暗殺者 7
猟師の息子の、マティアス曰く。
我がクラスご自慢の個性溢れるメンバーの、黒竜の息子と野生の侯爵子息が動物と意思疎通を図れるとな?
なんでそんな独自性溢れる特技を持った上で、魔法騎士コースにいるんだアイツら。
いや、待て。二人被ってる時点で独自とはいえない……? 何にせよ、なんでそんな特殊技能持ちがクラスで被ってるんだ。騎士に必要な技能か、それ? 調教師とかの方が適職なのでは。職業選択は個人の自由だけれども。
人外の血を引くアドラスは、生まれつき動物の言葉がわかる。つまりそもそもそういう体質で。
密林で野生動物に育てられたセディは、動物の気持ちを察する能力を後天的に育んだ。
どちらも動物好きな人物なら血涙流して欲しがりそうな能力だね。実際、うちのクラスでも若干名本気で欲しがって悔しがっていた奴がいるらしい。誰だよそいつ、いや心当たりはあるけれども。マリウス(無類の動物好き)とか、サイザー(愛犬家)とか。
さて、この鹿に困らせられている局面で、マティアスからそんな情報が出た訳だ。
そういう事を言われたら、この場で取るべき選択肢なんて、あってないようなもんだよね?
でもその二人は、いまここにいない。
奴らはナイジェルくんと一緒に、今は山賊チームでなりきり山賊真っ最中だ。
セディは言わずもがな、ナイジェル君とこの『チーム裏街道』の班員だし。
アドラスも何の偶然か、それともアドラスの有用性に目を付けたナイジェル君が何か裏工作でもしたのか、彼の所属する班、ナイジェル君達と同じチーム分けなんだよね。
つまり、結局あいつら二人とも、森の中ですわね?
「なんとかあの鹿を二人のとこまで連れてくぞー!」
「どうやって!?」
「落ち着け、ミシェル。どう考えても鹿を二人の元まで連れて行くより、二人を探してこちらに来てもらった方が早い」
「何にしても、二人の場所確認するのが先じゃね? 当てずっぽうで森を彷徨うとか、まーた迷子になんのが落ちだろ」
「……また? 貴様ら、急に実践魔法コースの割当スペースに現れたが、まさか?」
「さーて、臨機応変な対応力が試されるぞー! まずはアドラス達の捜索だっけ!? 何か良い案ありますかしら。オリバー!?」
「そこで俺に振るのか? とりあえず、ありきたりではあるが……嗅覚や聴覚に優れていて、二人の事を知っている使い魔を使いに出す、とか」
「エドガー、熊ってめっちゃ鼻良いんだって?」
「あら……テディをお使いに出すのは構いませんけど……大丈夫かしら? さっき、対立したばかりでしてよ?」
「大丈夫じゃないかしら? 我ら魔法騎士コース実習と訓練での対立と対決、そして和解は日常茶飯事ですもの。禍根は残さないのが我らの流儀」
「まだ対立は続いてんだよなぁ……ゲームのルール的に。俺等の方はもうゲームどころじゃねーけど、あっちは違うだろ」
「ああ、そうか……他のチームは平和に楽しく殺伐と、ゲームを続けているんだよな。鹿に遭遇した俺達以外」
「まあ、ちょっとゲームを離れて力を貸してもらうくらいは良いんじゃね? こっちも切羽詰まってるし」
「でもさ、こっちから探しに行くって想定になってるけど……向こうから、来てるんじゃないかな」
「んん? どういうことさ、マティアス」
「だって、セディ達の班長は、ナイジェル君だよ……? アドラス達の班も、ナイジェル君が一緒のチームならその知略っていうか、方針に、従うんじゃ……ないかと……」
「「「「………………」」」」
偵察。
偵察、かなー……。
さっき、私が空をかっ飛んでいった様子は、エドガー達曰く大変目立つことこの上なかったらしい。
空を人間がかっ飛んでいくだけでも不審だしね!
私だって目撃したら、状況があまりに謎過ぎて思考回路がフリーズしそうな気がする。
そんな状況下、実力行使よりも裏工作、戦闘能力よりも事前準備に重きを置くナイジェル君だぞ? 情報の重要性を重々承知している、思考回路が商人の親戚寄りな事に定評のある、あのナイジェル君だ。
情報戦、得意だもんね。
というか実は学園内でちょっとした情報の売り買いして小金を稼いでるもんね。
……うん、気になる事や異常事態やらに遭遇したら、情報が如何に大事かわかっている分、ナイジェル君は調べずにいられないだろう。
そして奴の場合、身体能力的に自分で直接現地を探りに行くとは思えない。より能力の適した『偵察担当』を放って調べさせようとするはずだ。
そんでもって、この鬱蒼とした森の中。
偵察に行く場合、ちょっとした優位性を持つ野郎が我がクラスにはいる。
言わずもがな、密林育ちで生粋の野生児セディだ。
「アドラスもだろ」
「ああ、そうだな。アドラスは森育ちという訳じゃないが、彼の能力を思えば……」
同じことを思ったんだろうね、フランツもオリバーも。
私も多分、アドラスの同じ部分の事を思い浮かべている。
アドラスね、アイツ……自前で空、飛べるんだよなぁ。
ほら、実の親父が竜だから。
そして空を飛べるという一事は、機動力に大いに貢献する。
単純に障害物を無視して移動できるってだけで強いもん。
素早く偵察に行けて、速攻で情報を持ち帰ることが出来るんだ。
そんな偵察に絶好の適任者なら、ナイジェル君は躊躇わず差し向けてくるだろう。
例え他班の班員だろうと、同じチーム分けならナイジェル君はやらせる。絶対に、偵察に出させるはずだ。なんかそんな確信が持てる。
何を置いてもひとまずは、鹿に対する交渉役となり得る二人……アドラスとセディの所在をはっきりさせて、協力してもらう必要がある訳で。
その為にも、捜索チームとしてアドラスとセディを探せそうな使い魔をいくらか放つことにした。
向こうからも来てる可能性があったとして、やっぱり可能性は可能性だしね。
もしかしたらこっちの予想を外して、偵察になんか来ないかもしれないし。
来ていたとしても、こっちからも探しに行けば使い魔がより早く接触できるかもしれない。
そうしたら、アドラス達の位置が使い魔の主にはいち早く伝わるはずだ。
なお、子亀は残留である。
なにしろ何をやらかすかわからない。目を離すのが怖いってのもあるし、下手に行動させて鹿の目に留まりでもしたら厄介だ。人間に囲まれた混乱と興奮で鹿の動きも鈍っているのに、ここでちびマリンが注意を引いた場合……鹿がどんな行動に出るのか、わからないんだもの。
目立つ動きは禁物と、少しでも鹿を刺激しないようちびマリンには私のポッケに身を潜めてもらっている。元々鞄のポケットに隠れていたっぽいし、隠れる分には大丈夫なはず。もし若干の苦しさがあったとしても致し方あるまい、我慢してもらおう。
「今更かもしれないが、優先順位を決めておこう」
「優先順位とな」
「ああ……状況がよくわかっていない俺が決めるものでもないのかもしれないが、仕方あるまい。貴様らに状況を任せる事には不安と抵抗しかないのでな」
「少なくとも青次郎よりはアドリブ力に自信があるけど? 何をやる、コレをするって事前にガッチガチに決めると、いざという時に柔軟に動けなくなるんじゃないの」
「柔軟性以前に、状況の分析と計画立案は基本だ。目的を立てずに行動するから、混乱するんだろうが」
あっはっはっはっは。
青次郎の言う事も、まあわかる。
だけど「頭痛が痛い」とか言い出しそうな顔をしている青次郎を見ていると、なんというかこう……
「あいつの顔見てると、なんか背後から忍び寄って膝カックンでもしてやりたくなるな」
「あ、フランツ。それ私も同じ同じ。超同感ー」
張り詰めた顔をされていると、もう少し余裕を持てって言いたくなる。
緊張するのも、状況に頭を痛めて悩むのも構わないけどさ。
それにばかり心を囚われていると、周囲の情報が頭に入らなくなって失敗するよ?
心に余裕のないエリート(笑)様は、もう少し肩の力を抜いた方がいい気がする。
適当なのもいい加減な振る舞いも、性に合わないのかもしれないが。
時にはそういうものも必要な時がある。
まあ、この場に鹿という問題を持ち込んで強制的に巻き込んだ私が言うなって話かもしれないけどね!
さて、しかし優先順位か。
青次郎の言いたいことも、一応わかりはする。
奴の顔を見ると茶化したくなるけど、一応言い分もわかりはするんだ。
今の状況で優先順位となると、こうかな?
一、赤太郎の回収。
二、鹿にお帰りいただく。
三、鹿に納得してもらった上で、もう人間を追い回さないよう行動を改めて頂く。
……というか赤太郎さ、本当に、なんでアイツずっと鹿の背にいんの?
「なんでアイツ、鹿の背から降りないの?」
別に鹿の背に縛り付けられている訳でもないし。
思ったんだけど、普通に自力で降りればいいんじゃないの? 今は目を回しているように見えるけど、そのくらいはできるはずじゃね?
私がぽつりと溢した呟きに、だけど赤太郎のとこの班員達はサッと顔を背ける。
おい、ちょっと、態度が露骨じゃん……。
赤太郎の親戚でもあるハインリッヒが、目を逸らしたまま沈鬱な顔で私の疑問に答えようと言葉を絞り出す。
「…………その、な……鹿の背が、どうやら思っていた以上に高かったらしくて、だな……」
「うん、鹿の背が高くて、それで? どうした」
「………………飛び降りるのが怖くなって、身が竦んでしまったらしい」
「……つまり、怖気づいたと?」
ハインリッヒは、嘘を吐くことが出来なかった。
ただただ明後日の方向へ視線を彷徨わせながらも、無言でこくりと頷く。
その頷きを見て、私は脱力して青次郎は顔を引き攣らせた。
「あいつは……あの馬鹿は、何をやっているんだー!!」
青次郎、魂の叫びだった。
言葉に出来ないやるせなさが、その声には哀愁となって宿っていた。
膝から力が抜けてしまったかのように、脱力した青次郎の身体が崩れ落ちる。
そのまま万感の思いを込めて、腕力のあまりない腕で地面をがんがんと殴る。
殴って痛くなったらしい。自分の拳を抱えて蹲り、数秒間の悶絶。
その後、何事もなかったかのような顔をして、すくっと立ち上がったけれども。
私は見た。奴の片手が地面を殴って痛む腕を、さり気なく庇うようにしているのを。
「あの、馬鹿が……! 体力と身体能力だけが取り柄だろうに!」
青次郎、憤慨。
不甲斐ない赤太郎に殺伐とした視線を向けている。
鋭いその眼差しの先で、赤太郎は暴れ鹿の背に乗っかったままがっくんがっくんと揺れていた。まるで振り回される案山子みたいな有様ね。前後逆に乗っかっているせいで、なんか滑稽にも見えてきたな……。
その滑稽さが許せぬと、青次郎が気炎を吐いている。
だけど彼の言葉には、訂正が必要だ。
「青次郎、一つ訂正させてくださる?」
「……なんだ。俺が何か間違ったことを言ったか」
「赤太郎の事ですわ……赤太郎の取り柄は体力と身体能力だけ、だなんて」
それは間違っている。
私は、そう思うから。
この思い届けと気持ちを込めて、殊更に真面目な顔を作って青次郎に言った。
「魔法騎士コースには赤太郎程度の身体能力と体力の持ち主はざらにいるどころか、赤太郎より上のレベルもそこそこいますのよ。クラス内でも平均よりちょっと上かな? くらいのレベルじゃ取り柄とは言わん」
「……そこか! そこを訂正するのか! そこはアイツにはもっと他に良いところが~とフォローするところじゃないのか!? なんでむしろ貶す方に走った!?」
「赤太郎にはもっと他に取り柄がありますわよ! えっと、ほら、あれ、アレだよ……あ~……そう! 体力というよりむしろ耐久力! 打たれ強さと回復の速さには定評がありましてよ! あと最近、受け身が上手!」
「それが取り柄か!? 考えに考えて、思い浮かんだのがそれか!?」
「うーわ、それミシェルが殴るからだろー。叩いて鍛えるにも程があるんじゃね」
「私が育てました!」
「何故そこで自慢げに言い切れるんだ!!」
青次郎のリクエストにお応えして赤太郎の事を褒めてやったのに、何故か狂人を見るような目で見られた。
解せぬ。




