騎士 2
青汁が青空説教室(つまり露天)送りになった事で、魔法騎士コースに現れたシトラス先輩。
どうやら前々から、魔法騎士コースの訓練に参加していたとのことだけど……
「あ、プリンス通り魔のお目付けじゃん」
「プリンス通り魔とな」
なんだ、その愉快すぎる通り名!
通り魔の王子様なのか、王子様の通り魔なのかどっちだ!? 誰のことを指しているのか大体察せられるけれども! 王子様の通り魔だな!? そうなんだろう!?
しかし、よりによって通り魔か。
その単語を聞くと拳が疼くというか、ドロップキックしたくなって全身がソワソワするというか……ほら、前世の死因的に。
シトラス先輩と魔法騎士コースの先輩方が知己っぽいことより、ポロリとこぼれた通り名の方に意識引っ張られたわ。
「先輩、プリンス通り魔とは……」
「ああ、グロリアスは知らないよな。今年の春から夏は妙に大人しかったし、一年は関わることもなかっただろうし。研究コースの上級生にいるんだわ、やっべぇ先輩が」
いやいや、既に関わってるし十分知っているでござる。
眉を寄せて、困ったものだと呟きながら、案じるようにこちらを見る先輩たち。
青汁だろう? 青汁のことなんだろう、その通り魔ってのは? え、他にいないよね?
「これから遭遇することもあるかもしれないし、グロリアスも気をつけろ」
「こちらに何の準備もさせず、いきなり襲ってくるからな。まさに通り魔」
「なんか、新しい発明とか既存の何かを改良とかして、誰か人間で性能実験したい時に無理矢理巻き込みに来るんだよ。魔法騎士コースの生徒を」
「そこで教師を標的にしないあたり、完全に見境がないって訳じゃないの腹立つ」
「どうも他のコース生と違って、普段から体を鍛えている魔法騎士コースの生徒なら実験体にしても良いとか思ってるっぽい」
「すまん。うちの殿下が本っ当にすまん」
「いやー、お目付け殿が謝ることでもないって」
「正直、あんたには同情しかないよ」
「それもどうなんだ……」
「あの奇想天外な変質者を個人一人で完全に止めるのは難しそうだし、最後はきっちりお目付け殿が殿下を締めて連行してくれるからな」
「副次効果で俺等も、不意打ちへの対処能力上がったしー?」
「あと乱心した貴人を無傷で捕獲する技術も」
「ははははは……は、はは……」
素敵な乾きっぷりだな、おい。シトラス先輩の笑い声。シリカゲルって感じ。
いや、うん、そんなのが自国の王子でお目付け対象とかな。私でも泣くか笑うか殴って矯正しかできねーわ。
私は憐れみをたっぷり詰め込んだ眼差しをシトラス先輩へじっとりと注いだ。
強く生きろよ。
「しかし、待てよ? プリンス通り魔のお目付け殿とグロリアスが知り合いってなると、もしかして……」
「ああ、気付いてしまったか……そうだ。実はこのミシェル・グロリアス嬢は、うちの殿下に目を付けられた事があってな。お前達の心配は手遅れなんだ」
「なんだって!? 大丈夫なのか!?」
「グロリアス、その事は先生か先輩か、誰かにちゃんと報告したか?」
「お、おいおい洒落にならねーよ。グロリアス、もし緑の国に抗議をするんだったら、俺達も署名するからな!?」
「先輩方……有難うございます。私なら大丈夫でしてよ。ただ、その反応を見るだけで、青汁の野郎が今までどんな奔放な学園生活を爆走してきたか目に浮かぶようで……先輩達の苦労が察せられますわ」
「青汁?」
「あ、それはこちらの話ですわ。お気になさらないで」
青汁、テメェ、ほんの数年の学園生活で一体なにやった?
先輩方のこの反応、よっぽどだぞ。
これは諸先輩方の苦労を慮って、次に会ったら出会い頭にアイアンクローかますべきか。存在が有罪だもんね、アイツ。
「安心しろ、お前ら。うちの殿下に目を付けられはしたものの、彼女は速攻で反撃かまして見事に殿下を打倒した。その苛烈な猛攻に流石の殿下もうっすらトラウマを刻まれたのか、今年の初夏は妙に大人しかった。魔法騎士コースの方角を無意識なのか若干避けているような素振りすら見られたからな」
「マジか……!!?」
「な、なんという……あの、プリンス通り魔にトラウマ、だと……?」
「近年稀に見る快挙じゃん!」
「グロリアス……お前が、勇者だったのか」
「誰が勇者だよ」
シトラス先輩がちょっとした私と青汁の話をした途端、魔法騎士コースの先輩方から向けられる視線が意味を変える。若干の関心と驚きが混ざっている感じで。
みんな、青汁に困らされたことが少なからずあるんだろうなぁ。
というかシトラス先輩、暗にお宅の王子殿下、魔王扱いされてっけど良いの?
ちなみにこの世界、周期的に邪神復活なんぞ起きるものだから、物語の悪役としては邪神の方が圧倒的に魔王よりポピュラーな扱いを受けている。
邪神は実際に存在するけど、魔王はお伽話や絵本で時たま勇者の対の存在として登場する記号的存在みたいな? そんな扱いだ。
「グロリアス」
「はい、シトラス先輩」
「ところでさっきから気になっていたんだが……お前、何を持っているんだ?」
「お目付け対象が魔王扱いなのはスルーかよ。ええと、持っているもの? 楽器ですわ」
「楽器なのは見ればわかる。そうじゃなくて、俺が聞きたいのは、なんでまた ト ラ ン ペ ッ ト なんぞ抱えているのか?ってことなんだが」
「それは勿論、吹く為ですわね」
「吹くのか。そうか、吹くのか……いま、ここで?」
「その通りですけど?」
「え、本気で今っ? と、トランペットを!? そもそも吹けるのか?」
「まあ、いやですわ。シトラス先輩たら。私も下級とはいえ貴族の端くれ。当然備えておくべき教養として、音楽的素養を磨いていますのよ。貴族の子女であれば、楽器の一つ二つ演奏できて当然ですわ」
「その言い分はわかる。わかるけど、一般的にご令嬢が習得している楽器ってピアノとかヴァイオリンとかじゃないのか。見た目にこう、優雅なやつ」
「そこら辺はうち、子供の自主性を重んじてどの楽器を習うかは希望制だったんだ」
「何を希望したんだ。手に答えを持っている気はするけれども」
「トランペットとフルート」
「やっぱりか。やっぱりトランペットか。まだしもフルートを習得していることで若干相殺されている気もするが令嬢らしさが微塵も感じられないチョイス!」
「肺活量には自信があります」
本当はトランペットだけ習う気だったんだけどね。
……お姉様やお兄様に、同じ吹く楽器ならフルートの方が良いんじゃないかって強く勧められてなぁ。
特にお姉様方の圧が強かった。
屈した結果、両方習うことにしたんだ。
ご先祖様の遺品が置いてある蔵に、トランペットとフルートの両方があったし、きっとご先祖様の中にもトランペット好きがいたんだろう。先祖がやってたんなら私がやっても問題なかろうで押し通したわ。
「それでは、いざ一曲」
「いや、いやいや『いざ』じゃないから」
「曲名は『双頭の鷲の……」
「本格的にちょっと待とーかぁ!?」
別に前世時代、音楽系の習い事とかはしてなかったけれども。
私のこの無駄に優秀な記憶能力が物を言うぜ☆
一曲通して聞いた事がある訳じゃないから、多分、真面目に一曲演奏しようとしたらボロが出るだろうけど。でも限られたフレーズをそれっぽく鳴らす事は出来るだろう。
じゃ、やってみようー!
「止めろ、早まるな! この場で行進曲は意味深すぎて確実に混乱を招くだろー!?」
「でも今はそれを無性に吹きたい気分!」
「気分の一言でやって良い事じゃねーよ! 時と場合を考えてTPO!」
「その言葉は私よりむしろ青汁にこそ言ってやれ! 私より余程ヤツの方が弁えてない筈だから!」
「その切り返しは色んな意味で耳が痛い!」
ついには先に私を取り押さえようとしていた先輩達に加えて、シトラス先輩まで混ざった上で私を取り押さえ、トランペットを取り上げようとしてくる事態に。なんかこう、傍目に殿中でござる! って叫びたくなるような様相を呈し始めていた。
やめろやめろ、ちょっとした茶目っ気じゃん!
高まる気分に背中を押されて、定番の行進曲を景気良くパッパカ吹くくらい良いじゃん!
軍事系の演習やってる最中にソレやったら、確実に場を乱すのわかってるけれども! 少々迷惑行為に片足突っ込みかけてるけれども!
だってこの場に留め置かれて、私一人ハブられてるような感じでさ。退屈なんだ。楽しそうなゲームに一人だけ参加できない鬱憤が、やっちゃえよって囁いて来るんだ。
そうやって、やいのやいのと騒いでいたからだろうか。
あるいは、奴の隠密・潜入スキルが私の五感を騙しきる程に優れていただけか。
その接近に、気付かなかったのは。
「――え、なにこの状況。自陣営なのに取り押さえられるとか、何やらかしたのミシェル」
うん、折角、誰も気付いていなかったのにな。
当の本人がポカンとした顔で声を上げてしまっていた。
雉も鳴かずば撃たれまい。喋らなければ、本当に誰にも気付かれず進めただろうに。
なのに、声を出してしまったから。
「その声は……ノキア!」
奴は。
我がクラスが誇る珍獣的人物の一人、元暗殺者という特殊経歴の持ち主であるノキアは。
まあ、なんだ。ここで私達に気付かれてしまったから。
前に立ち塞がる私達に、足止めを喰らうこととなったのである。
「って、え? 誰……?」
「ハルゲン先輩!?」
「ハルゲン……? いや、顔こそ違うけどアレ絶対、うちのクラスのノキアですよ」
「だけど顔はハルゲン先輩なんだけど!? 声は違ったけどさ、そっくりさんにしても似すぎだろ!?」
「うぅん、顔は全く違う筈んですけどね。そうか、これが噂に聞く変装術ってヤツなのか」
「変装!?」
ただし、ノキアの奴。
潜入の為か芸も細かく変装していてな?
変装スキルのクオリティが無駄に高くて……。(※暗殺組織仕込み)
一見して誰かわからない姿になっていた為、ノキアの素顔を知る身としては、なんかこう、ものすっごい違和感だった。
先輩方の反応を見るん、どうやら私達の陣営に属する誰か先輩のお顔を借りているようだ。
身長まで普段と違うんだけど、もしかしてシークレットブーツ? シークレットブーツですか?
シークレットブーツだとして、果たして特注品なのか、それとも既製品がこの世界でも既に売っているのか……どっちなのか、無駄に気になった。後で自由時間になったらノキアに聞いてみよーっと。
「ノキア、ここで会ったが運の尽きね。お前の道行き、今ここで私が阻む!」
「ミシェルが此処にいるなんて聞いてないんだけど……会ったら、素直に通してくれないことはわかっていたよ」
「いざ、尋常に勝負!」
「仕方ない、かな……」
「ただし!」
「うん?」
「お前ひとりに対して、こちらは私プラスの……先輩方七名(シトラス先輩含む)が相手だがな!!」
「え。え、ええぇえええええ!?」
バーンと胸を張って、私の周囲にいた先輩方を示す私。
私の発言に何故か裏切られた! って顔で叫びをあげるノキア。
うん? なんでそこで驚くんだい?
敵陣営のど真ん中だぞ。囲まれたらタコ殴りは想定範囲内だろうに。
「そこは、場の流れ的に一対一の真剣勝負って感じじゃなかったの!?」
「誰がそんなことを……侵入者に対しては、複数人で囲んで確実に仕留めるのが常道ですよね、先輩方!」
「あ、ああ……それはその通りなんだが」
「いや、俺らもさっきのグロリアスのノリ的に一対一の流れかと思い込んでたわー」
「病み上がりのグロリアスが一対一とか、本当に言い出してたら嗜めんとなーなんて思っていたんだけど、なぁ」
「無駄な心配だったわ」
なんとなく、何かが釈然としない。
そんな顔をしながらも、先輩達は私の言葉にそれぞれ応じて下さって。
マジでノキアを半包囲するように、各々が武器を構えて立ち塞がった。
さあ、ノキアどうする。逃げ場を与えてやる気はないぞ。
そんな訳で、いざ――尋常に、勝負!!(一対八)
クラス内の低身長トップ3
⇒ナイジェル君・ノキア・セディが大体同じような背丈でランクイン。
※ミシェルは女性の為、枠外扱い。




