレプリカはどっから出てきたんだよ……」
「祖母の姿を見聞きした画家が家族に許可を取らず勝手に描いた場合もあるが、肖像画の発注をかつて受けた工房に習作やスケッチが残っていたらしい。それを元に、金欲しさで勝手に売った画家がいたようだ」
「わーお、肖像権の侵害じゃん」
「結果、二次被害が発生した」
「ん? 二次被害……?」
「祖母の肖像画を目にして、一目惚れする貴族の令息が続出したらしい。祖母とは世代の違う、子供や孫世代に」
「うわぁ……ヒューゴのおばあ様ったら初恋泥棒じゃん……☆」
遺族の承諾を得ていない、美女の肖像画。
それは出回ったと言っても、ひっそりこっそりだったらしい。特に美女の旦那は騎士だしな。下手に崇め奉って取り締まられたくはないだろう。みんな購入しても大っぴらに飾ったりはせず、屋敷の奥の奥、本人だけが主に楽しむプライベートスペースに飾られていたそうな。しかしプライベートな空間だろうが何だろうが、飾っている限り誰かしらの目には触れるもんである。私的空間なだけあり、それを目にした人間は大概が飾った本人の身内や部屋の掃除をする使用人……。お掃除担当の使用人は女性が多いんで、特に問題はなかった。だけど息子さんや孫息子さんが目にした時、そこには鮮烈に人々の記憶へ刺さる美女が飾られている訳で。
大っぴらにできない美女の肖像画を飾るのは、金と権威を持っているお偉方が主だった。つまりは高位貴族。そんな高位貴族の息子や孫世代だ。
ヒューゴの説明をそこまで聞いて、私は思った。
「やだ、厄介ごとの予感」
「その予感はほぼほぼ当たっている。良かったな、勘の良さを誇れ」
「いや、この場合は良くねーよ。絶対に面倒な話に繋がる気しかしない」
そしてついに、ヒューゴは憂鬱さを隠そうともしない表情と声音で言いおった。
ヒューゴ曰くの、『権力者の圧力と権威に屈しない嫁じゃないと困る』理由を。
「当家と交流のある侯爵家……祖父の、若かりし頃の上官に当たる侯爵の孫息子は、俺の祖母が初恋なんだそうだ」
それは、心底、うんざりしたような物言いで。
言い方からして既に、そこにはヒューゴの苦労と疲労が滲んでくるようだった……。
うん、やっぱり厄介ごとの気配しかしなかったなぁ!
なお、ヒューゴのおばあちゃまは筋肉フェチだったんだって☆
女子の人気をほしいままにしていた細身の貴公子様方は、軒並みおばあちゃまにオブラートに包んだ「鍛え直して出直して来い」というセリフで振られたんだそうな。




