騎士1
「さ、大人しくしていておくれね。いたずら子猫ちゃん?」
「に、にゃーお……?」
魔法騎士コースの決して薄くはない訓練着+防具の上からでもわかる。
背中に鬼神が宿ってる系の体格をしたお兄さんに、後ろ襟をつかまれ吊り下げられる私である。
まさにお魚くわえて逃走したは良いものの、捕獲されちゃったドラ猫状態。子猫より、むしろドラちゃんと呼んでくれ。
しかし子猫ちゃんとか……ガタイがごっついのに、この先輩の言動が妙にチャラいというか軽いというか、間違ったラテン系ナンパ男みたいなノリなのはどうにかならんのだろうか。ガチムチな体型に世紀末系武人みたいな顔と合ってないんだよぅ……。外見と言動が合っていなさ過ぎて、喋られる度に「お、おおぅ……」ってなるのは私だけだろうか。声かけられる度ビクッてなるわ。
諸先輩方が巡回に出ている小班からの報告を受け取り、現在進行形で情報を精査しながら指示出しをしている軍議の場。
どうせ本陣でお留守番するしかないのなら、後学の為にも一年生じゃ学べない、より高度な戦術系の授業を受けている先輩達の、そーいう場を見てよく勉強しておこうかなっ! なんて。
どこにいて、何をしていたとしても、その時その時でその場なりの楽しみを見出して行動した方が有意義だよね、なんて。
そんな軽い気持ちで先輩達の会議中、背後に忍び寄った私。抜き足差し足千鳥足。いや、千鳥足は違ったわ。
学科コース唯一の女子で、さっき倒れたばっかりで。
やっぱりそんな私には、一定数の注目というか心配が寄せられていたらしく。
速攻でバレたよ……。
でもさ、見学くらい良いじゃんって思うじゃん?
バレたからには堂々と見学させてくださいって言ったんだよ。
そうしたら、先輩達の難しい顔だよ。
「生兵法は大怪我の基。戦術系の講義は先生方が考えて設定されている。順序を守り、段階を踏んで学んでこそ、正しく振るえる知識だ。間を飛ばして結果や結論だけを学んでも、深い理解は得られない」
「つまり?」
「君にはまだ早いってことだよ、一年女子。正しく学んだ訳ではない付け焼刃の知識で迂闊に真似をして、自分のみならず周囲の味方にまで被害を出すのは君も本意ではないだろう? その内ちゃんと論理的に学園で習うことが出来るのだから、その時を楽しみに今は大人しくしておいで」
そんな風に言われたら、引き下がるしかないじゃん?
私は親猫に運ばれる子猫よろしく、軍議の場で一番体格のよろしい先輩に優しく襟を掴まれ持ち上げられていた。ちょ、待て待て。自分で歩けるってばぁ!
摘み上げられてる時点で優しくないんだわ。この持ち方は人間の場合、高確率で首が閉まるんで考えた方が良いっすよ。先輩。
そうして元の待機場所にて、ぺちゃりと座り込む私なのであった。
しかし、どうしたもんか。
本音を言おう。
暇だ………………。
あまりに暇で仕方がない為、その辺に突っ立っていた私と同じくらい暇そうな先輩を数人捕まえて、暇の輪に引きずり込むことにした。みんなで広げよう暇人の輪。
暇そうっつうか、先輩方はさっき倒れたばっかりという前評判の私が急に体調を崩した時の為、介助要員として近くに控えてただけなんだけどな?
でも肝心の私が丈夫で頑丈、ぴんぴんしている訳で。
要介助者が体調を崩さなければ、介助要員は暇を量産するしかない。
そう、私達は暇仲間。
だから一緒に円陣を組んで、こんな訓練の最中に暇を潰すのである。
「つっても、暇を潰す道具なんてそう大したもんはねーしなぁ」
「先輩、人間には腕が二本に足が二本、目だって口だってあるんですよ。その気になれば、何かありますわよ。暇潰しの手段。……という事で、折角だし百物語でも致します?」
「なんぞそれ」
「言葉通り、百の物語を互いに語り合う催しですわ。ただし怪談話に限る」
「怪談話限定のお話会!? マニアックな……何が楽しいんだ、それ……」
「一般的な意味で楽しむようなモノではありませんわ。猛者は楽しみますけれども。恐怖を、薄暗い空気を肌身に感じて怖気を共有する。そんな場ですの」
「何が面白いの、それ」
「一度やってみれば楽しさがわかりますわ~、多分」
「ええ? 本当かよ……」
「百の蝋燭に火を灯し、一人が語り終えるごとに一本……また、一本と火を吹き消していく」
「ええ? ロウソク百本もあったかな……」
「なお、百の物語を全て話し終わった時、怪奇現象が起きると言われていますわね」
「やらないからな!? 絶対に、やらないからな!!」
「ええと、蝋燭ロウソク」
「そこ、やろうとすんな!」
「なあ、グロリアス。それで怪奇現象ってどんなことが起きんの?」
「さあ、諸説ありますもの? 聞いたことのある例として、人間(?)がひとり増えるというものがありましたわね」
「増え……?」
数人の先輩達と、楽しく歓談中。
はて、今は一体何の時間だっただろうか……?
一方その頃。
森の中のとある激戦区では。
ミシェルを欠いた班員たちが苦戦を強いられていた。
「よし発見! オリバー達の班だ!」
「ミシェルの姿は……確認できない!」
「よっしゃあ!! ナイジェル君の読み通りだぜ!」
「狩れ! 狩りの時間だ!」
「く……っまさか、他の二陣営が結託してくるなんて」
「ぬかったなぁ。俺達の騎士陣営が他のどっちの陣営とは手を組むにも組合せ上あり得ねぇし、無理だけど」
「何しろ騎士と山賊と、暗殺者だもんね……」
「そうですわよね。でも他の二陣営同士であれば、手を組んでもおかしくはありませんのよね」
「山賊と暗殺者なら、有り得ない組合せじゃないしな」
「でもなんで、俺達の班を目の敵にすんのかなー!!?」
「……俺達が山賊陣営の時に、騎士陣営を知っちゃかめっちゃかに引っ掻き回したからじゃないか?」
「うーわ、納得。それ言われると心当たりしかねーわ」
ミシェルを欠いた班員たちが、敵陣営から容赦のない包囲・波状攻撃を食らっていた。
敵からすれば何をするかわからないミシェルのいない状況だ。これを逃がす気はないと全力で付け込んでいる真っ最中。まさに本気の包囲網。
これも強い騎士になる成長の糧。
孤立無援だドンマイ、頑張れ。
遠いようで実は割と近い場所で、班員達が苦戦を強いられているとは露知らず。
いや、嘘だ。時々遠くから響いてくる怒号で、実は薄々察していた。
まあ、それはさておき。
暇って、人に碌でもないことさせるよな。
暇を持て余した私達、即席·暇人の会はというと……
「三番、ミシェル·グロリアス! 笛を吹きます」
「おー、良いぞやれやれー!」
一周回って、宴会芸披露の場と化していた。
やんやの喝采を浴びて、車座に座る数人に真ん中に躍り出る。
「笛かぁ。笛ってどんな笛だ?」
「この場の選択肢として……指笛か口笛か」
「いや、草笛って可能性も……」
「いざ」
景気よく吹き上げて見せよう!
そんな心意気で構えた私に、私を取り囲む先輩方が一斉に腰を浮かせた。
そして声を揃えて、言うに事欠きこの一言。
「「「「「「やめろ馬鹿!!」」」」」」
その瞬間、先輩方の中から女子に対する遠慮なんぞ吹っ飛んでいたのを実感したね。
いや、アメフトの選手が如く取り押さえられはしなかったんで、まだ遠慮はあったか?
とりあえず、寄せられるのはマジかという正気を疑うもの。失礼な。
「おま、それどっから!」
「さっき軍議してる側に控えていた先輩に借りました。ちなみに予備で未使用だそうです」
「それ戦場に指揮官の指示を伝える為のやつー!」
個人的には法螺貝を期待してたんだけどな。
流石に西洋風の世界観で法螺貝は採用されなかったらしい。
この世界は、私の前世の世界から神様も焦るくらいに干渉を受けている。
その影響か、前世で見聞きした文化風物の類が結構見つかるんだよな。私は、これもその一つだと思う。
「やめろやめろ、そんなのこの場で吹かれたら現場の小隊を率いる奴らが本陣からの何らかの指示かと勘違いして混乱するわ!」
「現場がしっちゃかめっちゃかになるやつー!」
とうとう二、三人がかりで私を押さえにかかる先輩方。そんな私達を見て、通りすがりに声をかける先輩が一人。
「なにやってるんだ、お前たち」
呆れた眼差しで、私達を見てそう言ったのは。
黄緑色の髪をした、結構ガタイが良い感じの見知った先輩。
「なんでいんの、シトラス先輩」
「第一声から随分だなぁ、おい」
恐らく我が校に現在在籍する生徒の中でも、ダントツ危険人物だろう青汁。
その青汁に、お国からお目付け役兼護衛としてついてきたシトラス先輩。
護衛という名目上、シトラス先輩の所属は研究コースだったはずだよな? うん、コース適正はともかく、実利を取って青汁と同じコースを選択していたはずだ。
だけど今ここは、我らが魔法騎士コースの縄張りだ。
そもそも研究コースの変人共はさっきアドラスという餌に釣られて集団大移動してったはずだし……おい、お目付役。お目付け対象から目を離しても良いのかよ、おい。
多分、私の顔は不審を隠していなかった。
露骨にじろじろと怪しむ目を向けられたからか、シトラス先輩はふっと溜息と共に視線を逸らして言った。
「うちの殿下が同コースの他生徒多数と共に、説教部屋送りになったからな……今までの傾向的に、恐らく今日は日暮れまで解放される事もないだろう。腕の立つ教員複数名に、同じコースの生徒達も一緒だ。合宿初日はアイビー殿下の側を離れず、様子を見ようと思っていたんだけどなぁ……日暮れまでの数時間、護衛の必要がなくなったんで魔法騎士コースの訓練に参加させてもらいにきた」
「なんと」
どうやら、アドラスは無事に逃げ切ったらしい。
次に会ったら彼の健闘と幸運を讃えよう。
いきなりふらっと表れて、魔法騎士コースのカリキュラムに混ざる気満々のシトラス先輩。
他所コースの生徒なのに良いのか、と思ったんだが……周囲にいた先輩方は、結構馴れた様子でシトラス先輩の存在を受け入れている。というか既に既知の間柄だったようで、気軽に挨拶を交わしていた。
どうやら、シトラス先輩が魔法騎士コースに混ざるのはこれが初めてじゃないようだ。
今までも、というか魔法学園の慣例的に、貴人の護衛担当として入校した生徒にはある程度の配慮がされていたらしい。護衛対象に付き従って、本人の資質や技術に適性がないコースへ所属する事になった場合、護衛本人が希望すれば本人の能力適正に沿ったコース……護衛という時点でほとんど魔法騎士コースか実践魔法コース……の訓練に参加が許可されているとのこと。
基本、学園内じゃ護衛対象の安全はほぼほぼ保障されているようなものだし。学園のセキュリティ的に。そこは学園としての信用問題だから、色々生徒の目に触れないところで凄い事になっているらしい。
シトラス先輩が護衛としての実力を認められているのは、純粋に剣の腕。
なので青汁のお守を離れられる時は魔法騎士コースの授業を受けていたんだと。
……青汁が大層手がかかり、目を離せない野郎なので参加できる時間は本当に限られているとの事だけど。
っつうかシトラス先輩よ、さっき護衛対象の事、さり気なくバカって呼んでなかった?




