暗殺者 8
多分、時間を置けばアドラスかセディは捕まるだろう。
交渉役の到着を待たないといけない鹿の説得は、後回しだ。
一先ずは赤太郎を回収しておくかと、仕方なしに私達は立ち向かう。
……といっても、私が前面に出るとまたロックオンされて追いかけ回されるのが目に見えている。
「とりあえず、誰が行く?」
互いの顔を見比べて、この事態の解決に向けて立ち上がる勇者の選出だ。
勿論、皆で協力するよ?
協力はするけど、赤太郎の取り戻し方の方針というか……誰が中心となって事に当たるかで、やり方も変わってくる。
ここは立場的に、赤太郎の御目付役みたいなポジションに当たるハインリッヒあたりが助けに行くのが妥当な気もするけど……
自然と魔法騎士コース一年生の視線がハインリッヒに向く中。
すっと手を挙げる一年生が、ひとり。
「ここは俺が」
「ヒューゴ……君が?」
「多分、俺が適任だ。だったら俺が行くべきだろう」
「うん? 適任とな?」
ヒューゴが手を挙げた。
君が? 一瞬、みんな怪訝な顔をしたけれども。
「鹿には乗ったことないけどね。でもなんとかする自信はある」
こいつ、乗る気だ……!!
よく見たら冷静な顔をしつつも、若干切れ長の瞳が好奇心でキラッと光ってやがる!
完全に、鹿の背に、乗る気だコイツぅ!
すぐに、ヒューゴが名乗りを上げた事に対する疑問も消えた。彼が、自分を指して適任という根拠にも、何となく心当たりがあったから。
魔法騎士コースは『魔法騎士』を目指す生徒達の学科だ。
騎士と付くからは当然の如く、馬術の授業がある。
赤太郎の腕は、平均かそのちょっと上。
一方、ヒューゴはクラスでも……いいや、学園全体でも馬術の成績はトップクラスだと教師に太鼓判を押されるくらい上手だった。
だから、ヒューゴが自信に満ちた様子で名乗り出るのも、それでだろうって思ったんだ。
……が、ヒューゴが自分を適任というのは、それだけが理由じゃなかった。
「ヒューゴ、大丈夫? ヒューゴの馬術は匠の域だけど……でも鹿と馬は違うじゃん?」
「確かに、鹿は初めてだ。だが……実家の領地で暴れ牛と暴れ猪なら嗜んだことがある」
「ふぁっ!?」
え、嗜み!? 嗜みなの、それ!?
そんな貴族の嗜み聞いた事ねーよ!!
一体どんなシチュエーションに陥ったら暴れ牛やら暴れ猪やら乗りこなす羽目になんの!?
こんな絶世の佳人みたいな顔して、どんな経験積んできたんだ……!
いや、ホント涼し気な顔でしれっという事か!?
「まさかこんなところにロデオマスターがいたなんて……!?」
「人に変な称号を被せるのは止めてくれる? なに、ロデオマスターって」
「ロデオマスターはロデオマスターだよ?」
「さもその単語が一般的に普及した常識みたいな顔するの、止めてくれる? ロデオマスターなんて称号も職業も聞いたことないからね?」
苦々しい顔をするでもなく、淡々とツッコミを入れてくるヒューゴ。
うぅん、ヒューゴってあんまり嫌そうな顔はしないけど、でも自己主張はしっかりしてくるんだよね。本人が止めろって言うんなら、本気で嫌がってる時だし。
「ハインリッヒも手伝っていただきたい。馬術には自信があるだろう?」
「そうだな、確かに俺も馬術には自信がある。お前ほどではないが。だが、どうするつもりだ」
「どのみち、あの鹿の大きさだ。殿下に近づくには、高さがいる。鹿の方が馬より大きいことが気にはなるが……高さを稼ぐ為にも、馬に乗って近づくのが妥当だろう」
「誰か馬引いてきてー!」
「わざわざ引いてこなくても、ハインリッヒの使い魔が大きめの馬型だったはずだ。呼べば来るんだろう、ハインリッヒ?」
「知っていたのか。ああ、それで俺の……というよりも俺の使い魔の助力が必要という事だな」
「ハインリッヒ、お前、使い魔にミュンミュンって名前つけてんのか……意外」
「人のネーミングセンスはいま関係ないだろう!?」
「その反応、自分のネーミングセンスおかしいって自分で言っているようなもんだぞ。指摘されたくないなら名付けはもっと慎重にやれよ」
「名付けた当時(五歳)は疑問に思わなかったんだよ!」
「まあ、ハインリッヒ。五歳で使い魔従えましたの? 早くね?」←三歳で暴虐の王(亀)を拾って来た女。
ハインリッヒのお家は、国境を守る辺境伯。
大陸でも有数の大国で、しかも邪神の封印守であるこの国に物理的な喧嘩を売る国は少数派だ。でも皆無じゃない。
他の国ほどの緊張感はないけど、国防の要であることは間違いなく。
ハインリッヒの家は、代々子供の頃に馬の魔獣と使い魔契約を結ぶんだそうな。それこそまさに、文字通り戦闘時の相棒として。
そして契約を結ぶ魔獣は、辺境伯家と契約を交わした魔獣馬の一族から子馬をもらうのが慣例なんだとか。
長く続く家だと、時々そういうことあるよね。
私は知らなかったけど、古い騎士家系の貴族の間じゃ辺境伯家の魔馬って一部でちょっと有名な話なんだって。知る人ぞ知るってやつ? ヒューゴは現役騎士の爺さんからその話を聞いたことがあるんだってさ。
というわけで、早速。
ハインリッヒの使い魔とやらを召喚していただいた。
「お、おおぅ……」
「これが……ミュンミュン!」
「すげぇ! でっけぇ! ミュンミュンって名前がそぐわねえ!!」
「名前のネタはもう良い!!」
ハインリッヒの召喚した馬は、とにかくごつく、デカく、鍛え上げた鉄の塊みたいな鋭敏な気迫を纏った魔獣だった。なんか、敵対した有象無象の雑兵共なら簡単に踏み潰して粉砕してしまいそうだ。
軍馬の理想というか、『ぼくの考えた最強の軍馬』と題名つけて額縁に収めたいくらいだ。
外見のイメージは、アレに似ている。
そう、アレ……某世紀末世界で一大勢力を築いた世紀末覇者●王の馬に。
流石にあそこまでデカくはないけど、いきなり出てきた想像以上に強そうなお馬さんに、ハインリッヒを取り囲んで見守っていた一同が挙動不審になる。遠巻きに見ていた皆さんまで度肝を抜かれている。そんな中でハインリッヒの命名を平然と弄っているのはクラスメイト達くらいだ。
……みんな、なんか変に肝据わってない?
そんなハインリッヒの馬は体毛が照りっと光るほどに黒く、そして。
なんか、角が生えておる。
二本ばかり。
……バイコーンじゃねえか。
角が二本生えた馬って、バイコーンじゃねえか!
この世界にバイコーンがいるかは存ぜぬけれども。
前世の世界じゃ不純を好む生き物と言われた伝説の生物。姿は二本の角が生えたユニコーン。
おやおや、このお馬さん、そのバイコーンに特徴が一致するぞ……。
「あの、ハインリッヒ。この馬、二本も立派な角が……」
「ああ、この種の魔獣馬は加齢と共に角が生えるんだ。二本はまだ若駒だが、決して未熟な訳ではないからな? 辺境伯家でそこはしっかり調教している」
「最終的に何本まで生えますの?」
「……記録の上では最高十二本」
「剣山かよ」
「あくまで記録上だ。大体は平均して六本くらいが最終到達点だな。十二本は恐らく例外だ」
「例外を例に出すのはどうかと思いましてよ……」
でも馬の頭に角六本て。
どんな形状の、どんなサイズでどこから生えてくるっていうんだ。
考えてみたけど、ちょっと想像できなかった。というか、想像力が考える事を放棄していた。
我らが目標とするところの鹿は、見るからに規格外サイズ。
何しろ目算するまでもなく、明らかに馬よりデカい。
しかしここにきて、ヒューゴ指示によりハインリッヒが投入したのも規格外サイズなお馬さんだ。
鹿程、見るからにおかしいサイズって訳じゃないけど。
それでも十分、ミュンミュンはデカかった。
鹿がクソデカすぎるだけで、ミュンミュン単品で見ていたならその大きさに素直に驚いていたはずだ。今はこのサイズなら鹿に対抗できる! としか思わねーけど。
そう、ミュンミュンのサイズは鹿に若干劣るものの、十分に渡り合えそうだと期待するに十分。
……十分なんだよな?
「……むしろ、なんで最初から出さなかったの?」
マティアスも多分、私と同じ疑問を持った。
ボソッと呟きに、それが表れている。
そうだよ、鹿と渡り合えるサイズなら最初から出せよ。そんで主君をさっさと救っておけば良かったじゃん。
思い至ってハッとハインリッヒを凝視する面々。
ハインリッヒは苦々し気な顔をしている。
「お前達、さっきまで俺達がどこにいたかわかっているか?」
「ああ、森?」
「そうだ。ミュンミュンは戦場で圧倒的な力を発揮するタイプだが……木々が密集した森で自由自在に走り回れると、そう自信もって言い切れる程の馬術はまだ納めていない。俺の技量の問題だ」
ああ、うん、確かに?
障害物がわんさとある環境での運用には困りそうだな……デカすぎて。
それを言うなら鹿なんてもっとデカいが、鹿は障害物を薙ぎ倒して走ってたからなぁ……それで良いのか、森の主。障害物を蹴散らしながら走る巨体の鹿に、更にもう一頭でっかい生物を召喚すると収拾がつかないって点もあったんだと思う。周囲を馬なしで走る他の班員達は、確実にでっかい鹿と馬の暴走に巻き添え喰らって怪我の一つや二つはしていただろうし。
周囲への配慮と、自分の技量を思ってミュンミュンは温存されていたらしい。
だけど今、この場は開けた草原地帯だ。
ただし周囲には先程以上にたくさんの人がいるけれども。
鹿を取り囲んでいた実践魔法コースの皆々様も、いきなり表れたミュンミュンに気圧されて浮足立っていた。僅かに緩んだ包囲網に、鹿も気付いたのだろう。それまで抑え込まれるように留まっていたものが、気忙しそうに蹄で地面を掻きながら、ぶるっと大きく首を振る。
しかしミュンミュンは大きく、気配が強く、大変目立つわけで。
包囲網の緩みに気付いてから然程間を置かずに、鹿もミュンミュンに気付いていた。
見慣れぬイキモノという事もあってか、鹿の緊張が増す。
若干、なんか私の方を気にするような素振りも見えたよ~な気がするが……まあ、気のせいだろう。うん、気のせい気のせい。
私なんかよりもミュンミュンを油断ならない相手だと、気にして窺っている様子が見て取れた。
鹿のその判断は、多分間違いじゃない。
「行くぞ、ミュンミュン!」
「ぐるるるるるるぅ……!!」
「まて、今その馬、ネコ科の大型肉食獣みたいな声で唸ったぞ!? 馬!? ネコ科じゃなくて馬だよね!?」
「今はそこ気にするとこか!?」
相手は巨体だというのに、慣れた様子で軽々ひらりと背に飛び乗るハインリッヒ。
作戦上、便乗する形でこちらもひらりと飛び乗るヒューゴ。
成長期の少年を二人も背に乗せているというのに、ミュンミュンは余裕そうだ。うん、お前デカいもんな。というか後二人は乗れそうな気がするよ。
「どう動く、ヒューゴ?」
「なるべく馬体を寄せて、体格を使って鹿を抑える感じで。そうしてもらえば、後は俺がなんとかする」
「わかった、お前の言うとおりにしよう。ミュンミュンは賢い馬だ。任せろ」
多くを語ることなく、僅かな言葉で打ち合わせを切り上げて。
二人を背に、ミュンミュンは往く。
その速度はまるで旋風の様に鋭かった。
鹿は勢いがあったけど。
速度という意味ではミュンミュンの方に軍配が上がるなぁ。
そう思いながら、私はもしも必要があれば鹿の攪乱等の協力をするつもりで、密かに気配を消して人ごみに紛れながら鹿に接近するのだった。
ヒューゴ・クトナギス
クール系美女みたいな顔をした中性的美少年。
魔法騎士コース唯一の女生徒と取り違えて告白してきた他コース生や先輩を、辛辣な言葉で振っては心を折りまくっている。
代々騎士家系の伯爵家出身。
荒くれ熊みたいな筋骨隆々・豪放磊落な祖父と、そんな祖父に振り回される父母。そんな二人を遠巻きに冷めた目で見つつ偶に祖父に無茶ぶりされる孫達という家庭環境で育つ。暴れ牛や暴れ猪に乗った事があるのも、面白がった祖父に修行の一環という名目で放り投げられた為。
そんな経験が影響してか、馬術の成績は学年トップである。
ハインリッヒの馬の先祖
ハインリッヒのとこの一族と、代々子馬を使い魔として差し出す代わりに子々孫々の庇護を約した。
以来、辺境伯の領地に専用の牧場を作ってもらい、悠々自適の飼い馬生活を代々満喫している。賢く繁栄したと言えるかもしれない。
一般的な馬とも交配可能。




