降って、湧いた縁談
魔法騎士コース、全学年合同で行われた初日のゲーム。
三試合目の決着は、どうやら本命の一手だったっぽいノキアをシトラス先輩が撃破したことで概ねついていたらしい。というか開けた場所で、更には折角変装していたモノが集団の中で身バレ。周囲を多数に取り囲まれている状況と、ノキアにとってはかなり不利な条件だったと思う。
正体がバレさえしなければ、かなりいい線いってたかもしれないけど。
そう、身バレさえしなければ。
私に行き会った時に反応したりせず冷静に知らんぷり出来ていたら、身バレなんてしなかっただろうよ。多分。
ノキアもまだまだ未熟だったって事だね。これも本人の未熟が招いた事と諦めてもらおう。
あとは、まあ、アレだ。
ターゲットである枕カバーが、実質見学扱いだった私の懐(上着の内ポケット)に収められたのも、敵陣営の意気を挫くって意味では大きかったのかもしれないけれども。
最終防衛ラインを超えた先に待ち受ける、(見た目だけは)幼気な少女。
目的のブツは、その服の中。
客観的に見ると、かなりド汚ねえ手段のような気がする。
だってあれ、暗に「勝利と社会的な重症、どっちを選ぶ?」って迫ってたもんね。実行したのは私だが。
魔法騎士コースでも唯一の女生徒の懐に、早々気軽に手を突っ込める野郎はいない。特に女慣れしていない魔法騎士コースの生徒には、ほぼ間違いなくいない。例え私のことを既に『女の子』とは見ていないだろう1年生諸氏の中にもいないに違いない。いたら多分、紳士な先輩方によって袋にされていた事だろうしな。コース唯一の女子って肩書だけで、もう決着はついたようなもんだったよ。やったね。
「うん? 見学は仕方ないが、何もせず見ているだけでは落ち着かないって?」
「手持ち無沙汰なのもそうですけど、見ているだけでは申し訳なくて……今は見学に徹しなければいけないと、それもわかっているのですけれども」
「そうさなぁ……では、護衛対象を直接警護する、というのはどうだろうか。こう、最後の砦的な? 戦わなくていいから最終防衛ラインの奥の奥で枕カバー持ってるだけの簡単なお仕事ってやつだけど」
「わかりました。それじゃあ、この枕カバーは預かりますね」
「受け取って即、流れるように砂袋から引っぺがして胸元に仕舞いおった……」
「なんてとこに仕舞うんだ。敵も味方も年頃の、思春期男子しかいないっていうのに」
「守るんなら、ここが一番確実ですよ? 庇ったりとかで動きが阻害されないし」
「それはその通りなんだけど、ああ……俺等が故意にそこに仕舞わせたって思われそうじゃん。えげつねえ」
「枕カバー狙いで手を伸ばされたら、私の本性を知っている相手であっても思わず怯むくらい、精々可愛らしく叫んでやりますよ。きゃーって」
「故意か! お前にとっては故意なのか! えげつねえ!」
「こいつ、確信犯だ!」
「これはイケメンでも許されないヤツだけれども! そこを敢えて狙うのはどうなんだ!?」
「嫌ですわ、先輩方。人聞き悪〜い。ミシェル困っちゃうー(棒)」
実際の要人警護で、護衛対象を懐に仕舞うなんぞできないことは重々承知だが。
今日のこれは所詮ゲームだし?
懐に仕舞うな、なんてルールに追記しておかなかった先生方が悪いと思うよ。うん。特に枕カバーの場所は隠さなかったしね。
「枕カバーはどこだぁー!」
「ここだ!」
「……!!」
「え、どこ?」
「えっとね、私の内ポケットの中。胸元の」
「えっ」
大体、このやり取りで決着がついた。
敢えて言わなかったけど、なんで誰一人として『ミシェル・グロリアスごと掻っ攫う』って判断に至らなかったんだろうな? マジで。うん、敢えて言わなかったけど。
「さあ、この枕カバーが欲しい者は無抵抗な私を昏倒させて衣服を剥ぎ取るが良い。私は反撃しない。先輩達に戦闘を禁じられているから! ただしこの上着の下、上半身はもう下着同然の肌着姿でしてよ」
「くっ……なんて人聞きが悪いんだ! 上着を奪ったら婦女子を下着姿に剥いた変態の汚名を負うってことか!」
「なお、私は抵抗はしませんけれど逃亡はいたしましてよ。きゃあーいやあーって叫びながら渾身の女の子走りを見せてくれるわ」
「純粋に外聞が悪い! 俺等の!!」
「なんとでも言うが良い。戦闘を禁じられた私にできる枕カバーの防衛方法はもう、これのみ……! これしかありませんの!」
「なんて奴だ。この一年女子……殊勝な感じにさも遺憾だとでも言いたげな声で喋りつつ、顔は満面の笑顔だと……!?」
「おっと失敬。つい本音が顔に」
「こいつ……悪びれもしねえ、だと!?」
なお、本来のゲームでは模擬戦的な側面を持つが故か、騎士陣営はターゲットを奪われたまま奪還もできなければ即負け決定。山賊、暗殺者陣営はターゲットを一つでも奪えれば勝ちとなるらしい。
けど、今日のこれは魔法騎士コース全体の縦の結束と交流を深めることに重点を置いたもの。変則ルールとして、ゲームセット時に各陣営が持っていた枕カバーの数でポイント数を競うものとなっている。
陣営を変えながらの、三回のゲーム。
頂点に立ったのは、ナイジェル君とこのチームだった。さもありなん。
なんか、私達が鹿と戯れている間に、赤太郎んとこの陣営から枕カバー全奪い達成したらしいよ。
そして二番手が私達の陣営で、ドベが赤太郎んとこである。
うん? ノキア?
ああ、アイツなら青空保健室送りになったよ。三十分くらいして目覚めたら、なんかいまだかつてないくらい体がスッキリ軽くなってたんだと。おそらく肩凝りとかが強制的にほぐれたんだろう。
そんなノキアは、いま。
酒場……じゃねえな。食堂で管を巻いていた。一杯のたんぽぽ茶(エドガー持参)を片手に。
「あの時……っ あの時、足を取られさえしなければ、余裕で逃げられてたはずなんだ!」
「どんまい(笑)」
「あんなシークレットブーツ履くから……」
「たら、ればを語りだしてはキリがありませんわよ」
「そーだぜ〜? 女々しいぞ、ノキア」
「ちくしょう、あのタコ足が悪いんだ! イカゲソめ!」
「タコなのかイカなのか、どちらなのか」
「どちらとも言えない……! なんなのあの軟体触手!」
ノキアの剥き出しの顔には、左のほっぺから額にかけて吸盤に吸い付かれた痕が赤く残っていた。こう、斜めに。まさに荒れ狂う海洋でダイオウイカと戦うマッコウクジラのごとく……いや、アレよりは軽症だけど。治療班は最低限の治療しかしてくれず、どうも吸盤痕は放置されたらしい。赤くなっているだけで傷になっていないのは幸いかもしれない。
ほっぺに一生物の吸盤痕が残らなくて良かったね、ノキア!
そんな特殊すぎる痕が一生顔に残ったら、私なら覆面して暮らすかも知れない。こう、月光な仮面のアレみたいに。だってとても漢の勲章とは誇って言えないじゃん? 誰も勲章とは言うまい。いや、海の男なら言うかもしれんか……? でもやっぱり騎士になろうって少年の顔に吸盤痕はねえよなー。
夕食時、個々で別れて幅広く交流を……って感じでもなかったんで、私たちはほぼクラスの面子で固まって夕飯を取っていた。最後に難儀な目にあったノキアは特に話題の中心だ。得難い経験だったもんな……。
夕食はパン、スープ、サラダは共通。メインのおかずだけ三種類から選べる形式。普段の寮の食堂もそんな感じなので、皆にとって馴れた形式だ。
今日は私も色々あってお腹がペコペコだもの。夕飯のお味はどんなだろう? 三種類の選択肢から一番美味しそうなのは……と、迷わず鹿肉のステーキを選び、笑顔で食堂の職員さんに希望のおかずを告げた。今日は何故か鹿肉のはけが悪いらしい。こんなに美味しそうなのになんでだろう?
自分のおかずを受け取ると、クラスメイトのいる方へ直行だ。仲間にいーれーてー♪
私に気づいて、ヒューゴが声をかけてくれた。
「ミシェル、ここ空いてる」
指さされたのはヒューゴの隣。
空席のそこに、私は大人しく座る。
「よ、鹿ライダー」
「乗りこなしてはいない。だから、鹿ライダーというのは過分な評価だな」
「ヒューゴにとっては評価なのか……」
鹿ライダー呼びは評価になるのか……?
まあ、呼ばれた本人が言うなら、そうなのかも?
些細な謎に気を取られながら、私は早速空腹を満たそうと夕食に向き合う。
チラと横を見ると、どうやらヒューゴも晩のおかずに鹿を選んだ模様。他のおかずも悪くなさそうだったけど、鹿が一番美味しそうだったもんな。
だけど、何故か。
私は食事に集中させてはもらえなかった。
「ミシェル」
ヒューゴがフォークとナイフを置いて私にやけに真摯な目を向ける。お育ちがよろしいが故に食事は静かに黙々派のヒューゴにしちゃ珍しいな?
「食事をしながらで構わない。今日、鹿の上で話があると言っただろう? どうか聞いてくれ」
「あれ、死亡フラグじゃなかったんか」
「フラグというものについてはわからないが……春からともに同じ教室で学んできて、お前の為人を、全てとは言わないが俺なりにある程度は理解したつもりだ」
「なんですの? なんか今日はやけに長口上ですわね? そんなに改まって、どうしたおい」
「ミシェルを見込んで、頼みがある」
「おう」
学友ヒューゴ。
少なからず縁があり、思えば春からこちら、気遣いを失っていく他の級友どもに比べれば割と気遣ってもらっていた気がする。性別的に。こう、絶妙な感じに女の子扱いしてくれてるんだよね……こっちが気にならない、気負わないで良い塩梅で。
紳士で真面目なヤツなんだな、と少し感心していたところだ。一方で、こいつ融通利かねーんだろうなぁとも思っていたけれども。別に野郎どもと完全に同じように扱え!差別するな!とかは思ってないんで、性別的な優遇は素直に受け取っている。優遇というか、区別ってレベルだったし。やっぱこのくらいの年齢になると男女って性別の特性上、違いが出てくるんで一人でも配慮してくれるヤツがいると集団生活のしやすさが結構違うんだわ。簡単な配慮ばかりでも。
他のクラスメイトは男女の性差をわかってないデリカシー皆無な朴念仁が多数を占めるんで余計にな。
ヒューゴ以外にも同じように配慮してくれる気遣い屋さんは数人いるけど、姉妹がいるヒューゴは姉ちゃんに躾けられでもしたのか、気遣いが結構的確。痒いとこに手が届く感じでかなりポイントが大きい。
そんなヒューゴが、真面目な顔で頼みがあると来た。
これは心して聞かねば。普段の感謝も込めて。
そんな思いで、私もフォークを置いてヒューゴに注視する。なお、ふざけたことを吐かしたときの制裁用に、ナイフは手に持ったままである。
「ミシェル、俺と結婚を前提に婚約してくれないか」
瞬間。
食堂内から音が消えた。
次回、ヒューゴの突然の爆弾発言に対する反応は……?
※ただしミシェル嬢に恋愛的展開は待ち受けていないものとする。
a.正気を疑う
b.体調を案じる
c.罰ゲームの可能性を検討する
d.事情聴取を行う
e.ミシェル嬢が小鳩のような胸をとぅくん……っとさせる
f.エドガーが大鷲のような胸をぎゅんぎゅんさせる
g.斜め四十五度の角度で叩く




