山賊 4
皆様、昨年はお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。
※喪中につき、新年のご挨拶については欠礼致します。
昨年12月は39度の高熱が出て寝込む羽目になったり、年末年始の大繁忙により投稿ストップしたりと投稿に間が空いてしまいました。
皆様、お待たせしてしまい申し訳ありません。
エドガーの膂力による後押しを受けて、簡易牢獄(落とし穴)から脱出した私。
勿論、私一人が脱出しても後が続けなければ意味がない。
そこそこの高さがあるけど、皆、魔法騎士コースで日夜鍛えた体が資本の奴らばかり。
見張りの妨害さえなければ、少し時間をかければ中からの脱出も難しくはないと思う。
まあ、それでも私一人が敵地で自由ってのも騎士陣営の皆々様から狙い撃ちにされる事必至なんで、なるべく早く脱獄してくれるに越したことはない。騎士陣営のほとんどは素敵に目立ってくれているらしい都会派サイクロプスの方へ流れてくれてはいるけど、周辺の警戒や見張りに残っている奴が皆無って訳じゃないんだ。迅速に行動し、迅速に見張りを沈めていかないと……呼子でも吹かれて人が集まったら、最悪詰むし。
文字通り、仲間達の脱出の足掛かりとなってもらおう。
私は自分で破壊した簡易牢獄(落とし穴)を囲む木柵を、穴の中へ蹴り落とした。
一部破壊されていたとしても、単純な木組みの柵だから梯子代わりに使えるじゃろ。
「ちょ、ミシェルー! いきなり重量物落とし込むなー!」
「あ、あっぶねーわ! 頭の上にぶつかるところだっただろ!?」
「いっけね。みんなへ注意を促すのわっすれてましたわ☆」
「ちょっとは悪びれろー!?」
まあ、叫ぶ元気があるんなら大丈夫だろ。
本当に深刻なことになってたんなら、まず真っ先に出てくるのは悲鳴とかだろうし。
ちらっと穴の中を覗くと、私が蹴り落とした木柵を壁に立てかけて位置の調整をするマティアスとエドガーの姿。特に倒れ伏したり、応急手当を受けているヤツはいなさそうだ。うん、問題ねーな!
そしてぶつくさ文句を言いながらも、粛々と這い上ってくる野郎共。
地獄の釜の蓋が開いて、亡者が這い出てくるのってこんな感じかな☆
こいつらは亡者と称するには活きが良いけどな!
その活きの良さを以て、私達を囚人扱いしてくれた騎士陣営に目のモノ見せてくれる!
具体的に言うと脱走ついでに置き土産よろしく、盛大に嫌がらせがしたい!
その片棒を囚人仲間の諸君には担がせてくれよう! 強制的に!
「でも嫌がらせって言っても、何やったらダメージ大きいのかなー? ちょっとわからないなぁ」
「は?」
「ま、思いつく端からやってみれば、何かヒットしますわよね。きっと」
「おいちょっとこら、ミシェルが何か不穏な事呟いてるんだけどー!?」
仲間達が這い出てくる間に、私はこの場に残っていた見張り達へと肉薄していた。
マジで増援呼ばれる前に、こいつらを片付けねばならん。
「だ、脱獄d……っ」
「叫び終わる前に寝てな」
「こいつ……っ隣クラスのジャイアントキリング。ミシェル・グロリアスか!」
牢獄の見張りを任されていたのは、どうやら同じ一年生達。
注意すべきものの多い周辺の警戒と違って、牢の監視なら注意するのも捕虜の様子くらいだしな。
比較的簡単なお役目として、一年に割振られていたんだろう。
尤も、その簡単なお役目が完遂できずに、こいつらは沈む羽目になるんだが?
穴の下と上で視点に差があった為か、私達の様子にはそれほど目を配ってなかったみたいだな?
それとも私の脱出がいきなりすぎて意表でも突いたか。
何はともあれ、騒がれると面倒だ。寝てろ。
見張りの数は四人。
一人で、呼子を吹かれる前に四人倒すのは、流石にちょっと難しい。
だったら一人でやらなきゃ良いんだよってね。
「シアン様! 右の一人を私がヤるので、その間に他三人の無力・消音化をお願いします! 特に騒がれる事のない様にって点を優先で!」
『よかろう。我が秘奥を以て眠らせてくれる』
「あ、永眠はNGなんで。意識刈り取るくらいで大丈夫なんで」
『ねーんねーんころりよ、おころりよ~……』
「え? 秘奥ってそっち?」
永眠はダメだよ、シアン様。
前々から何となく察してはいたけれども、どうやら私のお友達たる精霊様三体の中で、最も知能指数高そうというか精霊としての格が他二体と比べると段違いに高いらしいシアン様。
誰かの意を汲み取るとか察するという技能をマゼンタ様や孔雀明王様に求めると酷いことになるので、何かを頼む時は割と具体的な指定が必要だったりする。あるいは事前に、よくお頼みする内容について細かな取り決めをしておくか。
だけどシアン様は精霊特有のものなのかシアン様独自の個性によるものかは微妙に謎な解釈が差し挟まったりするものの、こちらのやってほしいことを暗に察するという能力をお持ちだ。しかも頼みたい内容に合わせて、こちらがお願いする前に威力調整をしてくれる察しの良さ。
なのでこういう、対人で加減の難しいお願いは必然的にシアン様へお願いすることが多くなる。
その為か最近、合同授業で手合わせする機会はあるモノの、日常的に密に接している訳じゃない隣クラスや実践魔法コースの一部には、私の得意属性が『水』だと勘違いされている節がある。
マゼンタ様の炎やら孔雀明王様の身体強化やらにも、かなりお世話になっているんだけどなぁ。
大技として、シアン様の活躍を願う場面がマゼンタ様へのお願いより多いってことだろう。
あまり扱いに差をつけるのは趣味じゃないし、気を付けなきゃ。
シアン様の歌声に合わせて、空気中の水分が凝固してざっぱんざっぱん。
少年達の叫びは、水の中に消えた……。
そうだね、水を通せば空気振動が軽減されて叫びも掻き消されるね。
でもシアン様、人体の口と鼻を水で塞ぐのは、割と生命の危機だから……眠れって窒息? やっぱ永眠させる気か。せめて鼻だけ解放してやろ? それなら窒息もするまいし、鼻だけ自由でも鼻歌くらいしかできねえだろうしな。
幸か、不幸か。
この場にいる見張り共は同じ一年でも隣クラスの奴らだった。それはきっと、私達にとっての幸で、奴らにとっての不幸。
同じ一年生だとはいっても、入学直後に忖度という悪しき魔法の言葉を捨て去り、遠慮容赦無用で切磋琢磨してきた私達と、未だ忖度が蔓延する隣クラスでは個々の練度という物が大きく異なるのだよ。それはもう。
それでも、中には素晴らしい根性をお持ちの少年がいたらしい。
「――――!!」
シアン様に口を塞がれて、叫べない中。
お陰で何と言っているのかさっぱりだったが、それでも私達を放って置いてなるものかという執念からか。
右端の一人に私が速攻でローリングソバットを極めた直後、地面への着地と同時。それは私の、一瞬の隙を狙ってのことだった。
顔面を水責めされながらも、一人が私へ向けてせめてもの抵抗とばかりに何かを投擲してきたのは……私の動体視力でも、完全に見極めるには難しい速度。ただ何となく、白くて細長くて手に平に収まるサイズだな、とは……アレはもしや、チョーク? チョークだな? 何故チョーク……。
流石に刃がついている武器の使用は禁じられているので、命の危険はない筈だけど。
今から避けるのは、ちょっと間に合いそうにない。
私は咄嗟に、すぐ側というか、手近なところから防ぐ為の盾代わりになるモノを引っ張り上げて自分の前に押し出していた。
それは折よく、盾が地面の穴から這いずり出してきたところ。ジャストなタイミングだ☆
「プリンスシールド!!」
「ちょ、待ておいぃぃぃい!?」
「――――!?」
目の前の盾と、チョークっぽい何かを投擲してきた隣クラスの少年と。
二か所から驚きの声が上がった。
隣クラスの少年は口を水で塞がれていた為、音にはならなかった上に、思いっきり水を呑みこむ事態に陥ったようで盛大に藻掻き苦しみ始めたけれども。やったね自爆じゃん。
自爆しながらも、私達の方を信じられないといった感じに目を見開き、青褪めた顔で凝視していたけれども。
とすんっ
やがて飛来したチョークは見事に盾の……赤太郎の眉間に命中した。
砕け散るチョーク。地味に痛かったらしく、額を抑えて蹲る赤太郎。
つい咄嗟に、盾にしちゃったんだけれども。
王子的肉盾、効果は抜群。思いの外、良いかも?
敵対する相手への、精神的効果が特に抜群だ!
見よ、チョークを投げてきた当人なんて、まさか赤太郎に命中させる事になるなんて思ってもいなかったからか、顔面蒼白でガクブルじゃん! 全身硬直させてマナーモード並の振動を見せている。
そして、そんな見るからに隙だらけで戦意喪失しちゃっている少年の背後に忍ぶ影。
ちゃっかり者のフランツが、好機と見て取り素早く行動していた。
いつの間にか穴から這い出てきたマティアスやオリバーも見張りの少年達へと急接近しており、彼らの意識が盛大に赤太郎に奪われているのを良い事に、次々迅速に襲い掛かる。
ガッ ゴッ ゲジョッ
断続的に、痛そうな音が響いた。
さて、皆様。
それまで考えもしていなかった事でも、思いついたのなら、それは選択肢だ。
実践してみて効果が実感できれば、それは『妙案』と呼ばれる事になる。
私にとっては、そんな感じのアレだった。
そう、この、ロイヤルな肉壁使えるな、と。
我らが赤太郎殿下の、新たな使い道である。
少なくとも、他クラスや他学年の生徒には良い感じに効力がありそうだ。最大の防御は攻撃を防ぐことではなく、そもそも攻撃をさせないことだってカロン兄様も前に言っていたし。そういう意味では、私は最強の盾を手に入れたかもしれない。何しろこの盾には忖度という悪しき魔法がかかっているのだから。まあ、悪しき魔法でも時と場合と、立場によっては素敵な魔法☆になるよねっていう。
使い道を間違えなければ、これで行くとこまで行けそうだ。
ただし、クラスメイト相手だと忖度は期限切れの為、気にせず攻撃してくるので注意が必要である。
「私は一体……」
強いて注意点を挙げるなら、赤太郎のテンションとかモチベーションとか、ひっくるめるとメンタル的なナニかにも打撃が加わるって事くらいかな。こういう意味でも効果は抜群だ。
自分の存在について思い悩む憂い顔の赤太郎。
自分の扱いについて思い悩むなんて今更だろうに。
そういう哲学的なヤツは暇な時に思い出すと良いよ。そしてそれまで忘れていれば良いよ。
「私の人権はどうなっているんだ……」
「代わりに王権あるんだし、良いじゃん」
「おいフランツ、気軽に迂闊な事を言うな。私はまだ、王権は持ってない。それを持っているのは国王だからな!? その間違いは色々とアウトだからな!!? 騎士に捕まって牢に繋がれても文句は言えないレベルでアウトだからな! 王位継承してから、初めて王権が発生するんだぞ!」
「えー? 細かい事は気にすんなよ。どうせ何十年かしたら赤太郎殿下が継承するんだろー? 数十年なんて、人類の長い歴史から見たら誤差だよ誤差誤差。三百年先からしたら微々たる違いだって」
「無駄にスケール大きいな!? 大雑把で済ませて良い規模を超えていないか!?」
慰めなんだか煽りなんだか、ただ茶化しているだけなのか。
フランツに肩を叩かれながら声をかけられ、元気に叫び出す赤太郎。
あんまり騒ぐと、別動隊がやって来ちゃいそうなんで程々にしていただきたい。
きゃんきゃん吠える赤太郎を尻目に、私達は見張り達の武装解除を進める。
気絶している少年の額に「あいあむみーと」と書きながら、ほのぼの思うのだった。
今日もアイツ、元気だなぁ。




