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暗殺者 10

皆様、本当にお待たせいたしました……。


体調不良やら祖父の初盆やら8月は色々ありました。

熱が39度を超えたのが8/2の事。

今はもう熱もありませんが、今でも喉の痛みと咳が残っていたりします。



 鹿の説得(物理)には、三十五分ほどの時間を要した。

 その時間を長かったと思うか、短いと思うかは個人の主観によると思うけれども。

 私は長かったと思う。

 うん、長かったと思うよ。

 途中でヒューゴが鹿の首を絞めるという暴挙に及んだかと思えば、抵抗して首を振り乱した鹿に私の存在を気付かれたり、気付かれた挙げ句に角で突き上げられそうになったり、寸でのところで流れるようにヒューゴから鹿の背に誘導(エスコート)されたりとなんか色々あったわ。

 特にヒューゴの手際が鮮やか過ぎて、その時は何が起きたのか全くわからんかった。自分でもよくわからん内に、気付いたら鹿の背にいたもん。

 ヒューゴ曰く、


「振り落とされない限りは、鹿の背(ここ)が一番安全だから」

 

 ……とのこと。

 その振り落とされないってのが一番難しくね?

 いやでも、鹿に背中から体当たりとかされたら、普通に押し潰されちゃうんだけど?

 え? そこは鹿が自分から横転したり体当たりとかしないようにヒューゴが制御するって?

 お前……平然と言うけど、さあ。私には絶対に出来ない難易度の芸当だって事だけはわかるわ。

 しかし、ずっと鹿の背にいるのも……だけど赤太郎だってずっといたしなぁ。鹿の背に。

 赤太郎ができて、私にできないってのは癪だ。

 そんなことをチラッとでも思ってしまったら、もう駄目だ。私の頭からは鹿の背から離脱するとか逃げるとか、そんな選択肢がすっかり消えてしまった。

 決着がつくまでは、鹿の背から退かぬ所存である。

 馬術の成績が良いほうじゃないってには、自分でわかってる。だけど幸い、今は一人じゃないし。

 馬術については学年トップだろうと目される、ヒューゴが一緒にいるから。しかも鹿を御す努力はヒューゴがしてくれて、私は彼の背にしっかりしがみついているだけで良い。実に簡単なお仕事である。

 予想以上に鹿の躍動感が凄まじくて、乗り心地最悪だけど。酔うって。三半規管弱かったら、これ酔うって。

 ヒューゴが抑えていても、これか……なんか不本意ながら、赤太郎が目を回していたのわかるわ。

 今は私を後ろに迎えての二人乗りに移行した為、ヒューゴも無茶は止めて鹿を無理やり落とすのは控える事にしたらしい。それでも荒ぶる鹿の乗り心地は最悪だ。

 私は間違っても自分だけ振り落t……むしろふっ飛ばされないよう、割と必死にヒューゴへしがみついていた。そう、今の私は夏の蝉、オーストラリアのコアラ。

 

「……ミシェル、この騒動が終わったら話があるんだ。その時は聞いてくれるか?」

「ヒューゴさぁ、サラッと気まぐれに死亡フラグ建設すんのやめて? 今は君の存在、私にとっての命綱! 言葉通りの意味で命綱!!」


 鹿の背上で二人乗り。

 傍目にめっちゃシュールな事になっている気がした。


 そうこうしている内に、予測を立てていた通りの面子が偵察にやってきた。

 そう、我らがクラスメイト、アドラス・モンド氏だ。随分と待ちわびたぜ。


「うっわぁ……なにこれ」


 アドラスの表情(かお)は、額縁に収めてタイトルを付けるのなら『ドン引き』という言葉以外が見つからない感じだった。


「え、なにこれ。鹿のロデオ研修……???」


 そんな愉快な研修はない。


 困惑でいっぱいなアドラスや、その他偵察部隊の皆々様の元へ、鹿に振り回されて右往左往していたクラスメイト達が一斉に殺到した。

 私やヒューゴも、鹿の背から大きく声を張り上げる。

 いきなり上がった私達の声に反応して、鹿が更に荒れ狂ったけれども。


「アドラス、待ってた!」

「頼む、鹿を落ち着かせてほしい!」

「何この全力大歓迎ぶり。ええと、鹿を落ち着かせたいならミシェルとヒューゴの二人はまず、鹿の背から降りなよ。鹿は乗るモノじゃないよ」

「俺達が降りたら鹿が暴れるんだよ。今以上に」

「そして私が狙われる」

「鹿から一体どんな恨みを買ったでござるか?」

「特に心当たりはない! 出会い頭から鹿は私にこうだった……強いていうなら、私の家の亀さん案件じゃねってちょっぴり疑惑濃厚だけど」

「ミシェルの亀……ああ、あの空飛ぶ亀型生物」

「アドラス? その言い方じゃまるで私の亀さんが亀さんじゃないみたいに聞こえるよ?」

「むしろミシェルはアレを一般的な亀に分類するのは止めた方がいいじゃないかなって」


 アドラスの物言いに、一部引っかかる部分がありはしたものの。

 なんとか私とヒューゴを鹿の背に留めたまま、鹿を説得してくれとの無茶ぶりをGOしてみた。

 ……が、割とすぐにアドラスが涙目で無茶でござるって叫んでいたなぁ。


「荒れ狂いすぎて、話をする段階じゃないでござるよー!!」

「そこをファイトだ、アドラス・モンド!」

「なんとか落ち着かせてみよう、アドラス・モンド!」

(それがし)一人に重荷を背負わせ過ぎではござらんか!?」

 

 クラスメイトの声援を受けて、渋々アドラス・モンドは立ち上がった!


「これ面倒なんだけどなぁ……仕方ない」


 なんだか深い溜息を、これみよがしに一つ。

 それからアドラスは腰に吊っていた水筒を呷る。

 ごっきゅごっきゅと豪快に飲んでんなぁ……。


「あー、あー、あーーー……」

「発声練習?」

「ミシェル、ヒューゴ、これが終わったら後で蜂蜜探してきてもらうからな」

「何故、蜂蜜……?」

「単純に、これからやるのが喉の負担酷い事だからだよ!」


 そう言って、アドラスは深く深く深呼吸。

 一つ、二つと溜めた後、開いた彼の口から放たれたのは。


『――――――っ!!』


 人間の声帯からは、どう頑張っても出てこない音だった。

 声というか、音そのものの威力と圧が酷い!

 鹿の背にしっかりしがみ付いていたヒューゴも、そのヒューゴにしがみ付いていた私も、アドラスの放った音によって吹っ飛ばされて、鹿の背から転がり落ちていた。

 見れば私達だけじゃなく、周辺の一定範囲内にいた全員が地面に転がっていた。

 背後に広がっていた森から、騒ぎながら一斉に鳥が飛びだっていく。

 そして、肝心の鹿は。


 あ、完全に竦んでいらっしゃる。


「アドラス……せめて事前に警告は欲しかった」

「急に『竜の咆哮』とか、止めて……」

「純粋な竜ほどの威力はないって言ってたけど、それでもソレ、十分だから」

「心の準備、マジ大事……」


 転がる生徒達の中から、クラスメイトの恨み言が点々と上がっていた。

 私は一体何が起こったのか、その時はわからなかったんだけれども。

 クラスメイト達の恨み言を聞いて、記憶に引っかかるモノがあった。

 ――『竜の咆哮』。

 そうかアレが噂の……アドラスの宴会芸(持ちネタ)か。


 それは私がいない場所で……っつうか、男子寮の宴会でアドラスが披露したって話だったから、私は伝聞でしか知らなかったんだけれども。

 アドラスの奴、なんか口から人間には出せない衝撃波が出せるらしいよ。

 通称、竜の咆哮。

 実際にドラゴンの皆さんが敵対生物にやる、威嚇行動の一つらしいんだけど。

 マジもんのドラゴンがやれば、弱い小動物は一発でご臨終のヤバ気なアレだ。

 しかしアドラスは半竜で、マジもんのドラゴンではない。

 なので、その威力は本家本元に比べると大分威力も規模も低下しているとかなんとか。

 アドラス自身は、というかクラスメイトの誰も本物のドラゴンに会ったことがないんで、比べるのも難しいんだけどね。その昔、アドラスの血縁上のパパ上(黒竜)を討伐したアドラスの父ちゃんがそう言ってたんだとか? うん、人間を物理的に吹っ飛ばすような威力よりずっとずっと強力なマジの咆哮喰らって無事だったとか、アドラスの父ちゃんすげぇよな。

 アドラスの『咆哮』は、本人曰く宴会芸兼、狩りの手段レベル。

 含まれる竜の気配を本能レベルで察して、魔物は混乱して騒ぐし、動物だったら気絶したり竦んだりと動けなくなるらしい。

 目の前の、鹿みたいに。


 めちゃくちゃ暴れるし規格外にデカいし、なんかやたらと強かったけど。

 そうか、こんな鹿でも『ただの動物』に分類されちゃうのか……。

 この島には魔物はいないって説明があったし、竜の気配とか初体験なんだろうなぁ……。


「げほっ けほけほけほっ」


 そして咆哮が放たれた後、咳き込むアドラスがそこにいた。

 喉元を抑え、前屈みで咳き込むアドラス。

 その顔はどう見ても涙目だ。


「さ、あ、い゛ま゛の゛うっ……ごほごほごほっ」


 あ、めっちゃ辛そう。

 うん、後でヒューゴと蜂蜜探してきます……。


 アドラスの喉を犠牲に、鹿は無力化された。

 さあ、動けなくなっている今のうちに拘束するなり説得するなり——と考えるも、味方側にも体が麻痺って動けなくなっている者、多数。

 前に宴会の場でアドラスの悪ノリ咆哮を喰らったことがあって、耐性があったのか。

 初めましての人々より回復が早かったのは、魔法騎士コース一年生男子の皆さん。

 のっそりと起き出した彼らは「もう、うんざり」と顔に書いてある。

 のそのそお疲れの様子で、動きが鈍い。

 鈍いながらも、働きはちゃんときっちり――私が地面に転がっている間に、鹿は拘束されていた。

 後は鹿が正気を取り戻したところで、膝突きつけ合っての『説得』が完了次第、森にリリースする事になるだろう。

 魔法騎士コース一年生でも、アドラスの咆哮直撃だったヒューゴは回復が遅いみたいだった。

 そして同じく、直撃の上に初咆哮だった私も回復が遅い。

 身体が痺れて動きようがない為、私とヒューゴは仲良く医務室送りになった……。


 なお、騒動が想像以上の大騒ぎになってしまった為。

 この後漏れなく、居合わせた全員には事情聴取という苦行が待ち受けている。

 中でも私は騒動の発端に当たるからなぁ……不可抗力だったと主張する気満々だけど、なんとなく今から説教は免れない気がして仕方がない。

 でもあんなとんでもない鹿に遭遇して、さ。

 一体どんな行動を取れば、正解だったんだろうね?


 とりあえず医務室で治療を受ける間に、正解は何だったのか考えて説教に備えよう……。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鹿さんが無事確保できたこと、アドラスの喉は尊い犠牲でしたね(・∀・) もしかして作者様のの実体験からきてるのかな? [気になる点] お説教、誰に対して? ①本来、いきなり巨大鹿に凸された被…
[気になる点] ミシェルと鹿のその後。今回完全に不幸な事故だからなぁ。 [一言] コロナは掛かってもしんどいけど、後遺症があるとそれが治るまで厄介だからなぁ。お大事に。
[良い点] 救世主アドラス。 森の女王を一喝するとは…! [気になる点] ヒューゴ。 大物との決着が煮えきらずに不満なのか、それとも歯ごたえあってご満悦なのか(待て) あと、この後の訓練が無事に続行…
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