暗殺者 6
謎の巨鹿に追われ、追われて逃げて、今現在。
この難事に強制的に巻き込んだろうと、実践魔法コースのみんなが実習中の現場に空から乱入すること暫し。
青次郎をパチンコ玉のように弾き飛ばしつつ、森から現れた巨鹿の背には、何故か我らが魔法騎士コースの王子様・赤太郎の姿があった——。
おい、待て、何があった。
私が見ていなかった間に、一体何があったんだ。
しかも、よくよく観察してみりゃ目ぇ回してやがる。
っつうか、鹿に乗って表れるっていうのも異常だけど、なんでお前、前後逆に乗ってんの???
森から鹿が現れた時、私はその真正面にいた訳じゃなくて。
位置的には、斜め前方みたいな位置取りだったので、逆向きに乗っている人物が赤太郎だって事も目ぇぐるぐる状態だってのもギリわかったけどさ。
鹿の背にいるのが赤太郎だってわかったところで、謎の事態に対する困惑が収まるはずもない。むしろ増したわ。状況が掴めなさ過ぎて、激増だわ。
ほら見ろよ、実践魔法コースの皆さんもざわざわしてんじゃん。半分くらいは私のせいだろうけどな!
「ミシェルー!」
「あ、みんなお揃いで」
「お揃いでも何もねーよ、お前追ってきたんだっつの」
どう対処すべきか微妙に決めあぐねていると、鹿の更に向こうから、どうやら鹿を追走してきたらしい見知った面々が現れる。
よっしゃ、人員追加−−……増えていやがる。
現れたのは私と同じ班の面々に、その指導役として付けられた先輩方。
それに加えて、めっちゃ見覚えのある赤太郎んとこの班員達に、見知らぬ面子の諸先輩方が一班分。赤太郎の班員達との距離感からして、そっちの指導役ってとこかしら?
さっきまで鹿に翻弄されていた面子に加え、明らかに人数が増加していた。おいおい、単純計算で人数倍増してね? いや、そりゃ鹿の背に赤太郎が乗ってんだから、人が増えんのもむべなるかなって感じではあるけれども。
「ねえ、どうして赤太郎が鹿の背にいますの? しかも前後逆じゃん。新しい乗馬法を試みるにも、斬新過ぎるのではなくて?」
いやマジで。
状況が謎すぎるんで、経緯説明プリーズ。
曲乗りするにしたって、鞍なし鹿の背逆乗り爆走はいきなりレベルが高すぎんじゃねーの?
赤太郎、お前春季の乗馬テスト、成績6(10段階評価)だったじゃん。素人はもうちっと簡単なとこからだな……
「いえ、赤太郎殿下も別に、曲乗りチャレンジをしている訳ではありませんのよ。……ただ、そう、間が悪かったとしか」
「エドガー……沈鬱な顔してるとこ悪いんだけど、赤太郎と鹿の絵面が面白すぎて深刻な空気が出てこねーよ? これっぽっちも」
なんてこった。エドガーがシリアスな顔でなんか言ってやがる。
おいおい、どんな間が悪けりゃ鹿の背逆乗りなんぞやらかす羽目になんの?
「原因はミシェルですわよ?」
「ほわっ?」
え、ちょ、流石に心当たり皆無! 心当たり皆無ー!
私が一体何をしたら赤太郎があんな有り様になると?
「濡れ衣ですわー!!」
「全然、濡れ衣なんかじゃありませんわよ。ほら、その……ミシェル、貴女、空をとびましたでしょう? 当然といえば当然ですけど、アレ、とても目立っていましたのよ?」
「め、目立ったからなんだと?」
「見るからに異常事態だったものですから、近くを巡回中だった赤太郎殿下達と、その指導班の先輩方が釣れてしまいましたの」
「釣れたて……えぇ? 赤太郎達を誘き出そうなんて意図は微塵も」
「そこは、ええ。わかっていますわ。でも考えてごらんになって? 猛烈な勢いで空を横切っていく人間らしき形状の未確認飛行物体があったとして。ミシェルだって、そんなものを目撃しては、それが気になるのではなくて……? 発生源か、進行方向かが気になるのではないかしら」
そして空をいく分、どこまで飛んでいくかは予想がつかず。
ひとまず飛んで来た方向を探る事にして見事、巨鹿にぶち当たってしまったのが赤太郎達の班であったらしい。おおう、あの広い森の中、まっすぐ巨鹿にぶち当たるなんて運が良いのか悪いのか……赤太郎の惨状を見るに、多分、運が悪い方だな。
「この場に赤太郎達が居合わせた理由は理解できたわ……が、それでどうして鹿の曲乗り状態に?」
「ですから、間が悪かったのですわ……」
「いや、その一言で説明にゃなんないって。どんな間が悪けりゃ、あんなことになるんだよ……」
「アレは不幸な事故だった……」
「フランツ? あ、マティアスも」
「それがさ、あの鹿がまっすぐ一直線に爆走してるとこに前方横合いから赤太郎殿下が飛び出してきた訳よ。あっちの班の先頭、そん時は赤太郎が走ってたらしくって。そんでまあ、アレじゃん?」
「 なんていうか……鹿は急には止まれないというか」
「横から進行方向を塞いできた殿下を、鹿が他の障害物(木の枝や石)と一緒に、角でかち上げるようにして弾いて取り除こうとしましたの」
「赤太郎殿下、思いっきりかち上げられてさぁー……本当だったら鹿の後方にふっ飛ばされてたんだろうけど、赤太郎殿下ってば反射神経は優秀だったんだわ」
「ほら、殿下も入学以降ふっ飛ばされ慣れてるから……」
「咄嗟に、鹿の角を掴んでしまいましたの。それでふっ飛ばされるのは免れたのですけれど、鹿が振り落とそうと角を降った結果……」
「何故か逆向きに鹿の背に落ちて、今に至る……」
三人で補足し合うようにして、エドガー、フランツ、マティアスが状況を説明してくる。
それに対して、私の思うことは一つだった。
「……前方不注意じゃん! 間が悪いじゃねーよ、鹿と赤太郎、双方のただの前方不注意じゃん!」
マジで何やってんだよ、赤太郎ぉぉおおお!!
てめぇ、うっかりさんか!
この世界、明確な交通ルールは明文化されてないけどさぁ、でも魔法騎士コースに在籍してるんなら、そこらへんは慎重さってやつがあってもいいと思うんだ。
現に今を見ろ。お前が前方に注意を払ってなかったせいで、鹿に対して余計に手を出しあぐねるみたいな感じになってるじゃん!
赤太郎の班員達も沈鬱な顔してるよ。そりゃこんな間抜けな経緯で世話を焼く対象が鹿に曲乗り状態になったら泣くに泣けん。皆、見ろよ。アレが我が国の王子殿下なんだぜ……。
誰もが赤太郎の状況に困惑を隠せない。
背には邪魔な荷物(赤太郎)に取り憑かれ、森を出てみれば恐らく鹿にとっては見たこともないだろう人数の人間に取り囲まれて。人間の方も背に王子がいるせいで、とりあえず鹿を取り逃がしちゃならんだろうと、じわり包囲し始めているみたいで。
加えて人間の気配が多すぎるせいか、どうも私を見失ったようでな?
鹿は大いに興奮している様子ながら、その場からは不用意に動けないようだ。ひたすら苛立たし気に、鼻息荒く前足で地面を掻いている。
「おい! この事態は何事だ!」
みんながじりじり鹿を取り囲みながらも、一体どうしたもんかと大きな困惑に支配されて動くに動けないでいる中。
思いっきり怪訝な顔の青次郎が、巨鹿の関係者と見てか、私達の方へと寄ってくる。
どうやら巨鹿に吹っ飛ばされたダメージからは回復したらしい。
さっき鹿に吹っ飛ばされた事実なんてなかったかのような顔をしとる。
「アレはどういう状況なんだ。カーライルはどうしたんだ、あれ」
「カーライル?」
「……おい? お前の国の王子だろうが」
「ああ、赤太郎のことか」
いや、うっかりうっかり。
そういえばカーライル・レッドって名前だったっけ。赤太郎。
名前を忘れた訳じゃなかったけど、普段ずっと赤太郎って呼んでるし。脳内でも赤太郎呼び一択だから頭ん中で咄嗟に繋がらないんだよね。
しかし、多分それは私だけじゃない。私だけじゃないぞ、青次郎。
さりげなく魔法騎士コース1年生の面子に視線を走らせると、ちらほら「ハッ」て顔してる奴がいるし。特に私と同じ班の奴らに。
「それで? なんでカーライルはあんなことに……」
「前方不注意の不幸な事故だった。さらば赤太郎、永久に眠れ……」
「待ってミシェル、死んでない。赤太郎殿下生きてる」
「……何が起きたのかは知らんが。あの事態を放置する訳にはいかないだろう。少なくとも、カーライルを回収する必要があるんじゃないか? アイツがあの有様だと、実践魔法コースも落ち着かん。あれだけ皆の気が乱れては、実習を続けられないからな」
「おお、青次郎が協力的だ。珍しい……お前にも、協調性とかありましたのね」
「随分な言い草だな! 人の事を何だと思っているんだ。あと、いつも言っているが、その謎の呼び名は止めろ!!」
「どう思っているか? え、筆記試験、学年次席からも転落した秀才キャラ(笑)だと思っているよ?」
「この流れでさらりと人を貶めるのは止めろ……!!」
「ただの事実ですが」
「そうか……お前達は、実践魔法コースの助力はいらないんだな」
「ふふ、何を仰る兎さん。いや、お前はラクダだけど。よく考えてごらんなさい? あの光景を見よ、赤太郎があの鹿に曲乗りにある限り、ヤツを王子に据える我が国の国民は赤太郎救出の為に死力を尽くす以外に他はないのだよ!! それは実践魔法コースもおんなじじゃん? 青次郎の決定が実践魔法コースの総意になるみたいな言い方してるけど、そんな権限ないでしょうし? 青次郎よ、お前ひとりが協力を放棄したとしても、他の実践魔法コースの先生方・生徒皆は助っ人せざるを得ないのだ。そんな中、お前だけお手伝い放棄とか出来んの? それやったらマジで協調性なくない? 明日から、アナタのあだ名は『空気読めない冷血漢』に決定ね!」
「楽しそうなのを欠片も隠さずに煽り立ててくるのは止めろ! あと、誰が空気読めない冷血漢だ!」
「今のまま赤太郎を放置したら、実践魔法コースの皆さんの認識がソレになるよ!」
「くぅ……っなんなんだ。なんなんだ、お前はぁぁ! 今は非常事態の筈なのに、俺をどうしたいんだ!」
「冷静なエリートぶってる面がむかついたから浅い人間性を引きずり出してやろうかと」
私がそう言うと、青次郎は一瞬黙り込んだ。
その顔は、口よりも雄弁に「何言ってるんだコイツ」と語っている。
よく見ると、若干口の端っこが引き攣ってるようだ。
「よく思い出してみようよ、冷静なエリート(笑)とか、青次郎そんなキャラじゃないでしょう? アドリブに弱いモヤシ、それがお前だ」
「シンプルに悪口で締めるの止めろ!」
ついつい流れで青次郎を煽りまくったりもしましたが。
なんだかんだで否応なく、奴も強制参加決定だ。だって赤太郎は見捨てられないし。
青次郎は赤太郎とは別の国の王子なので無理に助ける義理はないんだろうけど、同盟国の王子を見捨てた(笑)なんて体面が悪いだろうしね!
正式にこの事態に対応する羽目になった実践魔法コースの方々と、私達魔法騎士コースの一部。
そして鹿の背にいる赤太郎。
赤太郎があそこにいると、鹿を派手に攻撃する訳にもいかない。
さて、どうしよう。
私の意見としては、巨鹿が沢山の人間に気を取られている内に、子鹿を確保して人質交換とかどうかなって思うんだけど。その場合、子鹿を捕獲しないといけないんだけどね。
「この中で野生動物の相手が強そうなのは……」
「森育ちで猟師の息子の、俺……だね」
「マティアス。でもあの巨鹿ってどう見てもこの島の固有生物っぽいけど……マティアスの故郷の鹿さんとは色々違うんじゃね?」
「いや待て、フランツ。ひとまずここは猟師の息子の意見を聞いてみよう」
「え……と、確かに俺が知ってる鹿と、あの鹿は違うんだけど………………でも、どこの森にも、あんな感じの動物が一頭はいる、よ」
「ほほう、それはどういうことだ」
「主、って言うのかな……俺達は、その土地の精霊の加護が厚いイキモノだって考えてる。一般的な動物よりもずっと頭も良いし、身体能力も高いんだ」
マティアスがぽつぽつと解説する事には、山野にはそれぞれのテリトリーを治める主的なイキモノがいるらしい。それは森や山やらを守護する聖獣とはまた違ったカテゴリの存在だとか。
大体の場合、主がその土地の動物たちの上に君臨する事で、調和を保つというか……つまりは確固たる序列の元に、動物たちの統制をしているらしい。もちろん、弱肉強食の掟やら肉食獣と草食獣の意識の違いはあるけれど、それらも全てひっくるめた上で、テリトリーの秩序を守らせているとのこと。
「つまり、あの鹿を殺せば、この森の秩序が破壊される……ということか」
「うん、多分。うちは父さんが猟師だけど、猟師達の間でもその土地の主には手を出しちゃいけないって。昔から、暗黙の了解があるんだって聞いたことがあるよ」
「まあ、単純に考えても、主がいなくなりゃ新しい主の座を巡って獣共の間で序列争いが勃発するわな」
「多分、多分だけど……この島で合宿どころじゃなくなるんじゃないかな。動物たちが騒がしくて」
それを聞いて、余計に難しそうな顔をする実践魔法コースの先生(いつの間にか混ざっていた)。
深刻な顔は、コレが深刻な事態だと語るかのようだ。
いや、いやいや、そんな顔をするほど深刻なのかな。
よくよく考えてみれば鹿が出てきて、追っかけてきたってだけだったはずなんだけど……。
「ミシェル、お前なんでそんな奴に追いかけられるんだよ。鹿のどんな恨みを買ったっていうんだ」
「私じゃありませんわよ。やらかしたのはうちの亀だから」
「またお前んとこの亀かよ。飼い主の責任じゃねーか!?」
「私の飼い亀になる前のやらかしは責任取りかねますわよ! まず関知してないし!」
くっ……あの鹿に穏便に森の奥までお戻りいただくために、どうすれば良いって言うんだ。
やっぱり子鹿か? 子鹿を捕まえて赤太郎とのトレード及び帰宅を要求するしかないのか。
「あ、そういえば……」
「なんだ、マティアス。思いついたことがあるのか」
「その……前に、本人から聞いたんだけど」
「うん?」
「アドラス、動物と話せるらしいよ。あと、セディもなんとなく獣の言いたいことがわかるって……」
はい? なんですと?




